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王国魔剣奇譚アイン-勇者セーマと焔の英雄-  作者: てんたくろー
エクストラ・デイズ『王国魔剣奇譚』
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打ち上げパーティー・5

「さぁて、形式ばったあれこれは終いにして! こっからは楽しい祭りだ、呑めやコラァッ!!」

 

 フィオティナの楽しげな声が響く。ギルド長としてとりあえずは伝えなければならなかったことをすべて伝えた途端、彼女は一気にプライベートの姿を発露させた。

 よほど待ちかねたのか既に酒がなみなみと注がれた大きなグラスを一気に飲み干している。最初に呆気に取られていた面々も、次第に顔を見合わせて笑顔を浮かべた。

 

「乾杯の音頭くらい取ってからにしろよ、まったく……皆、乾杯!」

「か、かんぱーい!」

 

 苦笑いしながらのセーマの声に、それぞれのテーブルでそれぞれのグラスをぶつけ合う。

 響き合うグラスとグラスのぶつかる音。それを皮切りにして、宴は始まった。

 

「フィリスさん、乾杯! アインくんもソフィーリアさんもお疲れ様」

「お疲れ様ですセーマ様。お二人も、よく頑張りましたね」

「ありがとうございます! 乾杯!」

「セーマさんもフィリスさんもお疲れ様でした!」

 

 セーマ、フィリス、アイン、ソフィーリアの四人が互いにねぎらい合う。特に『魔剣騒動』にて常に中心にいたセーマとアインの感慨はひとしおで、元より酒を飲んでいるセーマはもちろんのこと、未成年ゆえ果実水を飲んでいるアインもどこか高揚した、浮わついた気配が漂う。

 

 先程、アインが異例の出世を経てS級冒険者にまで登り詰めた興奮もあるのだろう。アイン自身もだが、特にセーマの喜びは大きい。

 自分が後を託した少年が、さっそく新たな時代にて頭角を表した。王国の思惑が絡んでいるらしいところは気になるが、それでもその栄達を我がことのように誇らしく感じるセーマだ。

 

「いやーアインくんがS級冒険者か! リリーナさんに並んだね!」

「い、いえそんな! 同じS級でも、『剣姫』様はやっぱり桁違いですよ」

 

 謙遜でなくアインは本気で否定した。

 たしかに冒険者としての格付けで言えば、同じS級である以上並び立つ扱いになったと言えるものの相手は『剣姫』、冒険者歴100年を越える最強最古の生きる伝説だ。

 実際のところはアインなど格下も良いところなのだ……誤魔化すように彼は言い返した。

 

「それならむしろ、セーマさんだってS級でないとおかしいじゃないですか。『オロバ』構成員だってほとんどセーマさんが一人でやっつけましたし」

「いやいや。そこはロベカルさんやゴッホレール、カームハルトがいてこそだしさ。それに前にも言ったけど俺はご隠居だ、冒険者としての格なんて何だって良いくらいなんだよ、実際」

 

 酒を飲みながらのセーマ。アインとしては納得が行かないところだろうが、これでも出世しすぎだと感じている程だ。

 ただでさえ『森の館』の主として目立ちがちなものを、更に異例の昇級スピードだ。間違いなく今後、否応なく名が売れてしまうだろう……はっきり言って面倒でしかない。

 

「俺のA級だって、これでレヴィさんに並んだことになる。彼女みたく二つ名でも用意しろとか言われたら本当に困るよ、もう」

「あ、あはは……お疲れ様です」

 

 ぼやくセーマにソフィーリアが苦笑して、労いの言葉をかけた。

 かつて『勇者』として世界を救う大役を果たしたこの男は、若くして隠居生活を決め込むだけあってか出世や名声に何ら価値を見出だしていない。それが何とも変わったものに思える。

 

「セーマさんの二つ名……やっぱり『勇者』でしょうか?」

 

