85話 憩いの時
前回のあらすじ
・首のない馬と鎧武者
・シス「もしかして、貴方もエクソシストなの?」
・恩田「美人だぁ」
左手を肩からはっきりと晒すようなシスター服を纏った彼女は、首をかしげる俺に言う。
「とりあえず、貴方はアンデットではないようだから、自己紹介しておくわ。私はシス・イルーシア。イリシュテアで祓魔師をしているわ」
「あ、どうも。俺は__えっと、その、恩田裕次郎だ。普段は勇者と旅をしている」
一瞬第四の聖剣として名乗りを上げるべきか迷った俺だが、本名を名乗ることにした。ステータス的にもこっちが本名だし、多分大丈夫だろう。
シスと名乗った彼女は俺の自己紹介に首をかしげる。
「えーっと、オン……何?」
「恩田 裕次郎。家名が恩田で、名前が裕次郎」
「ユージ……すまない、聞き取りにくい名前だな」
「呼びにくかったらユージでいいよ、シスさん」
「呼び捨てで構わないわ。大した身分ではないからね」
シスはそう言ってそっと目を伏せる。長いまつげが小さく震え、彼女は力なく肩をすくめる。
俺は改めて彼女の姿を見る。
左手の袖のないシスター服。左手には手かせの入れ墨。そして、彼女の右腕には拳銃のようなものが握られていた。え? この世界、拳銃なんてあるのか?
拳銃と言い切れないのは、それの表面に大量の刻印が施されているためだった。結構えげつない量の刻印とともに、何か鎖のようなものを結合するための突起や細いチェーンで結構ゴテゴテしていた。
俺が首をかしげて手元の武器を見ていることに気が付いたらしいシスは、気前よく武器の説明をしてくれた。
「ああ、これはソフィリアで開発された【魔導銃】。師匠のおさがりで、高威力な魔法を瞬時に発動できるから結構お気に入りなの」
「へえ……カッコいいな」
「ふふ、怖い、ではないのね」
俺の感想に苦笑いをするシス。いや、だって拳銃と魔法が組み合わさってかっこよくない訳ないじゃないか。魔力の刻印はおそらく魔力を光魔法に変換するためのものなのだろう。魔道具を作っていたアーティも花火ひとつ作るのに結構な金を使うと言っていたあたり、この魔導銃は結構なお値段なのだろう。
でもまあ、ロマンだよなぁ、魔導銃って。俺も欲しい。無一文だけど。
「えーっと、シスはエクソシストなのだっけか? もしかして、仕事の邪魔をしていたとか……」
「いいえ、大丈夫よ。一応今週のノルマは終わっているから、罰則は受けない。ただ、最近またアンデットが増えてるって聞いて、間引いたほうが良いと思ったから来ただけ」
「へえ、エクソシストってノルマとかあるんだ。達成できなかったら給料下がるとか?」
確かに、門前がこれだけ酷いことになっているのなら、アンデットを祓う人は必要だろう。街の行き来にも支障が出そうだし、専門の職業があったっておかしくはないはずだ。
しかし、そんな俺の考えとは裏腹に、シスはきょとんとした表情で首を傾げた。
「? 何を言っているの? エクソシストに給与が発生するわけないじゃない」
「……ん? え? 何で?」
「???」
思わず目を合わせ、互いに首をかしげる俺とシス。
え? 何で? いや、何で?
シスは当然だというように、あまりにもあっさりと給与は発生しないと言った。なら、そうか、給与以外の形で対価が支払われているのか
「えっと、なら、倒したアンデットによって報奨金があるとか? それかお尋ね者みたいなアンデットを倒したらいいのか?」
「いや、アンデットを倒してお金をもらえるわけないでしょ?」
「……ん?」
「……?」
え?
いや、別に、俺はお金が欲しくてアンデットを倒しているわけではない。レベル上げと俺自身の良心に従ってアンデットを祓っている。でも、あれ? シスはエクソシストだと言っていたよな?
「待ってくれ、エクソシストって何? 俺が知っているのと違う感じか?」
「……知っているのと違うも何も、エクソシストはエクソシストよ? アンデットを祓うことを生業にしている聖職者のことだけれども……?」
「え? なら、シスはどうやって生計を立てているんだ?」
「神殿に所属しているから、衣食住には困っていないわ」
ことも無さげに答えるシス。あー、なるほど、俗世を離れる的なアレか。ならあれだな。
俺はそっとシスに頭を下げ、言う。
「悪い、俺は別にエクソシストってわけじゃない。光魔法が使えるから、アンデット討伐をしているだけの一般人だ」
「あら、そうなの。その、アンデット祓いは不浄を祓う意味でもいいことだけれども、怪我しないように気を付けてね? 勇者の従者をしているなら、わざわざ言うことでもないかもしれないけれども」
「それは大丈夫だ」
シスの忠告に、俺は言いきる。まあそうだな、心臓ぶち抜かれても頭砕かれても痛いが死にはしないし。
俺の力強い返事にシスは鈴の転がるようなかわいらしい笑い声をあげる。ここまではっきりと言い切られるとは思っていなかったのだろう。彼女の笑顔に、俺も思わずつられて笑顔になっていた。
「えっと、じゃあ、どうする? もしもこの後アンデット祓いをするなら、手伝うけども」
俺の提案に、シスが小さく頷く。短いクリーム色の髪の毛が揺れた。
そして、俺とシスはしばらくの間、処刑場周りの浄化作業を行った。
しばらくの間アンデット祓いを行った後、俺たちは正面の門から町に戻った。幸いにも門番が変わっていたためか、無断で門の外に出た俺に気が付かれることはなかった。
シスとともに街に戻った俺は、ちらりと彼女の方を見た。シスはアンデットを祓った証拠としてアンデットの体内に残されていた魔石を回収していた。この後提出を行うつもりなのだろう。
「今日はありがとう。やっぱり人数がいると安定しているわね」
「いやいや。俺もありがたかったよ。ひさびさに五体満足で戦闘を終えられた」
「そんな大げさな」
俺の言葉にくすくすと笑い声をあげるシス。残念ながら誇大ではないのだよなぁ。そこそこレベルは上がったが、俺は依然としてクソ雑魚なままである。……ちょっとジルディアスにアドバイスをもらおうかな?
