#39 ホラーではない
「ミホー?」
花火大会が終わって賑やかな声が遠ざかる中で、よく通るミクさんの声が僕たちに届いた。
「ミク、どうした?」
ナンプが訊ねながら声のした方へ向かう。それと同時にミクさんの姿が僕たちにも見えた。相手もこちらに気がついたようだ。
「ああナンプ。あれヒビノ先生にさく坊も」とお姉さんは驚いて言う。「こんなとこにおったんや」
そして首をかしげながら軽い調子で青ざめるようなことを言ってきた。
「ミホがおらんくなってしもてねぇ」
勘弁してくれ。
ミホさんはミクさんの妹でたしか小学四年生と言っていたはずだ。
「いなくなったって……いつから?」
「うーん。花火してた途中で、トイレ行く言うから行かせて。それっきり」
それっきり。という声が虚しく夜風に溶けた。おいおい。
「トイレは見てきたんか?」
ナンプが訊ねる。
「さっき見てきたよ。けどおらんかって」
え……。と沈黙してしまった。
「とにかく捜さないと。外は危ないから、みんなは部屋の中を捜してくれる? 戻ってる可能性も高いからね。松阪先生にも事情を話して。部屋の中で見つかったら松阪先生経由で僕のほうに連絡してくれればいいから」
頷くナンプとさく坊だったが、ミクさんはどこか申し訳なさそうにしていた。
「すぐ見つかる思いよったやけど……ごめんなさい、こんなおおごとになってしもうて」
「仕方ないよ。とにかく捜そう」
動き出そうとすると「あの」と袖を引かれた。
「私も外捜したい。外におる気がするもん」
「え……」
正直なところ女子生徒を夜の山で歩かせるのは気が引けた。パワー系のナンプならまだしも。
「気持ちはわかるけど危ないよ。なにが出るかわからないし」
僕としては『出る』とはつまり野生動物の話だったのだがナンプとさく坊が「ひぇ!?」とへんに反応するから状況が変わる。
「『出る』……って、出るんですか? やっぱりこのお寺」
さく坊の言い方で鈍い僕にもピンと来た。言われて見ればすぐそこはお墓だ。って、いやいや。
「え、つまりなに、『神隠し』とかそっち系!?」
ナンプが煽る。こら煽るな。
「ちがう、よしてよ。単純に暗いし足元が危険で動物とかも出るかもって話で────」
言い終わる前にガサガサ、と裏の林が鳴るから小さく悲鳴が上がる。だから煽るなってば。しかし風なんか吹いていないはずだが。
「懐中電灯でも借りてこようか」
「スマホで照らしたらどうですか?」
「ああそうか」
頼りない先生で悪かったね。
言われた通りスマホのライトで林を照らしてみるが人影はもちろんとくに発見はなかった。ミクさんが言うにミホさんはまだ外にいる気がするとのことだが僕にはどうもそうは思えない。
「ミホさんー? いたら教えてー?」
問うてみるもやはり返事はない。バッテリーが減るのでライトは消した。
「とにかく一度部屋に戻ろうよ。花火終わった流れでミホさんも部屋にいる可能性が高いと思うんだ」
そう振り向いてさすがに目を見開いた。
「え……さく坊は?」
僕が問うや「えええええっ!」とナンプが柄にもなく騒いで尻もちをついた。いや、隣にいて気が付かないものか。イタズラか? にしても嫌なやり方だな。
「あの、ミクさん……」
生徒を疑うことはしたくない。けどどうしても『彼』の顔が頭に浮かんで仕方がないんだ。ミクさんとの繋がりはわからないが同学年というだけで彼らにはそれなりに関わりがあると見ていい。
確認をしようとしたがミクさんが「あ……」とお墓のほうを指さすから仕方なくそちらに視線を向ける。ああ、やはりか。
緑色の火の玉が不気味に揺れながら飛んでいた。
「ずいぶん古典的だな」
花火の火種で作ったのか? 火遊びはやめてほしいが。
「い、いやいやヒビノ! ヤバいで、ヤバい! にっ、逃げんと、取り憑かれるかもしれん!」
ナンプは意外と呪いや祟りを信じるタイプのようだ。逃げようとしているらしいがナンプの膝は震えまくって全然立っていない。なるほどこんなリアクションをすると知っていればからかい甲斐もあるというわけか。
「ねえミクさん。これ、久原くんがやってるよね?」
ナンプに聞かれないようこっそりとミクさんに囁くと「へっ」とお姉さんはわかりやすく肩を揺らした。大人をからかうとはじつに久原くんらしい。ミクさんが加担するとは少々意外だったが。
「やっ、し、知りませんよ、私は」
つまりノリノリなのは妹のミホさんのほうというわけか。ミホさんがやる気満々だったとしたらミクさんが反対しても無駄だったことが容易に想像できる。
それに部屋の中を捜そうという僕の提案をミクさんだけがなんだかんだ誤魔化していたのも感じた。なによりはじめからミクさんには妹を捜すことに対して必死さがない。
「妹が居なくなったらもっと取り乱すはずでしょう」
「それは先生だってそうでしょ? さく坊、心配やないんですか?」
訊ねられて首を傾げる。
「まあリアクションならさく坊もナンプくらい良さそうだけど。でも彼のタイプじゃ過剰に反応しすぎるんじゃないかな? だから安全な『向こう側』に連れ込んだ、と」
