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10/10

夏ですね

皆さま色々大変な世の中ですが

ご自愛ください

(月日の流れがとても早い)


 商業街はいくつかのエリアに分かれている。

 貴族の生活用品、必需品などを取り扱うエリアと、貴族の嗜好品、趣味の物などを取り扱うエリアと、庶民の生活用品、必需品などを取り扱うエリアと、冒険者向けのエリアと、商人や職人など専門家たちが利用するエリアだ。

 分かれていると言っても仕切られているわけではなく、ゆっくりと特徴が変わって行くのは見ていて面白い。

 移動はもっぱら乗り物を使うために歩いている途中では見かけなかった貴族の姿も商店街ではちらほら見受けられる。

 ほとんどは侍女や従者、使用人に行かせるとしても、物によっては自分で行く必要があったり、吟味したい物もあるのだ。なので貴族ではない今の姿では不自然ではないが、注意して歩かなければならない。

 見慣れたお店の並ぶ光景を通り越すと、ねこねこねこもある境い目のエリア。どちらの層にも行きやすい丁度良い区画である。

 この辺りからは私はほとんど入った事が無い。馬車に乗って通ったことがあるという程度だ。なのでどこに何のお店があるのかとか全く分からないし、どんな人がいるかも分からないので気を引き締めて行かなければならない。


「よし」


 手に下げたマンドレイクのカゴが何となく心強い。持っているのもだいぶ慣れて来たし気にもならなくなって来た。

 そう言えばマンドレイクはこのままで良いんだろうか。ノースロードまでこれで良いのか、水とか栄養とか与えた方が良いのかどうなんだろう。

 明日はバタバタしそうなので後で教会に行こう。そう決めて心を切り替える。

 荷物を確認して、ひとつ購入した方が良い物があった。庶民が持つような鞄である。公爵家なので、そういう貴族向けの物しか無かった。モモたちの使っているバッグはお屋敷務め仕様の物なので旅をするには向いていないと却下された。

 一見普通の鞄で、なおかつ内部拡張された物。出来れば温度や鮮度の意地される食品向きのオプションが付いた物があると良い。ある程度の希望に適う物は冒険者向けのお店にあると思われるのでそれを手に入れること。

 そして街の様子を観察して、庶民の言動とか振る舞いを無理のない程度に学ぶ。この2つが大きな目的である。

 そして出来れば教会に行ってから冒険者ギルドに行って登録をして、サイファ氏と合流する。

 最悪良い鞄が見つからなければ教会で機能は付けて貰えるので、それっぽい鞄が見つかれば良いのだけれど。

 そんな事を考えながら、ふと目に付いたクレープの屋外の店舗の列に並んでみる。クレープと言っても私の知っているお皿に乗ったものではなく、具材を豪快に包んだ物を更に紙で包んでいて手で持って食べるのに手を汚す事なく、買ってすぐに食べたりするらしい。

 歩きながら食べている人もいる。何とも豪快で勇ましい。

 時間帯はお昼。朝から動いていてお腹が空いてきたのもあるし、買い方とか話し方とかを先に並んでいる人から学ぶという狙いもある。

 私の前には3組並んでいて、カウンターの周りにあるメニューを見ながらやり取りを観察する。

 具材を注文して、お金を払って、商品を受け取る。この3工程。その後は持って何処かに行く人もいれば、少し離れた所にある椅子に座って食べる人もいるし、お店の前の邪魔にならない所に避けて食べている人もいる。様々だ。


「お待たせしました。ご注文をどうぞ」

「チキンマヨクレープをひとつ」


 私の番が来たので、並びながら選んだメニューを注文する。

 買うだけなら変な所はないはずだ。


「5ガルドです」


 お財布の代わりに持ち歩いている革袋からお金を取り出して店員に渡す。これは父から受け取った餞別の品で、中には手前に10枚ほどのガルド硬貨が入っているけれど、内部拡張と空間収納の機能があるので基本的にはお金には困らない。という良品である。お忍びなどで外出する時に便利だからと愛用していたらしい。確かに今の私が持っていても違和感はない。


