プロローグ 『異世界変異』への招待状
私の周りでは、昔からよく「何か」が起きていた。
そしてそれは、決まって私にだけ見えていた。
見てはいけないものだと――本当は、分かっていたのに。
誰もいない放課後の教室で、どこからともなく流れてくる鼻歌を聞く。
深夜の路上で、街灯の下に立つ、膝から下がない男と目が合う。
普通の人は目を逸らし、逃げ出し、忘れようとするだろう。
けれど私は違った。
一体それが何なのか、どんな姿をしているのか、
どうしてそこにいるのかを知りたくて――
スマホの録画ボタンを押し、メモ帳を取り出して記録していた。
……私はただの、手遅れなオカルト好きだったのだ。
好奇心は猫を殺すとはよく言うが、
一度目の人生の終わりも、きっとそれが原因だったのだろう。
気が付くと、私は異世界にいた。
……いや。本当に「その時」だったのかは分からない。
もっと前から、気づいていなかっただけで、ずっとここにいたのかもしれない。
魔法があり、魔物がいて、ステータスが存在する。
まるでゲームのような世界。
【鑑定】。【転移】。【スキル】。【レベルアップ】。
誰もが当たり前に享受している、その便利でお手軽なシステム。
人々はそれを「神の恩恵」だと、何の疑いもなく受け入れている。
けれど私はどうしても、
それが「綺麗な包装紙で包まれただけの何か」に見えて仕方なかった。
異世界からの来訪者には、ユニークスキルが目覚め、
魔王を倒しに行く――そんな話も珍しくないらしい。
だが、私には、勇者になれるような力も、魔力もない。
ただ、この世界のほんの小さな「歪み」に気づいてしまう、
この世界に合わない『眼』と、
それを記録せずにはいられない性分があるだけ。
今、私は冒険者ギルドの一角、
埃っぽい資料編纂室に籍を置いている。
仕事は、ギルドが「原因不明の事故や事件」として処理しきれなかった事象の、調査と記録。
誰も触れたがらない、「知ってはいけないもの」の整理係。
「……さて。今日の調査対象は、『転移魔法陣』ですか」
報告書にペンを走らせる。インクの匂いが鼻をつく。
私は震える指先を隠すように、わずかに笑った。
怖い。けれど、知りたい。
これは、救世の物語ではない。
ただ、この世界がどこかおかしいという事実だけを記録するための――
剥き出しの報告書だ。




