第二十一話 中層門番アトラス
# 第二十一話 中層門番アトラス
遺跡全体が震えていた。
ドォン。
ドォン。
重い足音が、巨大柱を通して床へ伝わってくる。
ただ歩いているだけ。
それだけで空気が圧迫されていた。
「……来る」
Rainが短剣を握り直す。
中央通路の奥。
闇の中で赤い光が灯る。
左右対称に並ぶ二つの赤眼。
それがゆっくりとこちらを見下ろした。
《AREA BOSS:エリアボス》
《Gatekeeper Atlas:中層門番アトラス》
表示が浮かんだ瞬間、全員の表情が変わる。
巨大だった。
見上げなければ顔すら見えない。
石と金属で組まれた超大型巨兵。
肩幅だけで小型の家ほどある。
全身には古代文字が刻まれ、胸部には赤い魔力炉のような核が埋め込まれていた。
背中からは何本もの魔力管が伸び、遺跡の壁や床へ繋がっている。
まるでこの遺跡そのものが、アトラスへ力を送り込んでいるようだった。
ただ立っているだけ。
それだけなのに、遺跡そのものが圧迫されているような威圧感があった。
「でっか……」
Rainの声が少し震える。
「これ、本当に十階層ボス?」
「中層門番だ」
悠真は杖を構えた。
「今までのフロアボスとは別物だと思え」
アトラスが一歩踏み出す。
その瞬間、石床が悲鳴を上げた。
巨大な重量に耐え切れず、床一面へ亀裂が走っていく。
巨大柱が軋む。
天井から砂が落ちる。
“格上”。
全員が本能で理解していた。
「Garm、正面固定」
「任せろ!」
Garmが前へ出る。
《HATE BASH:ヘイトバッシュ》
盾打撃がアトラスの足元へ叩き込まれる。
重い音。
だがアトラスはほとんど動かない。
赤い眼が、ゆっくりGarmへ向いた。
「来るぞ!」
アトラスが右腕を振り上げる。
巨大な拳。
それが、ゆっくりと見えるほど大きく、しかし避けるには速すぎる速度で振り下ろされた。
《GROUND BREAK:グラウンドブレイク》
「受ける!」
Garmが盾を構える。
次の瞬間だった。
轟音が遺跡全体を揺らす。
拳が叩き付けられた床は爆発するように砕け、灼熱の風と衝撃波が広間全体へ吹き荒れた。
砕けた石片が弾丸のように飛び散り、巨大柱へ無数の傷を刻んでいく。
RainとCrowが左右へ吹き飛ばされる。
Novaは咄嗟に障壁を展開したが、それでも身体が後ろへ押された。
「っ、重すぎ!」
Garmの足元が石床へめり込んでいる。
重い。
盾越しでも分かる。
今まで受けてきたどの攻撃より重かった。
腕が痺れる。
肺が揺れる。
骨が軋む。
それでもGarmは盾を下げない。
ここで崩れれば後衛が死ぬ。
「Garmが押された……?」
Rainが目を見開く。
Fenが笑った。
「いいじゃねぇか。壁ってのはこうじゃねぇとな」
Dwarfは背中へ担いでいた巨大斧を両手で握る。
普通の探索者なら持ち上げるだけでも苦労する重量。
だがDwarfは、それを当然のように振り回していた。
「通すかよ!」
《BLOOD AXE:ブラッドアクス》
赤い魔力が斧刃へ流れ込む。
Dwarfは横から飛び込み、アトラスの腕関節へ巨大斧を叩き込んだ。
轟音。
金属と石が激突する。
暴風が吹き荒れ、Dwarfの足元の床が砕け散った。
それでも斧は止まらない。
純粋な膂力。
純粋な破壊力。
Dwarfの戦い方に技巧は少ない。
ただ重い。
ただ強い。
巨大な暴力で相手を押し潰す。
それがFenの戦闘スタイルだった。
アトラスの拳が僅かに逸れる。
「今だ、Garm!」
「おう!」
Garmが前へ出る。
巨大盾を押し込み、逸れた拳を正面から受け止めた。
衝撃。
だが直撃より軽い。
Garmはそのまま踏み込み、盾でアトラスの腕を押し返した。
「笑ってる場合じゃない!」
悠真はアトラスの胸部を見ていた。
拳を振り下ろした直後、胸の赤い核が一瞬だけ強く光った。
そして、砕けた床の一部が青白い光に包まれ、ゆっくり修復されていく。
「……再生してる」
予想通り。
いや、予想より厄介だ。
アトラス本体だけではない。
遺跡そのものがアトラスを支えている。
「Nova、胸部へ撃て」
「了解!」
Novaの足元へ巨大魔法陣が展開される。
熱風。
魔力光。
周囲温度が一気に上昇した。
《FLAME LANCE:フレイムランス》
炎の槍が一直線に飛ぶ。
胸部の赤核へ直撃。
爆発。
衝撃でアトラスの上半身が僅かに揺れる。
だが次の瞬間。
砕けた装甲の隙間から赤い光が漏れる。
直後、青白い魔力が全身を巡り、破壊された部分がゆっくり再生していった。
