第1話 サービス終了前夜
#第1話 サービス終了前夜
巨大な黒竜が、咆哮を上げた。
漆黒の翼が広がる。
空間そのものが震える。
100階層、最終ボス。
《終焉神アルテウス》。
世界的人気MMORPG《Depth Chronicle》。
通称における、最後のレイドボスだった。
このレイドへ挑み続けたプレイヤーは数え切れない。
だが、《終焉神アルテウス》を討伐したギルドは、世界でも片手で数えられるほどしかない。
そして今。
黒竜のHPは、残り3%。
空中へ浮かび上がったアルテウスの喉が、赤く輝いた。
「ブレス来る」
神代悠真が、静かに言った。
「Arc、それ見えてんの?」
Rainが思わず声を上げる。
「タイマーまだ――」
直後。
黒竜が咆哮した。
灼熱の奔流が、前方を薙ぎ払う。
「Garm、右」
「分かってる!」
大盾が動く。
真正面では受けない。
斜めへ流す。
ガァァンッ!!
衝突。
火花。
床が砕け散る。
重い。
だが、止めた。
「ナイス!」
「Arc!!」
悠真はすでに次のスキルを入力していた。
《Heal(回復)》
《Area Heal(範囲回復)》
《High Cure(上位治癒)》
《Protect(防御付与)》
白光が重なる。
削れたHPが、一気に戻った。
「いやマジで意味分かんねぇ!」
Novaが笑う。
「そのヒール回し、どうなってんの!?」
「感覚」
「絶対嘘」
Rainが即座に返した。
その間にも、悠真の指は止まらない。
《Haste(加速付与)》
Rainの身体が加速する。
「行ける!」
双剣が閃いた。
黒竜の脚を斬り裂く。
「Crow」
「……了解」
黒い影が消える。
一瞬遅れて、アルテウスの背後で赤いエフェクトが炸裂した。
《Back Stab(背面急襲)》
ボスHPが削れる。
「Nova、次左」
「了解!」
「Rain、突っ込み過ぎ」
「まだ行ける!」
「Crow、三秒待て」
「……ん」
指示が飛ぶ。
それだけで、パーティの動きが噛み合っていく。
焦っているのは前衛だけだった。
Arcの声だけは、最後まで変わらない。
自然と、全員の視線が集まる。
それが《Aegis》だった。
Rainが躊躇なく前へ出る。
死なない。
Arcがいるからだ。
「押し切るぞ!!」
Garmが吠えた。
巨大盾を叩き付ける。
鈍い衝突音が響き、黒竜の身体が揺れた。
「今!!」
Rain。
Crow。
Nova。
全員がスキルを叩き込む。
そして最後に。
白光が走った。
《Holy Lance(聖槍)》
巨大な光槍が、黒竜を貫く。
一瞬。
静寂。
次の瞬間、アルテウスの身体が崩壊した。
巨大な咆哮。
砕ける外殻。
漆黒の肉体が、ゆっくりと光の粒子へ変わっていく。
《FINAL RAID CLEAR》
「……っしゃああああ!!」
最初に叫んだのはRainだった。
「終わったぁぁぁ!!」
「耳痛ぇ!」
八時間続いた最終レイド。
集中が切れた瞬間、全身の疲労が一気に押し寄せる。
悠真は小さく目を擦った。
いつもなら、討伐後は次の周回準備が始まる。
だが、今日は違った。
もう次がない。
「Rain、絶対ギミック踏むと思った」
「踏んでない!」
「今回“は”ね」
「ひどくない!?」
笑いが起きる。
「今の絶対死んだと思った!」
「Arcいたし」
「信頼重ぇな!?」
「誰だよ、最終フェーズ火力足りるとか言ったの」
「Arc」
「Arcだな」
「Arcだわ」
一斉に視線が集まる。
神代悠真は、思わず苦笑した。
ゲーム内ネーム《Arc》。
攻略ギルド《Aegis》のギルドマスター。
そして、世界でも数少ない最上級ヒーラー《聖者》の使い手だった。
「――で、結局最後までお前のヒール回し理解できなかったわ」
