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第29章:知ってしまった過去

しずかは社長秘書として働き始め、

孝彦のスケジュール管理や資料整理をこなしながら、

徐々に再開発プロジェクトの内部に触れ始める。


ある日、孝彦から分厚い資料を渡される。

「松岡さん。 来週の住民説明会の資料、目を通しておいてください」


しずかは胸が高鳴った。

(ついに……現場に関わるんだ)

しかし資料を開いた瞬間、胸がざわついた。


“商店街の一部取り壊し案”

“住民移転の可能性”

“補償金の試算”

(……こんなに大きな影響が出るの?)


昼下がりの秘書室。

しずかは書類の整理をしていると、孝彦に呼ばれた。


「松岡さん、これをお願いできますか」

差し出されたのは、分厚い封筒の束と、宛名リスト。


「来週の住民説明会の資料です。

 関係者の皆さんに事前に配布しておいてください」


「はい、承知しました」

しずかは丁寧に頭を下げ、秘書室の机に封筒を並べていく。


しずかは、説明会資料の配布リストに 里美の名前を見つけた。

しずかは決めた。

(郵送じゃなくて……私が直接持って行こう。 就職の挨拶も兼ねて)


里美とは、のりっぺを通じて旧知の仲。

夕方、事前に連絡し里美の家に立ち寄る。

「しずかちゃん、久しぶりやねぇ。就職決まったんやって?」


「はい。阪急グループの観光部門で……社長秘書室に配属されました」


里美は驚き、そして誇らしげに笑った。

「すごいやん。あんた、ほんま頑張り屋やからね」


しずかは資料を差し出す。

「実は……再開発の説明会の資料なんです。

 里美さんも出席者に入っていましたので……」


里美は一瞬だけ表情を曇らせたが、

すぐにいつもの笑顔に戻った。

「ありがとう。ちゃんと読むわ」


しずかは胸が痛んだ。


説明会は荒れに荒れた

住民の怒号、補償への不安、

しずかは“企業側の人間”として初めて現実を知る。


説明会後、社長室で。

「社長…… 全員を一度に説得するのは難しいと思います。

 まずは商店街のキーマンだけを集めて、

 小規模の打ち合わせをしてみてはどうでしょうか」


孝彦はしばらく考え、しずかを見て頷いた。

「……やってみましょう。松岡さん、準備をお願いします」

しずかは深く頭を下げた。


後日、商店街の代表者数名が集まった。

里美もその中にいた。

「しずかちゃん……あんた、こんな大役してるんやね」

「はい……微力ですが」

里美は落ち着いていたが、その言葉には重みがあった。

「私らは、ただ“置いていかれたくない”だけなんです」

しずかは胸が締めつけられた。


打ち合わせが終わり、しずかは資料を片付けていた。

打ち合わせは残会に比べ前向きな会話が見られた。

報告資料の作成のためしずかは社長を探した・


担当者が言った。

「社長なら、さっき外に出られましたよ。

 “ちょっと話がある”って、あの奥さんと」

(……里美さん?)


胸がざわつく。

しずかは社長に渡す書類を持って外へ出た。

商店街の角にある 喫茶マック。

ガラス越しに、孝彦と里美が向かい合って座っている。

(……二人きり?)


喫茶マックの奥の席。

しずかは、社長に渡す書類を持ったまま、

店内の混雑で席が空くのを待っていた。


偶然、孝彦と里美の座る席の“死角”に座る形になった。

二人の姿は見えない。


しかし、声だけははっきり聞こえてしまう。

しずかはコーヒーを前に、

胸の鼓動が早くなるのを感じていた。


孝彦の低い声が聞こえた。

「……東京に行ったのは、親の勧めやった。

 向こうの会社に移ってすぐに……お見合いがあってな。

 そのまま結婚した。 子どもも生まれた」


(……ミッチのこと……)


「里美。別れる時に言ったよな。“見合いした人と結婚する”って」


「……そう言ったね」


「本当に……あの時、誰かと結婚したんか?」


「……私は、その人と結婚したよ。 すぐに亡くなっってしまった」


「……そうか」


「……それだけや・今はシングルマザーで娘と暮らしているの」

必要最低限。それ以上は語らない。


孝彦は、何かを飲み込むように黙った。


(……これ以上聞いたらいけない。 でも……耳が離れない)

(のりっぺにも、ミッチにも…… 絶対に言えない)


孝彦と里美の会話は、

どこか過去の影を引きずりながらも、

互いに踏み込まないまま終わりに近づいていた。

「……里美。 お前がどう生きてきたか、

 俺は何も知らんままやったな」


「……そうやね」

短い返事。それ以上は語らない。


孝彦は、どこか言いにくそうに続けた。

「再開発の件…… お前の仕事のことも、俺は気にしてる」


その瞬間、里美の声が少しだけ鋭くなった。

「……孝彦さん」

「昔、付き合ってたからって…… 私を贔屓にしたらあかんよ」


「……里美」


「他の人と同じ扱いでいい。 特別扱いなんか、いらん」

その声は静かだった。でも、強かった。


「自分の力でやってきたんやから。これからもそう」

孝彦は、しばらく何も言えなかった。


里美は席を立つ前に、最後に一言だけ残した。

「それだけ、言いに来ただけ」

そして、店を出ていった。


(……里美さん…… 強い人だ)


(でも…… この二人の間に何があったのか、

 私は知ってはいけかった)


しずかは静かに席を立ち、社長に渡す書類を胸に抱えた。

胸の奥で、何かが静かに重く沈んでいった。


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