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213 ひとりめ 3

「お待たせ!」

 いきなり目の前で姿を現したレイコに、ビクッと身を震わせるイリー。

 同室の5人がベッドに入って寝息を立て始めた後も、獣脂による明かりが消された暗闇の中でベッドに腰掛けたまま起きていたのである。

 勿論、これから起こることを思えば眠気など催すはずがないし、ベッドに入っていると、起き出す音や振動で他の者を起こしてしまう可能性がある。

 それに、寝着に着替えるわけにも行かず、仕事着のままベッドに入るのも、皆に怪しまれる。そのため、こうするしかなかったのであるが……。


 現れたのは、昼間倉庫で会った時には後ろに控えて殆ど喋らなかったレイコひとりだけであったが、イリーがそのことに疑問を抱くようなことはなかった。

 当たり前である。夜中にこっそり忍び込むのに、6歳や9歳の子供を連れて大人数で来る馬鹿はいないだろう。そしてイリーは、自分に色々と説明してくれた方の『魔法使い』はあのふたりの護衛として残っているのだろうな、と予想するだけの聡明さを備えていた。


「じゃ、一緒に……」

 声をひそめることもせずに、普通の声量でそう言いかけたレイコに、慌てて両手で口を塞ぐ真似をして『静かに!』とアピールするイリーであったが……。

「あ、大丈夫よ。遮音魔法……、音や声が他の人には聞こえなくなる魔法を使ってるから」

「!!!」

 凄い、さすが魔法使い!!

 そう叫びたいところであったが、いくら『他の者には聞こえない』とは言われても、それを文字通りに信じて大声を出すには、イリーは今までに色々と苦労をし過ぎていた……。


「行くわよ!」

 こくり!


     *     *


「御苦労様!」

 ミーネとアラル、そしてハングとバッドと一緒に待っていた街外れの空き地に、イリーを連れたレイコが戻ってきた。

 軽くサムズアップするレイコの様子から、とくに問題はなかった模様。

 地球の繁華街じゃあるまいし、こんな夜中に、街外れのこんな場所に人目があるわけがない。

 それでも、念の為に周囲に人影がないのを確認して……。

 あ、せっかくだから、イリーのために魔法使いっぽい演出をしてあげるか……。


でよ、女神の馬車!」

 ででん!

「うわああぁ!!」

 よし、驚いてる驚いてる……。

 不可視魔法だけじゃ、あんまり魔法使いらしさがないからね。ここらでひとつ、それらしいのを見せておいた方がいいだろう。大事な場面で味方が驚いて立ちすくんだりするとマズいからね。

「よし、乗車!」


(……女神の馬車、って言った……)

(うん、確かに『女神の馬車』って言った……)


「ん? アラル、ミーネ、何か言った?」

「「いいえ、何も!」」

「そう? じゃ、さっさと乗って!」

「「はいっ!」」


 この街では、イリーの希望により、商会主の悪事を弾劾だんがいするのはやめにした。

 商会には普通の従業員が大勢おり、その者達の生活に支障が出ることをイリーが望まなかったからだ。

 確かにイリーをき使ったり苛めのようなことをする者もいたが、優しくしてくれた者も大勢いたから、ということらしい。

 その人達は、イリーを普通に『親に売られた子供』と思っていたらしいので、そういう立場の者としては、多少苛められる程度のことは『ごく普通の扱い』らしい。だから、従業員のみんなには迷惑を掛けたくないんだそうだ。

 ……馬鹿だねぇ……。

 でも、私もレイコも、そういう馬鹿は嫌いじゃない。


 だけど、何もせずに逃げたのでは、商会主がイリーを連れ戻すために捜索隊を出すかもしれない。

 だから、ちゃんと置き手紙を残しておいた。

 養女として引き取る振りをした、違法な人身売買の容疑について。

 孤児院側の者は既に捕らえられ、処罰されたこと。

 隣国に一歩でも踏み入ったこの件の関係者は、即座に捕縛され、処罰されること。

 孤児院側に渡された書類は、領主様が持っていること。

 それらを記した手紙を残しておいたのだ。

 商会主の仕事机の上に載せて、風で飛ばされたりしないようにと、ナイフを思い切り突き立てて……。


 さて、目指すはふたりめがいる街。

 よし、出発!


     *     *


 というわけで、やってきました、三人目がいる街。

 ……うん、『三人目』だ。

 ふたりめのフリア(8歳)は、既に回収済み。

 うん、ま、イリーの時とあまり変わらなかったから、省略だ。

 そしてこの街は、最後のひとり、リュシー(7歳)を回収する予定。

 まずは、宿を取って、リュシーを引き取ったという商会を訪ねて、今日のところは外観と様子だけでも確認しておこう。

 そう思っていたら……。




 ……何、これ?

