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第23章 再会の時

夏の終わりが近づく頃、

宝塚の街には静かに、しかし確実に“変化の気配”が

漂い始めていた。


逆瀬川駅前再開発――

その言葉は、まだ中学生のミッチやしっちゃんには

遠い世界の話だったが、

大人たちの間では、すでに避けられない現実

として動き出していた。


本社からの指示を受け小林孝彦は、再開発事業の実務に深く

関わることになった。


彼が最初に向かったのは、市役所前市場――

古くから地元に愛されてきた小さな商店街だった。


八百屋、魚屋、惣菜屋、文具店……

昭和の香りが残る店が並び、地域の人々の生活を

支えてきた場所。


しかし再開発計画では、この市場は市役所の移転も伴い

“立ち退き対象”になっていた。


「急に出ていけと言われても困りますわ、社長さん」

「うちなんか、ここで三十年やってきたんですよ」

「再開発って、結局は大きい会社の都合なのでしょう?」


商店主たちの声は、怒りと不安と諦めが入り混じっていた。


孝彦は深く頭を下げた。

「皆さんの生活があることは重々承知しています。

 しかし、街の未来のためにも、どうかご理解を……」


言葉を選びながらも、

胸の奥には重い石が沈んでいくようだった。

(……これが、再開発の現実か)


次に向かったのは、老舗の宝塚の地場デパートで

ある、「大宝デパート」。


再開発に伴い、阪急デパートの傘下に吸収合併されることになる。


「合併って聞こえはいいけど、一部はリストラやろ」

職員たちの声は、市場とはまた違う種類の不安に満ちていた。


孝彦は、彼らの目をまっすぐ見て説明した。

「全員の雇用を守る方向で調整しています。

 ただし、配置転換は避けられません」


その言葉に、職員たちは静かにうなずいた。

(……誰かの未来を動かすというのは、

 こんなにも重いことなのか)

孝彦は、自分の肩にのしかかる責任の大きさを痛感していた。


同じ頃。

しずかはスーツ姿で鏡の前に立っていた。

「……よし」深呼吸をして、髪を整える。


向かう先は、逆瀬川再開発事業を担当する関連会社の面接。


大学四年生のしずかにとって、

就職活動は人生の大きな岐路だった。

(街が変わるなら、その中で働くのも悪くないかもしれない)

そう思ったのは、


単なる就職先探しではなく、

“自分の街の未来に関わりたい”という

気持ちが芽生えたからだった。


面接会場に入ると、担当者が穏やかな笑顔で迎えた。

「松岡さんですね。 今日はよろしくお願いします」


「よろしくお願いいたします」

しずかは背筋を伸ばし、しっかりと目を合わせた。

(滋昭にも、胸を張って言える仕事がしたい)

弟の姿がふと頭をよぎり、しずかは小さく微笑んだ。


数日後、再開発の説明が市役所の会議室で開催された。

古い木の匂いと緊張が満ちていた。


里美は、市役所前市場と大宝デパートでの

仕事を持っているため代表と共に出席していた。


時間が来て、スーツ姿の男性が入ってきた。

「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。

 阪急グループ再開発担当の小林です」


その声を聞いた瞬間――

里美の心臓が跳ねた。顔を上げる。


そこに立っていたのは、

10年以上前に別れた“あの人”だった。


(紀子の友達のお父さんは、確か“小林さん”って言っていた。)

(やっぱり、孝彦さんのことだったんだ)


協議が始まり、市場の人々が次々と意見を述べる。


孝彦は真剣にメモを取りながら、ふと視線を上げた。

その瞬間――彼の目が、里美を捉えた。

(……あれは)


一瞬、時間が止まったようだった。

(里美……? いや、まさか。こんなところで)

彼は動揺を隠すようにすぐに視線を資料に戻した。


今は“再開発の責任者”としてここにいる。

(……気づかないふりをするしかない)

孝彦は、胸の奥に小さな痛みを抱えながら、

協議を続けた。


協議が終わり、市場の人々が帰り始めた。

里美は最後まで席を立てずにいた。


孝彦は資料をまとめながら、ちらりと里美の方を見た。

(……やっぱり、里美だ)

しかし、彼は声をかけなかった。


里美もまた、孝彦の方を見つめながら、

何も言わずに会議室を出た。


二人の間に流れたのは、言葉ではなく、

15年分の沈黙だった。


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