第24章:出生の秘密
家に帰ると、「おかえり、お母さん!」
とのりっぺが元気に迎える。
里美は、その笑顔に救われるように微笑んだ。
「ただいま。……今日はちょっと疲れたわ」
「大丈夫? 最近忙しそうだよ?」
「うん……ちょっとね」
のりっぺは何も知らない。
母が今日再会した相手が未来に影を落とすかもしれないことも。
その夜。
孝彦は自宅の書斎で資料を整理していた。
ふと、協議の場で見た女性の顔が浮かぶ。
(……里美。 あれは、間違いない)
しかし、彼は深く息を吐き、その記憶を胸の奥に押し込んだ。
夕食を終え、のりっぺが自室に戻ったあと、
里美は台所でひとり、洗い物の手を止めた。
(……やっぱり、あれは孝彦さんだった)
胸の奥がずきりと痛む。市場の協議で見たあの横顔。
声。仕草。
10年以上の時を越えても、忘れられるはずがなかった。
里美は、静かに目を閉じた。
あれは関学の学祭の日だった。
屋台の匂いと学生たちの笑い声が混ざる中、
里美は友人と歩いていた。
「すみません、アンケートお願いできますか」
振り返ると、白いシャツに紺のジャケットを
羽織った青年が立っていた。
少し照れたような笑顔。落ち着いた声。
それが――
小林孝彦だった。
「阪急沿線の街づくりについて、学生の意見を聞いているんです」
「街づくり……? なんか難しそうやね」
「いえ、そんなことないですよ。
僕は、もっと住みやすい街にしたいだけです」
その言葉に、里美は不思議と心を掴まれた。
それが始まりだった。
孝彦は真面目で、優しくて、どこか不器用だった。
授業が終わると、二人はよく関学のキャンパスを歩いた。
「里美と話していると、落ち着くんだ」
「ほんま? 私は何もしてへんよ」
「いや……しているよ。 君がいると、未来のことを考えられる」
その言葉に、里美の胸は何度も熱くなった。
大学4年の頃。自然な流れで、二人は同棲を始めた。
小さなアパート。狭いキッチン。安い家具。
でも――毎日が幸せだった。
孝彦は、里美の作る味噌汁を「世界一うまい」
と言って笑った。
(あの頃は……ほんまに、結婚すると思っていた)
しかし、現実は残酷だった
孝彦は阪急グループの家の息子だった。
最初は気にしなかった。
でも、孝彦が就職を意識し始めた頃――
その“家柄”が二人の間に影を落とし始めた。
「……卒業後すぐに東京へ行けと言われた」
孝彦は苦しそうに言った。
里美は笑ってみせた。
「私は大丈夫。孝彦が幸せなら、それでええ」
でも本当は、胸が裂けるほど痛かった。
(私……孝彦の重荷になっている)そう思った。
大学卒業が近づいた頃。
孝彦から「東京で落ち着いたら呼び寄せるから、
考えて欲しい」と言われた。
里美は、最後の夜、静かに言った。
「孝彦……前から両親に勧められていたお見合いを
この前したの」
「その人と結婚する」
それは、里美の嘘であった。
孝彦は何も言えず、ただ里美を抱きしめた。
その腕の震えを、里美は今でも覚えている。
翌朝、孝彦は東京へ旅立った。
それが――二人の別れだった。
数週間後。
里美は体調の変化に気づいた。
検査薬の線を見た瞬間、膝が崩れ落ちた。
涙が止まらなかった。
その涙は悲しみだけではなかった。
里美は決めた。
「どんなことがあっても、この子を守る」
そして生まれたのが――紀子だった。
里美は洗い物の手を止め、静かに息を吐いた。
(……紀子は、あなたの娘)
胸が締めつけられる。
(紀子には……絶対に言われへん。孝彦にも)
里美は、静かに目を閉じた。
街が変わる。人の人生も変わる。
そして――10年前の秘密が、
再び動き出そうとしていた。
筆者もびっくりな展開。
どこに持っていくつもりだろう
お気に入りへの登録やいいねをよろしくお願いします
感想などのコメントも歓迎します




