7・フードと笛と
本当に長い間おまたせしましたが、ようやっとの第七回です。
今回から後半戦となりますが、毎度の自分が楽しめりゃいいやのスタンスです。皆様も、気楽にお読み頂ければ幸いです……思ったより長くなってしまいましたが。
※(改)とある場合のほとんどは、誤字脱字、読み難さ部分の修正です。内容に影響のある変更が行われた場合は、ここに加えて、活動記録などでも報告します。投稿後、一週間ほどは、誤字脱字、読みやすさ等の修正が多く発生しますが、内容の変更はほぼありませんので、ご安心下さい。
「ぐあああああああ!!!」
ぶっきーの部屋に、コウガの絶叫が響く。
コウガを抱きしめたおーちゃんは、部屋を転げ回ったり、コウガを振り回したり。
一応、親愛の情の表れではあるのだが、度が過ぎる、といえば、大幅に過ぎている。
「きゃー!、コーちゃん、かわいいいいい!」
「ぐおおおおおおおお!?」
頬ずりや、頭を撫でるまでなら、まあコウガも耐えられるが、振り回されて、抱きしめられて、そのまま部屋中を転がり回られてはたまらない。
おまけに、おーちゃんは、ぶっきーとの契約の場に居合わせたせいで、コウガの呪…おーちゃんの意思を変えたり、危害を与えたり、おーちゃんから受ける攻撃を無効化するなどの呪が一切通用しないのだ。
今日の、おーちゃんは、いつもの学生服ではなく、スポーツ用のメッシュのシャツの上に、フードの付いた、薄い紫のパーカー、下は濃紺のハーフパンツだ。
「もー、おーちゃん、そろそろいいでしょー?、コーちゃん、大変そうだよー」
コウガを振り回す、おーちゃんの姿を見て、笑いながらも心配して声をかけるぶっきー。
ぶっきーも学生服ではない。黒いシャツに、白いブラウスを重ね着し、スカートと、その下には、薄手のタイツを穿いている。
コウガを心配するぶっきーの言葉も、はしゃぐおーちゃんの耳には入らないらしい。
いつもの事ながら、この嵐が過ぎ去るまで待つしか無い…
絶叫しながらも、内心ほぼ達観しているコウガだったが、机の上からふと声がした。
「おーちゃん様…王も草臥れているご様子…僭越ながら、そろそろ一段落されては如何かと…」
いかにもグレムらしい、しかし、いつもより若干控えめな言い方。
それで止まるようなおーちゃんでもあるまい…コウガは、そうすっかり諦めて、その言葉を聞く…と、おーちゃんは、コウガを抱きしめたままだが、転がるのを止めた。
「?!」
おーちゃんは、コウガを抱いたまま上半身を起こすと、驚くコウガを、名残惜しそうに両手で掲げる。
「ちぇー、仕方ないかー…じゃ、また今度!」
コウガをテーブルの上に下ろしたおーちゃんは、そのまま両腕を挙げ、上半身だけ蹴伸びをする。
「たのしかったー!、もー、ほんとコーちゃん可愛いからねえ……」
コウガはおーちゃんが、グレムの一言で手を止めた事に驚く。
それから、苦笑しているぶっきーと、グレム、そしておーちゃんを交互に見る…珍しいこともあるものだ。
何にせよ、助かったのは事実。コウガは、グレムに礼を言う。
『助かったぞ、グレム』
『勿体なきお言葉。おーちゃん様は、良い子であります。きちんと申せばわかって頂けます故…』
おーちゃんが『良い子』?!
グレムの言葉に驚くコウガだったが、言葉にはしなかった。そういえば以前『審美眼』の一件で、「おいちゃん」と呼ばれていた鹿条も、そういう印象を持っていたのを思い出す。。
おーちゃんも、見る人によっては『良い子』だと言う…人間というのは、見る者によって、大きく印象を変えるものらしい。
「にしてもさー、なーんか、不思議なんだよねー」
コウガを下ろした後、しばらくぶっきーと他愛ない話で盛り上がっていたおーちゃんが、ふと疑問を口にした。
「コーちゃんが、本からここに出てきてから、本当に色々起きてるけど、これって、やっぱここらへん以外でも、いっぱい変なこと起きてるのかな?」
ぶっきーは、それを聞いて腕組みして頭をかしげる。
「うーん、どうなのかなぁ?、コーちゃんは、ここらへんに出てきた外界人?、とかの外の世界から来た人とか、モノが分かるけど、あんまり遠くだと分からないって言ってるし…
もしかして、コーちゃん以外にも、コーちゃんみたいな不思議な力を持ってる人が、たくさん来てて、その近くで出てきた、外の世界の人とかを、やっつけたり助けたりしてるのかな…?」
二人は、コウガを見つめる。
部屋の中で浮いているコウガも腕組みをした。
「ふむ」
テーブルの上に降りる。
「それは、難しい問題だ。我は、この付近に外界のモノが現れれば、それを察知することはできる。だが、遠くなれば、それも難しい。
我の如き強い力の持つものが現れれば、当然、相当遠くであっても把握できる。が、逆に我の如き力を持つのであれば、周囲の…外界のモノに気取られぬよう、力を隠す事もするであろう。
以前の『箱の中の超越』の様に、調べてみなければわからない、という事もあろう。
少なくとも、我は、封印を解かれてから、我と同等の力を持つモノの存在を感じたことはない…
つまり、我の如き力を持つものは、我だけか、あるいは、我以前に既に現れていて、今は我同様に力を抑え、身を隠している、という事になろう。
我と同じ力を持つものは、居るやもしれぬ。だが、我の後に、現れたモノは居ない…増えていない、という事だ。」
「何か難しいいい!」
おーちゃんは、テーブルの前に座ったまま、両腕を振り回して、文句を言う。
一方のぶっきーは、腕組みをして考え込んでいた。
と、携帯端末がアラームを響かせた。
ぶっきーは、その音で用事を思い出し、椅子から立ち上がる。
「あ!、時間!」
おーちゃんも、壁に掛けてある時計を見上げる。
「ああ!、でもまだ余裕あるじゃん?」
ぶっきーは苦笑して、おーちゃん《災厄》に言う。
「この前だって、そんな風に言って、ギリギリだったじゃん?」
「そうだっけー?」
すっとぼける、おーちゃん。
ぶっきーは、苦笑しながらおーちゃんの背後に周り、両脇に手を突っ込んで持ち上げるように、立ち上がらせる。
「さぁ、急いだ、急いだ!」
「うへーい」
ぴょんぴょんと跳ねるようにしながら、グレムをリュックのいつもの場所に括り付けて背負うと、鍵や携帯端末、財布を確認し、モタつくおーちゃんの背中を押すようにしながら、部屋から出た。
「そうそう、あのプール、一年中練習できるのはいいんだけど、暖かすぎるんだよねー。お風呂みたいで、ちょっと泳ぐとすぐバテちゃうから……」
「みんなが使うところだから、仕方ないよー」
おーちゃんの、近隣の温水プールでの練習の話を聞きながら、駅の自由通路を通り抜けていく二人。ぶっきーの背負う、いつものリュックの後ろには、グレムが力なくだらんと垂れ下がっている。
側にはコウガが控え、飛びながら、二人についていく。
駅の北口は、大きな商店街があるが、歓楽街もあることから、ぶっきーは、一人でここに来る事はあまりない。
北口には、南口よりも広くて、ゆったりした広場のような歩行者専用デッキがある。その下には、南口の控えめなそれと比べると、かなり大きなバスターミナル、その周囲を囲うように街路樹が植えられている。
…と、何かに気がついた二人が空を見上げた。
「わあ!」
「うひゃー!!」
空には、小鳥の群れが雲のように、うねるように、形を変え密度を変えて飛び回っている。
一匹一匹の小鳥は、それぞれ好き勝手に動いているだけなのに、群れはまるで全体が一つの意思を持っているかのように見える。
粘菌、あるいはアメーバにも似ている。
「珍しいねー、こんな時間にあんな風にみんなで飛ぶなんて」
ぶっきーが、ため息まじりで、独り言るように言う。
「だよねぇ、普通は夕方とか朝だよね。」
おーちゃんは、少し首を傾げる。
「何かあったのかな?」
その、うねるように北に飛んでいく鳥の群れを見上げていたコウガだったが、ふとグレムの方を見た。
『グレム』
『…王よ。私奴には、残念ながら何も…もし、あれが、外界のモノの影響であったとしても、それは現界に災禍を及ぼす程のものとは…』
グレムはぶらんと垂れ下がったまま答えた。
コウガは左手のひらを上に向ける。
「ふむ…気にし過ぎかもしれんが……探求者」
米粒のように小さな、超多面体…追跡や探査のための探査体を作り出すと、近づき過ぎぬようにしながら、鳥の群れを追わせた。
一分ほど鳥の群れを見上げていたぶっきーとおーちゃんだったが、時間が近づいていることを思い出し、歩行者専用デッキを走り抜け、北口の大きな繁華街、北口銀座の方に向かった。
小走りになってきた二人に、コウガが尋ねる。
「さて、今日は、如何な所要なのだ?」
少し息を切らせながら、ぶっきーが答える。
