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プロローグ:邪神の復讐

気分転換に投稿していきます

 神々は、それぞれ自分だけの世界を持っている。


 何もないところから世界を創造し、大地を作り、海を満たし、生命を生み出す。


 そして、長い長い年月をかけて、その成長を見守るのじゃ。


 もちろん、妾もその一柱であった。


 妾の名は、リリスティア。


 かつては一つの世界を管理していた、ごく普通の神じゃ。


 ……そう。


 かつては、じゃ。


 なぜ過去形なのか?


 それは、妾の大切な世界が、今はもう存在しておらぬからじゃ。


 妾が何万年もかけて育ててきた、愛しい世界。


 そこには、たくさんの生命が暮らしておった。


 人間も、動物も、魔獣も。


 皆、それぞれの生を懸命に生きておったのじゃ。


 妾は、そんな世界が大好きじゃった。


 まるで我が子のように、大切に、大切に育ててきた。


 ……少々、問題はあったがのう。


 いや、少々というのは、少しばかり語弊があるかもしれぬ。


 何しろ、妾の世界では、地表の九十九パーセントが魔獣の領域となっておったからじゃ。


 残された人類の生存圏は、わずか一パーセント。


 しかも、その一パーセントすら、妾が直接作り出した結界によって守られておった。


 結界の外には、無数の魔獣が放つ強烈な瘴気が蔓延しておる。


 普通の人間であれば、一歩足を踏み出しただけで命を落としてしまうほどの濃度じゃ。


 当然、人類は結界の外へ出ることなどできぬ。


 それでも、結界の中では人々が暮らしておった。


 畑を耕し、家を建て、子供を育て、笑い合う。


 小さな世界ではあったが、そこには確かに人々の営みがあったのじゃ。


 妾は、それを守りたかった。


 たとえ世界のほとんどが魔獣に支配されていようとも。


 たとえ妾の結界がなければ、人類が生きていけぬとしても。


 皆が生きておるのなら、それでよいではないか。


 妾は、そう思っておった。


 ……しかし。


 ある日、あの女がやって来た。


「リリスティア」


「……なんじゃ?」


 妾が振り返ると、そこには一柱の女神が立っておった。


 長く美しい白金色の髪。


 黄金色の瞳。


 白と金を基調とした神聖な衣装を身にまとった、いかにも真面目そうな女神。


 その名は、アストレイア。


 神界の掟を何よりも重んじる、融通の利かぬ女じゃ。


「先ほど、あなたの管理する世界を拝見したのですが」


「……うむ?」


「何ですか、あの世界は」


「…………」


 ……嫌な予感がした。


「地表の九十九パーセントが魔獣の生息域となっているではありませんか」


「……そうじゃな」


「残された人類圏は、わずか一パーセント」


「……うむ」


「しかも、その人類圏も、あなたが直接作り出した結界によって辛うじて維持されている状態です」


「…………」


「結界の外は高濃度の瘴気に覆われ、人間が一歩踏み出せば即死するほどの環境になっているのでしょう?」


「……そ、それがどうしたというのじゃ!」


 妾は思わず声を荒らげた。


「確かに、少々魔獣が増えすぎたかもしれぬ! じゃが、妾の結界の中では人々がちゃんと暮らしておる! 何も問題はなかろう!」


「問題しかありませんが」


「なっ!?」


「そもそも、神が直接保護し続けなければ一つの種族が生存できない時点で、世界としての均衡は崩壊しています」


「じゃ、じゃが……!」


「あなたの世界は、明らかに許容範囲を超えています」


 アストレイアは、淡々と言葉を続けた。


「神界の掟に従い、あの世界はリセット対象です」


「…………は?」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。


 リセット?


 妾の世界を?


「……い、嫌じゃ」


「拒否は認められません」


「嫌じゃと言っておるじゃろ!」


 妾は叫んだ。


「妾が何万年もかけて育てた世界なのじゃぞ!? 妾の大切な、大切な世界なのじゃ! それを消せと言うのか!?」


「はい」


「……っ!」


「世界の均衡が崩れた場合、その世界をリセットしなければならない。それが神界の掟です」


「そんなことは知っておる!」


「では、なぜ従わなかったのですか?」


「……それは」


 言葉が詰まる。


 知っておった。


 もちろん、知っておったとも。


 神々が世界を管理するうえで、決して破ってはならぬ掟。


 世界の均衡が崩れ、もはや正常な状態に戻せなくなった場合、その世界はリセットしなければならない。


 そんなこと、神である妾が知らぬはずもない。


 じゃが。


 じゃが、それでも……!