 子供達をレイコに任せて宿に残し、私ひとりで問題の商店の様子を見に来たんだけど……。

 まだ閉店時間というわけでもないだろうし、こういう店は定休日なんかないはずなのに、閉められた店。そして、扉や壁には落書き、ゴミが投げつけられた跡もある……。


「ああ、そこは2日前から閉まってるよ」

「え?」

 私が呆然と立ち尽くしていると、通り掛かったおじさんが立ち止まって説明してくれた。

「何でも、孤児院から養女として引き取った子供を、給金数十年分前払いで雇った奉公人ということにしてただ働きさせてたらしくてな。その子にそれを暴露した貼り紙を街中に貼られて逃げ出され、おまけに金庫に入れていなかった契約書や覚書とかを根こそぎ廃棄されちまったとかで、そりゃあもう大騒ぎさ。

 勿論、貼り紙のせいで街中に噂が広まって、そうなっちゃあ領主様も腰を上げざるを得ねぇ。

 そうなっちゃあもう、いくら下っ端官吏に鼻薬を利かせていようが、どうにもなんねぇよ。もっと上のお方が出張でばってくるだろうからな。

 領主様にも面子めんつってもんがあるし、そんなのを野放しにしてるってぇ話が国王陛下のお耳にでも入りゃ、大変だ。しかも、子供を隣国の孤児院から騙し取ったってことで、下手すりゃ国をまたいでの大事おおごとになっちまう。

 商会主や大番頭は警備隊じゃなく領主様の邸に引っ張っていかれたから、多分、終わりだな……」

「えええええっっ!!」


 高級アイスクリームを食べたような感じ。

 ……そう、『淑女呆然レディーボーゼン』だ。

 やりやがった……。ミーネと全く同じ手口だ。

 孤児院の初代院長からの教えが、あまりにも完全、かつ強烈に伝わりすぎている。

 ……何者だよ、初代院長!!


 いやいや、今重要なのは、そこじゃない!

「あ、あの、その子供は今……」

「ああ、行方不明らしい。ただなぁ……」

「ただ?」

「引っ張っていかれる前に、商会主が筋者すじもんにその子の捕縛を依頼したらしくてなぁ。生死不問、って依頼したと取り調べで吐いたらしいんだよ……」

「えええええ~~っっ!! ……って、詳しいな、おっさん……」

「お、おっさん……」

 思わずおっさん呼びしてしまい、肩を落とさせてしまった……。

 でも、今はそんなことを気にしている場合じゃない!


「その噂の、信憑性は!」

 そう、そこが大事だ。

「なんでそんなにムキになるんだよ……」

 そう言って呆れながらも、おじさんはきちんと説明してくれた。

「……今日は非番だけど、俺、『そっち側』だからねぇ……」

 警吏か、領主の手下か!

 ならば、今の話はほぼ正確と見て間違いない。

 守秘義務とかは大丈夫なのか、と思わないでもないけれど、多分今の話は既に公表されているか、喋っても問題ない範囲なのだろう。さすがに、秘匿すべき情報をぺらぺらと喋るような馬鹿には見えないし、この店が閉まっているのを見て呆然としているのを見て、親切心で声を掛けてくれただけなんだろう。

 この街の者で、今になってもこの状況を知らない者なんかいないだろうから、他の街から来て、店の状況を見て愕然、固まってしまっていると思われたのだろう。

 ……うん、その通りなんだけどね!


 って、それどころじゃない!

 肩に掛けているバッグに手を突っ込んで、……高級ブランデーと同じ味、香り、アルコール度数で、ちょっぴり身体にいいポーション、この世界でそこそこ高級っぽい瓶に入って、出ろ!


「おじさん、色々と教えてくれて、ありがとう! これ、お礼! うちの街で作られている高級酒だから、じっくり味わって飲んでね。じゃあ!」

 わざと、少々ハイテンションで一方的にそうまくし立て、離脱!

 後ろから、おい、こんなの貰うわけには、とかいう声が聞こえるけれど、無視。今は、それどころじゃない。

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― 新着の感想 ―
あの孤児院って、何かの養成所だったの?
すでに悪のアジトは壊滅?
[一言] 水虫の国の時に作った、眼鏡形の目標物タンチキ形のポーション容器(具体的には3巻に登場)「俺を忘れるな……!! 俺を使えばすぐ見つけられるぜ……!!」
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