表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双生の魔王〜下賤と蔑まれ追放された俺は、世界の理を書き換える「魔核」の持ち主でした〜  作者: 幻翠仁


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/11

// 010 - 師弟の絆



 落ち葉が、まだ宙にあった。

 湿った腐葉土の匂いが、夜気の底に沈んでいる。枝葉の隙間から溢れた月光が細い筋となって、森の地面を撫でていた。


 三人の影が、その光の上で静かに重なっている。

 葉が落ちる。その前に、三つの刃が動いた。


 最初に踏み込んだのは、スタンだった。腐葉土が、鈍く沈む。踏み込みは真っ直ぐだった。王国騎士団で叩き込まれた、無駄のない正面の剣。足の裏が土を押し、膝が僅かに沈み、身体の重みが刃へ伝わる。剣が伸びる。刺突。一直線。月光が鋼の縁を滑り、細い光の線が老騎士の胸へ走った。


 その同時刻。もう一つの影が動く。

 カガンだった。足音はほとんどない。

 踏み込むというより、滑るような移動だった。重心を低く落とし、靴底が腐葉土を掠める。落ち葉が一枚、僅かに揺れるだけだ。


 カガンの剣は、低かった。

 構えは高くない。振り上げもしない。月光の下で、刃は地面すれすれを滑るように走る。狙いは胸でも首でもない。膝。動きを奪う斬撃だった。


 正面と側面。

 二つの刃が、同時に老騎士へ迫る。


 だが。ガラクは、動かなかった。ほんの一瞬。老騎士の視線がスタンへ落ちる。次の瞬間――地面が沈んだ。踏み込み。一直線。腐葉土が弾ける。落ち葉が跳ねる。老騎士の身体が、矢のように前へ走った。


 鋼が瞬く。甲高い衝突音が森を裂いた。

 スタンの剣とガラクの刃が噛み合う。火花が弾け、重い衝撃が腕へ叩き込まれる。スタンの足が半歩沈む。金属音が、重い。


 だが老騎士の剣は、止まらない。

 受けた瞬間、すでに次が訪れている。刃が滑る。返し。横薙ぎ。更に突き。鋼が鳴る。火花が散る。スタンの剣がそれを受け止める。受け続ける。足が沈む。腐葉土が軋む。だが、後退はしない。


 その間に、カガンの刃が、空を切った。

 そこにはもう、ガラクがいない。老騎士は、スタンの懐へ入っていた。距離が潰れている。近い。近すぎる。剣を振る距離ではない。肘が届く距離だ。ガラクの刃が、短く走る。突き。喉元。鋼が月光を裂いた。


