第220話 変わり果てた街
翌朝。
俺たちは、いつものようにミナリアの冒険者ギルドへ向かった。
「アレンさん! おはようございます!」
「おはようございます!」
受付の女性が笑顔で迎えてくれた。
「昨日お預かりした分の査定が終わっていますよ!」
「本当ですか!?」
「はい。群晶石六十七個が二千十万ジェニー、魔物の素材三十体分が五百七十万ジェニーです!」
「おおっ!」
「合わせて二千五百八十万ジェニーですね!」
三人で分けると、一人八百六十万ジェニーになる。
……すごいなあ。
昨日もかなり稼げたんだな!
俺たちはそれぞれお金を受け取り、《収納》にしまった。
「ところで、今日も西ダンジョンへ?」
「はい!」
「ふふっ。そうだと思っていました!」
女性が笑った。
「最近は、皆さんが夕方に帰ってくるのを楽しみにしているんですよ」
「そうなんですか?」
「はい! 今日は何個の群晶石を持ち帰ってくださるのか、職員たちの間でも話題になっているんです」
「ええっ!?」
ルナが驚いた。
「そんなに期待されてるの!?」
「もちろんです!」
女性は笑顔のまま頷いた。
「でも、くれぐれも無理はなさらないでくださいね」
「はい! ありがとうございます!」
俺たちはギルドをあとにした。
◇
それから四日間。
俺たちは毎日、ミナリア西ダンジョンへ通い続けた。
朝は《転移》でダンジョンの入口へ向かう。
転移石を使って深層まで移動し、群晶石の鉱脈を探す。
遭遇した魔物を倒しながら採掘を進め、夕方にはミナリアへ戻る。
そんな生活だ。
五日目に八十三個。
六日目に七十四個。
七日目に九十一個。
そして八日目には八十六個。
以前納品した分も合わせると、群晶石は六百九十一個になった。
「……すごいですね」
受付の女性が、納品記録を見ながら呟いた。
「千個なんて、いつになるか分からないと思っていたのに……」
「あと三百九個ですね!」
「はい!」
女性が嬉しそうに頷いた。
「ヴィクトル様にも、毎日報告をお送りしています。とても喜んでいらっしゃると思いますよ!」
「それならよかったです!」
しかも、稼げているのは群晶石の代金だけじゃない。
深層で倒した魔物の素材も、かなりの金額で買い取ってもらっている。
今回の四日間だけで、群晶石三百三十四個の買取代金は一億二十万ジェニー。
魔物の素材も、合計二千九百四十万ジェニーになった。
合わせると、一億二千九百六十万ジェニーだ!
三人で分けても、一人四千三百二十万ジェニーになる。
四日間で、こんなに稼いじゃった!
さらに、俺自身も魔物を倒してPを獲得している。
四日間で倒した魔物は七十三体。
獲得したPは二十二万五千二百P。
群晶石の採取依頼も毎日達成できたので、四百Pが加算された。
やっぱりダンジョンって楽しいな!
◇
そんなある日のこと。
第三十七階層で群晶石を探していたときだった。
「ねえ、アレン! ちょっと試してみたいことがあるんだけど!」
フェリシアが声をかけてきた。
「何?」
「あの岩、動かせないかな?」
彼女が指差した先には、大きな岩があった。
通路の脇を塞ぐように転がっている。
「……結構大きいね」
「うん。でも、あの奥に何かある気がするんだ!」
なるほど。
岩の後ろには、小さな隙間が見えている。
「じゃあ、俺が動かそうか?」
「ううん! ちょっと待って!」
フェリシアが首を振った。
「オービットで動かせるか試してみたいの!」
「……オービットで?」
「うん!」
フェリシアは二つのオービットを呼び出した。
そして、《収納》から丈夫そうな紐を取り出す。
「昨日も宿で少し試してみたんだけど、二つの群晶石を一緒に使えば、もっと重いものを動かせるかもしれないと思って!」
「……なるほど!」
確かに、面白そうだな。
フェリシアは二つのオービットに紐を結びつけ、岩の周囲へ慎重に回した。
そして、ゆっくりと魔力を流す。
ふわっ。
二つのオービットが浮き上がった。
しかし。
「……あれ?」
岩は動かない。
片方の紐だけが強く張り、もう片方は少したるんでいる。
「うーん。難しいなあ……」
フェリシアが首を傾げた。
「二つを同じように動かさないと、うまく力がかからないのかも」
「じゃあ、もう一回やってみようよ!」
ルナが言った。
「うん!」
フェリシアは紐の長さを調整した。
そして、二つのオービットを同時に浮かせる。
今度は、両方の紐がしっかりと張った。
「……よし!」
ギギッ。
岩が、わずかに動いた。
「……あっ!」
「動いた!」
ルナが声を上げた。
フェリシアは慎重に魔力を流し続ける。
ズズズッ。
大きな岩が、少しずつ横へずれていく。
「……やった!」
フェリシアが嬉しそうに叫んだ。
「すごいね!」
「本当に動いちゃった!」
俺たちは拍手した。
群晶石って、こんな使い方もできるんだな。
「でも、結構難しかったよ!」
フェリシアが額の汗を拭った。
「二つを同じように動かすのって、思ったより大変なんだね!」
「でも、成功したじゃない!」
「うん!」
フェリシアは嬉しそうに笑った。
「もっと練習すれば、さらに重いものも運べるようになるかもしれないね!」
「そうだね!」
すると。
「……あっ!」
ルナが岩のあった場所を覗き込んだ。
「二人とも! こっちを見て!」
「どうしたの?」
近づいてみると、岩の奥に青白い光が見えた。
「……群晶石だ!」
俺は思わず声を上げた。
《鑑定》でも確認する。
【群晶石】
間違いない!