「そういえば、コーちゃんには話してなかった!」
人混みとは言わないまでも、南口よりは遥かに多い人の流れを避けながら、繁華街の更に奥のほうを指差して続ける。
「今日は、運動公園まで行くんだ。『るーと』が見せたいものがあるって…」
『るーと』…コウガは思い出す。『るーと』という子は、学校に行った時、ぶっきーと、よく話している子の一人だ。
オカルトが好きで、それを縮めた『るーと』という渾名になったと記憶している。
『ぶっきー』…主の渾名…主自身が、そう呼んでほしい、と言っている渾名にしても、本が好きだから、という理由でブック(本)+ライク(好き)を縮めて「ぶっきー」だし、おーちゃんは、本名の名字、『小樹奈』を略しただけ。
コウガも縮めて「コーちゃん」、グレムも「グレちゃん」だ。
こうした渾名…字のおかげで、コウガたちは真名を口にせずに、名乗ることができるのだから、便利でもある。
現界の人間の使う、渾名というのは、なんとも面白い。
そう考えているうちに繁華街を走り抜けたコウガと二人、あとぶら下がっているグレムは、運動公園の前にたどり着いた。
公園の入口から見える奥の方に、一人の少女が立っている。フード付きのパーカーとジャージ下。これから、公園の中を走り出しそうな出で立ちである。
背丈はぶっきーより少し大きく、おーちゃんと同じくらい。ただ、肩幅は幾分広く見える。
身ぎれいかと言われると、身ぎれいだが、同じ年の頃の事比べると、化粧っ気は無い。
掛けている眼鏡のレンズはさほど厚くないが、リムは少しだけ太い。
ロングの髪の毛は、辛うじて手入れされているが、『艷やか』の下限ギリギリ、といったところか。
これはぶっきーと同じで、興味の軸が、自分の見栄えには向いていないせいだろう。
おーちゃんの様に、化粧したところで、塩素たっぷりのプールで泳いだり、土埃の多いトラックで走ったりすれば御破算になるから意味がない、と、最初っからやる気が無いのとは、ちょっと違うが。
「ぶっきー!、おーちゃーん!」
手を降って二人を呼ぶその少女。
二人は、少女に駆け寄っていく。
「るーとぉ、待ったぁ?」
「待ってないよ!、私もいま来たとこ……あ!、コーちゃんだ!、かわいー!!」
るーとは、コウガを見て喜ぶ。
「るーと!、るーと!、見せたいものって何?!」
おーちゃんに、そう言われた、るーとは、手を叩いて、公園の奥を指差す。
「そうそう!、アレを見てもらわないと!」
「なになにー?!、何があるの?!」
「何かな?、気になるー!」
三人は、連れ立って公園の奥に向かった。
北運動公園の奥、公園の中心近くに近づくと、少し窪んだ…ときどき、音楽の公演や、集会などに使われる舞台も兼ねた、扇形の広場だ。
周囲を、椅子代わりに座ることもできる、ゆるく広い階段に囲まれた広場があった。
三人は、その広い階段の縁、広場の端にたどり着く。
その広場の…扇で言えば「要」となる場所に、高い棒のようなものが立っている。
るーとはそれを指差して言う。
「あれあれ!」
その舞台には不似合いな、木で作られたらしい、何らかの柱。
模様なのか、文字なのか。意味ありげなものが彫り込まれているが、黒く焦げたような木肌。その上に、雑に赤く、ペンキのようなものが塗られている。
その柱のたもとには、何故か、空き缶や鍋…量はさほど多くないものの、どこから持ってきたのか、針金や廃材まで様々(さまざま)なゴミ…金物が捨ててある。
「うわぁ…なにこれ?」
おーちゃんが、呆れたように言う。
「何だかわからないの、すっごい変でしょ?!、トーテムポールみたいだけど、あんな模様のあるトーテムポールなんて無いし、色も黒と赤だけで、変だし…
それに、どうしてか分からないけど、ここに金属ゴミ捨てていっちゃう人がいるの」
るーとは、金属ゴミの山を指差す。
「それに、このカンとか鉄の棒とか、いつの間にか消えちゃうんだって…」
「いま、金属って、高く売れるせいじゃないの?」
おーちゃんが、ジト目で訝しんで言うと、るーとが両手を越しに当てて、眉根を寄せる。
「だとは、思うんだけどねぇ。誰がここのゴミ捨ててるのか、いつ拾っていくのか、誰も見たこと無いんだよねえ」
「えー!?、変なのー!!」
ゴミの話を聞きながら、柱を見ていたぶっきーが、るーとに尋ねる。
「ねえ、るーと、あの柱、誰が立てたの?、この広場の真ん中にあるのも変だし、柱も変だし…?」
それを聞いたるーとは、興奮して、飛び跳ねながら答える。
「そうなの!、そうなの!、誰が立てたか分からなくて、すっごい不思議で!、オカルトでしょ?!」
両手を前で組んだ、るーとが「これって、きっと」……と、自分の仮説を言いかけたところで、コウガが鋭く叫んだ。
「上から来るぞ!、気をつけよ!」
三人は、コウガの声に驚く。
「え?!、なに!?」
先程の鳥の群れが、一斉にこちらに向かってきたのだ。
頭上が、うねる鳥の群れで埋まる。羽撃きの音が重なり合い、土砂降りの雨音のように降り注ぐ。
十秒も頭上で旋回し続けていただろうか、突然、鳥の群れは、一斉に三人とコウガを狙うように迫ってきた。
「うわ!、わ!」
「っわああああ!!」
おーちゃんと、るーとは、鳥に行く手を阻まれた途端、パーカーのフードを被って、しゃがみ込む。
ふたりとも、両手でパーカーのフードを引っ張り、顔を隠すように引き下げている。
ぶっきーだけは、身を竦めたものの、立ち続け、両腕で頭を守りつつ、鳥たちの姿を見る。
一人なら、一目散に逃げ出していたところだ。が、おーちゃんとるーとが、しゃがみこんでしまって動かない。
そのままにする訳にも行かず、逃げるに逃げられない。
そして、コウガは、鳥たちを見据えてはいるが、呪を展開ぜずに動かない…
鳥の群れは確かに三人を襲うように飛び交い、警告するように啼き、囀る。
まるで、広場と三人の間に立ちふさがるように行き来するだけで、爪や嘴で突いたりするわけではない。
一方のぶっきーは、何とか逃げようと、しゃがみこんだ二人のパーカーの襟を掴んで引っ張る。
それでも動こうとしない二人を抱えるようにして立たせると、鳥たちに追い立てられるように広場から離れる。
と、鳥たちも上空に去った。
「ふぅ…なにあれー?…怖かったぁ…」
やっと落ち着いたぶっきーは、大きく息を吸って、「ぷぅ」と吐いた安堵の深呼吸をする。
るーとは、残念そうにため息をついた。
「最近、なんでか、鳥たちがやってきて、あんな風にするのよねぇ…」
おーちゃんは興奮したように言う。
「びっくりしたー、こんなの初めて!」
「巣でもあるのかなぁ?、カラスも巣を作ると、近づいてくる人とかに、あんなふうにするって言うけど」
ぶっきーの言葉に、おーちゃんが疑問を口にした。
「でも、あんなふうにして、沢山いっぺんにやってくるなんて、聞いたこと無いよ?!」
「…だよねぇ」
るーとも、おーちゃん同様に興奮している。が、理由はおーちゃんとは少し違っていた。
「鳥とかがこんな風にするのも、すっ…ごいオカルトだよね!、こんなの初めて!!」
コウガを見るぶっきー。
『本当なら、教室の中を飛び回り、クラスのみんなの会話に入って、時々、色々な呪を使って、外の世界の色々なものと戦ったりしているコーちゃんのほうが、よっぽどオカルトなんだけどな…
でもコーちゃんは、周囲に呪を掛けて、私とおーちゃん以外の人たちに、不思議に思われないようにしている。これも、すごいオカルトだよね…』
ぶっきーは、そう思った。
そのコウガといえば、今は鳥の群れを見つめたまま、何も言わない。
声に出さぬまま、グレムが王に語りかける。
『王よ、私奴には、あの鳥たちの群れから、敵意害意は感じられませぬ…しかし、これは尋常ではありませぬな。』
『うむ…外界のモノの気配も…あまりに薄いが、だが、全く無い訳でもない。何か、腑に落ちぬな』
『左様にございます…あまりに、綺麗にできすぎていると申しましょうか…
怪しさが整い過ぎ、「どうか疑って下さい、調べて下さい」と言わんばかりにございます。
何らかの罠があるを疑って、当然と言えましょう。』
『全くだ…しかし、こうまでされると、無視するわけにも行くまい。』
コウガは再び探求者で探査体を作り出すと、それを広場の周囲に振り撒くように飛ばす。
ふと、さっきからコウガを見ているぶっきーの視線に気がついた。
「コーちゃん!、行くよ!」
見ると、るーととおーちゃんの二人は、何かを話しながら、すでに公園の入口に向かって歩き始めている。
コウガは、ぶっきーと共に、急いで二人を追いかけ始めた。
「ねぇ、コーちゃん、さっきのアレ、何だと思う?」
走りながら問いかけてきたぶっきーに、コウガは少し間をおいてから答える。