ヘッドセット越しに響いた声に、悠真は小さく笑う。
「いや、俺も途中から感覚だったしな」
「絶対嘘」
「最終フェーズずっとノーミスだったぞ」
「人間業じゃねぇんだよな……」
「Arcだけ別ゲームやってんだよな」
誰かが呟く。
誰も否定しなかった。
疲れたように呟いたのは、《Garm》こと獅堂迅。
メインタンク。
漆黒の大盾を背負った巨躯の騎士が、その場へどかっと座り込む。
「にしても」
Garmが天井を見上げる。
「マジで終わるんだなぁ……」
その言葉に、VCが少し静かになった。
画面右上。
サービス終了までのカウントダウン。
残り――二十九分。
「サービス開始から八年だっけ?」
「八年と三ヶ月」
即答したのは、魔法職《Nova》こと東雲セリカだった。
「最終フェーズ、DPSが0.3秒足りてなかったわね」
「怖っ」
「うわ、出たよ効率厨」
「記録を覚えてるだけ」
「普通それを効率厨って言うんだろ」
VCに笑い声が広がる。
いつもの空気。
だけど、どこか寂しかった。
八年続いたゲームだった。
終わる実感なんて、最後まで湧かなかった。
街には大量のプレイヤーが集まっていた。
普段なら重くなるはずのサーバー。
だが今日は、誰も文句を言わない。
最後だからだ。
広場には、普段見ない名前まで集まっていた。
数年前に引退したプレイヤー。
昔ランキングを争ったギルド。
かつて敵だった相手。
皆、最後だけ戻ってきていた。
エモート。
花火。
踊るプレイヤー。
泣いているプレイヤー。
最後まで決闘しているプレイヤー。
それぞれの終わり方があった。
最後の街は、祭りみたいだった。
チャット欄が高速で流れていく。
『ありがとうデプクロ!』
『Aegis世界初おめでとう!』
『最後まで最強だったな!』
『またArcが全部合わせてる……』
『Aegisのヒーラーだけ別ゲーなんだよな』
『最後まで勝てなかったわ、Aegis』
『Aegisまだ全員揃ってるのか』
『最後まで固定崩れなかったのすげぇな』
見覚えのあるギルド名に、Garmが笑った。
「懐かしいな、こいつら」
最前線で争ったギルド。
ランキングを競い合ったプレイヤー。
敵だった相手すらいる。
だが今だけは、皆、同じ空気を共有していた。
100階層到達。
世界初踏破。
ランキング一位。
それが《Aegis》だった。
対人最強でも。
配信人気一位でもない。
ただ、攻略だけは世界最強だった。
盾。
火力。
索敵。
生産。
支援。
全部が噛み合っていた。
だから《Aegis》は最強だった。
もう声だけで分かる。
誰が焦っているか。
誰が無茶しようとしているか。
誰が次に動くべきか。
八年間。
何千回も、同じようにレイドを越えてきた。
「そういや」
沈黙を破ったのは、《Dwarf》こと轟鉄馬だった。
「結局オフ会しなかったな、俺ら」
「確かに」
「Rainとか絶対美少女じゃないだろ」
「いや美少女だが?」
「はいはい」
「お前ら、私への解像度低くない?」
少しだけ空気が軽くなる。
「サービス終了後、皆で焼肉行こうよ!」
「会ったことないだろ」
「ノリでなんとかなる!」
「お前は現実見ろ」
「嫌です!」
空気が重くなりかけるたび、Rainが無理やり笑わせていた。
「最後まで装備作らされる身にもなってくれ」
Dwarfがため息を吐く。
「Dwarfの装備じゃなきゃ耐久足りなかった」
「Lunaの回復薬もギリギリだったし」
「そりゃ最高素材を全部突っ込んだからな」
「普通なら死んでる動きだぞ、それ」
「Arcいるし」
「……Arcのヒール前提で突っ込んでたからな」
Crowが珍しく口を開いた。
「……Arcが止めないなら、行ける」
「それはある」
