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三年目のキス  作者: 百香里
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僕だけの君に、キスを。

 知らなかった。

 知らなかったんだ。

 

 君と僕が結婚したのはお互いの家の為。

 生まれた時から結婚は決まっていた。

 僕にはそれが窮屈で、堪らなく苦痛だった。


 無条件に向けられる期待

 当然の様に求められた完璧

 

 君が僕に向ける想いも、全てがお互いの家の為だけに思えた。

 だから僕は逃げた。


 僕は君からの純粋な想いから逃げ、幼馴染と共に駆け落ち同然に家から逃げ出した。

 その行いが君をどんなに辛く、悲しませる事に繋がるとは知らずに。

 なのに、それなのに、僕は勝手だった。


 それまでとの全てが恵まれていた生活とは違い、全てが初めてで、これまでの自分の全てを否定され、蔑まれる生活。


 そんな日々の中、僕の心の中にいたのは、手を取りあって逃げた幼馴染ではなく、いつも僕の後ろを歩き、時には傲慢に振る舞う君の姿。


 そうして自分の本心さえも判らなくなった頃、僕は再び幼馴染を連れ、逃げ出した筈の家に戻った。


 当然だった。

 そうなる事を願っていた筈だった。

 望んでいた筈だった。

 なのに、それが認められなかった。


 どこまでも勝手な僕に、君は笑った。

 いや、嗤った。


 花の女王の様に微笑んでいた君は消え。

 完璧だった君も消え。


 数年ぶりに再会した君は、僕が知らない君に為り果てていた。


 快楽と酒に溺れた君。

 僕を顔も名前も知らない他人だと言った君。

 婚約者なんていないと言い切った君。


 泣いているのに、泣いていなかった。


 変わり果てた君の隣には、僕ではなく、僕のすぐ下の弟がいた。

 

 それが堪らなく我慢出来なかった。

 不愉快で堪らなかった。

 君と家から逃げたのは僕の方だったのに、裏切りだと思った。


 抵抗する君を何度も抑え。

 僕を見ようとしない君を苛立ち紛れに抱き。

 抑え切られない怒りを、全て君のせいにした。


 それがどんなに愚かな事なのかを理解しないまま、僕は弟から奪い取る様に君を手に入れた。


 結婚すれば、全てが元通りになると思っていた。

 結婚さえしたら、君は僕を見てくれると思っていた。

 結婚さえすれば、君は僕から逃げないと思っていた。


 でも君は僕の思いとは裏腹に、外に意識を向け始めた。

 昔は僕だけを見ていた。

 昔は僕の後ろだけを歩いていた。

 昔は僕だけを好きだと言ってくれていた。


 その日は偶然だった。

 偶然時間が空いて、店で休憩をしていた。


 そこに君は弟と笑顔で入ってきた。


 僕の知らない、君の晴れやかな笑顔。

 幸せに輝く君の笑顔。

 はにかみ、羞恥に赤くなる君の笑顔。


 指には僕の見覚えのない指輪をはめ、弟に甘く微笑む君。


 その日の夜、僕は感情と酒の酔いに任せ、君を酷く抱いた。

 嫌だと泣き喚く君を組み敷き。

 離してと懇願する君を抑え、僕は君を朝まで抱き続けた。


 料理なんて出来なくても良い。

 爪だって綺麗にしていて良い。

 服装だって変えなくて良い。

 靴だって、髪の形だって、君の好きにして良い。


 僕はありのままの君がいつだって眩しく、誇らしく、愛おしかった。


 許してくれなんて言えない。

 許して欲しいとも言えない。

 

 ただ、僕をもう一度正面から見て欲しかった。


 温かい涙が僕の頬に落ちる。

 温かくも冷たい、君の涙と言う思いが落ちてくる。


『さようなら、玲茨・・・。』


 君の悲しみに満ちた声が聞こえる。

 君の諦めに満ちた声が聞こえる。


 今、目覚めなければ。

 今を逃してしまえば、君は僕の前から消えてしまう。


 どんなに詰ってくれたっても良い。

 どんなに我が侭を言ったっていい。


 だから、だから。


 君に許しを乞うキスをしよう。

 君に僕の愛を伝えるキスを贈ろう。

 君だけを愛すると誓うキスを贈ろう。


 意地っ張りで、泣き虫で、それでも誰より愛しく優しい、僕だけの君にキスを贈ろう。


稜子りょうこ、愛してる」


 ほら、こんなにも僕は君を愛している。


 君は僕がいなくても生きていけるだろうけど、僕は違う。

 僕は君がいなければ、呼吸さえ満足に出来ない。


 だから僕の傍にいて欲しい。



 キスを贈ろう。

 僕だけの愛する、運命の君に、とびっきりの甘いキスを贈ろう。

 君だけを愛すると誓うから。

 もう君以外を見ないと、愛さないし、触れないと誓うから。


 だからキスをしよう。

 幸せになる為にキスをしよう。

   

 


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