「疑わしいが…今の段階では、何も言えぬ…怪しすぎて、逆に不安になるほどだ。見張りを置いてきた故、何か起きるのか、確かめることにしよう。」
「何か起きたら、絶対教えてね!」
ぶっきーは、コウガの方を見て言う。
コウガは、態度には見せずに、頭を抱える。
得体のしれない事に、頭を突っ込んでほしくはないのだが…しかし、ぶっきーは、コウガの主。
主命には、従わざるを得ない。
一瞬、間を置いて答えた。
「心得た」
それからぶっきーたち三人は、近い割に滅多に足を運ばない北口の繁華街で、かわいいキャラ、流行の品や、奇妙なアクセサリなどを取り扱うグッズ店、ブランド品もあるブティックなどを見て回り、ちょっと高めのハンバーガーショップで、やはり滅多に食べない高めで美味しいハンバーガーを味わいながら、運動公園で見た奇妙なものや、繁華街の店で見た服やアクセサリ、そして、クラスや学校の話題で盛り上がった。
その日の…夕食の後、コウガは眉根を寄せ、神妙…というよりは、珍妙な顔をして、ぶっきーの机の上に座っていた。
不満そうにも、困ったようにも見える。
「…ど、どうしたの?、コーちゃん?」
ぶっきーの問に、コウガは頭を抱えつつ答えた。
「…探査体どもが…食われた」
「…え?……ええ?!、なにそれ!?」
ぶっきーも、信じられないような顔で驚く。
「そ…そんな事ってあるんだ…でも、何に…どうして食べられちゃったの?!」
「鳥だ」
コウガは頭を振る。
「あの、駅の上や公園で見た、鳥どもだ。
我が探査体どもは、彼奴らに米粒砂粒の類と思われたようだ…
探査体は、消化できるはずもない。いずれ、体内より排出されよう。
だが、出てくるまで、どれだけの時間が掛かるか、分からぬ」
「は、排出って?」
コウガは、眉根を寄せて、考え込んだが、やがて、視線を落とし、あまり大きくない声で答えた。
「…有り体に言えば…糞…ウ○チと一緒に排泄されるであろう。」
「うわ!、ばっちいい!!」
ぶっきーの反応に、何か不満そうな表情を見せたものの、コウガはそのまま続ける。
「我が探査体どもに与えた力では、胃カメラとして鳥どもの健康診断は出来ても、外を見ることは出来ぬ。
再度、同じ探査体を送っても、同じことになるやもしれぬ…」
「じゃぁ、どうするの?、行ってみる?」
コウガはぶっきーを見る…好奇心旺盛なのは良いが、だからといって、毎回ぶっきーを危険に晒すことは出来ない。
自らの力を以てすれば、あらゆる危険から護りぬく事はできる。コウガはそう確信していた。が、だからといって、油断してよいものではない。
「毎回自ら出向くというのも、忙しすぎる。それに、状況をよく確認せねばなるまい。」
そう言って、コウガは、小さな指に呪を込める。
「探求者」
と、今度は米粒のような超多面体ではなく、以前にも見た、ちびコウガが現れた。
「あ!、ちびコーちゃん!」
「これなら、隠身で身を隠し…」
そこまで言ったコウガは、ぶっきーが、いま作り出したちびコウガを、歓声を上げながら、撫でたり頬ずりしたりして遊ぶことに夢中になっているのに気がついた。
おーちゃんは、特にその傾向が強いが、現界の少女というものは、こうした『カワイイ』存在に、よほど興味を惹かれるらしい。
「とにかく、これで広場の様子を監視することにしよう」
コウガがそう言うと、ちびコウガは、窓に向かう。ぶっきーは名残惜しそうに手を伸ばして、ちびコウガを離した。
ちびコウガは、夜闇が少しづつ深まりつつある街の空に飛び出すと、隠身で見えなくなった。
「…変な事にならなきゃ良いんだけどな」
窓からその姿を見ていたぶっきーは、心配そうに呟いた。
夜、ぶっきーやグレムとともに、自らも一度眠りについたコウガは、探査体を経由して見ている広場の様子で目を覚ました。
閉園時間も過ぎ、照明も消えて、真っ暗なはずの広場の底が、懐中電灯や携帯端末のライトと思しき、いくつかの光で、照らされている。
探査体で暗がりを見ると、数人の人間が、例の柱に集まっている。よく見ると、一人ひとりが缶や鍋などの金属ゴミを手にして、捨てている…
並ぶわけでもなく、ぞろぞろと集まっては、柱の根元にそれらを捨て、そして去っていく。
集まってくる人々の年齢や性別もバラバラで、何か目立った特徴があるわけでもない。
だが、一つだけ、彼らには、判を押したように、揃っているものがあった。
パーカーだったり、コートだったりと、決まってはいないし、色も素材もバラバラだが、彼らは皆、ゆったりとした上着を着ており、それには、必ずフードが付いている…
コウガは眉根を寄せた。
昼、まるでぶっきーたちを、広場に近づけないように飛び回った鳥の群れには、微かだが外界のモノが用いる呪の影響を感じた。
しかし、ここで広場に集まり、金属ゴミをを捨てて回っている人々には、外界のモノの呪の影響を感じられない。
彼らは自発的に、ここに集まって、拾ってきたか、あるいは家にあった金属ゴミをを捨てているとしか思えないのだ。
しかし、送った探査体に与えた力では、これ以上詳しいことは、ここからは視る事ができない…もう少し近づいて調べるべきか…
コウガは躊躇った。
もし、彼らが外界のモノに操られているとすれば、コウガにすら、その気配を感じさせないほど強力な強力な隠身を展開している。
つまりコウガを遥かに上回る力の持ち主、という事になる。
あるいは、彼らのこの行動が、自発的に行われている。流行のようなものだ、という可能性もある。何らかのカルト的な行動なのかもしれない。
いずれにしても、まだ単なる憶測に過ぎない。
それに、金属をこの場所に集めているだけならば、少なくとも今の段階で特に人が害されてはいない。
あの鳥の群れにしても、悪意や害意を感じることは、できなかった。
急を要する事態ではない。もう少し様子を見るべきだろう。
コウガは、探査体に広場の監視を任せ、眠りにつこうとした…が、その時、あることに気がついた。
「!?」
柱の根元に次々と捨てられている金属ゴミが、増えていない。いや、減っているの。
金属ゴミを捨てている者たちは、一人として振り返ろうとせず、そのまま公園の外に出ている。減るはずがない。
コウガは探査体の目を通し、できる限り詳しく、金属ゴミの山を見た。
……減っている。しかし、上から誰かが取り去っているわけではない。山の内側から、そこに掘られた穴に落ちるかのように、少しづつ減っている。
何かが起きている。
今度は広場を囲む森から、鳥の群れの軋るような啼声が響きはじめた。
暗い運動公園の広場に、掻きむしるような鳥の叫びが、重なり合う。
今、金属ゴミの山で起きていることを察知し、警告するかの様に。
そういえば、鳥たちは、昼のように、直接割って入って、人々を止める事はしていない。ただ啼き叫ぶだけだ。
…今は夜だ。夜目の効かぬ彼らは、飛ぶに飛べないのであろう。
再び、注意を金属ゴミの山に戻す。と、ゴミの減少は、止まっていた。
しばらく、監視を続けていたが、それ以上変化はなく、金属ゴミを捨てに来ていた人の流れも止まっていた。
見つかったのだろうか?、隠身で身を隠しているはずの探査体が。
コウガは、探査体に監視を続けさせ、意識を自分の体に戻す。
果たして何が起きているのか、もう少し監視し、考える必要がありそうだ。
コウガが話し終わると、ぶっきーもグレムも、黙り込んでいた。
「私奴の思いますところ…」
グレムが、いつものぶっきーの勉強机の上で口を開く。
「王の、これまで得た情報だけでは、判断できないことが多すぎまする。もう少し監視を続けるべきかと。」
いつものグレムと違う、慎重な意見。
鳥の一件から分かっている通り、外界のモノが関わっているのは確かだが、それが現界の者たちに敵意害意を持っていないのも事実。
相手すらハッキリしない状況では、グレムも暴れようがないのだ。
「コーちゃん、私…気になる事が一つあるんだ。」
ぶっきーは心配そうに言う。
「なんだ?」
両手で椅子の縁を掴み、足を振って天井を見上げながらぶっきーが言う。
「あのね、コーちゃんの見た、ゴミを集めてくる人たちって、みんなフードの付いたパーカーみたいなの着てたって言ってたでしょ?」
「うむ」
「昨日会った時、るーとも、おーちゃんも、二人ともパーカー着てたから……」
コウガはハッとした。
確かにぶっきーの言う通りだ。
コウガは腕組みをする。
「…この一件、おーちゃんと、るーとには、伝えないほうが良さそうだ。」
ぶっきーは、ため息のように同意する。
「うん…そだね。」
「しかし、分からぬ事が多すぎる。」
頭を振ったコウガは、続けて言う。
「なぜ鳥があの様に、集まり、広場に近づけんとし、啼いたのか?
なぜ、あの者たちは、パーカーを着て、広場に集まり、金属ゴミを捨てていくのか?