「……消したく、なかったのじゃ」


「…………」


「妾の世界には、まだ生きておる者たちがいるのじゃ。笑っておる者たちがいるのじゃ。それを……それを、どうして妾自身の手で消さねばならぬのじゃ……!」


 声が震える。


 視界が滲む。


 それでも、アストレイアの表情は変わらなかった。


「あなたが世界を大切にしていたことは理解しています」


「……ならば!」


「ですが、それと掟を守ることは別問題です」


「…………」


「世界の管理者である以上、あなたにはその責任があります」


「……っ」


「残念ですが、これ以上の放置は認められません」


 アストレイアは静かに片手を上げた。


 その瞬間。


 妾の目の前に、世界が映し出された。


 妾の、大切な世界。


 小さな結界の中で暮らす人々。


 その外側に広がる、果てしない魔獣の領域。


 何万年もの間、見守り続けてきた景色。


「や、やめるのじゃ……!」


 妾は手を伸ばした。


「お願いじゃ……! それだけは……!」


「リセットを実行します」


「嫌じゃああああああっ!!」


 次の瞬間。


 世界は、白い光に包まれた。


 大地も。


 海も。


 空も。


 魔獣も。


 そして、妾が守り続けてきた人々も。


 すべてが、光の中へ消えていった。


「…………あ」


 何もない。


 そこには、もう何もなかった。


 妾が何万年もかけて育てた世界は、跡形もなく消えてしまっておった。


「……あ、ああ……」


 膝から力が抜ける。


 妾は、その場にへたり込んだ。


「……妾の、世界が……」


 返事はない。


 当然じゃ。


 もう、誰もおらぬのだから。


「……う、うぅ……」


 涙が、ぽろぽろと零れ落ちた。


 どれだけ泣いても、世界は戻ってこなかった。


 そんな妾に、アストレイアは静かに告げた。


「リリスティア。もう一つ、伝えておかなければならないことがあります」


「……なん、じゃ……」


「今回、あなたは世界のリセット義務を怠り、神界の掟に違反しました」


「…………」


「そのため、あなたには正式な警告処分が下されます」


「……警告、処分?」


「はい。今後、あなたには『邪神』という呼称が与えられることになります」


「……邪神?」


「神界において、掟を破った神に与えられる呼称です。いわば、最後の警告ですね」


 アストレイアは淡々と説明を続ける。


「次に神界の掟を破った場合、あなたは神界から追放されます」


「…………」


「十分に気をつけてください」


 ……なんじゃ、それは。


 妾の世界を消しておいて。


 妾の大切なものを、すべて奪っておいて。


 今度は、妾を邪神と呼ぶというのか。


「……アストレイア」


「はい?」


「……おぬしは、何とも思わぬのか?」


「何についてでしょうか」


「妾の世界を消したことじゃ……!」


 アストレイアは、わずかに首を傾げた。


「必要な措置でしたから」


「…………っ!」


「あなたには、次の世界で同じ過ちを繰り返さないことを願っています」


 それだけ言うと、アストレイアは静かに立ち去っていった。


 妾は、何も言い返せなかった。


 ただ、消えてしまった世界のあった場所を見つめ続けておった。


 ……許さぬ。


 絶対に、許さぬ。


 妾の世界を消した、あの女だけは。


 絶対に……!


 ◇◆◇


 それから、どれほどの時間が経ったじゃろうか。


 妾は神界の自室で、ふかふかのクッションを抱きしめながら、じっと考え込んでおった。


「……むぅ」


 許せぬ。


 やはり、どう考えても許せぬのじゃ。


 確かに、妾の世界は少々大変なことになっておった。


 それは認めよう。


 じゃが、だからといって、何も全部消すことはなかろう!


「……そうじゃ」


 妾は、むくりと顔を上げた。


「復讐してやるのじゃ……!」


 あの女が、妾の世界を消したというのなら。


 妾も、あやつの世界をめちゃくちゃにしてやればよい!


「ふふふ……そうじゃ! それがよいのじゃ!」


 妾は勢いよく立ち上がった。


「待っておれ、アストレイア! 妾の恐ろしさを思い知らせてやるのじゃ!」


 ……と、そこまで考えたところで。


 ふと、重大な問題に気づいた。


「…………あれ?」


 そういえば。


 神界には、もう一つ重要な掟があったような……。


 ――神は、他の神が管理する世界に直接干渉してはならない。


「…………」


 ……まずい。


 非常にまずいのじゃ。


 妾は、すでに邪神の呼称を与えられておる。


 つまり、次に掟を破れば、神界から追放されてしまうということじゃ。


「……む、むむむ」


 さすがに、それは困る。


 神界から追放されるなど、絶対に嫌じゃ。


 じゃが、復讐はしたい。


 ものすごくしたい。


「……何か、よい方法はないものかのう」


 妾はクッションを抱きしめ直し、考えた。


 考えて。


 考えて。


 さらに考えて……。


「…………お?」


 ふと、一つの考えが浮かんだ。


「……待つのじゃ」


 神が、他の神の世界に直接干渉してはならない。


 つまり。


 妾が直接干渉しなければ、よいのではないか?


「……そうじゃ!」


 妾は勢いよく立ち上がった。


「妾の代わりに、誰かを送り込めばよいのじゃ!」


 そうじゃ、そうじゃ!


 妾自身があやつの世界へ行くから問題になるのじゃ!


 ならば、誰かに代わりにやらせればよい!