「ありがとうございました」


 クレープを受け取って、私は列を抜ける。

 立って食べたり、歩きながら食べるのはまだ抵抗があるので近くの椅子に座って食べることにした。

 出来立てなので温かい。革袋を仕舞って、マンドレイクを傍らに置いて食べるととても美味しかった。

 そうしている間にもクレープのお店はどんどん人が来ては去って行く。中々の繁盛店の様だった。


「僕、もしくはオレかなやっぱり」


 街の喧騒に耳を澄ませる。

 タキの時は基本、わたし、で公式やお茶会の時は、わたくし、と言っていたがそれが今は不適切なのは分かる。

 男性でも、貴族や公的な場面ではわたし、と使う時もあるけれど基本は、おれ、か、ぼく、だろう。

 聞こえてくる分には大人では、おれ、が多いように感じる。


「こんなことならもっと他の人とも交流していれば良かった」


 これまでは基本的に貴族か教会関係者としか交流することが無かった。と言ってもイース以外の貴族相手は最低限しか接点は無い。学園の女性達とは貴族の女性は勘や洞察力が鋭くなければいけないと言うことで致命的な秘密を持っている身では近付くのは警戒して疲れるので気が引けた。中には好意的に話し掛けてくる方もいるが、付かず離れずという程好い距離感だとは思っているが、参考に出来るほど気安く接したことはない。

 男性達とはイースという事情はどうあれ公式の婚約者がいたのでそんなに近付かなかったし向こうから来ることも無かった。

 つまり、経験が圧倒的に足りないのである。反省はするけど今となってはどうしようもない。


「よし、じゃあ僕で行こう」


 オレは個人的にハードルが高い気がしたので、目標をそこに決める。

 食べ終わって、手に残ったゴミは他の人がお店の前のゴミ箱に捨てている姿を参考にして真似して捨てた。

 ゴミ箱から視線を上げると、カウンターの向こうの店員と目が合う。


「ありがとうございます。とても美味しかったです」

「あ、はい。ありがとうございました!」


 お礼を言い合ってお店を後にする。

 さて、冒険者が使うような鞄を買いに行こう。




 一般庶民の住人向けの繁華街を超えた辺りからお店の雰囲気が、屋外向けというか、外に向かう人間に向いている商品になって行く。大きな通りに面した比較的大きなお店から丁度冒険者のような出で立ちをした人が出て来たのを見て、そこに入ってみる。

 店内は所狭しと色んな物が溢れるように並んでいて、何となく心が躍った。

 冒険者御用達のお店なのか、店内には数組、数人の先客の姿が見える。


「いらっしゃい」


 隅のカウンターに座る力仕事の得意そうな無精髭の男性が低い声で呟く。


「こんにちは」


 挨拶をしてみるが、無精髭の店員らしき男性はカウンターから動く気配はない。何処か機嫌の悪そうな表情で僕を見る。


「うちじゃ買取はやってねぇよ」

「?」


 何を言ってるか分からなかったが、少し考えて手に持っているマンドレイクが勘違いされたのだろうと気付く。


「いえ、これは違います。鞄を見せて貰いたいのですが、見ても良いですか?」

「あぁ?」


 はい、とも、いいえ、とも、取れない反応に判断が困る。

 店内を見るとそれぞれが好きに商品を眺めているので、恐らく問題は無いだろう。男性の表情は気になったが、そう判断して見せてもらうことにした。

 室内に沢山ある商品らしい物は一応系統ごとに分かれているらしく、鞄は皮や革で出来た鎧とか靴とか手袋とかそういう物と一緒にまとめられている。先に見ていた冒険者らしい青年たちが3人いたので邪魔にならないように離れた所から探し始める。

 『丈夫さ増量』

 『防腐性向上』

 『武器にもなる』

 鞄なのに武器にもなるというのが気にはなったが、この中だと防腐性が求める物に近いか。色々な効果がある。


「坊主、どんな鞄を探してるんだ?」


 不意に話し掛けられて振り向くと、3人組の冒険者がいつの間にか近くにいた。人の良さそうな笑顔だ、と話しかけて来た好青年を見て思った。年は20代中盤くらいか、冒険者としてはそれなりに経験を積んでいそうな人たちだと感じた。