 アインがポツリと呟いた。二つ名──戦後冒険者界隈にて起きたムーヴメントであり、S級や一部のA級など実力ある冒険者が己の名と併せて名乗る異名だ。

 『剣姫』『疾狼』『破槌』『タイフーン』『翔龍』『凶書』、そして『焔魔豪剣』と数々あるが……もしもセーマにそれが付けられるならば、やはり『勇者』であろうか。

 そのような問いかけに、しかしセーマは首を横に振った。

 

「そもそも二つ名なんていらないんだけどさ……もし付けるにしても、さすがに『勇者』は無理だよ。それ自体が王国の薄暗い部分と関連してるからね」

「あ……」

 

 言われて思い出す、セーマの成り行き。

 異世界から召喚され、望まぬ強化改造を施され──妹ショーコを人質に、したくもない戦争を強要された。

 言うまでもなく王国の、ひいてはこの世界の闇の部分だ。それゆえに戦争においても『勇者』の存在は各国上層部にひた隠しにされ続け、一部の『出戻り』が戦場の伝説として語る程度にしか知名度もありはしない。

 

 そのような『勇者』の名を公然と使うなど、間違いなく騒動の種にしかならない。

 思い至ったアインが、頭を下げて詫びた。

 

「……すみませんでした、浅はかなことを」

「いやいや、そんな謝ることじゃないって。でもそうだな……もし俺が、二つ名を付けるとしたら、か」

 

 考えるセーマ。二つ名などに興味はないが、話の種に考えるくらいならありかと、アルコールが少しずつ入ってきている頭で考える。

 すると隣のフィリスがぼそりと呟いた。

 

「『世界最強』、『大英雄』、『究極にして至高の御方』……『世界の至宝』」

「……」

「『救世主』、『最高』『素敵』『格好いい』……ああ、形容すべき言葉が多すぎてとても絞れませんね」

「二つ名!? それ二つ名の候補!?」

 

 ひどく真剣な表情でセーマを形容していくフィリスに、セーマがツッコミをいれた。

 二つ名というよりはただの称賛、ただの賛辞だ……アインが顔をひくつかせて言う。

 

「『格好いい』って……名乗る時、完全にナルシストになるじゃないですか」

「A級冒険者『格好いい』セーマさん……」

「マオじゃあるまいし冗談じゃないな、それは」

 

 自画自賛も良いところだと、セーマも渋面を浮かべる。

 フィリスの、いや森の館のメイドたちが時折見せる暴走が始まったと、未だ二つ名を考えるフィリスに、同卓の三人は曖昧に笑うばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セーマたちがそのようにして大変に盛り上がっているのと平行して食事は進む。贅を凝らした料理に酒を楽しみながら、ロベカルは上機嫌に語りを続けていた。

 

「そしてわしは見た! 勇者殿がかの魔王のもたらした大災害、すなわち嵐、噴火、地震に流星を一刀の下に伏せ! 数多の命を救って見せたところをっ!!」

 

 アルコールが入っているため、その口調は興奮を抑えきれていない。それでもかつての戦争の折に見た、セーマとマオの幾多にも及ぶ戦いの一幕を感情を込めて話していけば、それを聞いていた三人の冒険者は感嘆の息と共に呟く。

 

「やべーな『勇者』に『魔王』……亜人が赤子に思えるレベルじゃねーか」

「流星って……そんなのどうしようもないじゃない……」

「セーマくん、そんなすごい人だったのね……」

 

 ラピドリー、ジェシー、そしてレヴィの三人だ。レストランまでの道すがら語っていた話の続きを今、ここでしているわけである。

 エールを一息に飲み、ロベカルが続けて言う。

 

「魔王のおらぬ戦場に立てばまさしく一騎当千、剣の一振りで数十、いや数百の亜人が倒されていく。『剣姫』リリーナ殿の活躍も見たことがあるが、勇者殿は更にその上をいっておられたよ」

「リリーナさんも以前、似たようなことを言ってましたけど……まさか真実その通りだなんて」

 