それに、どうして金属ゴミが減っていくのか…?」
グレムがコウガの方をむく。
「王よ、あの場で何が起きているのか、もう少し詳しく調べるべきでありましょう。」
ぶっきーも少し気を取り直したように言う。
「私、なんでみんなパーカー着てるのか、調べてみるね?」
コウガがそれを聞いて少し慌てて止める。
「それはならぬ。」
「えー。私もなんかしたいー」
頭を抱えるコウガ。
ワガママに見えるが、ぶっきーは、この一件でなぜか責任を感じ始めているのだ。
おそらくは、おーちゃんも、るーとも、フード付きのパーカーを着ていた…つまり、この一件に巻き込まれている可能性がある。
それが理由だろう。
しかし、何らかの罠の可能性もある。今は動いてほしくはない…いや、いつもだが。
「相手の正体も、目的もハッキリしない状態では、ぶっきー自らが、動くのは、危険だ。パーカーについては、我が赴こう。」
「えー…」
不満が、そのまま口から漏れたような声だが、ぶっきーは、こういう時のコウガの意見に反対することはまず無い。
それが直感から来るものなのか、生来の素直さなのか、あるいは経験から得られたものなのかは分からない。
もし、ぶっきーが、こんな時でも、自分の意見をゴリ押しするような性格だったとしたら、コウガの手間は、それなりに増えたのは間違いない。
それから、数日後。コウガはぶっきーの部屋の真ん中においてある円形テーブルの上に立って、腕組みしていた。
「北口の繁華街だけでなく、南口の衣類店も回ってみた。チェーン店だけでなく、個人商店もだ。パーカーを扱っている店は、だいたい巡ったつもりだが…分かったのが、パーカーの売上は、ここ最近でも大した変化は無かったようだ。
店としても、積極的に店頭に並べていたのは、北口商店街の一件だけ。店に外界のモノの痕跡や呪は無かった。
単純に、北口や運動公園で見かける人々を観察した結果『パーカーが流行りはじめている』、と、推測しての事だ。」
「運動公園の方は、何かあった?」
コウガは、テーブルの上に立ったままぶっきーの方を見上げて答える。
「いや、探査体で視る限り、先日説明した状況が、毎日繰り返されているだけだ…
夜になると、舞台にフード付きの服を着た人間が集まり、金属ゴミを捨て、何処へか少しづつ飲まれる。金属ゴミが減り始めると、鳥たちが騒ぎ始める。
すると、人々が去る。金属ゴミも減らなくなる。」
「うーん…鳥さんたちが騒ぐのは、金属ゴミを減らしたくないから、なのかな?」
「分からぬ。捨てられた金属ゴミが、どこに消えるのかも、気になる
あの柱の根元、金属ゴミの山のしたに何があるのか、確かめねばなるまい。」
「それにね、私、すっごい変だなって思うことがあるんだ。」
ぶっきーが疑問を口にした。
「あの柱が出てきて、もう何週間も経ってるって、るーとが言ってたけど、運動公園の舞台の真ん中に、あんな柱が立ってて、下に金属ゴミが山になってるのに、役所の人とかが、片付けに来ないって、絶対に変だし。」
「おお」
コウガは、自分が、そうした『現界の常識』というもので、考えられなかったことに、思い至った。
「言われてみれば、そのとおりだ…現界の、役所や警察と呼ばれる者たちが動かないのも、不思議だ。
以前あった、探査機の時は、現界の警察だけでなく、探査機の秘密を得んとする不埒な者共すら動いたというのに。」
「王よ…」
グレムが口を開いた。
「やはり、直接あの広場へと向かい、何が起きているのか、正しく見る必要がある、と愚考致します。」
「うむ。」
コウガも同意した。
「この一件、ただの金属ゴミ集めとは思えぬ。あまりに奇妙だ。
如何なる意図があるのか、何が目的なのか…正しく見極めねば、どうすればよいか、すら分からぬからな…」
ぶっきーが椅子から立ち上がると、クロゼットに向かう。
「あ」
思わず『しくじった』という声が出たコウガ。ぶっきーが、先手を打った。
「私も行くから!」
その言葉に、コウガは、肩を落とし項垂れた。
「まあ…仕方ありませんな。」
グレムは、そう言った。
深夜から、そろそろ朝方になろうか、という運動公園。そこに隠身で身を隠した、三人が立っていた。
舞台の縁から下を見ると、中央の謎めいた柱、その根本に金属ゴミの山…ぶっきーの腰から胸の高さ程度はあるだろう。
そこに次々とフード付きの服、ほとんどがパーカーを着た人々が集まり、缶やスクラップ、捨てるはずの自転車のようなものまで捨てて、振り向きもせずに公園から出ていく。
その光景には、少なくとも『流行』といった言葉では、片付けられない異様…奇ッ怪としか言いようがない。
るーとの言う「オカルト」というのが最も相応しかろう。
コウガはそう思った。
ジャージの上下で、グレムを胸に抱いたぶっきーは、声を出さずに、コウガに話しかける。
『コーちゃん、やっぱりこの人達、操られてるようにしか見えないよ…』
『うむ…そして、あの金属ゴミの下、探査体からでは分からなかったが、何者かが居る…外界のモノかもしれないが…呪の気配がない。一体何者だ?』
『それに、王よ』
ぶっきーの胸に抱かれたままのグレムが言う。
『この周囲、何か奇妙な振動…低い響きに満ちております。おそらく、人の耳にはほぼ聞こえぬ程の、重く低い響きに。』
コウガは、左手の平を上に向けて、前に出す
「探求者」
豆粒のような、超多面体が、いくつも現れ、金属ゴミの方に向かった。
「今は夜だ。先日のように、鳥どもに、米粒と間違われて食われることもあるまい。今度こそ。」
と、広場を囲む林から、突然、鳥たちの軋るような、叫ぶような啼声が響き渡った。
鳥たちの鳴き始めれば、あの金属ゴミの減るも止まってしまう!
コウガは超多面体…探査体どもをゴミの山に急がせる。
ゴミの隙間に入り、入り組んだ立体的なゴミの迷路をくぐり抜け、地面に向かって。
いくつかの探査体が、地面にたどり着き、そのうちの一つが地面に穿たれた穴を見つける。
探査体は、放たれた矢のように、その穴に突入し…
「!」
コウガは探査体を介して、一瞬だけその姿を視野に捉える。何か、濡れた様な光沢のある、模様が浮かび上がった…
「うお!?」
探査体との接触が絶たれた。
穴の奥にあった何かにもだが、コウガは、探査体との接触が絶たれた事が衝撃だった。
これは…この場所で起きている事態は、人の行いでも、人の手に負えるものでもない!
「ぶっきーよ、一旦退避だ!」
コウガはぶっきーの方を振り向くことも出来ずに続ける。
「これは…我の予測より、遥かに大きな…強大な力が働いている!」
ぶっきーは、その言葉に驚く様子もなかった。が、コウガは有無を言わさず、公園から離れ、グレムを抱いたぶっきーも、共に引き戻される。
三人の去った運動公園の舞台には、掻きむしるような、鳥たちの警告の歌だけが、残された。
「コーちゃん、どうしてあんなに慌てたの?」
大慌てで、と言ってよいほどに、急いで部屋に戻ってきた三人。ぶっきーは不満げに、コウガに聞く。
コウガは、小さな腕を組んで、テーブルの上に立っている。
「あの広場の柱の一件、あれは、今までと違う次元の力の持ち主が関係している…」
ぶっきーの方を見て続けた。
「我が探査体は、あの金属ゴミの山の下に、何らかの穴を見つけた。
…その穴の中に何者かが、居た。」
ぶっきーは、椅子の上に座り、足を振っている。
「その、何者かが、すごい力を持ってるの?」
頭を振るコウガ。
「それは分からぬ。だが、あの穴の…閉じたと言うべきか、その瞬間、我と探査体の繋がりが断たれた…
もし、ただの穴であれば、その程度で、繋がりの失われるわけもない。
繋がりが絶たれるとなれば…時間や空間といったものの繋がりが全て失われたという事になる。」
目を丸くして、身を乗り出すぶっきー。
「ど、どういう事…?」
コウガはうつむいた。
「あの『穴』は、他の時間空間…外界門…外界と現界とを繋ぐ穴だ、という事だ。」
「ええ?」
『ぷぅ』とため息を吐いてから、ぶっきー《あるじ》は続けた。
「でも、シロちゃんとか、グレちゃんが最初戦ってた怪物とか、外界物?って、今までだって、何匹も出てきたでしょ?、どこかにずっと穴があったんじゃないの?」
「我も、そう思っていた。外界門の無ければ、外界物、外界人の、現界に現れるはずもない。
以前から、街を飛び回っていたのは、我が興味の赴くままに見聞を深める目的もあったが、そのため…外界門を探すためでもあった…しかし、門は存在しなかった…」
「え?、どういう事?」
「我と同等、あるいはそれ以上の力を持つ何者かが、外界門を開き、そこにシロをはじめとした外界物を誘き寄せるか、したのであろう。」
コウガは、自分自身以外に、自ら門を開けられるほどの力を持つ存在…『審美眼』や、おーちゃんの箱の中の『超越』を知っていた。
が、彼らは、コウガ自身が討ってしまったり、現界に全く興味が無かったりで、今回の一件には関係しているとも思えない。
