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8話 城下町へ


 次は城下町へ案内してくれることになった。というわけで、俺はさっきまで着ていたような豪華な服装ではなく、ぶっちゃけるとシンプルでありきたりな服装をしている。

 城の正門から出ると目立ってしまうので、城の使用人さんが出入りしている道から城下町へ連れて行ってくれるらしい。俺は期待に胸を膨らませながら、ハルフィーさんが来るのを城の庭で待っていた。

 辺りを見渡すと、円形状の花壇には白い花がたくさん咲き誇っていて、時々甘い香りが鼻を掠める。花のアーチや花時計なんかも設置されていて、ガーデニングに詳しくない俺でも物凄く手入れされた庭だと分かった。いや、広さ的に庭というよりちょっとした公園に近いかもしれない。さすが王国の庭。


「お待たせいたしました。わざわざそのような格好に着替えていただいて、すみません」


 そう告げながら、ハルフィーさんが城の中から出てきた。メイド服ではなく普通の服に着替えている。といっても腰には剣がささっているので、さながらファンタジー世界の冒険者のような格好だ。メイド服はスカートが長かったが、今着ている服はスカートが短めで日に晒されてない真っ白な太ももがチラチラと見えている。うん、最高。かわいい子がかわいい服を着ると、さらにかわいい。俺はつい表情が緩んでしまった。


「トウヤ様が民衆に見つかってしまうと大変な騒ぎになるかと思いますので、一般冒険者を装って城下町をご案内させていただこうと思います」


「確かに、亡くなった人が街を歩いてたら騒ぎになりそうですね」


 見つかった時を少し予想してみたが、パニックを起こされるのは簡単に想像できた。今更だが、城下町を歩き回るのは結構リスクが高いんじゃないか?


「あっいえ、実は……ノエル王子がお隠れになったことは、民衆には伏せています。現在は未だ病に伏せていると伝えているのです」


「えっ、そうだったんですか」


 とすると、多分俺がこの世界に残ることになれば、「王子、病から復活~!」って感じになるんだろう。


(ふーん。お前、死んだ王子の代わりにされそうなの? よかったじゃねーか、楽して生きていけるぞ)


(さっきから何度も言ってるが、勝手に思考を読むのは止めろ)


 このオッサン、外に出てから……いや、俺に寄生してからというもの、本気でうるさい。

 さっき城の中を歩いた時も、なにか目にするたびにヤベー! だのスゲー! だの、浦島太郎状態のオッサンは黙ったら死ぬのかってぐらい、頭の中で喋りまくっていた。ちなみに9割ぐらいは無視している。


(ていうかさっさと俺から出て行けよ)


(そりゃまだ無理だな。あの空間から出てくる時に魔力をごっそり使ったからよ、今出たら消えちまう)


(ちょうどいい、出てきたらどうだ?)


(クソガキ、またあの吐き気に襲われたいのか?)


(んだと? 誰のおかげで外に出れたと思ってるんだ?)


「またトウヤ様が不思議な表情をしていらっしゃる……」


 俺はその声にハッとして、大丈夫ですとハルフィーさんに伝えた。


「ちょっと考え事をしていただけなので……」


「そうでしたか。何だか書庫を出てから少し様子がおかしいような気がしていたのですが、気のせいだったようで安心しました」


 そう言って微笑むハルフィーさんはやっぱり可愛くて、荒んだ心が癒された。オッサンが魂に寄生してからの俺の変化に気づくなんて、本当に俺のことを気にかけてくれてるんだな。惚れそう。できれば「悪霊に取り憑かれてます」と告げたかったが、彼女を厄介ごとに巻き込みたくはない。城に戻ったら王様に相談して、除霊かお祓いをしてもらうか。誰が悪霊だ!とオッサンが喚いているが無視する。


「話を元に戻しますね。お隠れになったと伝えてはいませんが病に伏せているとは伝えていますし、なによりトウヤ様はノエル王子のお顔と酷似していますので、このままでは城下町をご案内出来かねます。そこで、こちらを身に付けていただいても良いですか?」


 ハルフィーさんから手渡されたのは、銀の輪っかだった。


「これは?」


「イヤーカフの魔具です。左耳につけていただけると、他人に顔の認識がされにくくなります」


 なるほど、と手に取る。こういったアクセサリーは付けたことが無いが、慣れないながらも付けることはできた。


「こんな感じでいいかな」


「はい! よくお似合いですよ。あとは……」


 ハルフィーさんがスッとこちらへ手を伸ばしてきた。抱きつかれるのかと一瞬ドキリとしたが、俺が今着ている上着のフードを被せてくれたようだ。ハルフィーさんとの距離が近くて一瞬すごい良い匂いした。


「そちらの上着にも認識阻害の魔法がかかってますので、これで完璧です」


「あ、ありがとうございます」


 うんうん、と満足げな顔で何度も頷くハルフィーさんとの距離感に、俺は目線が泳いでしまった。これだから女慣れしていない奴は……と自分に呆れてしまう。


「あと、私と城の精鋭部隊ががトウヤ様を護衛いたしますので安心してくださいね。平和な国ですので誰かに襲われるなんてことはないと思いますが、念には念を入れています」


「えっそうなんですか」


 今ここには俺たち2人しかおらず、人影は見当たらない。目には見えないが、すでにもう護衛の人が傍にいてくれているのだろうか。


(透過魔法で透明になってる人間が近くに3人、少し離れたところに15人ぐらいいるな)


