表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

第四章:踏み出した一歩

翌日、美樹は学校の帰りに、

宝塚音楽学校とレッスン教室のパンフレットを入手していた。


宝塚音楽学校——その名前を口にするだけで、胸の奥が熱くなる。

けれど今はまだ、誰にも触れられたくない。

夢は、言葉にした瞬間に壊れてしまいそうなほど、繊細だった。


パンフレットに目を通して、必要な費用の把握に没頭した。


音楽学校の費用は、高校進学の費用とそう変わらないため

その時に親に出してもらうことにした。


問題は、レッスン教室の費用をどうするか。

親に頼るのは違う気がした。

音楽学校受験までは親には秘密で、自分の夢は

自分の力で支えたい。

小遣いの蓄えはあるが、レッスン教室の入学金などに

置いておく必要がある。


そう思ったとき、新聞配達の求人が目に留まった。

朝の坂道を走ることは、バスケの練習にもなる。


その日の夕食後

「バイト、始めようと思うの」母にそう告げると、


少し驚いた顔をした。

「何か欲しいものでもあるの?」


「ううん、ちょっとねバスケのトレーニング」


母は紅茶のカップを置いて、静かに微笑んだ。

「美樹がそう思うなら、応援するよ」

「でも、無理はしないでね」


母親がこの前の、たこ焼きパーティの話をし出した

「西村さんって、明るくていい子ね。」

「松岡くんは、静かだけど芯がある。ああいう子は信頼できる」

「佐伯くんは……あの子、目が強いね。最近では珍しいタイプね」


小林は以前から疑問であったことを聞いた。

「どうして、宝梅中学に転校させたの?」


母は紅茶のカップを置いて、静かに語り始めた。

「大阪では、あなたが“代表”になってから、

友達がたくさん来てくれるのは嬉しかった」

「でもね……ある日、尚子ちゃんのお母さんが

突然訪ねてきて」

「『ご主人に仕事を紹介してほしい』って言ってきたの」


小林は驚いた顔をした。

(そんなことが……)


「他にも何件か続いたの。あなたが悪いわけじゃない」

「でも、あなたが、誰かの“道具”みたいに扱われるのが、

母親として、耐えられなかったの」


「宝塚を選んだのはね……小林一三さんが、うちの遠縁にあたるの。

ここなら、少しは“距離”を保てると思ったの」


母の声には、少しの疲れと、娘を守りたいという祈りが滲んでいた。


小林は少し考えてから言った。

「じゃあ、今度お父さんも一緒に会わせて」

「みんなに。“池乃めだか”って紹介したい」

母は笑った。

「あの人、ほんとにベタベタ関西人だからね。驚かれるかもよ」


新聞配達の面接の日。

新聞販売所の店主は、小林の顔を見て眉をひそめた。

「女の子が新聞配達って……珍しいな」


小林はまっすぐに店主の目を見た。

「朝の坂道を走るのが好きなんです。バスケにも役立つし」


しばらく沈黙が流れたあと、店主は小さく頷いた。

「まあ、やってみるか。根性あるなら、続くかもな」


初めての配達の日。

まだ夜の名残が残る空の下、美樹は自転車を押して坂道を登った。

新聞の束が重くて、息が切れる。

それでも、心は静かに燃えていた。

夢に向かって走る——その感覚が、確かに胸の奥に灯っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