「うそでしょ……」
Novaが顔をしかめる。
「やっぱり炉型か」
悠真が低く呟く。
「こいつ、炉から再生供給を受けてる」
Rainが周囲を見る。
中央広間の四方向。
遺跡壁面の奥。
青、赤、白、黒。
四つの魔力炉が順番に光っていた。
「また炉!?」
「探索中に見たやつの強化版だな」
Dwarfが巨大斧を肩へ担ぎ直す。
「出力が段違いだ」
悠真は即座に指示を飛ばした。
「GarmとDwarfは本体固定」
「Rain、Crowは右側炉」
「Lunaは解析」
「Novaは雑魚処理と援護」
「Mist、状態管理頼む」
全員が動き出す。
迷いはない。
探索中に見たギミック。
橋。
炉。
守護兵。
全てが、この戦闘へ繋がっていた。
「Garm、十秒耐えろ!」
「十秒か! 短ぇなオイ!」
アトラスが再び拳を振り上げる。
Garmが真正面で受ける。
Dwarfが横から突っ込んだ。
「右腕止める!」
《BLOOD HOWL:ブラッドハウル》
赤い魔力がDwarfの全身を包む。
身体能力が一気に跳ね上がる。
Dwarfは巨大斧を両手で押し込み、アトラスの拳の軌道を強引に逸らした。
衝突。
暴風。
Dwarfの足元の床が砕ける。
それでも止まらない。
「っ、重っ……!」
歯を食いしばる。
腕が痺れる。
それでも笑った。
「最高じゃねぇか!」
拳が床へ落ちる。
轟音が広間へ響いた。
砕けた石片が暴風のように飛び散る。
「Rain、伏せろ!」
Crowが叫ぶ。
Rainは床を滑るように身体を低くした。
次の瞬間、石片が頭上を通過する。
背後の柱へ突き刺さり、石粉が舞い上がった。
「危なっ!」
「走れ」
「分かってる!」
二人は右側の魔力炉へ向かう。
だが、その前方の床が開いた。
現れたのは白い石兵。
《Guardian Soldier:守護石兵》
槍を構えた石兵が、道を塞ぐ。
「やっぱ邪魔してくる!」
Rainが短剣を構える。
《CROSS EDGE:クロスエッジ》
左右から切り裂く。
だが石兵は崩れない。
前回より硬い。
炉が強化されている。
「Crow!」
「分かってる」
Crowが影のように背後へ回る。
《SHADOW BREAK:シャドウブレイク》
石兵の背面に刻まれた魔力核を切断。
石兵が崩れた。
「核狙い!」
「了解!」
二人は次々と石兵を処理しながら炉へ進む。
だが。
床が再び発光した。
「また湧いた!?」
新たな石兵が三体出現する。
「無限かよ!」
「炉止めるまで止まらない!」
Rainが舌打ちする。
その瞬間。
アトラスの左腕が変形した。
金属音。
内部機構展開。
巨大な腕部が鎖付きで射出される。
《CHAIN ARM:チェインアーム》
「っ!?」
Rainが目を見開く。
巨大拳が一直線に飛んできた。
「避けろ!」
CrowがRainを突き飛ばす。
直後。
巨大拳が床へ突き刺さった。
轟音。
石床が吹き飛び、熱を帯びた石片が周囲へ散乱する。
遅れて暴風がRainの身体を叩いた。
「今の直撃したら死ぬって!」
「見れば分かる」
Crowが短く返す。
だがアトラスの攻撃は止まらない。
鎖が巻き戻る。
巨大拳が再び射出された。
「また来る!」
Rainが横へ飛ぶ。
巨大拳がさっきまでいた場所を粉砕した。
Crowが壁を蹴って跳ぶ。
着地と同時に短剣を投擲。
魔力核へ命中。
石兵が崩れる。
Rainも滑り込む。
《STEP EDGE:ステップエッジ》
高速斬撃。
石兵の脚部を切断した。
「Luna、まだ!?」
「解析中!」
Lunaは炉前で古代文字を読み続けていた。
青い炉。
術式が回転するたび構造が変化する。
「違う……術式そのものが動いてる」
額から汗が落ちる。
「一定周期で構造変化してる……!」
解除コードを書き換えても、数秒後には構造そのものが変わる。
まるで生きている術式だった。
「面倒すぎる……!」
中央ではアトラスが咆哮のような駆動音を響かせていた。
声ではない。
金属が軋む音。
石が擦れる音。
魔力炉が回転する音。
それらが合わさり、まるで巨大な獣の唸り声のように響く。
《CORE BURST:コアバースト》
「下がれ!」
悠真が叫ぶ。
アトラスの胸部核が赤く輝く。
直後。
赤い衝撃波が放射状に広がった。
空気そのものが爆ぜる。
Garmが盾を構える。
Dwarfが前へ出る。
Novaが障壁を張る。
それでも衝撃は重い。
Garmの身体が数メートル押され、床へ深い溝が刻まれた。
盾表面へ亀裂が走る。
