87話 もしかして、成人済み?
前回のあらすじ
・錬金術師のアレンのところへ向かう
・道中で下半身のないアンデットを発見する
心が重い。
ぶっちゃけ、異世界を甘く見ていた。ジルディアスと旅をしていて、理不尽はこの外道の実力や運命くらいのものだと思っていた。
人の形になれて、余裕ができたからこそ、世界の残酷さが、醜悪さが、理不尽が、見えるようになってしまったのだ。わかっている。地球にも日本にも地獄のような差別はあったし、黒歴史とも呼べるような拷問も残虐な争いもあった。今までが必死だったから、見えなかっただけだった。
うつむき、奥歯を噛みしめながら歩く俺を見て、ジルディアスは不意に舌打ちをした。
「いい加減にしろ魔剣。貴様がうじうじしていると気持ちが悪い」
「口悪くない?」
気持ち悪いと一蹴された俺は、思わず顔を上げてジルディアスに言う。しかし、ジルディアスはまるで意に返さず、俺の情けない面を鼻で笑うと、小さく肩を竦め、言う。
「馬鹿め。貴様ごときが悩むなど十一年早い」
「やけに具体的だな。ちなみに何の期間?」
「……気にするな、人類一年生」
「バッカ、俺は転生してるから実質お前より年上なんだっての!」
俺の言葉に、ジルディアスはきょとんと眼を丸くする。そして、心底馬鹿にしたように俺を鼻で笑った。
「年上? 冗談だろう?」
「いーや、ステータス見たけど、俺の方が年上だね。俺は19、お前は18だろ?」
「……は? 19? そのお花畑な脳みそで?」
「こことは違って平和な国だったからな。俺の生まれ故郷」
戻れるなら母さんや父さんにまた会いたいし、何ならこっちよりも元の世界の方が愛着がある。元の世界への転生は無理らしいが、あると分かっているのなら行く方法もゼロではないはずだ。
とはいえ、帰る方法に思い当たりはない以上、長期戦を……それこそ、一生帰れない可能性も考慮しなければならない。つっても、魔法があるこの世界だったら、ワンチャンありそうな雰囲気はあるけど。
「……ぶっちゃけ、いい加減こっちの常識に馴染まないといけないことはわかってんだ。でもさ、やっぱムズイ」
「こちらの常識でも、基本的に人殺しは犯罪だ。下半身を吹き飛ばすなどと言った行為をするのは一般に狂人の類である以上、これが常識だと思ってくれるな」
冷たい石レンガを踏みしめ、ジルディアスは言う。よくわからないし、正直口も悪いが、なんとなく彼は俺を慰めようとしている。そんな気がして、俺は思わず苦笑いを浮かべてしまった。
「そういや、俺の方が年上なんだし、しみったれた顔してるのも良くないよな」
「いきなり年上マウントするではないか、人間一歳児」
「あー、はいはい。俺は地球人19歳プレシス1歳ですよーだ。……あれ? もしかして俺、今二十歳?」
「俺がそんなことを知るか」
あきれたように言うジルディアス。そんな彼に、俺は小さく肩をすくめた。
ジルディアスたちが錬金術師アレンの店へ向かっていた頃。ゲイティスは高級宿屋街……闘技場そばの比較的治安のいいあたりをうろついていた。理由は簡単。神殿の庇護を受けられる勇者ならば、このあたりの宿屋に泊まるはずだからだ。
__あの剣は、確かに聖剣だった。ここいらまで来れるってことは、そこそこ金持ちか元貴族か。
己を殺すために振るわれた、白銀の剣。ゲイティスは、アレが聖剣だと見抜いていた。……流石に、アレが原初の聖剣ウィルドだということまでは見抜けなかったようだが。
「勇者は……何たらディアスとか言うやつで確定か。俺ちゃんが殺したいやつは従者かただの実家から渡された盾か__あそこまで有能なら、盾じゃなく従者って考えるほうが楽か」
ゲイティスは小さくつぶやきながら、路地に転がっていた空き缶を蹴り飛ばす。錬金術の練習……もちろん、わざと失敗させる方の練習は終わった。あとは第四の聖剣を見つけるだけである。
しかし、残念ながら、今だゲイティスは第四の聖剣もジルディアスも見つけることができていなかった。
理由は簡単。ジルディアスらが換金を行っておらず、ついでにジルディアスが神殿と仲が悪いがために支援が受けられず、城壁近くの安宿に宿泊していたからだった。
__無駄に目撃情報が少ないのも理解できねえな……
小さく鼻歌を歌いながら、ゲイティスは思考を続ける。ジルディアスの目撃情報があまりないのは理解できる。何せ彼は自分の姿を隠すようにフードを被っていた。だがしかし、ゲイティスにはジルディアスはまだしも、推定従者である第四の聖剣の目撃情報があまりなかったのが理解できなかった。
ジルディアスは積極的に自分の姿を隠そうとしていたが、第四の聖剣にそのような素振りはなかった。だからこそ、勇者本人の目撃情報は少なくとも、第四の聖剣の目撃情報はある……かと思われていた。
「なーんで、消えてんだろうなぁ?」
淀んだ空を見上げ、ジルディアスは盛大に独り言を吐き出す。
襲撃の後、血の付いた人間が高級宿屋に入ればそこが彼らの居城だと予想し、そう言った手合いが現れたという情報を探したゲイティス。だがしかし、蓋を開けてみれば、第四の聖剣の目撃情報は、己が襲撃したすぐ後からなくなってしまっていた。
血の付いた服を着た人間の目撃情報は、無かったのだ。
「着替えたとか? つっても、血の付いた服なんざ目立って仕方ないと思うけどなァ……?」
ゲイティスは第四の聖剣が死んでいないことは確信していた。光魔法が使えるというのなら、あの程度で死ぬことはまずない。しかし、光魔法だけでは血の付いた服の汚れはどうにもならない。
それをどうにかしたのか、それとも別の方法があったのか。
実際のところは襲撃の後にウィルドと入れ替わっただけなのだが、当然ゲイティスがそのことに気が付けるはずもなく。
しばらく鼻歌もやめて考えたゲイティスだが、途中で肩をすくめてつぶやいた。
「やめやめ。俺ちゃん考え込むのきらーい。情報屋に金使ったし、今日のところは適当な浮浪者で我慢しよーっと」
ゲイティスはそう言うと、口元を凶悪に歪めた。
__刻印を練習するうちに面白い技術を発見したのだ。
それは、苦痛の内に死んだ人間の遺体に刻印を施すことで、強制的に穢れを帯びさせ、アンデットに変えるというものだ。
神殿によって禁止されているものの、アンデットを生み出す魔法は存在する。しかし、その魔法には特殊な死体……何年も戦場に放置された骨や、強大な無念を抱えたまま死んだ人間の髪の毛など、特定の条件を満たした材料が必要なのである。
だが、ゲイティスが見つけた刻印は、そのような特殊な死体の入手が不要である。適当な人間を捕まえ、拷問し死なせればいいだけなのだから。
「アンデットを量産するのも楽しそうだな。やったら間違いなく神殿連中にぶっ殺されるだろうけど」
ニタニタと気味の悪い笑顔を浮かべたゲイティスは、ずいぶん楽しそうに鼻歌を歌い出す。気分が乗ったらしいゲイティスの鼻歌は、随分と音程のとれた、歌手の才能を感じさせるようなものだった。
__仮に、全ての才能に恵まれた人間がいたとする。
その人間は、何も苦しまない。何も迷わない。何も間違えない。
そんな人生に、果たして楽しみがあるのだろうか?