#12 顧問ではない
「にっししし! バスとかテンション上がるなぁ!」
嬉しそうにキウイヘアの少年はこちらを見上げる。ここはバスの中。今日は土曜。
「……なんでこんなことに」
憤る僕を無視して車窓からの景色を楽しむ無邪気な中学二年生。あの日廊下で諦めたフリをしておいて狙ったように今日、バス停で待ち伏せをしていた。なぜバレた。謎だ。とにかくどこかから〈ヒビノが今日楽器調達に向かう〉という情報を仕入れたらしい。
抜け目なくちゃんと制服を着てやる気満々といった無邪気な少年を突き放すほど冷酷にはなれず、今に至る。はしゃぐ姿に呆れつつも憎めず苦笑した。
中学校前のバス停から約一時間、ようやく着いた駅からさらに電車に乗り換える。僕が初めてこの地を訪れた時に利用した、例のポスターまみれの無人駅だ。
「あ? アマ高行くんちがうん?」
たしかにアマ高に行くのなら駅前のバス停からは徒歩で10分。電車に乗る必要はないわけだ。気の抜けた声を出す頼りない助手に仕方なく説明をする。
「アマ高はいちばん最後。まずはレンタカー」
「は!? レンタカー!?」
さらにマヌケな甲高い声が無人駅構内に響くと、近くの木から小鳥が飛び立った。ハトのさえずりはやまなかったが。
「行きはいいけど、楽器貸してもらって帰り、運べないでしょ? だからまずトラック、それからは遠いところから回って、最後にアマ高」
そのくらいわかってくれ、と顔に書いてみたがどうやら彼はその字は読めないらしい。「なるほど! そやな! ヒビノ頭いいな!」と褒められた。
ちなみにレンタカー代は自腹となる。今日のこれは全て『趣味』ということだから。当然バス代電車代も……なぜか梅吉の分も僕の財布から出ていった。
「うおおお! こんなん運転できるんかヒビノ! すっげー!」
助手席で興奮するキウイは助手というよりもただの乗客だった。横目に無視しつつそれなりに大きなトラックを走らせた。
向かう学校にはもちろん事前に電話で連絡していた。いくつか巡って都度頭を下げ奮闘する僕の隣で、案外ちゃんとおとなしくしている梅吉。内心どう思っているのか。
「ヒビノ、面倒なこと全部ひとりでやろうとしてんの俺気になるんよな」
移動中ふいにそんなことを言い出すから驚いた。
「創部頼む時もそやったしさ。たしかに生徒を束ねんのは顧問やけど、チームちうかさ、もっとみんなのこと頼ってくれてもええんちがうん?」
チームか……。
「いや、だけどさすがにそういうのは『部活』の範囲とは言えないし」
どこまで頼るかの線引きは難しい。僕の答えに梅吉はぶすっと不貞腐れていた。
効率よく回って残すはアマ高のみとなった。ちなみに『アマ高』と呼んでいるが正式名は『県立天原第一高等学校』。
「あ、響木先生でしょうか?」
玄関で出迎えてくれたのは落ち着いた雰囲気のひとりの女子生徒だった。
「あれ、顧問の先生は?」
「それが急用ができたそうで……。部長の私が代理です。よろしくお願いいたします」
「はあ、そうですか」
大人顔負けの受け答えに呆気にとられ気の抜けた返事をしてしまった。ごほ、と咳払いで誤魔化す。ん、そういえば隣のキウイがやたらと静かだな、と思い様子を窺うと……え。
頬だけでなく耳や顔全体を赤く染めて完全にホールインしていた。おいおい。
たしかにこの部長さんは美人だ。そうだ、名前を訊いておかないと。
「あの部長さん、お名前聞いてもいいですか」
訊ねると女子生徒は慌てて「失礼しました!」と勢いよく頭を下げて照れた様子で前髪を整えた。
「西野 こと、といいます。二年です」
「西野さん。わかりました。よろしくお願いします」
何気なく流しかけたところでホールイン梅吉が久々に言葉を発した。
「『西野』って、その、もしかして関係あるんですか?」
こいつは……敬語が話せたのか。
しかし一体なにを訊きたいのか僕にはピンと来ていなかった。面目無い。
「いや……訛ってないし、もしかして、ち思ったんよ、ヒビノ」
『訛ってない』……?
言われてみれば。自分がそうでないからあまり気にもしていなかった。
「あはは、よくわかったね。うん、宇宙飛行士『西野 湊斗』の娘です、私」
「えええっ!」