 例えば、人間。


 人間を一人送り込み、妾の権能を少しだけ分け与えてやる。


 そうすれば、妾が直接手を下さずとも、あやつの世界をめちゃくちゃにできるではないか!


「ふふふ……!」


 素晴らしい。


 なんと素晴らしい考えなのじゃ!


 ……いや、待て。


 まだじゃ。


 まだ問題がある。


 仮に、その人間が捕まったり、何らかの方法で妾の関与が発覚したりしたら、どうなる?


「…………」


 追放。


 その二文字が、妾の頭をよぎった。


「……い、いやいや! 落ち着くのじゃ、妾!」


 まだ慌てる時間ではない!


 考えるのじゃ!


 もっと、もっとよい方法を……!


 ……そして。


「…………あっ!」


 妾は、ついに気づいてしまった。


「無関係な神の世界から連れてくればよいのではないか!?」


 そうじゃ!


 妾の世界でも、アストレイアの世界でもない。


 まったく関係のない、第三の神が管理する世界。


 そこから人間を一人連れてきて、アストレイアの世界へ送り込むのじゃ!


 そうすれば、仮に何かが起きたとしても……。


「その人間が元々暮らしておった世界の神に、責任を押し付けられるではないか!」


 ふふふ。


 ふふふふふ……!


「ふはははははっ! 妾は天才じゃな!!」


 完璧じゃ!


 これ以上ないほど完璧な作戦なのじゃ!


 これなら妾が追放される心配もない!


 ……たぶん。


「よし! 早速、人間を探すのじゃ!」


 妾は目の前に、無数の世界を映し出した。


 神々が管理する、数え切れぬほどの世界。


 その中から、適当な世界を一つ選ぶ。


「……ふむ」


 どれがよいかのう。


 あまりに危険な世界では、送り込む人間もろくなことにならぬかもしれぬ。


 かといって、強すぎる人間を選ぶ必要もない。


 どうせ、妾の権能を与えるのじゃ。


 元の能力など、大して関係あるまい。


「……お?」


 しばらく探していると、一つの世界が目に留まった。


 青い海と、緑の大地。


 そこには、たくさんの人間たちが暮らしておった。


 魔法もなければ、魔獣もおらぬ。


 どうやら、科学とやらが発達している世界らしい。


「……地球、というのか」


 ふむ。


 なかなか平和そうな世界じゃ。


 ここの人間なら、適当な者を選んでも問題なかろう。


「さて、誰にするかのう……」


 妾は、地球に暮らす人間たちを眺めた。


 大勢の人間が行き交う街。


 忙しそうに働く者。


 楽しそうに笑い合う者。


 学校という施設に通う、若い人間たち。


「……むぅ」


 多すぎるのじゃ。


 いちいち選んでおっては、日が暮れてしまう。


 いや、神界に昼も夜もないのじゃが。


「……まあ、誰でもよいか」


 どうせ、妾が権能を与えるのじゃ。


 それなら、いなくなっても大して影響のなさそうな者を選べばよい。


 妾は、何気なく視線を動かした。


 すると。


「……お?」


 一人の少年が目に留まった。


 黒い髪。


 長い前髪で目元を隠した、何とも冴えない人間じゃ。


 周囲の人間たちが楽しそうに話している中、その少年は一人で静かに過ごしておった。


 誰かと積極的に話す様子もない。


 特別な才能がありそうにも見えぬ。


 何とも地味で、目立たぬ少年じゃ。


「……ふむ」


 妾は、しばらくその少年を眺めた。


 ……うむ。


 悪くない。


 これなら、一人くらいいなくなっても、大して影響はなさそうじゃ。


 それに、あまり目立つ人間を連れていくより、こういう者の方が都合もよかろう。


「……コヤツでいいかのう」


 うむ。


 決まりじゃ。


「よし! 妾の眷属は、コヤツにするのじゃ!」


 妾は満足げに頷いた。


 あとは、この少年を召喚し、妾の権能を与えて、アストレイアの世界へ送り込むだけ。


 ふふふ……。


 待っておれ、アストレイア!


 妾の大切な世界を消したこと、たっぷり後悔させてやるのじゃ!


「ふはははははっ! 妾の復讐は、ここから始まるのじゃ!!」


 神界に、妾の高笑いが響き渡った。


 ――こうして、一柱の邪神は、自らの復讐のために、一人の人間を選んだ。


 それは、特別な選考も、綿密な調査もない、ほんの気まぐれな選択だった。


 しかし、リリスティアは知らなかった。


 自分が適当に選んだその少年が、大人しい外見の裏に、底知れぬ黒い欲望を秘めていたことを。


 そして、その少年に与えたたった一つの権能が、やがて一つの世界の運命を大きく変えてしまうことを。


 何よりも。


 その少年こそが、邪神と呼ばれる自分よりも、よほど邪悪な存在となることを。


 このときのリリスティアは、まだ知る由もなかった。

挿絵(By みてみん)

↑邪神ちゃんの立ち絵


挿絵(By みてみん)

↑女神の立ち絵


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