7話 情緒不安定
「はぁーーーーーーーーー!? オメー、人に希望持たせといて即座に叩き落とすとか畜生がすぎるぞコラァ!!」
オッサンはさっきまでの黄色とはうって変わって赤色になった。俺の顔も今赤いと思うぞ。怒りで。
「お前の方が畜生だろうが! 中に入るってなんだよ気色悪い! どういうことだよふざけんな! 俺はまだ童貞なのに処女喪失とか笑えねぇぞ……!」
「なにイカれたこと抜かしてんだオメーはよぉ! ここから出るにはお前の魂の中に隠れないと封印に弾かれるんだよ、俺が! 誰がお前みたいなクソガキのケツに入るかボケ! それなら俺は死んでも取り引きしないね!」
「た、魂……!? 尚のこと嫌だ、ふざけんなよ、お前みたいなのが魂に入るとか……俺の魂が穢れるだろ……やめて、無理」
想像して俺は思わず胸元をギュッと隠した。冗談じゃない、こんな奴を魂に入れたら絶対変な副作用起きるだろ。最悪アレルギー的な反応で俺は死ぬかもしれない。可愛い女の子ならウェルカムだがコイツは無理だ、全身全霊で断固拒否する。
「生娘みたいなこと言ってんじゃねー! 男なら腹括ったらブレんな! 突き通せ!」
「い、嫌だ! 絶対に嫌だっ!」
……はぁ。俺はあの時、なぜ迂闊にも宝石に触れてしまったのだろうか。時間を巻き戻せるなら、絶対俺は俺に警告する。変なオッサンに恫喝されるぞ、やめておけ、と。
時間を超えれる車が今すぐ欲しい。バックでトゥーでザなフューチャー的な車が、欲しい。この場にあればこのオッサンを轢き殺しながら過去へ飛ぶね。
そして俺たち2人はその後、恐らく6時間ほどは罵り合い、俺は根負けして取り引きをうけることとなってしまったのであった。
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「よし、そうと決まれば、さっさとここから出るか」
「……そうだな」
俺は完全に燃え尽きていた。およそ6時間ほどの言い合いでオッサンに負けた。屈辱だ。
しかも今からこのオッサンを俺の聖域、魂に入れなければならない。なんで異世界に来てこんなつらい経験をしなきゃいかんのだ。もっと可愛い女の子たちとキャッキャウフフさせろ。マジでふざけんなよ。この世界で最初に出会った魔術師と友達になれそうな気がしていたが、ちょっと嫌になってきた。こんなトコに呼んでんじゃねーよ。
「おい、おーい、ボーッとしてんなよ。今から俺の言うセリフを復唱しろ。いいな?」
「……うん」
「その若さでそんな荒んだ目は止せよ……まぁいい、じゃあいくぞ。『我、かの偉大なる大妖精、マルジン・エムリスを迎え、我の全てを捧げると、天に、地に、神の御身に誓う』……ほれ、復唱だ」
もうヤケクソだ。ここから出れるならどうなったっていい。早く楽になりたい。視界の端のオッサンはほんのり黄色く光っていた。叩き潰してやりたい。
「……我、かの偉大なる大妖精、マルジン・エムリスを迎え、我の全てを捧げると、天に、地に、神の御身に誓う」
って、あれ? あんまり深く考えずに復唱したが、なんかこの内容ヤバくないか?
「なぁ、お前なんぞに全てを捧げる気は無いんだが、これって本当に合ってるのか?」
「よし! いいぞクソガキ! 完璧だ!!」
オッサンはピョコピョコ跳ねた。こいつの中身と声を完全に無視できれば、可愛い存在なのかもしれない。
「おい、俺の話聞いてるのかオッ」
サン、と言いきる前に、オッサンは俺の胸元に飛び込んできた。フワッという感じで、いとも簡単に黄色い光が俺の身体の中に消える。瞬間、形容し難い感覚に襲われた。
無遠慮に他人が割り入ってきたような、異物感と圧迫感が胸のあたりに広がる。嫌悪感は無いが気分が悪い。胃のあたりから何かが迫り上がってくるような感覚に襲われて、思わず口元に手をあてた。
視界が歪んでふらつき、膝をつく。そうしないと立っていられないほどの浮遊感に襲われた。冷や汗が止まらない。吐きそうで吐けない、息が難しい。
「お、い、おま、え、……っなに、した……」
(ん? 今、チューニング中だ。魂の中に異物が入るわけだから、ちょっとだけ負荷がかかるんだよ。もう少し我慢してろ、すぐ安定する。俺は天才だから安心していいぞ)
こういうのは先に言え、と思う間もなくさらに吐き気に襲われる。膝立ちも難しく、その場に倒れ込んでしまった。息の吸い方が分からなくなったようで、飲むように空気を入れる。
あ、吐く。鼻からも出るすごいやつ。
そう思った瞬間、光に包まれた。
