第二章 たこ焼きパーティ
「ねえ、小林さんって、たこ焼き作れる?」
西村が、隣の席で唐突に聞いてきた。
「作れるよ。大阪人だもん」
「宝塚は神戸文化に近いからどっちかというとお好み焼きなんだ」
「じゃあ、今度うちでパーティしようよ」
「 あ、うちって言っても、うちじゃなくて小林んちでね」
小林は笑った。
「いいよ。じゃあ、来週末ね」
西村が聞いた
「しっちゃんも呼んでいい?」
「しっちゃんって?誰?」
と怪訝そうな顔で小林が聞いた。
「うちのクラスにいるでしょ。松岡君。あの転校生の隣の子」
「しっちゃんは小学生からの幼馴染」
「別にいいわよ。多い方が楽しいもんね」
小林が少しふざけて
「ねえ、そろそろ苗字で呼び合うのやめない?」
「私はずっと『ミッチ』って呼ばれてた」
西村は頷いて
「私、『のりっぺ』」って呼んで。
「じゃあ、来週、一緒に買い出しね」
と約束して別れた。
次の日、昼休み
西村が松岡のところへ、嬉しそうな顔をして近づいてきた
「ねぇ、しっちゃん。今度の土曜日暇?」
「家で漫画の続き読もうと思っていた」
「そんな事は、いつでもできるでしょ!」
「タコ焼きパーティに誘ってあげる。いいよね」
「『はいからさんが通る』のいいところだったけど」
「まぁいいか?どこでするの」
「ミッチの家」
「ミッチって?」
「あっ、そうか、小林さんのこと」
「ふーん、男子一人では怖いな。女子の会話の餌食にされてしまう」
「佐伯を誘ってもいいかなぁ。二人とも転校生だし」
「うん。人数は多い方が楽しいもんね」
放課後
サッカーの練習前に松岡が佐伯に聞いた
「佐伯、次の土曜日用事あるか?」l
「特にないけど。自主練でもしようかと思っていた」
「じゃぁ、たこ焼きパーティへ一緒に参加してくれ」
「タコ焼きパーティ?なにそれ」
「のりっぺと小林さんが企画しているみたい」
「男子一人では心許ないので」
「小林さんって、俺と同時に転入してきた
可愛らしい子だったな」
「のりっぺって誰のことだ」
「
同じクラスの西村。幼馴染なんだ」
「あー。あの元気で楽しそうな子か。いいよ参加する」
「じゃ、土曜日に集合で!」
土曜日。
小林の家の前に、佐伯、松岡、西村が集まった。
小林の家は、宝塚の一等地にかなり大きな一戸建ての
家であった。
松岡が思わず口に漏らした
「おいおい、小林って何者なんだ。この辺りは有名人の
屋敷だらけだぞ」
西村「えー。ひょっとしてお嬢様?」
佐伯「・・・・」
小林がひょっと顔を出した。
「みんな、準備できているよ。さぁ、上がって」
後ろから、上品そうな女性が顔を出した。
「いつも、美樹がお世話になっています。美樹の母親です」
「狭いうところで窮屈かもしれませんが。ゆっくりしていってください」
松岡が西村に顔を見合わせこっそりと
「ここが狭い?だったら僕の家なんか、ないに等しいや」
っと言った
小林が
「ママ。あとは私たちで楽しむから。ありがとう」
4人は部屋に上がった。
たこ焼きパーティが始まった。
最初はぎこちなかったが西村が小林に尋ねた。
「ねぁ、ミッチ。ちょっと私びっくりしてるんだけど」
「あなた、お嬢様かなんか?」
男性二人も、興味深く小林を見ている。
「お嬢様?私、女の子だから『おぼっちゃま』でないのは
確かだけど」
「大阪にいた時もそうだったけど。家とかお母さんを見たら
みんな引くのよね。この人は、別の世界の人かって?」
「今度、お父さんを紹介してあげる。ベタベタ関西人だよ。
いけてる『池乃めだか』 みたいなんだから」
たこ焼きパーティが始まった。
会話の中心は自然と西村が進めていた。
突然、
「今日は佐伯君もいるし、しっちゃんに特別インタビューです」
かっこをつけて
「えへん。松岡君はなぜサッカーに目覚めたのですか?」
「この前まで漫画ばっかり読んでて、スポーツとは無縁って
感じだったのに」
小林が「へー、そうなんだ」と頷く。
佐伯も興味ありげに顔を向けた。
松岡は、たこ焼きをひっくり返しながら、
少しだけ照れくさそうに言った。
「……西ドイツワールドカップの決勝をたまたまテレビで見たんだ」
