6.計画は動き出した
蛍涼祭当日。
メルンシアには欠席して!と頼まれたけど、結局私は参加した。
というのも、欠席なんてお父様が許してくれるはずがない。
だけど、メルンシアが参加するということで、ネイサンは私のエスコート役を放棄。
代理で、いつものようにアシェルがその役を請け負ってくれている。
私は、アシェルとともに会場に向かいながら彼に笑いかけた。
「ふふ、楽しみね!アシェル。会場では、ミリアとも合流しましょうね!」
はしゃぐ私に、アシェルが苦笑する。
それにしても……
「本当に、大きくなったわねぇ……」
アシェルを見る度に、しみじみ感じてしまう。
初めて会った時は、鋭い雰囲気のある子供だったからだろうか。
健やかに育ってくれて、嬉しいことこの上ない。
あまりに私がニコニコしているからか、アシェルが困ったように息を吐く。
「あのねえ、姉さん。年に数回しか会わない親戚のおばさんじゃないんだから」
「やけに具体的な例えを持ち出すのね……」
会場は、王家所有の森だ。
暑い夏も、夜になると随分と涼しくなる。
前世の母国は湿度が高かったので、夜も熱帯夜だった。
ネロワローは夜は涼しくて、過ごしやすくて良い。
(それに今日は、楽しみがあるもの!)
まあ、その前にメインイベントが控えているのだけど……。
それさえ乗り越えてしまえば。
乗り切ってしまえば!
後はご褒美タイムだわ!
俄然、やる気が出るというものよね!
今、私とアシェルは森の中をふたりで歩いていた。
後ろに護衛はついているけど、この距離だ。
会話を聞かれることはないだろう。
会場まで、もう少し距離がある。
私は念の為声を潜めて、アシェルに聞いた。
「アシェルも、ミリアも目元にホクロがあるわよね。お母様もそうだったの?」
アシェルは右目下に、ミリアは左目下にそれぞれホクロがある。
何となく気になって尋ねると、アシェルは目を瞬いて私を見た。
まるで、そんな事を聞かれるとは思っていなかったような顔だ。
だけどすぐに視線を前に戻して、アシェルは答えた。さらに声量を落として。
「僕は、母さんには会ったことがないけどね。……両目の下に、それぞれホクロがあったみたいだよ。僕の母だったひとは」
アシェルとミリアは顔立ちがよく似ている。
それが、王妃陛下の血によるものだとしたら(少なくとも国王陛下には似ていない)エヴァリーナも、王妃陛下に似ていたことになる。
そこでふと、今度はアシェルが私に尋ねた。
「姉さんの目は?」
「え?」
「姉さんの目。色違いの瞳なんて珍しいよね。公爵夫人がそうだったの?」
逆に尋ねられて、私は目を瞬いた。
私は、生まれつき色違いの瞳をしている。
いわゆるオッドアイだ。
右目が桃色、左目が薄青色。
この瞳は、非常に珍しいようだった。
(だからこそ、儀式の生贄にと選ばれたのだけどね……!!)
生まれてすぐにネイサンとの婚約が調えられたのも、この目が理由だ。
私は、少なくとも今まで同じような瞳を持つひとに出会ったことがない。
私はなんとなく自分の目元に手を当てながら答えた。
「……お母様は普通の瞳だったわ」
私の返答に、アシェルはなにかに気がついたようだった。
お母様は、私が色違いの瞳を持って生まれたことで不義の子だと責められた。
王家からは『儀式の花嫁として相応しい!』と賞賛されたようだけど……。
お父様と、お祖母様には相当責められたと聞いている。
「……姉さん。ううん、フローラ」
物思いに沈んでいると、アシェルに呼びかけられる。
顔を上げると、彼は真剣な顔をして私を見ていた。
「やっぱり、国を出ない?僕と、ミリアの三人で」
アシェルの提案に、私は目を瞬いた。
いつの間にか足を止めていた。
「またその話?……行かないわ」
私は苦笑を浮かべて答える。
偽りない本心を。
「逃げたくないの。負けたみたいで、悔しいじゃない」
これは本心だ。
だけど、アシェルはさらに言い募った。
「聞いて、フローラ。僕は、あなたを解放したいんだ。この国から……ローレンシアの家から」
「気持ちは嬉しいわ。でも、もう決めたことなの。それに……もう手は打ってあるわ。全て、動き出した」
今更、計画をキャンセルすることは出来ない。
既にそれを知っているアシェルは何か言いたげな様子だったけど、黙って私の話を聞いている。
アシェルは優しい。
彼も言っている通り、私をこの国から連れ出したいのだと思う。
だけど私の気持ちを理解して、こうやって引き下がってくれている。
その気持ちが嬉しかった。
だから私は、アシェルを安心させるように自分の胸を叩いて言った。
思ったより力を込めてしまいちょっと痛い。
「大丈夫よ!私は、穏便に婚約者の座を降りて、後は気ままに生きていくつもり」
平凡で、ささやかだけど、穏やかな日々。
それを掴み取るのが、私の目的だ。
(まずは……お金!)
何はともかくお金は入り用である。
(お金で買えない幸せもあるとは言うけど……大半の幸せはお金で買えるものね!)
貴族の娘にしては有り得ない俗な考えかもしれないけど、お金はあって困るものじゃない。
何事もお金がなければ始まらないのである。
この国の貴族は、不思議な力を持って生まれることが多い。
それは瞳の力と呼ばれ、アイスキルを開花させたひとの瞳には、特徴的な光が宿る。
そして、私が生まれ持ったアイスキルは、とても実用的だった。
「だから、心配しないで。私は勝手に幸せになるから。既に未来予想図は完成してるのよ?楽しみなことがたくさんあるの」
今後の道筋を考えながらふたたび歩き出すと、隣から困ったように笑うアシェルの声が聞こえてきた。
「そっか。姉さんが楽しそうなら、いいか。僕の願いは……姉さんの幸せだから。ミリアも同じだよ」
「ありがとう、アシェル」
私も同様に、アシェルに微笑みかけた時。
視界に青い光が見えた。
あれは──
「蛍……!」
暗い森を照らすように、蛍が光を帯びて宙を泳いでいた。
私の声に、アシェルの視線もそちらに向く。
「あ、本当だ。もう放してるんだね」
この蛍は、予め捕獲しておいたものだ。
蛍涼祭の開始に合わせ放たれるようになっている。
もう、メルンシアとネイサンは会場に到着している頃だろう。
(……後は、ふたりがどこにいるか探すだけ、ね)
私は真っ直ぐ前を見据えた。
(取引をいたしましょう?ネイサン)
まずは穏便に、私は生贄役を降りる必要がある。




