空白-12
「ちょいちょいキャンパスで見かけてたけど、雰囲気が変わったな」
「そう?」雰囲気が変わった自覚はある。体重は増えたし、筋肉もついた。服装も変わった。
「うん。なんか諸々削ぎ落として綺麗になった感がする」
「清潔感が出たのかな。山城はまだサークル行ってんの?」
「いや、俺もお前が来なくなった後すぐに行かなくなった。あんぐらいの時期からサークルって抜けるやつ多くなるだろ。伊藤が来なくなったぐらいから徐々に来なくなるやつが出てきて、俺もその波に乗った。サークルに残ってる奴らの雰囲気があんまり好きじゃなくてな」
「そっか。じゃあ普段はバイト?」
「あと就活な。最近どうなの?」
「俺も就活とバイトって感じかな」
「この時期はまあそうよな。小高覚えてる?」
「ああ、覚ええてるよ」
「あいつは留学に行くらしい。就活が面倒なんだと」
「さすが、内部上がりのボンボンは違うな」
「羨ましい限りだよ、あそこ座ろうぜ」山城は図書館の前にあるカフェスペースを見て言った。
「おう」僕達はテーブルまで移動し、椅子に座った。七月の夕方のキャンパスは、気持ちのよい風が吹いていた。
「なんか、改めて見るとほんと変わったな。体がデカくなった気がする。ジム行ってるの?」
「いや、家でちょっとうやってるだけだよ。山城は?」
「俺は行ってないな。そういうの面倒で」
「そっか。就活は何系見てるの?」
「銀行とか商社。金融系だな。けどやりたい訳ではない。そこそこネームバリューのある企業に入りたいだけだ。お前は?」
「コンサルかな」
「コンサルっぽい見た目だもんな」
「褒めてないだろそれ」
山城は少し笑った。
「そういえば、あれ完結したな。伊藤が昔貸してくれた漫画」
「漫画?、ああ、あれか」僕はかつて自分の部屋にあった漫画を思い出した。
「完結したんだ」
「読んでなかったのか」山城は驚いた顔をした。
「最近、漫画読んでないのか?」
「うん。もう全然読んでないな」
「そっか。俺は伊藤と漫画の話するのが好きだったんだけどな。大人になっちまったんだな」
「いや、別になってないよ」僕は少し笑った。確かに、山城とは漫画や映画の話をよくしていた。僕もあの時間が好きだった。
「映画もあんまり観てない?」
「今は観てないな。彼女と一緒に見るときぐらいだ」
「そっか。てか彼女いたんだな」
「うん、バイト先の子」
「良いじゃん」
「山城は彼女と続いてるの?」僕の知る限り、山城には高校の時から続いている彼女がいる。
「ああ、まあ続いてるよ。色々ありつつな」
「そっか」
「うん」
僕と山城はぼんやりと前を見た。この時期はスーツを着た学生が多い。一年生っぽい、まだ垢抜けてない雰囲気の集団が前を通った。彼らには脱力感がなかった。サークルの集まりだろうか。基本的にこのキャンパスは、文系の三、四年の授業が中心だ。
「なんかさ」山城が口を開いた。
「うん」
「あんまり頑張りすぎるなよ、就活。他のこともかもしれないけど」
「別に頑張ってないよ。楽しくやってる」僕は正直に答えた。就活も筋トレも、資格勉強も僕が望んでやっていることだ。
「漫画読めてないじゃんか」
「別にそれは関係ないよ」
「映画も観れてない」
「彼女と一緒に観てるよ」
「そういうことじゃないよ。俺達の会話、さっきからつまらないだろ」
僕は黙っていた。僕らの前を学生が通り過ぎていく。
「つまらない話しかしてないよ。さっきから。互いのありふれた近況とか、就活とか、共通の知人の話とか」
「そういうもんだろ」
「いや、つまらない会話だよ。誰とでもできる退屈な会話。前は俺らの間でしかできない会話があった。下らなくて何の意味も効用もない、ただ面白いだけの会話だ」
「漫画と映画の話?」
「それも含めてな」
「じゃあしようぜ。漫画と映画の話」
「そういうことじゃないだろ」山城は悲しそうに笑うと、立ち上がった。
「いつかまた飯でも行こう。その時は、楽しい話をしよう」山城はそう言うと、校門の方へと歩いていった。随分前に失くしたと思っていたものを、僕は今失くしてしまったのかもしれない。夕焼けと涼しげな風も相まって、僕は少し寂しくなった。ずいぶんと懐かしい感覚だった。