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「…ハッ!」
気づいたら、俺は『ノア』の宝石に触れたままの状態だった。
とりあえず、開幕ゲロまみれは回避できたようだ。あと瞬時に顔を手で触って確認するが、腫れてもないし、鼻血も出てない。
ハルフィーさんの前で恥をかくことにならなくて、俺は心底ホッとした。っていうかオッサンはどこいった。まだ俺の魂の中か? それとも、もう俺の魂から出て行ったのだろうか。できれば後者がいい。
ふと横に佇むハルフィーさんを見つめる。
「トウヤ様! 良かった! 一瞬、光に包まれたように見えましたので、心配致しました……」
鼓膜が可愛い声を吸って震える。なんか変態みたいな表現になってしまったが、さっきまで散々汚いオッサンの声を聞いていた耳には本当によく効く美しい声だ。癒される。あとちょっと涙ぐんでる顔もかわいい。
ニコニコしていると、余計ハルフィーさんを心配にしてしまったようで、「どこか痛いところは?」とか「気分が優れませんか?」とか、すごく気にかけてくれた。
嬉しい反面、こんな可愛い人を心配させてしまうなんて、俺はなんて酷い奴なんだ、と思った。早く返事をしないと。
そうだな、こういう時は『大丈夫だよ、心配してくれてありがとう(渾身のイケメン顔を添えて)』……うん、これだ。これはモテる奴がよく使うセリフだ。よしこれでいくぞ。
「だいじょ「すっげーゲロマブ女じゃねーか!」
空気が一瞬で凍る。
おかしい。開いた俺のクチからオッサンが言いそうな……いや、オッサンの声がした。俺の声じゃない。オッサンの声だ。ゲロマブって何だ。
ハルフィーさんの顔が青ざめてしまっている。そりゃそうだろう、こんな汚い声を聞いたら誰だって調子が悪くなる。
「あ、あの、トウヤ様……今のは、トウヤ様の声ですか……?」
「い、いや、今のは、その、俺の声っていうか……」
やばいやばいやばい! 何がどうなって……とにかく、何とか誤魔化さないと、今までせっかくいい感じにハルフィーさんとお話できてたのに雰囲気ぶち壊しだ! 何か、何か……!
「俺、腹話術が得意なんですよ!」
辺りに無言の虚無な時間が流れる。
ああ、やってしまった。誤魔化すのが絶望的に下手すぎる。なんだこいつって確実に思われた。
腹話術自体はすごいスキルだと思うよ? でも絶対このタイミングでカミングアウトするようなことじゃないだろ。せっかくハルフィーさんが心配してくれてる絶好の機会に俺は……おれは……
「ナハハハ、気にすんなよ。てかモテる奴がよく使うセリフって何だ? なに考えてんだお前は」
「うわーっ、うわーっ! なんでもない、なんでもないですから! 心配しないで! 俺超元気! 大丈夫!」
恐ろしいことに上2つのセリフは同じ人間が発した言葉である。どう考えても本気でヤバい、近づいちゃいけないタイプの人種だ。俺がこんな奴を目の前にしたら、ダッシュで逃げる。泣くかもしれない。
ごめん、ハルフィーさん本当にごめん、短い間だったけど俺なんかとお話ししてくれてありがとう……生きてて良かった、生きてて良いんだと、心から思えたよ……
あとオッサン、お前2度と喋るな次喋ったらもう一回あの空間に飛んでテメーだけ置いて帰るぞ。
俺はもうハルフィーさんを直視できないでいた。今足元の床見てる。恐らく彼女はブルースクリーンよろしく真っ青な顔で震えているだろう。つらい。いっそのことここから走って逃げてくれた方が、俺としては助かる。
「……ふふふっ」
鈴の音が鳴るような、可愛い笑い声が響いた。恐る恐る顔を上げると、確かに彼女は震えていたが、それは恐怖が起因しているものではなかった。ゆうるりと弧を描いた口元、少し赤く染まった頬、少し困ったような、ハの字の眉。
「トウヤ様は、本当に面白い方ですね」
彼女はとても朗らかに、笑っていた。その柔らかで透き通りそうな頬に、ステンドグラスから差し込む日の光を映して。
その時、ハセガワトウヤは確かに、言葉に形容し難いほどの、美しいものを目にしたのだ。
(以上、オッサンからの実況でした)
(アアアッッ、俺の頭にも喋りかけるのも、止めろ! ちょっといい感じに仕上げてんじゃねーよこの野郎!)
「あ、ごめんなさい。笑ってしまって、不躾でした」
「いえ、そんな、笑ってくれた方が俺も嬉しいです」
静かな書庫で2人して笑う。『ノア』の稼働する音も一緒に、この空間を満たしていた。
なんだろう、うまく言葉にできないけど、ハルフィーさんの優しさに救われたと思う。