「…門を開けた人って、時々コーちゃんの周りの人が言う『狂乱の堕天使』って人?なのかな?」
うつむいたままのコウガ。
「分からぬ。そうかも知れぬ。
だが今の問題は、あの門だ。あの門は、如何にしても閉じねばならぬ。なんとしても。一刻も早く。
放置看過すれば、現界の災いのもとになる…
いや、あの一件こそ、災いの始まりやも知れぬのだ。」
「王よ、急がねばならぬ、となれば」
グレヌの言葉を、コウガは継いで言う。
「然様。既に、あの広場には我が探査体を置き、監視を続けている。
穴のあった場所には、現界…人の手になるマンホールと呼ばれる穴がある。しかし、その中は、外界門ではなく、普通の雨水溝となっていた…あの門は、現界側からは、開くことの出来ぬのであろう。
人の集まる時間…夜にならねば、あの門は開かぬ。故に、明日の夜は、門の開くのを、待つ。」
「私、絶対行くからね!」
ぶっきーは力強く言った。
しまった!という顔をして、コウガはぶっきーの方を見る。
やる気満々のぶっきーを見て、心のなかで頭を抱えた。
先に、釘を刺すべきであったか…
『まぁ…仕方ありませんな…』
グレムが、声には出さずに、ボソリと言った。
次の夜。隠身で身を隠した三人は、再び、広場の縁に立った。
ただ、今回は、コウガもグレムも最初から契約体に戻っている。
コウガはともかく、グレムはこの巨体である。もし、隠身が掛かっていなかったら、すぐさま誰かに気づかれただろう。
いつもより時間が早いこともあって、広場には、まだ金属ゴミを持って人の集まる気配はない。
真剣な面持ちで、広場を見下ろすコウガ。グレムもぶっきーの脇に控える。三人の周囲には張り詰めた空気が流れている。
広場の周囲の森からは、まだ鳥の啼声は聞こえない。風が森の中を抜け、枝を揺らす音。
その向こうから聞こえてくるのは、耳を澄まさなければ気がつけないほどの、微かな北口繁華街のざわめき、国道を走る車の音、遥か遠方からの電車の走る音…
しばらくして、グレムが柱に目を向けた。
声に出さずに二人に伝える。
『王よ…例の、低い響きの始まったようにございます。』
コウガはうなずく。
ぶっきー《あるじ》は、二人を見回してから言う。
『私には、聞こえないなぁ…』
『人の耳には、この音は低すぎるのであろう。』
周囲に満ちる、微かな重く低い響きと、街の音。
数分経ったのか、数十分過ぎたのか、その中から、人の足音が聞こえてきた。
『来たようだ……だが、まだだ』
人々が集まってくる。
みな、フードの付いた上着を着て、手には金属のゴミを持っている。
と、集まってきた人々のなかに、見覚えのある顔が見えた。
るーと、だ。
コウガはぶっきーの方を見た、るーとに気がついたなら…こんな事に、友達が巻き込まれている、と知ったなら、黙っては居ないはずだ。
だが、ぶっきーは、柱の方を見て動かない。緊張のためだろうか。
違和感はあるが、今はあの外界門の方が重要だ。
舞台に積まれた金属ゴミの山が減る気配はない。
『一気に決める。』
コウガは、飛ばして置いた探査体に意識を集中する。
探査体を介して視る。
金属ゴミの山の下にあるマンホールには、まだ、変化の兆しはない。
舞台からは、人の足音と、集まった人々が金属ゴミを捨てる音、さらには、人には聞こえない、低い響きが聞こえてくる。
…やがて、マンホールの形に沿って、青白い炎のような光が漏れ始めた。
「!」
コウガはその瞬間を逃さなかった。
舞台の縁の階段を蹴って、一気に柱の上まで跳躍し、指先に呪を込めると、呪文を口にすることもなく振り下ろし、金属ゴミの穴を垂直に穿つ。
姿を表したマンホールの蓋が、青白い輝きに包まれて消え去り、中の『何か』が、穴の奥に姿を見せる。
『逃さぬ!』
指に咒を込め、穴の奥の『何か』に向かって薙号とした瞬間、ぶっきーの叫びがコウガの耳を突いた。
「だめえええ!、助けて!?、ダメ!!」
「?!」
驚いたコウガが振り向くと、ぶっきーは、身を屈め、しゃがんで頭を両腕で隠している。
ぶっきーに制止されては、従うしか無い。
「くッ!」
口から零れそうになった悪態を飲み込み、指に込めた咒を解く。
と、柱の周囲に集まった人々も、みな同じ様に身を屈めてしゃがみ、フードを頭に被せているのに気がつく。
ぶっきーに危険があるとも思えぬ…しかし、ぶっきーは、何かに怯えている。
だが、何故周囲の人々まで同じ姿勢なのだ?
穴の様子の変化を見たコウガは、その詮索を先送りした。
開いた穴の周囲が、再び青白く輝き始めている。
このままでは門が閉じる!、『何か』に逃げられてしまう!
「グレム!」
コウガが叫ぶ。
「御意ッ!」
グレムはぶっきーの前に立ち、拳を突き合わせ、守りを固める。
ぶっきーの守りを、グレムに任せたコウガは、再度穴の方を向くと、指先に呪を込めて振り下ろした。
指から溢れた光の帯に、象形文字のような文様が浮かび、帯となって、穴の内側で円環と化した。
穴を縁取る、青白い丸い輪郭の内側に青緑の輝きが加わる。
両腕を伸ばし、両手のひらを真下の穴に向ける。
コウガの両手に巻き付いた青緑の光の帯が、コウガの呪に込める力を表すかのように、その太さと輝きを増す。
右の瞳が金色に輝き、両腕が震える。
額に汗が浮かぶ。
「ぬううううう!」
両手のひらを外側にして、何かをこじ開けるように、全力でゆっくり開いていくコウガ。
「ぬぁッ!」
一気に両腕を外に開くコウガ。
穴の内面にへばり付いた様な、丸い輪郭の輝きが、爆発したかのような閃光を放つ。
衝撃波が周囲を揺るがす。
二度三度と大きく深呼吸を繰り返し、肩で息をしていたコウガは、下にある穴を見た。
穴の内側は、青緑の光の帯で輝いている。
それを確認したコウガは、右手を前に出した。
「陽光招来」
輝く光の塊、としか表現できないような…光源が現れる。
コウガはそれを、広場全体を照らすように浮かべた。
「これでひとまず…」
と、今度は、森に居た鳥たちが一斉に鳴き始めた。
鳥たちの様子が、これまでと違う。
羽撃きの音が、夜闇に響く。啼声が、森の中からではなく、広場の周囲を包むように聞こえてくる。
「次から次に…!」
鳥たちから微かに感じられていた、外界のモノの気配が、強さを増していく…いや、鳥たちは啼きながらも次々飛び去っている。
しかし、外界のモノの気配は、ますます濃くなり…影となり…それが人型となって…
少年。
飛んでいる。
普通の半ズボンに、半袖ワイシャツ、長く伸ばし、派手な色に染めた後ろ髪を束ねた。
気まぐれに上に下に移動し、加速減速を繰り返しながら、しかし止まること無く広場を何周かした後、その少年は、コウガに向けて飛び込んできた。
相手が誰であれ、今は手加減している場合ではない。コウガは指に咒を込め、構える。
「いやああああああ!」
叫ぶ少年。
それから身を翻して、両足を揃え、コウガに向けて蹴り込んで…
いや。
少年は両足で、柱を蹴った。
勢いが足りないとでも言うのか、少年は両膝を一端曲げ、一気に伸ばして柱を蹴りつける。
周囲を包んでいた低い響きが歪む。
柱は管楽器が折れた様な、破裂音にも似た音をたて、裂け折れた。
同時に、周囲を包んでいた低い響きが消える。
「わああああああ!」
柱を蹴り折った少年は大声で叫び続け、そのまま跳ね返るように闇夜の中へ飛び去った。
コウガはため息をつくと、指に込めた咒を解く。
「グレム!」
振り向いて、グレムとぶっきーの方を見る。と、グレムがぶっきーを抱いて立っていた。
「グレム?!」
急ぎ、ぶっきーの元に降りる。
グレムはぶっきーを抱いたまま、コウガの前で跪いた。
「あの柱が折られた途端、うずくまっていた姫様が倒れたのでございます。そして、皆も…」
広場の方をグレムとともに見ると、広場に集まっていた人たちが、うずくまっていた姿勢から、倒れている。
コウガは、ぶっきーに、右手を翳す…手のひらが、ほんのりと輝く。
僅かな後、コウガは大きくため息を付いた。
「グレムよ…よくやった。ぶっきーは無事だ。何一つ傷はない。心も、体も。」
跪いたまま、さらに巨体を屈ませて会釈するグレム。
「勿体なきお言葉。それに、今回、私奴は、姫様の前で立っていただけ。何もしておりませぬ。」
「グレムよ、それが重要なのだ。我の呪を放つに、背中を預けられる者のあることは、真に心強い。
それだけでも感謝すべきだ」
「勿体なき、お言葉…汗顔の至りにございます。」
よい、と言ったコウガは、改めて広場を見た。
「外界門は、閉じることの出来ぬだけでなく、向こう側から入ることも出来ぬよう、凍結した。
まずは、ぶっきーを起こし、倒れた人々を介抱するとしよう。
後は、彼奴らの正体を突き止め、目的を詳らかにし、然るべき報いを与えるだけだ。」
グレムは、闇夜を見上げる。
「しかし、王よ、先程の、あの少年は、何者なのでありましょう?