「優勝したドイツのキャプテンが、カップを掲げた瞬間」
「あの充実した笑顔を見て、漫画じゃ味わえないって思った」
3人が静かに聞き入る。
「一緒に見てた親父が、元ハンドボールの強化選手でさ」
「“チームスポーツはいいぞ”って、熱く語ってた」
進学にも有利になるっていう現実的な話もされたけど……
「あの優勝した笑顔が忘れられなかった」
佐伯が急に口を開いた
「……で、その試合で、どの選手が気になった?」
松岡は少し考えてから答えた。
「初めて見たから、名前までは覚えてないけど」
「優勝したドイツのキャプテンと、オランダのキャプテン」
「なんか、両方とも“先を読んでる”って感じがした。
ボールが来る前に動いてるし、味方の配置も見てるような」
「…… 素人目にも、戦術がすごいって思った」
佐伯は、たこ焼きをひっくり返しながら、内心で思った。
(……こいつ、いい目をしてる)
「たぶん、それ、ドイツはベッケンバウア。リベロのポジションだ」
「オランダはクライフ。トップ下の攻撃的ハーフ」
「どっちも、チームの頭脳みたいな存在だった」
松岡が目を丸くする。
「そんなすごい選手だったんだ……」
ふとした瞬間に、小林が言ってしまった。
「そういえば、クラブチームで佐伯見かけたよ。あれって、テストだったの?」
空気が、少しだけ止まった。
松岡が声をあらげ
「クラブチーム?なんでそんなとこ行ってんだよ」
「……別に、見学だよ」
「なんで黙ってたんだよ」
西村が間に入る。
「しっちゃん、落ち着いて。 佐伯だって、まだ迷ってたんだよ」
佐伯は、少しだけ俯いて、それから言った。
「……相棒がいるか、いないか。それだけだった」
「は?」
「クラブチームには、いなかった。松岡みたいなやつが」
沈黙が落ちた。鉄板の音だけが、静かに響いていた。
「……なんだよ、それ。じゃあ、俺のせいで部活に入るのかよ」
「そう。お前のせいだ」
佐伯は松岡に向かって、真剣に言った。
「俺さ……プロ、目指してる」
「本気で。サッカーで食っていくって決めてる」
他の3人は目を丸くして聞いていた。
「まずは、中学で全国制覇。高校に入っても高校選手権
3連覇を目指している。当然、一人ではできない」
「さっき「西ドイツワールドカップ決勝」の話があったけど、
あれは両キャプテンが当然対峙していたよなぁ」
「これが同じチームであったら最強じゃん」
「俺は、今の宝梅中学サッカー部に革新を起こしたい」
「まずは、今年県大会ベスト8、来年県大会優勝と全国制覇だ」
周りの3人は佐伯の暑っぽく語る、言葉に驚かされていた。
やがて、松岡がポツリと言った。
「佐伯がクライフなら僕はベッケンバウアか」
シュートは嬉しそうに頷いた
小林が取り待つように
「はい、誤解も解けたし。そろそろ苗字で呼び合うのやめない?」
「私は“ミッチ”、西村は“のりっぺ”、松岡は“しっちゃん”でしょ」
「じゃあ、佐伯くんは……」
と小林が言いかけたとき、佐伯が静かに口を開いた。
「……“シュート”って呼んでくれていいよ」
3人が驚いたように顔を向ける。
「静岡でも、そう呼ばれてた。小学生の頃からずっとサッカーに夢中で
毎日シュートばっかり練習してた」
「名前も『秀太』だし 気づいたら、みんなそう呼ぶようになってた」
松岡が目を丸くする。
「じゃあ、あだ名っていうより、名前”みたいなもんだな」
佐伯は少しだけ笑った。
「大阪でも、そう呼ばれたらいいなって思ってた」
「でも、言い出すタイミングがわからなくて」
小林がぱっと笑った。
「じゃあ、今がそのタイミングだね。ようこそ、“シュート”!」
松岡がにやりと笑う。
「じゃあ、次から“シュート”って呼ぶな。」
佐伯は、たこ焼きをひとつ口に運びながら、静かに笑った。
その笑顔は、転校して初めて見せた、ほんの少しだけ“素”の表情だった。
たこ焼きの湯気の向こうで、4人の関係が、静かに形を変えていった。
呼び名が変わるだけで、過去と今がつながる。そんな夜だった。
たこ焼きの真ん中には、タコじゃなくて、
ちょっとした“本音”が詰まっていた。