「……う。名推理ですねぇ」
すると観念したようにひとつため息をついて、あーあ残念。とミクさんは言った。その目線はわたわたと慌てて転げながら部屋に向かうナンプに向いている。
「正直ヒビノ先生にはもっと怖がってほしかったです。だってそういうキャラやん?」
小悪魔のような顔でにっこり言われてしまい参った。肝が据わりすぎだ。
「はは……。まあ立場もあるし、僕の場合は内面にほら、『あっち』が潜んでるわけだしね」
いい歳の教師が子どもたちと一緒になってワーキャー言えるわけがない。そしてわかると思うが僕は本来結構冷めた性格なんだ。
「誠くんは『小枝でも拾って指揮棒にしだすかも』ちて期待してましたけど」
舐められすぎだ。ちなみに『誠くん』とは久原くんのことだ。
「そういう使い方は基本的にはしないよ」
とはいえ護身用として指揮棒は常に持ち歩いてはいるんだが。
振り向くと火の玉はすでに回収されていた。火の始末はきちんとしているんだろうな。
「……で、このあとはどうなるの?」
こうなったら久原くんのエンターテインメントを楽しませてもらうとするか。
「ああ。たぶんナンプが……」
言いながら振り向くミクさんに倣って僕も部屋のほうを見ると、ガヤガヤと数人の生徒たちがナンプに連れられて出てきたところだった。梅吉もいる。なるほど真打ち登場というわけか。
「なんやナンプ、なんもないやないか!」
言って欲しいであろうセリフをなんの疑いもなく言ってくれるのが素直な梅吉のよさだ。
「あったんじゃ、たしかに火の玉が! な、ヒビノとミクも見たやろ!?」
「ああ。緑色のね」
「燃えとるみたいやったねぇ」
そうして再び墓のほうへと視線を向けるとあらぬ方向から「キャアー!」と悲鳴が上がった。今度は向こうか。トイレのほうだ。
「どうしたの?」
もっと心配して訊ねてあげたいのだがどうにも冷めた声しか出せない。仕方ないだろう。
トイレの前でへたり込むのは真知さんはじめ二年の女子たちだった。震える指で近くの茂みをさす。
「い、今そこの茂みに、ぼうっと青く光る男の子がっ……!」
さく坊だろう。
「着物きてたしっ、あれって……幽霊!?」
お寺から浴衣でも借りたんだろう。
ひいい、と抱き合って女子たちが震えて怖がっている姿を『彼』は一体どこから見て楽しんでいるのだろうか。本当に困った生徒だ。
ぐるり、と辺りを見回すと、男部屋の窓の細い隙間からちらりとなにかが見えた。なんだ?
パチ。「痛!?」
標的は梅吉だった。
輪ゴム銃……。
危険性は低いが人に向けて打つのは当然よくない。
当てられた梅吉はふくらはぎを押さえている。まさか狙って当てたのか? だとしたら狙撃手はかなりの手練といえるが。
「な、なにすんじゃ! 誰や!」と窓のほうへ向かう梅吉だったが途中で『なにか』を見つけたらしく血相を変えて「うわああああ!」と叫びながら引き返してきた。今度はなんだ。
見ると男部屋の窓がガラリと開いて、そこから────。
長い髪を前に垂らした赤い着物姿の女の子がねっとりと這い出すように出てきて、低く唸りながら梅吉を追いかけはじめた。
はは。これは怖い。
ミホさんだとわかっていても怖すぎた。
よく見るとミホさんは全身濡れているようで長い黒髪や着物の袂から水が滴っている。演出がやたら細かいな。
「うおおおおおお!」
「ぬおあああああああ」
なんだろうな、この茶番劇は。
「……ハイ。そろそろ終わって寝る準備してくれますかー」
僕が冷静にぱんぱん、と手を叩くと怯えまくっていた生徒たちがキョトンと見てきた。
途端に「キャア!」とまた悲鳴が上がるからなんだと見てみると青白い浴衣を着たさく坊が立っていた。
「はは。さく坊、似合うね」
まさか本物の座敷童子になるとは。
よく見るとこちらはこちらで砂まみれだった。白く見せるための演出だろうか。しかしミホさんとともに浴衣は借り物のはずだがどうするつもりなんだろうか。当然久原くんがクリーニングのことまで考えているとは思えない。
「ミホさんも。協力ありがとう。あの、もういいよ」
すっかり役になり切っているミホさんは梅吉に抱きついて離れない。抱きつかれている梅吉は共にびしょ濡れにされて失神しそうな白い顔をしていた。大丈夫かよ。
そんなこんな。ようやく合宿所は就寝準備に入り始め、僕はなぜかさく坊と二人で風呂に入ることとなった。浴衣のことは謝るしかないだろう。クリーニング代は誰が払うのか? もういい。あとで考えよう。ああ、疲れた。久原くんに説教のひとつでもすべきかと思ったが、なんだか怒る気力ももうない。思えば今朝は三時から休み無しで働き詰めだったんだ。
僕の風呂上がりに今更堂々と登場して「アイスの余りもーらい」とニヤリと笑う主犯の顔を見たところで「もういいや」と脱力して僕は「どーぞ」と答えひらりと手を振ったわけだった。
久原 誠司は僕の手には負えない。度が過ぎたイタズラも、朝、僕の顔にへんな髭が描かれていたのも、今回だけは水に流してやることにした。