…鳥たちを操っていたのは、あの者だったのは相違ありますまい。」
同じ空を見るコウガ。
「何者かは分からぬ…後で、ゆっくり調べれば良い。」
それから、広場の方を振り返る。
「今は、広場の人々が先だ。」
コウガは、まずぶっきーを起こす。
ぶっきーを起こすには、呪よりも、遥かに効果的で、安全な方法がある…コウガは、少し大きな声で言った。
「ぶっきーよ。7時半だ。7時半だぞ。」
効果は、覿面だった。
驚いて跳ね起きるぶっきー。
「え!?、うそ!、うっそ!?、大変!!」
飛び起きたぶっきーは、周囲を見て、もっと驚いた。
「え?、ええっ!?、あれっ?!」
コウガとグレムは、目を合わせ、ニヤリと笑った。
広場の皆を起こし、ここに来た事、起きた事の記憶を、ただの夜の散歩に置き換える呪を施し、家路につかせた後、コウガは穴の方を見た。
金属ゴミの山の向こうに、折れた柱の下半分が残っている。
柱の中は、空洞だが、複雑に入り組んでいた。
「…この空洞で、音を低く響かせていたのでありましょう…おそらくは、その音が、何らかの合図になっていたものと。」
グレムは指先でつまんだ、柱の破片を見ながら言う。
一方のぶっきーは、腕組みをして怒っていた。
「皆もだけど、るーとまで、こんな風に巻き込むなんて、絶対許せない…!」
倒れた皆を、介抱している時、その中に、るーとの姿を見つけたぶっきーは、抱きしめて、泣き出しそうなくらいだった。
おーちゃんも、今日は偶然ここを訪れなかっただけで、ここに金属ゴミを捨てに来たことがあったのかも知れない。
そうした思いもあって、ぶっきーの怒りがいや増しているのだろう。
コウガは、穴の奥の『何か』に咒を放とうとした瞬間、ぶっきーが叫んで制止された事には、触れなかった。
おそらくはぶっきー自身、覚えていない。
ならば、今は触れるべきではない。
ぶっきーと契約を結んだ二人、コウガとグレムとっては、極めて重要な示唆…あるいは危険を孕む事なのだが。
コウガは、先程『凍結』した外界門の方を見る。
「さて、いよいよ、あの穴の奥の『何か』を引きずり出し、この一件を解決せねばならぬ。」
ぶっきーが手を叩き、その両手のひらを祈るように胸に置く。
「絶対、許せないんだから」
眉根を寄せ、穴を睨みつけた。
あまり怒りという感情を表に出さないぶっきーが、こんなに感情を顕にするのを見るのは、コウガにも初めてのことだった。
「コーちゃん、穴の奥に何があっても、私、絶対行くからね。」
コウガはため息を付いた、付いてくるだろう、とは思っていたが、ここまで激昂されては、冷静な判断も出来なかろう。
ぶっきーの怒りは充分過ぎるほど分かるが、それでも、やはり少し落ち着いて欲しい。
…と、何か近づいてくるモノがあることに、気がついた。人ではない…外界のモノのは、気配ですぐ分かった。
その気配は、舞台へと繋がる大グラウンドからの広い道、そこを右に左にと、ジグザグに移動しながら近づいてくる。
開園している間であれば、この広い道は大グラウンドの照明に照らされ、明るい。
だが、閉園している今は、街頭のような小さな照明がぽつりぽつりと狭い範囲を照らしているだけ。
広場を照らす、コウガの作り出した光球の輝きも、道の奥までは届かず、人の目には闇にしか見えない。
コウガが、広い道…真っ暗な道に、目を向けている。
その事に気がついたぶっきーも、同じ様に広い道に目を向ける。
もちろん、闇を見通し、あらゆる環境に適応できる呪、適合が掛かっていない状態では、ぶっきーには、何も見えない。
「コーちゃん…何?」
何者が近づいてきているのか、コウガには分かっていた。
害意も敵意もなく、ただ純粋に興味と好奇心故に、こちらを伺い、近づいてきている。
しかし、コウガには、そのモノに問い質さなければならぬ事が、幾つもあった。
コウガは、一計を案じた。
「ぶっきーよ、あそこに隠れているのは…駅や、この広場で人を追い立てていた鳥どもを、操っていた者だ。」
「え?!」
驚いたぶっきーは、すぐさまコウガに言う。
「捕まえて!、コーちゃん!、絶対逃しちゃダメよ!」
「御意」
指に呪を込めるコウガ。
「拘束(ケル=セレ)」
指を薙ぐと、指先から、象形文字が浮かび上がったような光の帯が輪になって飛び、闇の中の影を捉える。
「わ!?、うわー!?、うわあああああああああ!?、ッひゃぁ?!、何?!、なに!?!」
男の子の、絶叫に近い声。興奮した、遊んでいる最中に、急に頭から氷水をぶち撒けられたような。
コウガが、伸ばした腕を引き戻すと、茂みの中から、光の帯が巻き付いた少年が引っ張り出されてきた。
「わわわわわわわ!、わわ!、わっわわわわ!」
騒々しく喚き立てながら、引っ張られてきた少年は、コウガとぶっきー、そしてグレムの前まで引きずられてきた。
「うわー!!!、うわああああ!!!!、うわああああああああああ!」
少年は、両腕こそ光の帯で縛られて動けないが、首と足とをブンブン振り回す。
抵抗しているのではなく、興奮で暴れているだけのようだ。
グレムが眉根を寄せた。
「いささか…こう…騒々(そうぞう)しいですな。」
「落ち着くのを待っていたら、夜が明けてしまうやも知れぬな。」
コウガが呪で落ち着かせるか考えていると、ぶっきーが、光の帯で拘束された少年の方に、つかつかと歩いていく。
「あ」
止めるまもなく、少年の前に立ったぶっきーは、腕組みをして少年を怒鳴りつけた。
「なんであんなことしたの!!、大変な事になっちゃったでしょ!?」
体のどこから出てきたのか、いつものぶっきーからは想像できない大声。
グレムは驚いて首をすくめ、コウガも一瞬たじろぐ程の、鬼気迫る声だった。
その、『怒号』で怒鳴りつけられた少年は、驚きのあまり、騒ぐのをピタリと止めた。
腰を地面にストンと落とし、呆然としてぶっきーを見上げる。
「うぇ…あの…ぼく……」
ぶっきーは、広場の方に腕をふる。
「鳥をあんなにいっぱい、けしかけてきて!、広場に人を集めて!、何するつもりだったの?!」
その言葉を聞いて、コウガは、ぶっきーが、あの柱を蹴り壊したのは、少年である事を見ていない…記憶が残っていないのに気がついた。
が、今は、そのままにしておいたほうが良さそうだ、と判断した。
ぶっきーの怒りの火の粉が、自分の方に飛んでくる様な真似は、しないに限る。
「金属ゴミ集めさせて山積みにして、どこに運んで、何しようとしてたの?!、みんなを操って!!、皆を起こすの、大変だったのよ?!」
「ええ…うぇえ…」
少年はもう涙目である。
ぶっきーの怒りも、モノ…少年を落ち着かせる効果も、コウガの予想より、大きすぎる。
コウガは止めに入った。
泣かれたとしても、呪で即座に落ち着かせることはできる、が、あまり気持ちの良いものではない。
「ぶっきーよ、怒りはもっともだ、が、まずこの少年が何者か、確かめようではないか。」
怒りは収まってはいなかったが、ぶっきーはこのまま怒鳴りつけても、進展がないのは分かったようで「ほんとにもー!」とか、口から漏らしながらも、ひとまず、コウガに場所を譲る。
「さて、お前は何者だ?、名前は?」
その問に、少年は首をすくめ、口ごもった。
「え…あの…」
「…ふむ、真名は流石に口にできぬか…」
少年はうなずいた。
字…コウガなら「コーちゃん」、グレムなら「グレちゃん」と言った、普段の呼び名、現界での渾名も持たぬところを見ると、この『少年』に見える外界人も、コウガ同様、現界に現れたばかりなのかも知れない。
コウガは質問を変えた。
「では、何故、鳥どもを操って、人々を広場に近づけまいとしていたのだ?」
口の中でボソボソと答える少年。
「だって、広場に近づいたら、『かいじん』に操られちゃうから……」
「…かいじん?、外界人か?」
少年は頭を振る。
「外界人だけど、外界人なくて…貝の化け物だよ!、あいつら、音とか使ったり、頭から電波だして、人とか鳥さんたちとか動かしちゃうんだ!」
「それで、広場に人を近づけぬようにしていた、と?」
「うん…だけど、広場に近づきすぎると、鳥さんたちも操られちゃうから、近寄れなくて…」
「だから、鳥さんたち、すごい声で啼くだけだったの?」
ぶっきーの言葉に、少年はものすごい勢いで首を縦に振る。
「そう!、そう!!、いっぱい啼けば、あの柱の音も聞こえにくくなるから!」
「ふむ…すると、お前が鳥たちを操っていた、というわけだな?」
少年は、今度は首を横にブンブン振る。
「ちがうよ!、操ってなんかないよ!、お願いして手伝ってもらってたんだ!、それに、ぼくを少しづつ隠してくれてたんだ!」