「そうですね、大きさはこれより一回り大きいくらいでしょうか」


 マンドレイクのカゴを見る。この位ならばそれなりに物量が入っても違和感はないだろう。


「その位の大きさで内部拡張と、食糧保存の効果があると良いんですが」

「ぷっ!!」


 僕がそう言うと、3人組の1人が吹き出して、声を出して笑い始める。


「おい、止めろよ」


 好青年が嗜めるが、ふと見えた彼の顔も口元が緩んでいる。

 どうやら僕は可笑しいことを言ったようだ。


「だってよ!内部拡張に保存とか……ぶぶっ!!」


 お腹を抱えて笑い出した。

 特に関わってこないもう一人も薄ら笑いを浮かべている。

 よく分からないが、求める品としては面白いらしい。冒険者向けではないから、だろうか。そうでもないと思うけれど。


「あーはいはい、坊主それだったら親父さんに聞いた方が早いぜ」


 にやにやとカウンターに向けて指を差す。

 彼らの反応は気になるけれど、このまま笑われているよりも確かに聞いた方が早そうだ。

 そう判断してカウンターに向かう。

 無精髭の男性は姿勢すら正すことなく、気怠そうに僕を見る。


「すみません、この位か、もう少し大きい位の大きさで、内部拡張か食糧保存、もしくは両方の効果の付いている物が欲しいのですが」

「あぁ?」


 さっきより大きな、負の感情のこもった声だった。


「帰んな」

「はい?」


 睨むように僕を見る。険しい顔と声で唸るように何かを告げてくる。


「ガキの遊び場じゃねぇんだ!冷やかしならとっとと帰れ!!」


 怒鳴られた。


「あの」

「あーほらほら、親父怒っちゃったじゃん、ごめんねほらー」


 何か勘違いされたようなので、話そうとしたら後ろから両肩を掴まれる。

 さっきの3人組だった。

 自分達が親父に聞けと言っておきながら、他人事のように軽く言って僕を引きずるようにしてお店を出る。

 お店の扉を閉めて僕を囲むように並び立つ。

 彼らの方が頭一つ以上は身長が高いので視界は良くない。


「ダメだよ親父さん怒らせちゃ」


 好青年はにやにやと笑っている。


「仕方ないから代わりに買って来てあげるから、今あるお金全部見せなよ」

「拡張と保存だっけ?それだったら10万は軽いなー。そんなに持ってないだろうから今ある分だけで交渉してきてやるよ」


 何となく感じていたが、これは。

 いわゆる、恐喝という暴行行為なのではないだろうか。

 そう思って周囲を観察すると通りすがりの人と隙間から目が合ったのに、そそくさと立ち去られる。

 なるほど。こうやって被害に合うのか。勉強になる。


「おい、聞いてんのか!?」

「びびって動けねぇってか、良いから財布出せよ」


 主張が激しくシンプルになって来た。

 死んだことになる身ではあるが仮にも上級貴族。

 そのくらいの暴漢やら刺客が襲って来る事は日々想定済みなので、それ自体は問題でないし、正直お金もあるので出せとか払えとか言われればどうとでもなる。

 が、しかしだ。

 そもそも我が家のお金は女神様と教会と王国と民の為にあるわけで。


「どうせ大したもんじゃねぇだろうけど、ついでにそれも売って来てやるよ」

「んだこれ?あ?マンドラゴラ??」


 僕の持っているマンドレイクのカゴの布を捲る。

 女神様からの預かり物に手を掛けるなら、正当防衛にもなるだろう。

 そう決めた瞬間、後ろの扉が開いた。


「邪魔」


 緑の髪の少年だった。


「あ?」


 冒険者のような格好だが、軽装というか身軽そうな姿の少年だ。強そうには見えないけれど、唐突に現れた闖入者に食って掛かる3人組に物怖じはしていない。

 3人を一瞥してから、僕を見て面倒臭そうに短い短髪を掻く。


「アンタ、所属は?」

「所属?」


 聞き返して理解した。

 今の僕は使用人の格好をしていて、何処の家の者だ?ということだろう。

 そして、僕自身の素性は別だが所属する家柄まで隠す必要は無い。


「ノースロード家ですが、それが何か?」

「……やっぱりか」


 ぼそりと少年が呟く。


「やっぱり?」


 聞き返そうとして、3人組の上げた声にかき消された。


「……っ、んだよ!こんなとこウロチョロしてんじゃねーぞ!」

「あーっとすまんな、人違いだった。オレら何もしてない」

「んじゃな」


 ゆっくり離れて行ってそのまま走って去って行った。


「……今のは?」

「女神のご贔屓に手を出すほど無能じゃないってことだな」

「ご贔屓?」


 何処かで聞いたような気がする。


「さっきの親父に、今度は家の名伝えてからもっかい探してる物を聞くと良い。多分面白いもんが見れる」

「はい、ありがとうございます……あー、良いや」


 何か疲れたのでここでは無い所にしよう。


「よく分からないけれど、助けてくださったんですよね?ありがとうございます」

「オレは特に何もしてないけどな」

「いえいえ、危うく騎士団を呼ぶ事態になるところでした」


 僕の立場としては極力関わらない方が良いだろう。


「そっか……」

「よろしければ何か御礼をさせて頂きたいのですが」

「あー……いや、うん、じゃあメシ奢ってよ」

「メシ?」

「昼メシ。まだなんだ」


 メシとは何だろう。奢るということは食べ物だろうか。と考える僕の耳に次のヒントが昼メシという言葉で届く。

 昼ということは、そういう食べ物でもあるのだろう。


「では昼メシをご馳走させてください」


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