【8】
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どうしてくれようか。
作品を聞かせてわくわくした表情を浮かべ、感想を待っている夏美を見てそう思った。
バイト帰りによりたいという彼女を、家の中にいれてリビングにとおした。飲み物をいれて持っていくと見せたいものがあると言われて今にいたる。
好きな人の前では、オオカミになるのだとか、付き合っているとはいえ家に来て二人きりの状況でコレを聞かせるのは、危険だとか言いたい。
携帯で録音されていたのは、ピアノの音で録音されていた曲でメロディーだけのもの。それはいいとして、そこにのせる予定の詩が、女性視点で恋愛の誘うような内容であり、俺に歌ってほしいと言う。セクシーな声でという注文つきだった。戸惑う俺に、彼女はからかうような表情を浮かべている。
「……どう?」
「いい曲になりそうだな。でも、俺が歌うのはちょっと無理かな。ほら、音痴だし」
「練習すればかなり音程とれるよね♪いい声をしているし」
彼女に笑顔で逃げ道をたたれてしまった。誘うような色気のある曲は、夏美の前では歌いづらいのに。
「ルカの声で聞きたい。…ダメ?」
「そんな表情で、お願いしないでください」
そんな可愛いお願いをされたら、思わず頷いてしまいそうになる。おまけに、理性はぐらりと傾きかけてきている。ゆっくり近づいてくる夏美に、理性が完全に負ける前に、この曲を歌う事を選ぶ事に決めた。
「……やるけど練習したいから、コレ送っていい?」
「分かった。今送るね」
嬉しそうに携帯操作している彼女を見て、ふっと笑みを浮かべている自分に気が付く。片思いをしていた頃は、こんな充実した日が来るなんて思わなかった。
そっと手を伸ばして優しくすくように彼女の髪に触れた。さらさらとした感触を確かめるように何度も撫でると、嬉しそうな笑みを浮かべている夏美がいる。
「どうしたの?」
「触れたくなったから。…さて、今日はもう遅いから帰った方がいい」
腕時計に視線を向けると、21時頃になろうとしていた。帰宅をうながすと、夏美は、不満そうな表情を浮かべていた。
「ちゃんと、練習しておくから」
「分かった。じゃ、またね」
「できたら、メールする」
玄関まで見送り、ドアの鍵をしめてから、深いため息を吐き出した。
これ以上一緒に居たら、大人気なく、帰したくないと言って実行してしまいそうになる。それに、本人の前であの歌を練習するのは抵抗がある。
部屋に戻ってから、食器を洗い片付けてしまう。歌をもう一度静かになった部屋の中で聞いた。耳元で聞こえる歌声は、耳を甘くくすぐっていった。何度か通しで聞いた後、メロディー部分を聞きながら口ずさむ。何回か歌っていくうちに、自分なりに曲の強弱をつけて練習していく。
数日後、お互いの休日の昼間、夏美が家に遊びに来た。
飲み物とお菓子を持ってテーブルに持って行くと、楽しみにしている表情を浮かべている。飲み物の入ったコップをテーブルの上に置いた。
夏美が俺に、視線を向けてくる。
「歌って」
「いきなりだね」
苦笑を浮かべながら、飲み物をテーブルの上に置いた。
「早く聞きたいから」
「……ヤケドしても知らないからな」
「はいはい、逃げようとしてないで、歌って」
「俺への扱いが、美咲に似てきているような気がする」
「時々、美咲さんに相談しているから。逃げようとしている時には、逃げ道をたってしまいなさいって」
「そんな事を美咲が言っていたの?」
「うん、言っていたよ。それに…私は、恋人とは関係なく、ルカの歌が好きだから聞きたい」
「……分かった。ちょっと待って」
深呼吸を数回してから、語りかけるように彼女の作った曲を歌い始める。
俺にとっての歌は、思い切り自分の感情を爆発でき、素の自分になれて、普段なら言えない事も言えてしまう別人になれる場所でもある。
歌い終わると、彼女の顔が赤く染まっていた。じーっと真っ直ぐ見られる事が苦手な俺は、ドキっとして視線をそらす。
「どうだった?」
「いつもよりも色っぽくてドキドキした」
「そっか」
ほっと安心した表情を浮かべる。リクエストにこたえる事ができたらしい。
あまり隣には座らないのに、夏美が俺の隣に移動してくる。ぽすっと肩に頭をあずけてきて、髪が首筋に触れてくすぐったい。いつも使っているスタリング剤で、果物のようにほのかに甘い香が近くでする。
「歌詞に描いた様子が頭の中に浮かんでいた」
「夏美が描いた歌詞でしょ?」
笑って言うと、拗ねた気配がする。
「そうだけど、悔しい。私ばかり、余裕がなくなるほどに、振り回されてるみたいで」
俺は苦笑を浮かべた。
余裕がなくなるほどに、夏美の事が好きになっていた。君の言動、一つ一つを知るたびに心を奪われていく。いっそ、衝動のまま奪ってしまいたいと思ってしまう自分と、大人としてだめだろう自分となだめる2つの気持ちがケンカしているから。
「そんな事ないよ」
「本当?」
「あぁ」
ふいに、頬に柔らかい感触がする。それが、頬にキスされたのだと理解するまで数秒かかった。
「うん、本当だ」
困った表情を浮かべている俺を、夏美は意地の悪い笑みを浮かべている。
この状況を楽しんでいられるのは、俺の理性のおかげだぞ、こら。数年前に数回理性が負けた事があるから、自信がなくなってきてしまう。ふむ、だが…このくらいなら平気だろう。
そっと顔を近付けて、触れるだけのキスを唇にする。柔らかい感触とあたたかさが伝わってきた。にっこりと笑みを浮かべる。
「ごちそうさま?」
むくれた夏美に、視線をそらされてしまう。
恋愛感情もすべて、表現する事ができる音楽は好きだと感じた。