なるほど見えてきた、とコウガは思ったが、一方で、少年の喜怒哀楽の忙しさに半分感心し、半分は呆れてもいた。
感情の起伏が激しいと言うか…とにかく忙しい。頭も縦に横にブンブンと振って、人間なら脳震盪でも起こしかねない勢いだ。
拘束されている腕はともかく、足も落ち着かない。
そこで少年は、突然静かに俯いて、呟く。
「それでね、あの、でっかい柱で操る音を響かせてた、あれを壊せれば良かったんだけど…夜は真っ暗になっちゃうから、ちゃんと飛べなくて…」
「昼に壊せば良かろうに…人払いなどせずに、とっとと壊せばよかったのだ。」
少年は、怒り出して反論した。
「だって!、だって!、昼は貝人は誰も操ってないから、貝人の頭の電波が強くて、近寄れなかったんだ!」
「頭の電波って…思念波みたいなやつ?」
ぶっきーの問に、首をかしげる少年。
「しねんは、は、ぼく、知らない…それでね、おじさんたちがやってきて、広場を明るくしてくれたから、ぼくは、柱を壊せたんだ!。」
コウガはグレムの方を見た。
「おじさん?」
少年はコウガの方を見て繰り返す。
「おじさん」
「!」
納得し難い発言を聞いたコウガは、丁寧に訂正する。
「お兄さん、だ」
怪訝な顔をする少年。
「お兄さん…?」
「お兄さん!、だ!」
グレムは顔を背けて、目を伏せていたが、巨体のせいで、笑いをこらえているのがすぐ分かった。肩も震えている。
コウガの大声で、また泣きそうになった少年に、今度はぶっきーが宥めるように聞く。
「それで…かいじん?は、頭の電波と柱で人を操って、何をしてたの…?」
少年は、さっき怒鳴りつけられたことも忘れたのか、身を乗り出し、興奮して答える。
「あいつら!…あいつら!、みんなを操って、缶とか針金とか、電線とか、集めてたんだ!。」
「かいじんが?!……でも、どうして?」
少年はうつむくと、意気消沈し、声も小さく答えた。本当に感情の起伏が激しい。
「…それは…わかんない。」
コウガは、腕組みをして少年を見下ろす。
「そこまで分かれば、上等だ。後は、我が役目。穴の奥の貝人、とやらを捕らえ、目的を詳らかにしてくれん。それを調べた上で、どうするか決めるとしよう。」
「おじさん、どうにかしてくれるの!?」
「…お兄さん、だ!」
コウガは声を荒げて答える。
その姿を、ぶっきーが、驚いた顔をして見ていた。
『…コーちゃんて…そういうの気にするんだ…』
コウガと、ぶっきー、グレム、そして光の帯で拘束されたままの少年は、柱のあった広場の中央、金属ゴミの山の真ん中、コウガが開けた穴…外界門の上に浮いていた。
外界門は、先程コウガが『凍結』させるのに使った呪、青緑の光の帯で縁取られている。
光の帯には象形文字のような文様が浮かび、ゆっくりと回転していた。
その奥は、真っ暗だが、底の方は薄ぼんやりと明るい。
「さて、外界門の先に何があるのかは、我にも分からぬ。しかし、この奥に貝人とやらが、潜んでいる…」
ぶっきーの方を向くコウガ。
「このまま門を閉じることもできる…が、金属ゴミを集めていた理由も、それで何を為そうとしていたのかも、この奥に行き、貝人を捕らえてみぬことには分からぬ…
どうする?」
ぶっきーは、下を向き外界門を見つめながら、少し考えていた。
「ねえ、コーちゃん…貝人って、この門をまた作って、こっちに来ることができると思う?」
コウガは腕組みをする。
「今の段階では、何も言えぬな。彼奴らの呪の力のどれほどの強さかは、まだ把握できていない。」
その答えに、ぶっきーは、上を向いて「ぷぅ」とため息を付いた
「貝人って、音とか頭の電波…思念波みたいなので、人とか動物を操るって言ってたよね。」
少年が割り込んできた。
「そう!、そう!、あいつら…!」
グレムが少年の口を塞ぐ。グレムの大きな手では、指一本で事が足りた。
「そしたら、あっちにいったら、私も操られちゃうかも…さっきだって、私も、あの音で操られてたかもしれないし…あの子が、柱を壊したって言ってたでしょ?、もし、壊してくれてなかったら…」
コウガの方を向いて続ける。
「ねえ、コーちゃん、あっちに行っても、私が操られないような魔法…呪って掛けられる?」
笑みを浮かべるコウガ。
「容易きこと」
コウガは指に呪を込める。
「抗状態異常」
薙いだ指先から光の帯が溢れ、それが輪となって、コウガやぶっきー、グレムたちを取り巻く。
「これで良かろう。」
ぶっきーも、何か安心したように「ぷぅ」とため息を漏らして、微笑えんだ。
「じゃあ!、行こう!、どうしてこんな事したのか、貝人の人に問い詰めないと!」
貝人の人?
珍妙な言葉だが、コウガは、あらためてぶっきーの生真面目さを垣間見る。
そして、全員を見渡す。
「おおっと、この先が、如何なる世界なのか、分からぬからな!…適応!」
ぶっきーたちを、さらなる光の帯が包む。
「これで……」
これで良し、と言いかけたコウガは、グレムを見る。
「…少しばかり、あの穴には大きすぎるか」
グレムは、穴を見て、慌てて答える。
「わ、私奴は、ここで門を守りましょう…その、留守番で充分でございます!」
「向こう側が、どんな状況なのか分からぬ。付いてこい。」
コウガが指を薙ぐと、グレムは見る間に、拘束体…ぬいぐるみのような体になった。
ぶっきーは、それを見て、早速グレムを胸に抱きかかえる。
「じゃあ、グレちゃんは、私が持っていくね!」
「ひ、姫様?、それは」
怯えるような声。
グレムのこんな声を聞くのは、初めてだ。不思議に思った、ぶっきーが聞く。
「?、どうしたの?」
「!、いやその…!、特に…何でもありませぬ!」
微妙に声が引きつっている。
「大丈夫だね?、それじゃ、行こか!」
気が付かないフリをしていたのか、本当にわからなかったのか、ぶっきーはコウガに向かって、そう言った。
「うむ!」
コウガは光の帯で拘束されたままの少年も引き連れ、外界門に突入する。
底の明るく輝く、暗い穴に入った途端、ぶっきーは平衡感覚が失われるのを感じた。目がぐるぐるする。
その乗り物酔いのような感覚が過ぎ去ると、今まで、頭を下に穴の中に落ちていたはずが、真横になって居ることに気がついた。
ぶっきーが思わず振り向くと、通り過ぎた外界門の入り口は、入った時と変わらず、青緑の輝く帯が取り巻いている。
何が起きたのか、分からないうちに、コウガたちは外界門を通り抜け、貝人が逃げていった奥…外界へと飛び出した。
目の前には、夕方の海辺のような光景が広がっている。
夕焼け空には雲が点々と浮かぶ。何か、真っ黒いもの塊のようなものが点々と浮かんでいる海。波は穏やかだ。
水平線近くに、赤く、元気のない太陽が浮かんでいる。
コウガたちが飛び出してきた穴は海岸に面していた。
その海岸線はゴツゴツとした岩場。その先は海面にポツポツと岩頭を見える。
周辺一帯には奇妙な臭いが漂っているが、ぶっきーの記憶にある、どんな海の匂いにも似ていない。
見ると、海岸線から、いま出てきた外界門まで、岩場が削られて、少し平になった道のような部分が続いている。
その両端には、大小様々な岩や石、礫が積み上げられている…そして、波打ち際には…大量の金属ゴミが積み上げられていた。
何か、大事な場所に続く道、そんな風に見えなくもない。
「コーちゃん…あれ…」
ぶっきーの、感嘆のような、ため息のような呟きに、コウガは頷いて答える。
「…うむ。金属ゴミは、ここに集められていたようだな…」
全員に隠身を施し、金属ゴミの山に近づく。波打ち際、穏やかな波を浴びながら、金属ゴミは夕暮れのような日差しを浴びている。
いま来たほうを振り向くと、外界門に通じる穴は、大きな岩場の崖の裾近くにある。
見れば、その穴の両脇には、立てかけるように例のトーテムポールのような柱が立っている。
しかし、ここには舞台の周囲で聞こえたような、あの低周波の音は聞こえてはいない。
穴の周囲、崖の裾から伸びるように、崩れたかのような…あるいは積み上げたかのような岩が転がり、そこから、両脇を礫や石、岩が積み上げられた土手が海まで続いている。おそらくは、海の中にも続いているのだろう。
よく見ると、波うち際の向こう側、海の下に、何かがある。
いや、居る。
「…どうやら、貝人とやらは、水の中にいるようだな。」
コウガは、光の帯で拘束されたまま、宙に浮いている少年に尋ねる。
「お前は、あの貝人の事を、何か知っているか?」
少年は、ぶんぶんと首を振る。相変わらず、動きが激しい。
「知らないよ!わからないよ!!、ぼくは、あいつらが、貝みたいな姿だから、貝人って呼んでるだけだよ!!
