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三年目のキス  作者: 百香里
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俺の唯一の女神に、感謝と慈愛のキスを

 好きだったよ。

 大好きだったよ。

 ずっと昔から、彼女だけは。


 昔の因習にずっと囚われ続けていた俺達。

 何をするにも、その度に比べられ続けてきていた毎日。

 

 自由さえ許されず、常に見張られ続けられる日常。

 勉強や習い事、語学に経営学、政治学。

 好きになる相手さえ、自由にならない現実。


 そんな日常を壊してくれたのは、彼女だけだった。

 古い伝統を尊重しつつ、常に新しい風を吹き込み、影で努力していた彼女。


 最初は、何のつもりだと疑った。


 どうせ彼女も兄貴が良いのだろうと、腹立ち紛れに虐めもした。

 カビ臭い蔵に、一日中閉じ込めたりもした。

 大切に飼っていた小鳥さえ逃がしたりした。


 でも彼女は、いつもそれらの全ての俺の悪行を許してくれていた。


 

 俺は知らなかったんだ。


 だから悠長に彼女に守られていられたんだ。

 だから、暢気に彼女に笑え掛けていられたんだ。


 知っていたら、あんな風に笑えていなかった。

 知っていたら、あんな事は出来なかった


 ある日、届け物を頼まれ、偶然行った彼女の家。

 そこで見た光景は、俺達より辛く厳しい生活に縛られていた彼女の実態。

 休憩も与えられず、私語も赦されない生活。

 人であるのに、人形の様に扱われている彼女。


 感情さえコントロールしろと言われ、笑う事も泣く事も計画的にしろと言われていた彼女。


 そこまで彼女が苦労して、彼女が得たモノとは、彼女の婚約者となった俺の兄貴の駆け落ちという、惨いとしか言い様のない結末。


 辛かっただろう。

 悲しかっただろう。

 苦しかっただろう。

 赦せなかっただろう。


 その結果、彼女に起きたのは精神の崩壊というモノだった。


 昼夜を問わずの飲酒に、快楽に耽る日々。

 少しでもアルコールが抜ければ泣き喚く彼女。

 

 死にたい、助けて、と、泣き喚き続ける彼女。


 麻薬に手を出さなかっただけで、彼女は自殺未遂を何度も繰り返していた。

 それを止められるのは俺しかいなかった。

 でも俺も彼女を止められない時があった。

 そんな時は、卑怯だと判っていても、言われても、力で抑え、快楽を与える事でしか彼女を守り切れなかった。


 彼女は果たして憶えているだろうか。

 彼女は知っているだろうか。


 俺の事を初めて理解してくれたのが彼女であると言う事を。

 俺の名前の真意を言い当ててくれたと言う事を。


 それがどんなに嬉しかった事か。


 だから俺は決めたんだ。

 彼女が求めるのなら手助けをしようと。


 彼女を守る様に左薬指に輝いている指輪は、兄貴が駆け落ちする前に気紛れで彼女に買い与えた、屋台で売られていた、何処にでもある様な玩具の指輪。


 その指輪ごと彼女を大切にしようと決めた。

 その指輪ごと彼女を家族として愛そうと決めた。

 その指輪ごと彼女を何事からも守ろうと決めた。


 それからは暫くは和やかな生活が続いた。

 

 自殺願望が日に日に減って行き、少しだけ微笑む様になった彼女。

 飲むアルコールの量が減っていた彼女。

 

 このまま穏やかな生活が続くのだと、俺は信じ疑っていなかった。

 

 そんなささやかな俺達の希望を壊したのは、あの女と、彼女を捨てた兄貴本人だった。


 都会の現実に敗れ、疲れ果て、負け犬の様に尻尾を巻いて逃げてきた奴等。


 彼女を愛する俺の家族は、兄貴と、兄貴の選んだ女を赦す筈がなかった。

 彼女を愛し過ぎたが故に、彼女を人形のように扱っていた人達でさえ、兄貴を無視した。

 

 自分達の愛しい娘を壊した男を赦せるほど、その人達は寛大ではなかった。

 表向きは穏やかで、慈愛に満ちた彼女の家。

 

 歪んだ愛情は期待の表れ。


 それを彼女は知っていた。

 それを理解していた。

 だから彼女は決して、誰が何と言おうと、自分達の家族を悪くは言わなかった。


 そんな彼女だからこそ、一度は憎んだ兄貴を許し、愛していたが故に兄貴を選び、兄貴の求婚を受け入れたのだろう。


 彼女が幸せになれるのなら。

 彼女が笑顔でいられるのなら、と、自ら離した手。


 それが間違いだと気付かされたのは、明け方に掛ってきた彼女からの一本の電話だった。


 酷く掠れ、小さかった声。

 その声を聞いただけで何があったのかを直に感じ取れた。


 彼女が俺を求めるのなら、彼女に手を差し出そう。

 彼女が求めるのなら、どんな困難にも立ち向かおう。

 彼女が求めるのなら、数えきれないほどのキスを贈ろう。


 俺だけの女神に、祝福と慈愛、慰めのキスを贈ろう。


 彼女だけが俺の唯一無二の女神なのだから。


 だからもうそんなに悲しまないで。

 俺が稜子を守るから。

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