「やったあ!」
フェリシアが両手を上げた。
「実験も成功したし、群晶石も見つかった!」
「一石二鳥だね!」
ルナも笑っている。
俺たちはさっそく採掘を始めた。
◇
そして、さらに翌日。
俺たちはまたしてもミナリア西ダンジョンへ向かった。
これで九日連続の探索になる。
「今日もいっぱい採れるといいね!」
ルナが言った。
「うん! あと三百九個だから、もう少しだね!」
フェリシアも張り切っている。
「じゃあ、今日も頑張ろうか!」
「うん!」
「ワフ!」
「キュ!」
俺たちは笑いながら、ダンジョンへ入った。
いつものように第三十階層の転移石を使い、深層へ向かう。
群晶石を探しながら、遭遇した魔物を倒していく。
俺も今日は積極的に戦った。
深層の魔物は、倒すとかなり多くのPを獲得できる。
途中、何度か強い魔物にも遭遇したけど、今の俺たちには大きな問題じゃなかった。
フェリシアの八つのオービット。
ルナの弓。
テリーの《シャドウステップ》。
そして、空から周囲を警戒するステフ。
みんなが協力すれば、魔物たちを簡単に倒せてしまう。
俺自身も二十体の魔物を討伐し、六万四百Pを獲得した。
今日の群晶石の収穫は六十六個。
「よし! 今日はこのくらいにしようか!」
「うん!」
「今日も結構採れたね!」
ルナが嬉しそうに笑った。
俺は《収納》の中を確認した。
千個まで、あと二百四十三個。
もう少しだな!
俺は《会員》を開いた。
【オリハルコン会員】
【保有:547,320P】
【累計獲得P:2,004,530P】
累計獲得Pも、とうとう二百万を超えた!
「ねえ、アレン!」
フェリシアが声をかけてきた。
「何?」
「千個集まったら、ヴィクトルさんに会いに行こうね!」
「うん!」
「楽しみだな!」
フェリシアが嬉しそうに笑った。
「それより、今日の夕食は何にする?」
今度はルナが尋ねた。
「ルナは食べることばっかりだね!」
「だって、お腹すいちゃったんだもん!」
「そうだね! じゃあ、帰ろうか!」
「うん!」
「ワフ!」
「キュ!」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
さて。
今日もギルドへ群晶石と魔物の素材を納品して、それから美味しいものでも食べに行こう!
俺はミナリアに残した魔力印へ意識を集中した。
「じゃあ、みんな! 帰るよ!」
「うん!」
「《転移》!」
シュンッ!
◇
次の瞬間。
「……えっ?」
俺は思わず声を上げた。
目の前に広がっていたのは、見慣れたミナリアの街並みではなかった。
崩れ落ちた建物。
砕け散った石畳。
あちこちから黒い煙が立ち上っている。
「……な、何これ?」
フェリシアが呟いた。
「……ここ、本当にミナリアなの?」
ルナも呆然としている。
俺たちが転移したのは、以前から使っていた倉庫の裏手だった。
でも、その倉庫は半分以上崩れ落ちていた。
近くの建物も、屋根がなくなっている。
通りへ出ると、さらにひどい光景が広がっていた。
見える限り、どの建物も壁や屋根が壊れている。
完全に崩れ落ちてしまった家も多い。
通りには瓦礫が散乱し、あちこちで火が燃えていた。
「助けてくれ!」
「誰か! こっちに人が埋まっている!」
「子どもがいないんです! 誰か見ませんでしたか!?」
人々の悲鳴が聞こえてくる。
怪我をした人が道端に座り込み、泣き叫んでいた。
倒れたまま動かない人の姿もある。
……何があったんだ?