「マジかよ……」
Fenが目を細める。
「Garm!」
「まだ立ってる!」
Garmが咆哮する。
腕は限界に近い。
だが倒れない。
その時だった。
「Garm、一回下がって!」
Mistが叫ぶ。
彼女は即座にGarmの状態を確認していた。
腕部損傷。
衝撃蓄積。
このまま受け続ければ押し切られる。
「まだ耐え――」
「無理すると腕飛ぶ!」
その瞬間。
Crowが前へ飛び出した。
「十秒だけ持たせる」
《SHADOW STEP:シャドウステップ》
黒い残像が走る。
Crowはアトラスの視界へ強引に割り込み、短剣を装甲の隙間へ突き刺した。
金属火花。
赤眼が僅かにCrowへ向く。
「今だ、Garm!」
Garmが後退する。
その腕は小さく震えていた。
Mistは即座に腰ポーチから赤い液体の瓶を取り出す。
《HIGH POTION:ハイポーション》
「飲め!」
Garmが受け取り、一気に流し込む。
淡い赤光が身体を巡った。
痺れていた腕の感覚が少し戻る。
「助かる」
「まだ終わってない」
Mistはさらに青い小瓶を取り出した。
《STAMINA POTION:疲労軽減薬》
「これも」
「準備良いな」
「長期戦想定してたから」
Mistは周囲を見回す。
Novaの呼吸。
Rainの動き。
Dwarfの消耗。
全員の状態を常に確認していた。
その時。
Mistの眉が僅かに動く。
「待って」
Garmが振り向く。
「なんだ?」
「右腕の痺れ強くなってる」
「……あ?」
「ただの衝撃じゃない」
Mistがアトラスを見る。
「侵食系デバフ入ってる」
空気が変わる。
悠真も即座に反応した。
「Mist、解除できるか?」
「軽減はできる」
彼女は黒い小瓶を取り出した。
《PURGE POTION:侵食緩和薬》
「飲んで」
Garmが即座に流し込む。
直後、腕へ走っていた黒い痺れが少し薄れた。
「……マシになった」
「完全解除じゃない。長引くと危ない」
Rainが呟く。
「Mistいなかったら普通に詰んでたくない?」
「たぶんな」
Crowも短く同意した。
その隙にLunaが最後の術式を読み切る。
「いける!」
青い炉が激しく明滅する。
次の瞬間。
内部魔力が逆流し、炉全体から火花が吹き上がった。
重い破裂音と共に、青い光が完全に消える。
《FIRST CORE DISABLED:第一炉停止》
広間全体の魔力がわずかに揺らぐ。
アトラスの胸部核の光が少しだけ弱まった。
さらに。
巨大な膝が僅かに沈む。
「効いてる!」
Rainが叫ぶ。
初めてだった。
中層門番アトラスの膝が、明確に沈む。
「勝てる!」
Rainの声が弾む。
Dwarfが笑う。
「通るじゃねぇか!」
Dwarfは巨大斧を振り上げた。
《BLOOD AXE》
赤い軌跡を描いた斧が、アトラスの膝関節へ直撃する。
鈍い破壊音。
巨大脚がさらに沈む。
「今だ!」
Garmも前へ出る。
盾で押し込み、Novaの炎槍が胸部を撃ち抜く。
初めて。
アトラスの装甲が大きく砕けた。
「通った!」
だが、次の瞬間。
残る三つの炉が同時に発光した。
赤。
白。
黒。
止まっていた三つの炉が同時に脈動する。
広間の温度が一気に上昇した。
アトラスの赤眼が、先程より明確に強く輝く。
《SECONDARY CORES ACTIVE:第二炉群起動》
「……やっぱりな」
悠真が低く呟く。
第一炉を止めたことで終わりではない。
本番はここから。
アトラスが両腕を広げる。
床に巨大な魔法陣が展開された。
全員の足元へ赤い光が走る。
「全員、散開!」
悠真が叫ぶ。
次の瞬間。
轟音が広間を揺らした。
爆ぜた床から熱風が吹き荒れ、赤い衝撃波が全方位へ広がる。
砕けた石片が弾丸のように飛び散り、巨大柱へ突き刺さった。
Rainが転がりながら叫ぶ。
「これで前半戦!?」
Dwarfが巨大斧を担ぎ直して笑う。
「いいじゃねぇか!」
Garmが盾を構え直す。
Novaが息を吐く。
Lunaが第二炉を見据える。
悠真はアトラスを睨んだ。
第一炉停止。
だが残り三炉。
中層門番アトラスは、まだ倒れる気配すらなかった。
あとがき
中層門番アトラス戦、前半でした。
今回は「レイドボス感」をかなり意識して書いてます。
単純な殴り合いではなく、
・タンクが耐える
・ギミックを処理する
・解析する
・火力を通す
みたいなMMO攻略感を強めにしました。
次回は第二炉攻略と、さらに激しくなるアトラス戦です。
引き続き楽しんでもらえたら嬉しいです!