これだけあれば魔導銃用の磨き油が買える、と、ほくほくした表情を浮かべるシス。神殿で暮らしているとはいえ、消耗品は自分で購入しなければならないらしい。
門のそばにある換金所に向かうシス。そこで魔石と現金を変えられるようだ。そもそも門の外に出る人間が少ないためか、騎士団の警備事務所にくっつくように作られたレンガ造りの換金所には、木製のカウンター前に無精ひげのおっさん一人が退屈そうに椅子にもたれかかっていた。
シスはそんなおっさんに声をかける。
「交換お願いします」
「んあ? あー……こんなクズ魔石、金になんねえよ。こっちで処分してやる」
おっさんはそう言いながらもシスから渡された魔石の袋から手を離さない。そんな彼に、シスは焦ったように言う。
「冗談はやめてください。スケルトンソルジャーの魔石ですよ?」
「うるせえな、穢れ人風情が文句言ってんじゃねえよ!」
そう怒鳴るおっさん。そんな彼に、俺は思わず口を開いていた。
「ならそのゴミ俺に譲ってもらえるか? 金にならないから処分するんだろう?」
「は?」
唐突な俺の言葉に、おっさんは怪訝な表情を浮かべ、こちらを睨む。うわ、ガラ悪いな。でも、気迫が小物そのものだ。ジルディアスに睨まれたときの方が数倍怖いな。実害あるし。
俺は不敵な笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「ゴミなんだろ? なら譲れよ。いやー、俺も間違えて、うっかりアンタにゴミを渡しそうになってた」
わざとらしくそう言ってやれば、おっさんは盛大に舌打ちをして、カウンター奥から銀貨数枚をシスに叩きつける。その瞬間、俺はヘルプ機能を使った。
「【スケルトンソルジャーの魔石の平均価格】っと……おいおっさん、銀貨二枚足りてねえぞ? 個数的にも安く見積もりすぎだ」
「うるせえ、素人は黙ってろ!」
間違い……いや、意図的なのだろうが……を指摘されたおっさんは、いら立ち紛れに怒鳴る。やべえ、全然怖くない。レベル的にはおっさんの方が上だろうけど。
適正価格でシスの頑張りを買ってもらおうとさらに口を開こうとした俺を、意外にもシス本人が静止した。
「いや、ユージ、大丈夫だ。現金が余っても私は寄付くらいにしか使えない」
「ん? そうなのか?」
シスの緑色の瞳が、俺の方を見る。
正直おっさんの対応は腹立たしいが、本人がそう言うならこれ以上何を言うつもりはない。ぶっちゃけめちゃくちゃ言いたいが、そんなことをしても善意の押し付けでしかないと察してしまったのだ。
少しだけ胸糞悪いと思いながらも、俺は肩をすくめ、そのまま換金所から出て行く。
「おい待て、お前、換金するんじゃねえのかよ?!」
「どこの馬鹿が相場の四割引きで物売ると思ってんだ! 別のところで売るっての、バーカ!」
背後から怒鳴る無精ひげのおっさんに、俺は手をひらひら振って言う。そんな俺の言葉に、おっさんは苦々しい表情を浮かべた。
シスは少しだけ心配そうな表情を浮かべ、俺に問いかける。
「その、本当にいいのか?」
「別にいいよ。つっても、今文無しだから買い物とか無理だけど……」
「大丈夫ではないじゃないか!」
「……うん、まあそうだな」
シスの正論に、俺はそっと目を逸らす。とはいえ、あの換金所で換金するのはおっさんに喧嘩を打った手前しにくい。こうなるのならジルディアスにお小遣いをせびっておけばよかった。……うん、アイツが俺に小遣いをくれるビジョンがまるで見えなかったけど。
まあいい。アンデット退治で数個の魔石を拾えた今、あてはある。距離的にジルディアスがいないとできないかもしれないが。
少し名残惜しいが、今日はここで別れないといけない。これ以上ジルディアスのいる宿泊所から離れると、シスに俺が突然消失するという異常な状況を見せることになってしまう。
「今日はありがとう。その、よかったらだけど、またアンデット退治を一緒にしてもらっていいか? やっぱり、俺だって痛いの嫌だし」
「! もちろん。換金所では本当にありがとう」
「いやいや。態度悪いおっさんもいたもんだな」
魔石はクズ魔石でない限りはそこそこの値段で買い取ってもらえる。魔道具の燃料になるし、魔石に直接刻印を施せば魔道具にすることもできるのだ。需要はいつだってある。
というか、そんな魔石をシスからタダで奪おうとしたおっさん、よく首にされてないな。態度悪すぎだし、あんなことしてたら信用無くなるだろ。
そんなことを思いながら、俺は帰路を急ぐ。何かジルディアスが移動しているような気がするのだ。このままだと強制送還が発動しかねない。
彼女とまた会いたいと思いながら、俺はジルディアスがいるはずのボロ宿へ急いだ。
【魔導銃】
攻撃に特化した魔道具の一種で、仕組み的にはマジックアローに近い。
魔力を魔法の弾丸に変え、敵に向かって射出する。物理的に魔法の矢を打つマジックアローと異なり、射出にも魔力を使うため、消費魔力と連射性能でマジックアローに劣る。が、しかし、威力は魔導銃の方がある。