(そんなにいるの!? ていうかオッサン、そんなことが分かるのか)


 オッサンは俺の言葉に気を良くしたのか、フフンと上機嫌な笑い声を上げた。他にも俺はな~、と自慢話を始めたが、聞いてられないので勝手に喋らせておくことにする。


「なんだか、ちょっと外に出るだけなのに沢山の人たちが関わってくれてるようで、申し訳ないような……」


「いえ、トウヤ様は大切な方なので、これくらいして当然です! 城下町の様子を見てもらって、この国の素晴らしさをもっと知っていただければと思います。ちなみに、」


「ちなみに?」


 ハルフィーさんは胸元の前で手を合わせ、ニコニコしたまま俺に告げた。


「トウヤ様が民衆に素顔を晒すことになってしまい、さらにノエル王子だと思われた上、その疑惑が晴らせなかった場合は……この国に是非残ってくださいね」


 反論を許さないかのような笑顔の圧力に、俺は少し怖気付いてしまった。初めてハルフィーさんを少し怖いと思ってしまったぞ……


 確かに、病で伏せているはずの王子が元気に城下町を歩いていれば、民衆に嘘をついていたことになり、そもそもが大問題なのだろう。

 また、顔バレした後に俺が元の世界に帰ったとして、その後ノエル王子が亡くなったことになれば、城下町を歩き回るぐらい元気だったのに突然死ぬのはおかしくなる。病死ではなく他殺されたと噂が流れてもおかしくない。


「ね??」


 念を押されて、俺は首を縦にブンブンと振る。


「は、はい。分かりました」


 俺は冷や汗をダラダラ流しながら、返事をする他なかった。

 そんな雰囲気とはうって変わって、この庭は花が風に揺られ蝶が飛び、穏やかな時間が流れていた。




------------




「ここが、ファンタジー世界の城下町……!」


 目の前には賑やかな街並みが広がっていた。

 海外旅行すら行ったことのない俺にとっては、異国の文化が目の当たりにできて凄く新鮮な気持ちになる。

 町には馬車が行き交い、屋台には見たことのない野菜や肉、料理が売られていた。広場では魔法で芸を披露している人や楽器を演奏している人、楽しく談笑する人、そして子供たちが追いかけあって遊んでいる。そんな、絵にかいたような平和な風景が目に入った。


 すごいすごいと興奮する俺に、ハルフィーさんは微笑みながら町中を案内してくれた。

 教会や、ミュージカルが見れる劇場、入りはしなかったが大衆浴場なんかもあった。いろんなところを見て回ったが、この国の人たちは笑顔が絶えず幸せそうだ。本当に平和なんだな。

 ちなみに興奮していたのは俺だけでなく、オッサンも大興奮だった。オッサンが封印される前、人間はここまで文明が発達していなかったらしい。大衆浴場を見たときは(ハセガワから出ていけたら絶対来るぞ……)と呟いていたので、マジで最低だなコイツと思った。


 その後歩き疲れた俺たちは、屋台で買ったドーナツのような揚げ菓子を食べながら、広場のベンチに腰掛けていた。ちなみにオッサンは途中で「騒ぎすぎて疲れた、寝る」と言ってから何も話しかけてこない。最初から寝てろよ。

 ハルフィーさんは甘いものが大好きなようで、目を輝かせながら揚げ菓子を食べていた。なんだか食べている様子が小動物みたいでかわいい。小さな口でパクパク食べている様子をジッと眺めていたのだが、そんな俺の様子に気づいたハルフィーさんは恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。どうしよう、とてもかわいい。

 恥ずかしさを誤魔化すかのように、ハルフィーさんはコホンと咳払いをした。


「町の様子はいかがでしたか?」


「ありきたりな言葉ですけど、すごく素敵な国だと思いました。ここに住んでる人たちは、笑顔の人が多くて幸せそうです」


 それを聞いたハルフィーさんは、多分今までで1番嬉しそうに笑った。


「ふふ。町をご案内できて、本当に良かったです」


 見てるこっちまで、なんだか嬉しくなってくるなぁ。

 って、あれ? 改めてこの状況を振り返ってみると……女の子と2人で町を一緒に見て歩いて、こうやって食事をしながら談笑するって、これはもうデートといっても過言ではないのでは!? そう思ってくるとなんだかドキドキしてきた。

 ハルフィーさんはハルカちゃんにそっくりだから、つい失恋した相手だと思ってしまうけど、ハルフィーさんはナツキの毒牙にかかっていない。そしてナツキという名の害を成すイケメンはここにはいない。

 そうだ、これはチャンスではないか。どうにかハルフィーさんと良い仲になれれば、と浮かれた考え事をしていると、そんな考えを打ち消すような甲高い声が聞こえた。


 「きゃーっ! どいてどいてどいてー!!」


 声の発信源に顔を向けると、羊のようなモコモコの獣がこちらに突進してきていた。


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