 スタンの剣が跳ね上がる。甲高い音。刃が噛み合う。衝撃が腕を揺らす。

 だが、老騎士の剣は止まることを知らない。突きの軌道が引き戻される。刃が半円を描く。返し。斬り上げ。更に横。


 流れる。止まらない。

 剣が振られた瞬間、次の軌道が既にそこにある。鋼が鳴る。火花が散る。腐葉土が沈む。スタンは受ける。だが、ほんの僅かずつ押されている。


 その差を、カガンは見ていた。

 数歩離れた場所で、動かずに。白髪が夜気に揺れる。視線は剣ではなく、老騎士の足元に落ちていた。踏み込みの癖。重心の沈み。刃の戻し方。


 すべてを見ている。そして理解する。

 ――老騎士は、二人を相手にしていない。


 スタンだけを見ている。

 カガンを戦いの外へ押し出す位置へ動き、一直線の戦いに変えている。

 つまり――二対一ではない。ただの、一対一だ。


「……へえ」

 カガンは小さく息を吐いた。

 低い声が夜気に落ちる。


 その瞬間、スタンの剣が弾かれた。

 刃が逸れる。空いた懐へ、老騎士の切っ先が滑り込んだ。突き。腹。スタンの身体が反射で捻られる。刃が鎧を叩く。鈍い衝撃が腹へ落ちる。


 呼吸が一瞬、止まる。

 そして。次の刃が、もう動いている。

 カガンは肩を竦めた。


「おい、聖騎士」


 軽い声が、戦闘の隙間へ落ちる。

 鋼が鳴る。スタンの剣が受ける。

 その合間に、カガンは言った。


「挟むな。コイツは――そういう相手じゃねぇ」

 スタンの目が、ほんの一瞬だけ動く。


 カガンが踏み込む。今度は横ではない。

 スタンの背後へ。二人が、一直線に並ぶ。


 その刹那――老騎士の口元が、ほんの僅かだけ歪んだ。

 まるで、それを最初から、待っていたかのようだった。ガラクの剣が静かに持ち上がる。月光が、鋼の縁を細く走った。


 そして、老騎士の足が、再び沈む。

 次の瞬間――森の空気が、裂けた。


 踏み込み。ガラクの身体が前へ走る。

 一直線。老騎士の剣が、低く唸った。突き。喉元。鋼が月光を裂く。狙いは変わらない。最短。最速。迷いのない一撃。


 スタンの剣が跳ね上がる。

 甲高い衝突音。刃が噛み合う。衝撃が腕へ叩き込まれた。腐葉土が沈む。足裏が軋む。だがスタンは下がらない。剣を押し返す。


 その瞬間。もう一つの鋼が走った。

 カガンだ。低い。地面すれすれを滑る刃。老騎士の脇腹へ伸びる。


 だがガラクは見ない。視線はスタンから逸れない。

 老騎士の足が半歩動く。それだけで、軌道がずれる。カガンの刃が空を切りその代わりに――ガラクの肘が、短く振られた。鈍い衝撃。

 

 カガンの身体が半歩流れる。

 崩されている。ほんの一瞬。だが、その瞬間を老騎士は逃さない。剣先が横一文字に走る。スタンの剣が凌ぐ。金属音が鳴る。火花が瞬く。


 さらに突き。さらに返し。

 流れる。勢いは止まらない。


 スタンは受ける。受け続ける。

 だが――ほんの僅か。ほんの僅かずつ。押し返している。


 老騎士の目が、細くなる。

 スタンの足が沈む。踏み込み。今度はスタンだった。刃が伸びる。突き。ガラクの剣が軽く流す。だが、その軌道は僅かに外れる。老騎士の視線が、初めて動いた。カガンがいた。背後。一直線。カガンが、低く笑う。


「……見えただろ?」


 刃が走る。ガラクの肩が、僅かに捻れる。

 その一瞬。老騎士の重心が、ほんの僅か浮いた。ほんの、指一本ほど。だがスタンは見逃さない。踏み込み、刃を滑り込ませる。老騎士の剣が遅れ、鋼が擦れる。甲高い音。そして――静寂。


 スタンの剣が、止まっていた。

 老騎士の喉元。鋼の切っ先が、月光を受けて静かに光る。


 ガラクは動かない。

 ほんの僅かでも動けば、刃が皮膚を裂く距離だった。


 森が、静かになる。

 落ち葉が一枚、遅れて地面に落ちた。老騎士の視線が、ゆっくりとスタンへ上がる。そして――ほんの僅かに、口元が歪んだ。


「……儂の剣を超えたか。だが、それでもお前は間違っている」

 低い声だった。


 スタンの呼吸が、深く落ちる。

 剣は動かない。微動だにしない。だが声は、静かだった。


「それでも、私は進まねばなりません。彼と共に」


 言葉が消える。

 森は静まり返っていた。遠くで夜鳥が一度だけ鳴く。だがそれも、すぐ闇に溶ける。枝葉の隙間から落ちた月光が、三本の剣の上で白く揺れていた。


 誰も動かない。

 その静寂の中で、ガラクはゆっくりと目を閉じた。

 そして、微かに息を吐いた。


「……ならば行け。ただの(・・・)スタンよ……」


 スタンの剣先が、僅かに震える。

 鋼が喉元から離れた。ガラクは振り返らない。ただ、腰の剣をゆっくりと鞘へ収めた。刃が鞘の内壁を擦り、低い金属音が夜の森に溶けていく。


 その背は、もう戦場のものではなかった。

 老いた騎士の背だった。数歩、歩く。

 腐葉土が柔らかく沈み、落ち葉が足元で小さく鳴る。


 カガンは、その横顔を見ていた。

 老騎士の顔は、無表情だった。だが――ほんの一瞬。その瞳が、揺れた。剣を振るう者の目ではない。長い旅の終わりを見送る者の目だった。


 何かを言いかけて、やめる。

 喉の奥で、言葉が消える。


 カガンは、軽口を叩かなかった。

 代わりに、小さく息を吐く。そして、自分の剣を鞘へ収めた。鋼が静かに沈む音が、森の静寂に溶けていく。


 その間に、ガラクはさらに歩く。

 振り返らない。ただ、背だけが遠ざかる。

 スタンは、その背を見ていた。長い時間をかけて築かれたものが、今、静かに離れていく。それを止めることは、もう出来ない。


「……養父上。どうか……お元気で」


 声は低く、静かだった。

 だが、夜の森にはっきりと残った。


 ガラクは、足を止めない。

 ただ――ほんの僅かだけ。肩が、揺れた。

 そして老騎士の背は、そのまま森の闇の中へ溶けていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