「絶対ある」
また笑いが起きた。
「……終わるのは嫌だな」
珍しく、Crowが呟く。
一瞬。
VCが静かになった。
Crowはいつも通り壁際にいた。
だが今日は、一度も先にログアウトしなかった。
悠真は静かにゲーム画面を見る。
酒場。
噴水広場。
夕焼け。
何度も見た景色だった。
なのに今日は、少し違って見えた。
社会人になってからも。
仕事終わりにログインして。
休日には丸一日レイドして。
寝不足で出勤した日もある。
それでも、ログインをやめられなかった。
攻略情報を検証して。
何度も全滅して。
ようやく100階層へ辿り着いた。
ただのゲームだった。
だけど。
悠真の青春は、確かにここにあった。
机には攻略メモが積まれていた。
階層情報。
スキル回し。
ボスギミック。
ダメージ周期。
弱点検証。
サービス終了三十分前。
それでも悠真は、最後まで攻略ログを整理していた。
「次やるなら、ヒール一回削れるな……」
「終わるゲームでまだ詰めるのかよ」
苦笑が漏れる。
100階層全ボス。
全ギミック。
全弱点。
全ドロップ。
悠真は全部覚えている。
どのボスが何秒後に動くか。
どの攻撃が何%で変化するか。
どのタイミングで誰が崩れるか。
全部だ。
「Arcってサービス終了後も攻略チャート見返してそう」
「否定できねぇ」
皆が雑談している間も、悠真だけは無意識にショートカットキーへ指を伸ばしていた。
ログ保存。
戦闘記録整理。
もう使うことはないはずなのに。
悠真の頭の中では、まだレイドが続いていた。
次の行動。
次の最適化。
次の改善点。
もし続きがあるなら。
悠真は、たぶんまた攻略を始める。
「……終わるんだな」
誰かがぽつりと呟く。
誰も喋らない。
ただ、ゲームのBGMだけが流れていた。
明日になれば、この世界へはもう入れなくなる。
「明日から何すんだろうな、俺ら」
「またどっかでゲームやるか?」
「次探す?」
「いやー……」
Novaが、珍しく歯切れ悪く呟く。
「多分、これ以上のMMOはもう出ない気がする」
誰も反論しなかった。
悠真も、同じことを思っていた。
職業。
レイド。
生産。
構成。
全部が噛み合っていた。
だから、ここまで続いた。
「……リアルでダンジョンでも出来ればな」
Garmが冗談混じりに言う。
「そしたらまた集まれる」
「絶対嫌だわ」
「私はちょっと楽しそうだと思う!」
Rainが笑う。
「もしリアルダンジョン出来たらさ、皆で攻略しようよ!」
「Rainはリアルダンジョンでも絶対最初に死ぬ」
「ひどくない!?」
「否定できない」
笑い声。
残り時間が減っていく。
二十分。
十五分。
十分。
悠真だけは、静かに画面を見ていた。
この景色を、もう見られなくなる。
サービス終了後、何をするか。
悠真はまだ考えていなかった。
100階層。
それで終わり。
なのに悠真は、どこか物足りなさを感じていた。
もし101階層があったら。
そんなことを、考えてしまっていた。
「なぁArc」
「ん?」
「最後、ギルド挨拶しろよ」
「そうだな、マスター」
「やれやれー」
「面倒だな……」
「逃げるな」
押し切られ、悠真は少し考える。
そして、口を開いた。
「……お前ら、今までありがとな」
それだけで、VCが静かになった。
「最初は適当に作ったギルドだったけど、ここまで来れたのは皆のおかげだ」
100階層。
世界初クリア。
ランキング一位。
一人じゃ絶対に辿り着けなかった。
「また別ゲーやるかもしれないし、やらないかもしれない。でも」
悠真は少し笑う。
「もしまたどっかでダンジョン攻略することがあったら、その時はよろしく頼む」
「……おう」
「了解、マスター」
「泣きそう」