一回だけ、あの穴から這い出てきた時に見たんだ!」
「ふむ」
改めて、海の方を振り向いたコウガは、目を凝らす。
「直接聞いたほうが良さそうだな…意味のある答えが得られるかは、分からぬが」
ぶっきーが驚いて聞く。
「直接聞くって……どうするの?!」
海面近くにまで降りたコウガは、まだ高いところに浮かんだままのぶっきーを見上げて言う。
「ぶっきーよ、貝人は、思念波の如きもので人を操っていた。
つまり、我が、人の心に働きかける呪も、通用する可能性が高い、という事だ。」
コウガは海に手を向けると、そのまま、何かを掴むように引き上げる。
と、水面が盛り上がり、人ほどの大きさの、巻き貝のような何かが姿を表した。
でろっとした中身は、水から突然引きずり出された事に驚き、殻口にデロっとした体を引き込み、蓋を出して身を隠す。
「さ…サザエに似てる?こんな大きくないし、ゴツゴツしてないけど…」
ぶっきーは、上から遠巻きに眺めていたが、少しづつ高度を落として近づいていく。
よく見れば、貝殻には、何か幾何学的な、意味ありげな模様が付いている。
かなり複雑で、描いたものではない。貝殻に直接刻まれたものだ。
と、背後に転がっていた柱がビリビリと震えはじめた。
「なるほど、そういう事か。」
柱を見て呟いたコウガは、貝が閉じた蓋を、握った拳の下でドスンと叩いた。
と、柱の振動が止まる。
「え?、どういう事?」
コウガはぶっきーの方を、振り返って答える。
「この貝の蓋が振動し、音を出していた。あの柱は、この音に共鳴していたわけだ。
あの広場で多くの人の操られたのも、そのせいだろう…そこの子供の柱を倒す判断は、全く正しかったという事だ」
「そうだよ!!ぼくが……!もが…」
少年は、また延々と喋り続けそうだったので、コウガは先手を打って呪を使い、口を閉じさせた。
しばらくは静かにしてもらおう。
「…え、じゃあ、さっきコーちゃんに、呪を掛けてもらってなかったら…」
ぶっきーは、不安げな表情を浮かべる。
「然様。この貝に操られていただろう。」
コウガは、先程、ぶっきーが、貝人に操られていた事には触れなかった。
何も言わず、押し黙って、グレムを強く抱きしめる。
「さぁ、いよいよ最大の謎を解き明かさねばな。」
コウガは、引き上げて、宙に浮かべたままの貝…貝人の殻をガンガンと叩いた。
それから左手のひらを貝人に向け、目を閉じる。
コウガの左手と、貝人の殻が薄明るく輝く。
「…ふむ……意思疎通」
「結局、外界門って、貝人が作ったっわけじゃなかったんでしょ?」
おーちゃんが不満そうに言う。
ぶっきーの部屋の、いつもの丸テーブルの前で、いつもの座布団の上に座っている。
フード付きのパーカーは、運動公園に、るーとたち三人で、広場を見た時と同じものだ。
「その通り。あれは何者かが、貝人の世界から、現界に向けて開いたものだ…
が、残念ながら、貝人は、あの門の開閉扱う事は出来たが、どうしてそうなのか、を、理解できている者は居なかった。
彼らの世界での、奇跡なもの、と考えられていたようだ。」
「ふーん?…でさ、何でその貝人?、って、缶とか電線とか集めさせてたの?」
「んー。貝人の人たちにとっては、金属って、ものすごい価値のあるもので、それで、こっちの世界に、それがいっぱいあったから、みんなを操って集めさせたみたい。」
「変なのー。貝人だって、こっちの世界に来たなら、自分で集めりゃよかったじゃん?」
ぶっきーの答えに、おーちゃんは、両手のひらでテーブルをパンパンと叩いて、抗議するように言う。
丸テーブルの上にある、唐揚げ串のパックがパタパタと揺れる。
コウガは、いつもどおり、丸テーブルの上に浮いている。が、今日はおーちゃんの、北口繁華街のお土産、カレー味の唐揚げ串を食べながらだ。
ちょっと行儀が悪い。
グレムからも少々、王としての振る舞いを…と、お願いが出たくらいだ。
「おーちゃんよ、彼奴らは、水の中に生きる者たちだ。ああして、海より上がるのは、おーちゃんが、息を止めて、海の中に潜り、捜し物をするに等しい。
その中で、金属を集めるのを少しでも楽にするために、人々を操ったのだ…現界の人々が、機械を操るように。」
おーちゃんは、もう一度テーブルをバンバン叩いた。
「るーともそれで操られてたんでしょ!?、もー、私がそこに居たら、貝人とか引っ叩いてやったのに!」
コウガもぶっきーも、おーちゃん自身が操られていた可能性については、口にしなかった。
「んもー、そんな事したら、怪我しちゃうよ!、貝人の人たちには、硬い殻があるんだから。」
「だったら蹴るもん!、」
ぶっきーの言葉に、座ったまま、足を蹴り出すように伸ばすおーちゃん。
その、無理な姿勢から出された、腰の入らない足を引きずるようなキックを見て、コロコロと笑ったぶっきーだったが、「ぷぅ」とため息を付いてコウガを見た。
「…ねぇ、コーちゃん、結局、貝人の人の世界と繋がる門を開いたのは、誰だったの?」
コウガはテーブルの上に降りると、食べ終わった唐揚げ串の串をパックに戻し、残った一本に手を伸ばそうとする。
が、ぶっきーがまだ手を付けていないことに気が付き、途中で手を止める。
「うむ。あの門は、貝人の手になるものではない…あの門を開いたのは、貝人とは別の外界の存在の仕業…」
「やっぱり、いつも話に出てくる『狂乱の堕天使』、なのかな?」
コウガは腕組みして俯く。
「分からぬ…話には良く出てくる…だが『狂乱の堕天使』が如何なる存在か、我は知らぬ…少なくとも、あの外界門は、我か、我以上の力の持ち主の作りしものである事は間違いない。」
ぶっきーの方を見て続ける。
「それが、外界から門を開き、あのシロや、グレムの戦ったような外界獣を、現界に送り続けてきているとなれば…見つけ出し、調伏せねばならぬだろう。」
コウガの答えをじっと聞いていたぶっきーだったが、聞き終わると椅子を回しコウガの方に向き直った。
「ねえ、コーちゃん、グレちゃんも聞いて?」
いつもと違うトーンの低い…真剣な声。
「私、あの夜、広場に行った時、多分だけど、最初、貝人の人に、操られてたんじゃないかな…?」
コウガも、グレムも、ぶっきーの問に答えあぐねた…どう答えるべきか…。
コウガが答えようと口を開きかけた時、先にぶっきーが話し始める。
「もし、これから、私が誰かに操られちゃった時…それで、コーちゃんやグレちゃんに、悪いこと…みんなを傷つけてしまう事とか言った時…その時は、私の言うこと、絶対に聞いちゃダメだよ?」
どう応えれば良いのか、コウガが言葉に迷う。ぶっきーは続ける。
「私が、誰かに操られて、他の皆を傷つけるような命令を出したら、それは絶対に聞いちゃダメ。
…これは、私の、コーちゃんと、グレちゃんの主としての…命令。」
おーちゃんの方を見る。
「おーちゃんも、それでいいよね?」
ぶっきーの真剣な顔と対照的な笑顔で答える。
「もっちろん!」
それを聞いた、コウガとグレムは、真剣に、しかし微笑みながら、ゆっくりと頷いた。
それから、おーちゃんは、パンと手を叩く。
「暗い話おしまい!」
話しているぶっきーをよそに、勝手に話を仕切るのはどうか、と思いつつ、コウガはおーちゃんに少しだけ感謝する。
「ところで、おーちゃんよ」
「ん?、なになに?」
「その、パーカーと呼ぶのか?頭巾付きの、だぼだぼの服、すっかり気に入ったようだな?」
それを聞いたおーちゃんは、またしても丸テーブルをバンバン叩いた。
「ねえねえ、ちょっと聞いてよ!、このパーカー!、みんな着てるの見て、流行ってるー!って買ったのに、みんな着るのやめちゃって、なんかもう私だけー!!」
ぶっきーが、椅子に座ったまま身を乗り出して尋ねる。
「るーとは?、一緒に着てたじゃん?」
「るーとも、もう着てないのー!、それで、今日北口の方の、これ扱ってたお店で、色違い買おうとしたら、もう売ってないのー!、信じらんない!!、最近、流行が速すぎるーって思わない?!」
コウガは腕組みをし、安堵と呆れが入り混じった、ため息をつく。
『…要するに、おーちゃんの、フードを被ったり、しゃがみこんだりの奇行は、あれは操られていたから、ではなく…単に流行に乗っかっていただけ、と…』
『左様にございますな…』
グレムも同じ様な声で同意する。
と、窓から、例の少年が飛び込んできた。
おーちゃんを見るなり、叫ぶ様に言う。
「ただいまー…?!、誰!?、姫様の部屋にいるのだれ?!、だれ?!、あ!、おーちゃん!?」
おーちゃんも少年を見るなり、指差して叫ぶ。
「あー!、喧しいの!」
少年は、すかさず反論した。
「おーちゃんの方がうるさい!」
「ほらすぐ言い返すー!、ぶっきーさぁ、なんでこんな子連れてきたの?!」
ぶっきーは苦笑した。
「だって、トゥレちゃん、絶対仲間になるって…」
「そうだよ!、ぼくは、お姉ちゃんと、けいやくしたんだ!、それで悪いやつをやっつけるんだ!、ぼくもすごいんだぞ!」
「スゴくない!、違う!、凄いうるさい!」
「うるさくないやい!」
ぶっきーが二人を止めに入る。
「もー、二人とも止めてよー!」
「だって、おーちゃんが!」
「この子、やかましー!」
にぎやかというには、少しばかり度が過ぎる中、グレムは、今度こそ心底呆れたように呟く。
『何と申しましょうか…あの二人が揃うと、部屋の中が、声で埋まってしまいそうですな…』
『まったくだ…』
コウガは、大きなため息を、付いた。
(続)
前回辺りからその兆候があったのですが、今回は、キャラが暴れっぱなしでした。
勝手に動いてしまって、こっちの想定した流れにならない!、そのため、話の流れも、当初想定したものと大きく変わってしまい、 るーとの出番も減ってしまったし、後半、割食って、会話劇みたいになってしまったりでちょっと反省。
当初は、貝人に操られた人々と、コウガの戦いみたいなのを想定してたんですが、貝人は、当初の装丁より、守りに徹底して引っ込み思案で、即逃げ出すし、トゥレは、もう全然落ち着かないし……
話をまとめるのが本当に大変でした。(ある程度したら書き直すかもです)
さて、いよいよ、『狂乱の堕天使』の影響が少しづつ明らかになってきてますが、次回は多分出てきません。
その代わり、ぶっきーとおーちゃんが大暴れ……の予定です。
どうぞお楽しみに。