 呆然とレヴィが呟いた。セーマの実技試験、その前日にギルドの食事処で彼やリリーナと飲み食いした時のことを思い出す。

 あの時、他ならぬ『剣姫』の口から聞いていた……セーマの実力。S級冒険者であり亜人でもあるドロスを以てしてなお、セーマ相手に10秒と持ちこたえられはしないと彼女は言っていた。

 

 それを疑っていたわけではない。むしろ正体不明としても彼の力量のすさまじさに当時から感心していた。しかしこうして『勇者』について明かされると、なるほどと頷けるところは多々あると、彼女は言った。

 

「通りで……初対面の時、ゴブリンに襲われてたところを助けてもらったんですが、信じられないくらい鮮やかな手際で」

「何と、そうじゃったか! さすがは勇者殿、隠居なさってもなお、誰かをお救いになるとは」

 

 セーマと初めて出会った際、レヴィは冒険の途中でゴブリンに襲われ逃げていた──そこを助けられたのだ。

 それを知り、ロベカルが大きく頷いた。ラピドリーやジェシーも感心している。

 

「セーマの奴、本当に英雄じゃねえかよ。大したもんだぜ……まあそれでもジェシーは嫁にゃやれねえけどよ!」

「お父さん、何言ってんの!」

 

 顔を赤くしてジェシーが叫ぶ。年頃の女子として、このようなからかわれ方をされては堪らない。

 セーマのことは好きだ……だがそれは友として、冒険者の同期としての側面が強く、彼と男女としてどうこうなろうとは思わない。そもそも彼には既に大勢の美女が周囲にいるのだから、なれるはずもない。

 

「セーマくんは友達だよ……お父さんが変に考えるようなことはないから」

「っていうかラピドリーさんでしたっけ……心配しすぎじゃあ」

「何、暢気なこと言ってんだよ『破槌』!」

 

 苦笑して父娘を取り成さんとしたレヴィに一喝。ラピドリーは至極真面目な顔で続ける。

 

「そりゃーあいつは『勇者』ですげぇーけどな、女関係は俺よりひでえぞあれは」

「え……!?」

「フィリスだのアリスの嬢ちゃんだの、ミリアさんだの『剣姫』だの『疾狼』だの見てりゃ分かるだろ? ありゃー全員、揃ってセーマにベタ惚れじゃねえか」

「!」

 

 言われてレヴィはハッとした。今更の再確認であるが、彼の回りに数多いる美女・美少女の存在に思い至ったのだ。

 誰一人取っても極上の美人……それが森の館のメイドたちだ。そんな彼女らに四六時中囲まれているのだから、当然セーマとて悪い気はしていないだろう。

 いやむしろ、積極的にメイドたちとの仲を深めているのだろう。そう、色々と!

 

「そ、そっか……そうよね、普通そうなってるわよね」

「森の館のメイド全員があの調子ってんなら、そりゃもう酒池肉林だろうぜ?」

「英雄色を好む……か。わしの先輩、往年の名冒険者とされる方々にも何人かおったわ」

 

 昔を懐かしむロベカル。彼の若かりし頃、偉大なる先輩冒険者たちの中には当然、女誑しのような者もいた。

 そのような過去を振り返る父に、息子ラピドリーはじっとりとした眼を向ける。

 

「何だよ親父、俺よりひでえ奴知ってるんじゃねえか……俺ばっかりとやかく言うなよなあ」

「程度の話ではないわ馬鹿息子め。身内がアホなことしとるんじゃ、怒るに決まっとる。他人を盾にしよるでないわ」

「お父さん、そろそろ反省しよう?」

「してるよ! してるから開拓地離れて出稼ぎに来てるんだろ!?」

「っていうか本当に開拓地でハーレム築いてたのね、ラピドリーさん……」

 

 娘やレヴィにまで言われてラピドリーは猛然と反論し……やがて拗ねたように料理と酒を食べ始める。

 やれやれと孫と祖父とで肩を竦め、彼らも引き続いて話に華を咲かせるのであった。

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