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深い森  作者: yukko
フランス
21/39

崩御

年が明けてスウェーデン大使・クロイツ様との謁見を終えられてから4カ月後のことでございました。

国王ルイ15世陛下はプチ・トリアノン宮に滞在する間に片頭痛と足の痛みを感じられたのでございます。

痛みを感じられたのはこの時が初めてでございました。

デュ・バリー夫人や孫の王太子ルイ・オーギュスト殿下と朝食を共にされましたが、ご飯はほとんど食されることがお出来にならなかったと聞いております。

食事後、狩りに出掛けられた国王陛下は寒さを訴えて馬車に留まられたのでございます。

侍医の勧めでヴェルサイユにお戻りになられました。

翌日より国王陛下の顔に赤い斑点が現れ、症状が天然痘であることが判明いたしました。

免疫力のない王太子殿下並びに王太子妃殿下は国王陛下と隔離されたのでございます。

国王陛下の症状は悪化致しました。

助からぬと悟られた国王陛下は、神への懺悔のためにデュ・バリー夫人を宮廷から立ち退かさせたのでございます。

ヴェルサイユ宮殿から出て行かれる前に、王太子妃マリー・アントワネット殿下はデュ・バリー夫人に御会いになられたのでございます。


「デュ・バリー夫人……。

 行くのですね。」

「アントワネット様……これが娼婦だった私の……。

 楽しゅうございましたわ。ヴェルサイユ宮殿での日々は……。」

「デュ・バリー夫人……。」

「私は平民でございました。

 お話致しましたかしら?」

「いいえ、貴女からは聞いていません。」

「お教えいたしますわ。

 平民だった私が国王ルイ15世陛下の公妾になった経緯を……。」

「聞きます。知りたかったの。私……。

 平民の暮らしを……。

 貴女のことを……。」

「私は貧しい家の私生児として生まれましたの。

 名前はマリ・ジャンヌ……でございました。

 弟が生まれて間もなく母は駆け落ちし、叔母に引き取られて育ちました。

 7歳の時、再婚した母に引き取られてパリで暮らし始めました。

 金融家の継父は大層可愛がってくれましたわ。

 私は継父のお陰でまともな教育を受けさせてもらえました。

 15歳で修道院での教育を終えると、初めはある家の侍女をしておりましたの。

 でも……素行上の問題から解雇されました。

 その後、男性遍歴を繰り返し娼婦同然の生活をしておりました。

 それから、お針子として「ア・ラ・トワレット」という洋裁店で働き始めて…

 それから……デュ・バリー子爵に囲われましたわ。

 妾になってからは、貴婦人のような生活でしたけれど……。

 その暮らしと引き換えに、子爵が連れてきた男性とベッドを共にしなければなり

 ませんでした。

 娼婦のままでしたわ。

 子爵が連れて来た私のお相手は、家柄のよい貴族や学者、アカデミー・フランセ

 ーズ会員などでございました。

 その時に社交界でも通用するような話術や立ち居振舞いを会得出来ましたの。

 フフフ……囲われて娼婦のように男性のお相手をしたことで得たのですよ。

 可笑しいですわね。

 何方だったのかしら?

 忘れましたわ。

 私は国王ルイ15世陛下に紹介されました。

 その5年前に公妾ポンパドゥール夫人を亡くされていた陛下は、私を公妾になさ

 いましたのよ。

 デュ・バリー子爵の弟と結婚してデュ・バリー夫人と名を変えました。

 変えさせられたのでございます。国王陛下によって……。

 公妾は何方かの夫人でないといけませんもの。

 未婚では公妾になれないからでございます。

 型どおりの手続きを終えて、正式に国王ルイ15世陛下の公妾になり、社交界にデ

 ビュー致しました。

 そして、アントワネット様……貴女様にお会い出来ましたの。」

「デュ・バリー夫人……。」

「最初はご挨拶もさせて頂けませんでしたわ。」

「それは……ごめんなさい。」

「まぁ……愛らしいこと…この上ないですわね。

 こうして、言葉を交わしてくださるようになって……

 私は本当に嬉しゅうございました。」

「デュ・バリー夫人……。」

「そんなお顔をなさらないでくださいまし。」

「デュ・バリー夫人……。寂しくなるわ。」

「私も……妃殿下にもうお目にかかれないのは寂しゅうございます。」

「デュ・バリー夫人……。」

「ああ! そうだわ。

 もう一つ、心残りがございますわ。」

「何なの?」

「国王陛下にお強請(ねだ)りして買って頂くはずの首飾りを……

 残念ですわ。まだ受け取ってはおりません。」

「……あぁ………そうなの。」

「ええ! 受け取りたかったですわ。

 見事な首飾りですのよ。

 あぁ……残念ですわ。」

「うふふ……デュ・バリー夫人らしいこと……。」

「あれを売れば生きていけますもの……。

 アントワネット様……生きていくには食べないといけません。

 ヴェルサイユ宮殿では食べられなくて死んで行く者はおりません。

 ですが、宮殿を出ると……食べられなくて死んで行く者がおります。

 パンも牛乳も何も手に出来ない貧しさ……。

 あんなに贅の限りを尽くした私が言うことではございませんわね。」

「いいえ、教えてくれてありがとう。」

「妃殿下、お健やかにお暮しくださいませ。

 どうかお幸せに……。」

「デュ・バリー夫人……ありがとう。

 貴女も健やかに幸せに暮らしてください。」

「では、妃殿下……永のお暇を……Adieu……」


見事な美しいカーテンシーでデュ・バリー夫人はヴェルサイユ宮殿を出て行かれ、ポン・トー・ダム修道院へ向かわれたのでございます。

王太子妃殿下は、この日を最後にデュ・バリー夫人とお会いになることはなくなりました。


 

5月7日、国王は告解を行われ、罪の赦し受ける儀式を執り行われたのでございます。

国王陛下の最後の瞬間を見守ったクロイ公は、膿だらけに変色された国王陛下の顔が「ムーア人とネグロ、または青銅仮面のように暗くなった。」と表現なさったのでございます。

そして、5月10日午後3時30分、多くの愛人を持ち奔放な私生活を送られ最愛王と呼ばれたルイ15世は64歳で崩御なさいました。


「国王ルイ15世陛下、ご崩御! ご崩御!」

 

そして、王太子ルイ・オーギュスト殿下は国王ルイ16世陛下になられたのでございます。

この時、国王ルイ16世陛下は19歳、王后マリー・アントワネット陛下は18歳でございました。


「私は何一つ教わっていないのに……。」

「……陛下……。」

「恐ろしいのだ。このフランス王国が……

 大きなフランス王国の全てが私の肩にかかっていることが……

 恐ろしく不安なのだ。」

「陛下……私が共におります。」

「マリー……。」


国王16世陛下は王后マリー・アントワネット陛下を優しく抱きしめたのでございます。

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