「まだ終わってねぇだろ」
「また集まれるといいな」
誰かが言った。
その時は。
誰も、本当に再会するなんて思っていなかった。
終わるゲーム。
終わるギルド。
終わる時間。
そのはずだった。
残り三十秒。
街の空に、巨大な時計が浮かび上がる。
プレイヤーたちが騒ぎ始める。
「3!」
「2!」
「1!」
そして。
画面が白く染まった。
《Depth Chronicle サービスを終了しました》
文字だけが表示される。
BGMもない。
チャットもない。
ただ静かな終了画面。
「……終わったな」
誰かが呟いた。
一人。
また一人と、VCから抜けていく。
「じゃあな」
「お疲れー」
「またどっかで」
最後に、Rainが笑った。
「リアルでダンジョン出来たら絶対呼んでね!」
「だから出来ねぇって」
通話が切れる。
静寂。
ログイン通知も。
ギルドチャットも。
明日からは、もう来ない。
ログアウトすれば終わる。
もう二度と、この景色は見られない。
サービス終了したはずだった。
なのに。
画面の向こう側だけは、まだ終わっていなかった。
悠真は椅子にもたれ、ふぅと息を吐く。
世界の方が、先に終わった。
画面は止まっている。
それでも悠真だけは、しばらく席を立てなかった。
だが。
その時だった。
真っ暗になっていたモニターへ、見覚えのない文字列が浮かび上がる。
《Suitable Player Confirmed》
まるで。
最初から悠真を探していたみたいだった。
《Deep Layer Connection Starting》
《UNKNOWN DEPTH DETECTED》
《Deep Layer Connection Complete》
「……は?」
ノイズが走る。
まるで、向こう側から誰かがアクセスしているみたいに。
画面が揺れる。
そして。
そこへ、ありえない数字が映し出された。
《Depth:101》
《Depth Chronicle》は100階層で終わる。
その先など存在しない。
攻略サイトにも。
解析班にも。
開発の告知にも。
そんな階層は、一度も出てこなかった。
《Depth:101》
その数字を見た瞬間、悠真は理解した。
これは“隠しステージ”なんかじゃない。
これは“ゲームの続き”でもない。
ノイズ。
警告音。
そして。
巨大な黒い影が、画面の奥でゆっくりと蠢いた。
その影が、こちらを向く。
まるで。
画面越しに、悠真を見ているみたいに。
その瞬間。
悠真の背筋に、理解できない悪寒が走った。
あとがき
第一話でした。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
この作品は、
「サービス終了したMMOの知識を持ったまま、現実ダンジョンへ挑む」
というコンセプトで書いています。
ただの俺TUEEEではなく、
・レイド攻略
・役割分担
・生産職
・情報共有
・長期探索
・固定PTの連携
など、“MMO攻略感”をしっかり描いていきたいと思っています。
特に主人公のArcは、
火力職ではなくヒーラー兼司令塔です。
前へ出て無双するタイプではなく、
「どう攻略するか」
「どう生き残らせるか」
を考え続ける主人公になります。
また、《Aegis》のメンバーも、
これから少しずつ掘り下げていく予定です。
サ終したゲーム。
終わったはずのギルド。
それでも再び集まり、
“続き”を攻略していく物語になればと思っています。
そして最後に出てきた《Depth:101》。
本来存在しないはずの階層。
Arcの知識ですら存在しない“未知”が、
ここから始まっていきます。
感想、評価、ブックマーク、本当に励みになります。
次回から、現実側です。