俺たちが朝、ダンジョンへ向かったときは、いつもどおりのミナリアだった。
それなのに。
たった数時間で、どうしてこんなことに……。
「アレン!」
フェリシアが俺の腕をつかんだ。
「と、とにかくギルドへ行こう!」
「……うん!」
俺たちは走り出した。
◇
冒険者ギルドへ続く大通りも、ひどい有様だった。
馬車が横倒しになり、店の看板が道に転がっている。
騎士の鎧を着た男が、崩れた壁にもたれかかっていた。
「……あっ!」
ルナが駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「……う、うう……」
男は苦しそうに呻いた。
鎧は大きくへこみ、額から血を流している。
「今、治します!」
ルナが治癒魔法を使った。
淡い光が男の身体を包む。
「……おお……」
男の表情が少しずつ和らいだ。
「……た、助かった……」
「何があったんですか!?」
俺が尋ねると、男は震える声で答えた。
「……化け物だ……」
「……化け物?」
「……三人……たった三人で……」
「三人?」
男は苦しそうに頷いた。
「騎士団が……全滅しかけている……。隊長も……」
「……えっ!?」
ミナリアには、この街を治めるシリング公爵領の騎士団が駐屯している。
それなりの人数がいるはずだ。
その騎士団が、たった三人に……?
「……お、俺たちは……何もできなかった……」
男は悔しそうに顔を歪めた。
「剣も……魔法も……まるで通じなかった……」
「……そんな……」
フェリシアが呟いた。
「ほかの騎士さんたちは、どこにいるんですか?」
「……広場だ……。あいつらを止めようとして……」
男はそこで言葉を切った。
俺たちは顔を見合わせた。
「ルナ、この人をお願い!」
「うん!」
ルナはもう一度治癒魔法をかけた。
そして、近くで負傷者を運んでいた住民たちに声をかけ、安全な場所まで付き添ってもらうことにした。
「……ありがとう……」
騎士が小さく呟いた。
「無理しないでくださいね!」
俺たちは再び走り出した。
◇
そして。
「……うそ……」
フェリシアが足を止めた。
目の前にあったのは、冒険者ギルドの建物だった。
いや。
正確には、ギルドだった建物だ。
正面の壁が大きく崩れ、屋根の一部がなくなっている。
入口には大量の瓦礫が積み重なっていた。
「……ギルドが……」
ルナが呟いた。
毎日のように通っていた場所だ。
つい今朝も、受付の女性が笑顔で送り出してくれた。
それなのに。
「……受付さん!」
俺は瓦礫へ駆け寄った。
「受付さん! どこですか!?」
返事はない。
……くそっ!
俺は《魔力感知》を使った。
建物の中を探る。
すると。
「……あっ!」
瓦礫の奥から、弱い反応があった。
「こっちだ!」
俺は崩れた入口の奥へ回り込んだ。
そこには、折れた柱や大きな石が積み重なっていた。
そして。
「……う……」
かすかな声が聞こえた。
「……誰か……」
「……受付さん!?」
俺は瓦礫の隙間を覗き込んだ。
そこにいたのは、いつもの受付の女性だった。
倒れた柱の下敷きになり、身動きが取れなくなっている。
額から血が流れ、服も破れていた。
「……ア、アレン……さん……?」
「受付さん! 今、助けます!」
俺は彼女の上に乗っている柱を確認した。
そのまま引き抜けば、ほかの瓦礫が崩れるかもしれない。
「フェリシア! この石を支えて!」
「うん!」
フェリシアがオービットを展開した。
二つのオービットで崩れかけた石を支え、動かないようにする。
俺は大きな柱へ手をかけた。
「……よいしょっ!」
グググッ!
柱が持ち上がる。
その隙間にルナが入り込み、受付の女性を慎重に引き出した。
「大丈夫です! 今、治しますから!」
ルナが治癒魔法を使う。
淡い光が、女性の身体を包んだ。
「……ああ……」
苦しそうだった女性の呼吸が、少しずつ落ち着いていく。
……よかった。
間に合った。
「受付さん! 大丈夫ですか!?」
「……はい……。ありがとうございます……」
女性が弱々しく笑った。
つい今朝まで、いつもどおり元気だったのに。
こんなことになるなんて……。
「……何があったんですか?」
俺が尋ねると、女性の表情が曇った。
「……三人……だったんです……」
「……三人?」
「はい……。突然、街に現れて……」
女性は震える声で続けた。
「最初は、騎士団の方々が対応していたんです。でも……」
「……でも?」
「……まったく歯が立たなくて……」
女性の目から涙がこぼれた。
「騎士団の方々が次々と倒されて……。応援に駆けつけた冒険者の皆さんも……」
「……そんな……」
ルナが口元を押さえた。
「……ギルドにいた皆さんは?」
俺が尋ねると、女性は唇を震わせた。
「……分かりません……。逃げられた人もいると思います。でも……」
その先は、言葉にならなかった。
俺は周囲を見回した。
崩れ落ちた壁。
壊れた机。
床に散らばった書類。
毎日たくさんの冒険者たちが集まっていた場所が、こんな姿になってしまった。
「……街の人たちは?」
「……大勢……犠牲になっています……」
女性が小さく答えた。
「逃げ遅れた人も……まだ瓦礫の下に……」
……そうか。
俺は拳を握りしめた。
どうして……。
どうして、こんなことをするんだ?
