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6話 取り引き


「取り引き?」


 すぐ顔に出る俺のことだから、多分今「はぁ? 何言ってんだコイツ」って顔してる。この大妖精にも伝わったのかデコにタックルされた。デコピンぐらい痛い。


「なぁに、悪い話じゃないと思うぜ。取引に応じてくれるなら、お前はどんな魔法だって使いこなせる大魔術師になれるだろうよ。どうだ?」


「興味ないね」


 またデコにタックルされた。デコピンぐらい痛いんだってば!


「痛ってぇなオイ!」


「なぁに、悪い話じゃないと思うぜ。取引に応じてくれるなら、お前はどんな魔法だって使いこなせる大魔術師になれるだろうよ。どうだ?」


「さっきと言ってること一緒じゃねーか! ちょっとは変えてこいよ!」


 とんでもないオッサン大妖精……ああもう面倒だな、オッサンでいいか。このオッサン、ほんと人の話を聞かない。取引だって、絶対裏があるはずだ。そうに違いない。


「取引の内容だが、」


「あーあーあー聞こえない聞こえなっ、痛っったっっっっ」


 俺の今日の回転率すごい。もうグルングルン。俺の腹にタックルしてきたオッサンは、俺を後転させたことに満足したのか弾みながらこっちに寄ってくる。こっちくんな。というか元の場所に、ハルフィーさんのところに早く帰せ。


「取引の内容だが、いたって簡単だ。俺をこの空間、『ノア』から連れ出してくれるだけでいい」


「…………え? それだけ?」


「ああ、そうさ。それだけでお前は大魔術師だ! どうだ、良い話だろ!」


 あまりに単純な内容に、俺は呆気にとられた。しかし、良い話や良い出来事には裏がある。ハルカちゃんの手作りクッキーが良い例だ。俺は慎重に腹を探ってみた。


「……なんで俺なんだよ。50年ぐらい前にも、ここに王族が来たんだろ? その人に頼めばよかったじゃねーか」


 恐らく、その時来た王族は今の王様か王妃様だろう。あんなに親切な人たちだ、引き受けてくれたんじゃないのだろうか。


「あぁ、50年前の別嬪さんなぁ……いい女だった……」


 どうやら王妃様の方だったらしい。


「大魔術を習得するための修行だ~っつって胸やら尻やら触りまくったな。うん、最高だった。ただ、大魔法を習得した途端……いや、思い出すのは止めとこ……とにかく、別嬪で度胸のあるいい女だった……」


 心なしかオッサンはブルブルと震えた。そんだけセクハラすればボコボコにされるだろ。俺でも分かる。ホントとんでもないスケベ野郎だな。


「なるほどな、セクハラしたせいで聞き入れてもらえなかったんだな。自業自得すぎるぞ」


「ちげぇよ。例え俺がどんなに親切に、紳士的に振る舞ったところで無理だったんだよ。だから俺はセクハラの限りを尽くした」


「ホント……お前……」


 しかし無理とは、何故なのか。よく考えてみれば、今までここに来た王族全員にオッサンの願いは叶えられなかったってことだよな。つまり……


「頭の悪そうなお前でも、おおかた予想がついただろ。王族は、俺をこの空間から外に出すことはできない」


「頭の悪そうな、は余計だ。しかしまたなんで?」


「それがよぉ聞いてくれよぉ~酷ぇ話なんだよハセガワちゃんよぉ~~」


「ええい、俺の周りを馴れ馴れしく飛ぶな! うっとーしい!」


 手でシッシッと追い払うと、オッサンは盛大に舌打ちした。見た目が青い光で良かったと思う。これでオッサンの姿だったら、あまりのウザさに憤死してる。


「王族は生まれたときに、代々伝わる魔法陣を体に埋め込まれるんだ」


「魔法陣?」


「ああ、物凄く加護のあるありがた~い魔法陣さ。だが、その中に俺を外に出すことができない術式も組み込まれてんのよ。王族が無理に俺を外に出そうとすると、俺がめちゃくちゃダメージ受けんの」


「最高かよ」


「てめぇ……まぁいい。そんなわけで俺は王族の手で外に出ることは叶わねぇの。そこにお前が来たわけだ。さっき身体中をくまなく調べたが、魔法陣も組み込まれてない真っさらな身体だ。お前なら、俺を外に連れ出せる」


「何勝手に人の身体調べてんだ。セクハラで訴えるぞ」


 さっきやたら俺の周りをブンブン飛んでたのは、こういう理由だったのか。いい迷惑だ。


「あとお前その歳で童貞なんだな。恥ずかしくねぇの? マジで真っさらな身体じゃねぇか」


 ナハハハ! とオッサンは大笑いした。

 こいつと出会って何回も血管が切れるほど怒りが湧いたが、これは1番切れそう。もう我慢の限界だった。


「おっ、お前に何が分かる! 好きで童貞なわけあるか! 彼女が欲しくてもできないんだよ、なんかいつも傍にいるイケメンに持っていかれるんだよ! 分かるかこの悲しみが……」


