第14章 宝塚再開発
ある日の午後、小林家の電話が鳴った。
受話器を取った小林孝彦の表情が、みるみる緊張に変わる。
「……はい、小林です。
ええ、本社に……分かりました。伺います」
電話を切ったあと、孝彦は深く息を吐いた。
(兄貴が社長を務める阪急グループ本社からの呼び出し……
ただ事じゃないな)
孝彦は現在、阪急グループの観光部門の社長。
兄がグループ全体の社長を務めているため、
本社との連携は日常的にあるが、
“急ぎで来てほしい”という連絡は珍しい。
電車に揺られながら、孝彦はふと昔を思い返していた。
(俺はずっと宝塚で育った。関学まで通い続けて……
卒業後、東京進出のタイミングで本社から東京勤務を命じられたんだ)
東京での8年は激動だった。
新規事業、観光企画、海外との連携。若手ながら責任ある仕事を任され、
気づけば8年が過ぎていた。
その後、大阪本社に戻り、さらに5年。
観光部門の社長に就任し、阪急グループの中でも重要な立場を
担うようになった。
そして――
娘・美樹のため、家族で宝塚に戻ることを決めた。
( 会社も、宝塚への帰還を認めてくれた。
だが……その裏には“再開発”の話もあったんだろうな)
孝彦は、兄の意図を薄々感じていた。
梅田の阪急本社。
応接室に通されると、兄と数名の役員が待っていた。
「孝彦、来てくれてありがとう」
兄は穏やかな笑みを浮かべながらも、その目は真剣だった。
「逆瀬川駅前の再開発が、いよいよ本格的に動き出す。
そこで――お前に“再開発グループ”への転属を命じたい」
孝彦は息をのんだ。
「……私が、再開発を?」
「そうだ。 お前は宝塚を知っている。 東京も、大阪も、観光も知っている。
そして今、宝塚に住んでいる。 これほど適任はいない」
役員の一人が資料を差し出した。
「再開発は、単なる建物の建て替えではありません。
地域に根付く“文化・教育・企業”の再構築が求められます」
孝彦は資料をめくりながら、
その言葉の重さを噛みしめた。
(街を変える…… いや、街の未来を作る仕事か)
兄が続けた。
「孝彦。 宝塚に戻ったのは、美樹のためでもあるだろう。
だが同時に、宝塚の未来に関わるチャンスでもある。
頼んだぞ」
孝彦は静かにうなずいた。
「……分かった。やらせてもらうよ」
その夜。
孝彦は夕食後、美樹を呼んだ。
「美樹、ちょっと話がある」
「あら、えらく真面目に。パパどうしたの?」
美樹は首をかしげながら父の前に座った。
「宝塚の街を、もっと良くするために……
会社から“地域への貢献”を求められているんだ。
教育や文化の面でも、中学、高校に何かできないかと」
美樹は少し考え、目を輝かせた。
「パパ。 今、学校でビデオデッキがすごく話題になってるの。
でも、まだ持っている学校は少ないし、すごく高いんだって」
「ビデオデッキ……?」
「うん。 授業にも使えるし、クラブ活動にも役立つと思う。
宝塚の学校に寄付できたら、すごく喜ばれるよ」
美樹は続けた。
「宝塚って、文化の街でしょ?
だったら、教育にも文化にも役立つものを届けたらいいと思う」
孝彦は深くうなずいた。
「……ありがとう、美樹。
お前の言葉で、方向性が見えたよ」
翌日。
孝彦は本社に戻り、教育支援案として
「市内中学・高校へのビデオデッキ寄付」を提案した。
役員たちは驚きつつも、すぐに賛同した。
「これは良い。
再開発の前に、地域との信頼を築くには最適だ」
「阪急グループとしての“文化・教育支援”を示せる」
「すぐに動こう」
こうして、宝梅中学を含む市内の学校へ、
最新型ビデオデッキの寄付が決まった。
孝彦は静かに思った。
(街が変わる前に、 子どもたちの未来に少しでも力になれれば……
それが、宝塚に戻ってきた意味なのかもしれない)
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