◇
「アレン!」
ルナが声をかけてきた。
「まだ治療が必要な人がいると思う!」
「……うん!」
俺は頷いた。
「テリー! ステフ! 周りに生きている人がいないか探して!」
「ワフ!」
「キュ!」
二匹が動き出した。
俺も《魔力感知》で周囲を調べる。
ギルドの奥に、まだいくつか反応がある。
「……こっちにもいる!」
俺たちは瓦礫をどかし、取り残されていた人たちを助け出した。
ルナが治癒魔法で傷を治していく。
フェリシアもオービットで崩れそうな柱を支え、救助を手伝った。
しばらくすると、近所の住民たちも集まってきた。
「こっちに怪我人がいます!」
「分かりました! 安全な場所へ運びます!」
助け出した人たちを、順番に避難させていく。
……よし。
このあたりにいた生存者は、何とか助けられたみたいだ。
でも。
街には、まだ大勢の怪我人がいる。
そして、こんなことをした三人が、どこかにいる。
……これ以上、被害を出すわけにはいかない。
俺はもう一度、《魔力感知》を使った。
今度は、できるだけ遠くまで意識を広げる。
すると。
「……えっ?」
思わず声が出た。
……何だ、これ?
街の中心部から、三つの大きな魔力を感じる。
いや。
大きいだけじゃない。
今まで感じたことのない、奇妙な魔力だった。
ダンジョンの階層主とも違う。
普通の魔物とも、人間とも違う。
まるで、何か別の存在のような……。
「……アレン?」
フェリシアが俺を見た。
「どうしたの?」
「……三つ、ものすごく強い魔力を感じるんだ」
「……三つ?」
「うん。今まで感じたことのない魔力だよ」
俺は魔力を感じる方向を見た。
ギルドから少し離れた、大きな広場の方だ。
「……もしかして」
ルナが呟いた。
「さっきの騎士さんが言ってた、三人?」
「……たぶん」
俺は頷いた。
そのとき。
ドオオオンッ!
遠くで、大きな音が響いた。
続けて、黒い煙が立ち上る。
「……まだ、壊してるんだ!」
フェリシアが叫んだ。
くっ!
これ以上、好き勝手にさせるわけにはいかない。
「二人とも!」
「うん!」
「行こう!」
「うん!」
俺たちは立ち上がった。
受付の女性を、近くの住民たちに託す。
「……アレンさん……」
女性が俺を見た。
「……気をつけて……ください……」
「はい!」
俺は頷いた。
「もう、これ以上誰も傷つけさせません!」
テリーとステフには、救助を続ける人たちのそばで周囲を警戒してもらうことにした。
「テリー! ステフ! ここをお願い!」
「ワフ!」
「キュ!」
……よし。
俺たちは、三つの魔力を感じる方向へ走り出した。
◇
広場へ続く道は、ひどい有様だった。
両側の建物は崩れ落ち、石畳には大きな穴が開いている。
あちこちに騎士たちの武器や鎧が散らばっていた。
そして。
「……あそこ!」
フェリシアが指差した。
広場の中央に、三人の人影があった。
……何だ、あいつら?
俺は思わず足を止めた。
三人とも、人間のような姿をしている。
でも、明らかに違っていた。
三人とも青灰色の肌に、真紅の瞳を持っていた。
一人は、筋骨隆々とした大柄な男。
もう一人は、背が高く、細身の男。
そして最後の一人は、長い黒髪をした女だった。
三人の周囲には、異様な魔力が漂っている。
広場には、壊れた馬車や騎士たちの武器が散乱していた。
近くの建物も、ほとんど原形をとどめていない。
……こいつらが、やったのか?
俺は三人へ向かって歩き出した。
「……おい!」
三人が、こちらを見た。
「お前たちが、ミナリアをこんなにしたのか!」
すると、筋骨隆々とした大柄な男が、ゆっくりと振り向いた。
俺たちを見て、つまらなそうに鼻を鳴らす。
「……なんだ? まだ人間が生き残っていたのか?」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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