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第一話_お話になりません

 創立祭のパーティー会場。華やかな音楽と着飾った貴族たちの視線が、一瞬にして凍りついた。

 その中心に立つ王太子殿下とその隣で涙を浮かべる伯爵令嬢のカトリーヌ。

 そして、二人から糾弾されている、私。

「エリノア・レガレイア公爵令嬢!僕は、カトリーヌに対してお前がこれまで行ってきた陰湿な嫌がらせの数々に、心底あきれ果てた!お前には、未来の王妃としての配慮も、僕への愛も足りない!これは公爵令嬢として重大な問題だ!よって、僕は今この場をもって、お前との婚約を破棄する!」


(お前……ね。陰湿な嫌がらせをしている暇があったら実務をしたいのだけれど)

 王太子殿下の、婚約者からの感情論のみで構成された、理不尽な断罪。

 カトリーヌが「殿下、かわいそうに……あの冷徹な瞳!」と、王太子の気持ちよくなるところを言葉でなでる。

(まったく、創立祭の、公衆の面前で。費用対効果のかけらもない訴求ね)

 私は、怒るでも、悲しむでもなかった。完璧に顔の筋肉まで計算し尽くした作り笑いを貼り付けている。お兄様から支給された、公爵家の受領印代わりの魔導扇子で、口元が見えないように顔を隠していた。

(現当主のお兄様からの理詰めの日々を考えれば、赤子の手をひねるようなもの)

 パチン、と魔導扇子を閉じて、顔を隠すのをやめる。

「まず、カトリーヌ様への陰湿な嫌がらせを認めることはできません。わたしはカトリーヌ様と話したことがありませんわ」

 事実として、彼とカトリーヌが密会をしているという話を公爵の間者から何度も報告があったことしか、わたしは知らない。

「その冷徹さで、カトリーヌを貶めるようにしたんだろう!」

 王太子殿下は当然感情をぶつけてくる。

「殿下!気になさらないでください、わたしが泥をかぶるくらい、何でもありませんよぉ!」

「カトリーヌ……そんなに健気で可憐でいてくれるな」

 カトリーヌは王太子殿下が気持ちよくなるところを言葉でまたなでる。

「お分かりいただけないなら、この話はここまででいいですわ。では、仰る『配慮』とやら、およびそれが損なわれた際の罰則の定義は、婚姻契約書のどの条項に記載されていますか?殿下。明確な証拠を出してください。記述がない場合、それは取り決め外の、ただの追加要望であり、ワガママでしかありませんわ」

「何を……!」

 殿下はさらに息を荒くする。

 魔導扇子をスッと開くと、空間に二家が交わした正式な婚姻契約書である魔導写本の文言が、光の文字となって展開される。

「ご覧あそばせ、これが当家と王家が交わした正式な契約の条項ですわ。殿下のおっしゃる『配慮』なる文言は……隅々まで確認しても一件も存在いたしませんけれど?」

 感情の奴隷の彼らに対し、冷徹な事実を突き付ける。

 一瞬で、冷え切った感情の空気はわたしへの畏怖をはらむ。

「くッ……!空気を読め!契約書にないからこそ、お前の冷徹さが問題だと言っているんだ!」

 王太子殿下が仕掛ける引き延ばしはあまりに醜かった。

 すると、カトリーヌが反撃をするべく声を大にした。

「殿下がかわいそうですぅ……!エリノア様が冷たいから、殿下が大事な『同盟国との軍事ルートの予算配分』の書類で見せてくれました……だから、知ってます!」

「そうだ、カトリーヌは俺の政務の苦悩を唯一理解してくれたんだ!」

 どうだ、まいったか、と言わんばかりの表情だ。

 私は頭を抱えた。

(完全に一発アウト、甚大な信用問題での国規模の裏切り)

 私のまなざしが、ギラリと光る。

 パーティー会場貸し切りのプライベートな修羅場は、国家安全保障上の重大な違法行為へと、瞬時に切り替わる。

「……今、なんと?同盟国を巻き込んだ最高機密を、そちらの『部外者』に見せた、とおっしゃいましたか?殿下、カトリーヌ様」

「あ……いや……」

 二人は自分たちのしたことに薄々気づき始めている。遅い、遅すぎる。

「本件、完全に国家への背信行為です。只今をもって、お二人の証言を確定させました」

 私は、魔導扇子を王太子殿下たちに向け、冷徹に公式な事務手続きを開始する。

「ご雄弁は結構です。本件、国家機密の漏洩につき、私の裁量だけで内々に処理を決める段階は当に過ぎました。当家現当主である兄、ならびに同盟国の全権窓口へ、今の一連の記録をそのまま上告させていただきます」

 王太子殿下が、「待て!待て!婚約破棄はどうなるんだ!」と焦るのを完全に無視する。

 私は、完璧な公爵令嬢として、「実務の終了」を告げるために、微笑みを貼り付けた。

「婚姻契約の解除及び損害賠償の請求については、追って、上席から、正式な書面に。……それでは殿下、本日はここまでといたしますわ」

 私は、青ざめていく王太子殿下とカトリーヌの表情も確認せず、ヒールを鳴らし、ホールのバックヤードへと退室した。


◇◇


 バタン。

 扉を閉めた瞬間、さきほどまでの喧騒が遠ざかる。


 (疲れた……)

 

 自分に課した鉄面皮の下で、脳内の規律が軋んでいることに気づいた。

「いや、規律なんて美しい言葉じゃない……」

 わたしは、ぼそりといったあと、人影に気づく。

「やれやれ。相変わらずお堅いねえ、お嬢さん」

 壁に背を預けて待っていたであろう男が、飄々と、喰えない笑みを浮かべてそこに立っていた。

 碧い瞳に、黒い、美しい織物のような髪。同盟国の最高権力である王弟レイド。彼は同盟国から公爵家に長い間滞在しており、国の架け橋たる存在だった。

「……王弟殿下?なぜあなたが、こんなところに」

「お前の“お兄様”から、『書類がらみの嫌がらせがありそうだから、証人としてそこにいろ』って言われてたんだが……。チッ、まさかアイツら、政治の駆け引きも何もなしに、ただの私怨でいきなりお前を殴りに来るほどのド級の馬鹿だとは思わなかった。初動が遅れて、間に合わなかった。すまなかった」

「敢えて、殿下を泳がせたのではないのですね……」

「本当に悪かった。言い訳のしようもない」

 レイドは、私の荷物を無造作にひったくるように持つ。

「こんなこと言える立場じゃないかもしれないが……エリノア、あいつらの前で『あの時の癖』出てたぞ。奥歯嚙み締めすぎて、割るんじゃないぞ」

(あの時の、癖……?)

「それがお前の思い描く、公爵令嬢だったとしても」

(私が無理して怒りを殺すときの癖を、昔から知ってる……?)

 私の理論武装をすり抜けて、記憶の奥底につながった「彼との過去の深さ」を突き付けられた。

(私が理論武装に何を隠しているかなんて……気づきたくない)

「……帰るぞ、エリノア嬢」

 レイドはぶっきらぼうに名前を呼び、私をエスコートもなしに、無骨に手を差し出した。

 私は、戸惑いながら手のひらを合わせた。ほんの、一瞬で消えてしまいそうな、体温を頼りに、わたしは歩き出した。


ここまで読んでいただきありがとうございます。全四話です。毎日投稿します。

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