「なんだ、おい。急にどうした」


 これだけは絶対にされたくない行為や、言われたくない言葉は誰しもあるだろう。俺にとって童貞を茶化されるのは、それに該当する。心底許せないし1番腹が立つ行為だった。


「お前みたいな光の玉に、俺の気持ちが分かる"わ"け"、……う"、う"う"っっ」


「えっお前、マジか。泣くなよ、ガチ泣きじゃねーか、……悪かったって、謝るからさ。ほら、泣きやめって……」


 俺は今日、18歳にしてガチ泣き、泣かされた元凶の下品なオッサンに慰められるというこの出来事を、かなりの黒歴史として記憶に刻むこととなった。



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泣き止んだ俺は、ジッと光の玉を睨みつける。


「……なんだよ。何か言いたいことがあるなら言えよ。俺は散々謝ったからな、もう謝らねーぞ」


 だいたいなんでこんなクソガキに俺様が、とブツブツ悪態をつくオッサンに、俺はさっさと取り引きの答えを告げてやることにした。


「俺はお前と取り引きしない」


「おう、そうか! ……ってえ? なん、え? 本気で言ってんの? なんでだよ、こんなうまい話ねぇーぞ! 大魔術師になりゃ、出世街道まっしぐらだ! 今しかねぇ、乗っとけ!」


 これはもう完全に詐欺師の口調である。誰がお前の話に乗るか。一生ここで引きこもってろ。忌々しい光の玉を見ているのが嫌で、膝を抱えて地平の彼方を見る。

 ……改めて、ここってホント何もないな。よくコイツは気が狂わないもんだ。俺だったら暇すぎて発狂しそう。

 オッサンはずっとこんなところにひとりでいて寂しくないのだろうか。


「なぁ、ここって床と天井以外、本当に何にもないの?」


「あぁん? それより俺の取り引きについて考え直せよ」


「お前がそんなに取り引き取り引きうるさいのって、やっぱりここが退屈なのかなって思ってさ」


「……」


 機関銃のように喋りかけてきていたオッサンは急に静かになった。

 ちょうどいい、そのまま黙っていてくれ。


「そりゃあオメー、ヒマで仕方ねぇよこんなとこ! 俺がここにもう何百年いると思ってんだ!?」


 しまった、さっきより勢いがパワーアップしている。誰もいないだの、物すら1つも無いだの、ギャーギャー不満を喚くオッサンの声に心底うんざりした。聞くんじゃなかった……余計面倒になったな。


「ああ、もう! なにを言われようと返事は変わらん! 俺はお前と取り引きをしない! お前が大っ嫌いだからだ! 初対面で鼻血出るほどボコボコにしてくるようなやつと『はい取り引きしましょ~』とはならんだろ!」


 俺は一気に捲し立てた。これだけ言われれば少しは折れるかと思ったが全然そんなことは無く、オッサンはメンドクセーな! とでかい独り言を呟きながら飛び回っていた。反省している様子も全然感じられない。俺ホントこいつ嫌い。


「フン、まぁいい、考えなおす時間は沢山あるぞハセガワ! この空間に人間がいる時だけは、元いた場所の時間は1秒たりとも経たないからな! あと腹も空かんし睡眠も必要ない!」


 えっ、すごいなこの空間。精神となんとかの部屋みたいだ。ちょっと違うけど。


「じゃあ、ここにきて結構時間経ってるけど外は時間が止まったままなんだな。よかった」


 俺はホッとする。ハルフィーさんや王様、王妃様たちが気掛かりだったが、心配させずに済みそうだ。


「でも、どれだけ時間があったとしても俺の考えは変わらん」


 ズビシと指をさして言ってやる。頑なに意見を変えない俺に対して、オッサンはヤレヤレという感じでクソデカ溜息を吐いた。


「なんだ、まだ怒ってんのか? 器の小せぇ男だな。……でもまぁ、そこまで言うならしょーがねぇか、帰してやるよ」


 俺は自分の顔が喜びに染まっていくのを感じた。なんだ、ちょっとは物分かりのいいオッサンじゃないか。ようやく、ようやく可愛いハルフィーさんのところへ帰れる……はやくこんなオッサンと2人きりという地獄から解放されたい。


「お前が取り引きに応じてくれたらだけどな~」


 ブフフッと笑いながらオッサンはブンブン飛んだ。


「てめぇ、ふざけんな! 嫌だっつってんだろ! ていうか、お前の方が器が小さいじゃねーか!」


 ムカついたので手で叩き潰そうとするが、こいつめちゃくちゃ速く飛ぶ。くそ、やっぱりこんな奴はここから出さない方がいい。その方が世のためだ。


「本当にこのままでいいのか~? ま、別に俺は誰もいないよりはお前みたいなクソガキがいる方が退屈しのぎにいいからよ、別にどれだけ時間がかかってもいいんだぜ。なんなら一生、このまま俺とここにいるか?」


 その言葉に、コイツを叩き潰そうと躍起になっていた俺の動きはピタリと止まる。


「一生……この何もない空間で汚物と一緒……」


 少し想像しただけでも気分が悪くなってきた。確かに、取り引きといってもコイツを外に出すだけだ。部屋に入った虫を外に放り投げる感覚で受ければいいんじゃないか? ちょっと我慢すればハルフィーさんにまた会える。あの幸せな時間が帰ってくる。


「……お前を、」


「お?」


「お前を外に出す方法を、教えろ」


「おお! やぁっと乗り気になった! よしよしいいぞ、偉そうな態度は目をつぶってやる!」


 なんかほんのり黄色っぽくなってないかコイツ。光る色で感情が分かるのか、単純な奴だな。

 オッサンは感情がダダ漏れだと気付いてない様子で、クルクルと俺の周りを回った。そしてゴホンと咳払いをして、俺の顔の前でピタリと止まる。


「いいか。まずは俺がお前の中に入るだろ、」


「よし、取り引きは無しだ! 却下! 言語道断! ぜっっっっっったいにやらんからな! 一生ここにいろ!」


 ある程度は譲歩しようと思ったが、1行目でアウトだった。ほぼ反射で声が出たぞ、凄いぞ俺。

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