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「日常の不協和音」  作者: Harumin


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18/31

「守りたい真実と過去の傷」

——会いたい。

——声が聞きたい。

——不安で押しつぶされそう。


スマホを見つめる。

胸の奥で、ざらざらとしたノイズがまた鳴り出していた。

律の「忙しいから、また連絡する」という短いメッセージが、

逆に不安を膨らませる。


週明け。

胃のあたりが重く沈んだまま、オフィスの自動ドアをくぐった。


(噂、広がってるかもしれない…私の席、ないかもしれない…)


覚悟して一歩踏み込んだ瞬間、空気がざわ…と揺れた。


——あ、やっぱり噂されてる。


そう思った矢先。


「吉野さん!大丈夫だった? ほんと…イヤだったでしょあれ。」


「……え?」


状況が掴めず固まる蘭。

すると別の先輩が声を潜めて言った。


「長井さん、コンプラ違反で飛ばされたよ。

 複数の女性にセクハラ、パワハラ、モラハラ…

 もうずっと問題になってたみたい。」


「えっ…」


胸の奥がゆっくりほどけていく。


「吉野さんも、この前あの人に同行させられてたじゃない?

 みんな心配してたんだよ。」


「…そう、だったんですか…私、てっきり…」


白い目で見られてると思っていた。

自分だけ浮いてると思っていた。


その時。


「でも、すごいよね〜総務の佐久間さん!

 今回も救世主。あの人なんなの?神?」


「佐久間…さん?」

 救世主?どういうこと?


周りの声が続く。


「内部通報の処理もすごく早くてさ。あの人いなかったら、

 長井さんずっと野放しだったよ?」


蘭はまだ知らなかった。

水城律が、総務の人気者・佐久間恭兵の“いとこ”であることも、

今回の件で律が裏でどれだけ動いていたのかも——。


***


「カオリ…いい加減にしてくれ!」


律の声が、玄関の静けさを破る。

普段は感情を抑えてしまう律が、こんな声を出すことは滅多にない。


カオリは一瞬、眉を上げて微笑んだ。


「随分、変わったのね…そんな感情を口にするようになったなんて。

 その“きっかけ”…あの子?」


「……そうだよ……」


律の返事は短いが、濁りがない。


カオリの目が鋭く揺れた。


「でもさ……あの子には、甘えられないじゃない?」

カオリはわざと柔らかい声で続ける。

「私には甘えてたでしょ?弱いとこ、全部見せてくれたじゃない…」


「違う!」


律は強く否定した。

甘えていたんじゃない——

(あの頃の俺は…ただ、流されていただけだ)

心の奥で、ひどく小さく呟く。


カオリは一歩、律に近づく。


「そうかしら?

 今なら、私とちゃんと向き合えそうじゃない?

 まだ私のこと、完全には忘れてないでしょ?

 あんなに触れ合って、愛し合ったんだから。」


「だから……もう——!」


言いかけた瞬間、律の胸の奥が刺さった。


律の胸の中に、カオリとの過去が一瞬だけ蘇る。

カオリを傷つけた日の記憶。

泣かせた顔。

何も言い返せず逃げた自分。


どうして?何がいけなかったの?

何も答えられなかった自分。


あの時雑音にしか聞こえなかった… 


終わらせたかった。


カオリを見ると、罪悪感が胸に刺さる。


二つの罪悪感が擦れ合い、

律の頭の中で、ギシ…ギシ…と歪んだ不協和音が鳴り始めていた。


蘭を大切に思っているはずなのに——

その音が律の中で響いていることに、蘭はまだ気づけない。


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