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7・フードと笛と

 本当に長い間おまたせしましたが、ようやっとの第七回です。

 今回から後半戦となりますが、毎度の自分が楽しめりゃいいやのスタンスです。皆様も、気楽にお読み頂ければ幸いです……思ったより長くなってしまいましたが。


※(改)とある場合のほとんどは、誤字脱字、読み難さ部分の修正です。内容に影響のある変更が行われた場合は、ここに加えて、活動記録などでも報告します。投稿後、一週間ほどは、誤字脱字、読みやすさ等の修正が多く発生しますが、内容の変更はほぼありませんので、ご安心下さい。

「ぐあああああああ!!!」

 ぶっきー(あるじ)の部屋に、コウガの絶叫が響く。

 コウガを抱きしめたおーちゃん(災厄)は、部屋を転げ回ったり、コウガを振り回したり。

 一応、親愛の情の表れではあるのだが、度が過ぎる、といえば、大幅に過ぎている。

「きゃー!、コーちゃん、かわいいいいい!」

「ぐおおおおおおおお!?」

 頬ずりや、頭を撫でるまでなら、まあコウガも耐えられるが、振り回されて、抱きしめられて、そのまま部屋中を転がり回られてはたまらない。

 おまけに、おーちゃん(この災厄)は、ぶっきー(あるじ)との契約の場に居合わせたせいで、コウガの呪…おーちゃん(災厄)の意思を変えたり、危害を与えたり、おーちゃん(災厄)から受ける攻撃を無効化するなどの呪が一切通用しないのだ。

 今日の、おーちゃん(災厄)は、いつもの学生服ではなく、スポーツ用のメッシュのシャツの上に、フードの付いた、薄い紫のパーカー、下は濃紺のハーフパンツだ。

「もー、おーちゃん、そろそろいいでしょー?、コーちゃん、大変そうだよー」

 コウガを振り回す、おーちゃんの姿を見て、笑いながらも心配して声をかけるぶっきー(あるじ)

 ぶっきー(あるじ)も学生服ではない。黒いシャツに、白いブラウスを重ね着し、スカートと、その下には、薄手のタイツを穿いている。

 コウガを心配するぶっきー(あるじ)の言葉も、はしゃぐおーちゃん(災厄)の耳には入らないらしい。

 いつもの事ながら、この嵐が過ぎ去るまで待つしか無い…

 絶叫しながらも、内心ほぼ達観たっかんしているコウガだったが、机の上からふと声がした。

「おーちゃん様…王も草臥くたびれれているご様子…僭越せんえつながら、そろそろ一段落されては如何いかがかと…」

 いかにもグレムらしい、しかし、いつもより若干じゃっかんひかえめな言い方。

 それで止まるようなおーちゃん(災厄)でもあるまい…コウガは、そうすっかり諦めて、その言葉を聞く…と、おーちゃん(災厄)は、コウガを抱きしめたままだが、転がるのを止めた。

「?!」

 おーちゃん(災厄)は、コウガを抱いたまま上半身を起こすと、驚くコウガを、名残惜なごりおしそうに両手でかかげる。

「ちぇー、仕方ないかー…じゃ、また今度!」

 コウガをテーブルの上に下ろしたおーちゃん(災厄)は、そのまま両腕を挙げ、上半身だけ蹴伸けのびをする。

「たのしかったー!、もー、ほんとコーちゃん可愛いからねえ……」

 コウガはおーちゃん(災厄)が、グレムの一言で手を止めた事に驚く。

 それから、苦笑しているぶっきー(あるじ)と、グレム、そしておーちゃん(災厄)交互こうごに見る…珍しいこともあるものだ。

 何にせよ、助かったのは事実。コウガは、グレムに礼を言う。

『助かったぞ、グレム』

『勿体なきお言葉。おーちゃん様は、良い子であります。きちんと申せばわかって頂けます故…』

 おーちゃん(あの災厄)が『良い子』?!

 グレムの言葉に驚くコウガだったが、言葉にはしなかった。そういえば以前『審美眼』の一件で、「おいちゃん」と呼ばれていた鹿条ろくじょうも、そういう印象を持っていたのを思い出す。。

 おーちゃん(あの災厄)も、見る人によっては『良い子』だと言う…人間というのは、見る者によって、大きく印象を変えるものらしい。


「にしてもさー、なーんか、不思議なんだよねー」

 コウガを下ろした後、しばらくぶっきー(あるじ)と他愛ない話で盛り上がっていたおーちゃん(災厄)が、ふと疑問を口にした。

「コーちゃんが、本からここに出てきてから、本当に色々起きてるけど、これって、やっぱここらへん以外でも、いっぱい変なこと起きてるのかな?」

 ぶっきー(あるじ)は、それを聞いて腕組みして頭をかしげる。

「うーん、どうなのかなぁ?、コーちゃんは、ここらへんに出てきた外界人げかいじん?、とかの外の世界から来た人とか、モノが分かるけど、あんまり遠くだと分からないって言ってるし…

 もしかして、コーちゃん以外にも、コーちゃんみたいな不思議な力を持ってる人が、たくさん来てて、その近くで出てきた、外の世界の人とかを、やっつけたり助けたりしてるのかな…?」

 二人は、コウガを見つめる。

 部屋の中で浮いているコウガも腕組みをした。

「ふむ」

 テーブルの上に降りる。

「それは、難しい問題だ。我は、この付近に外界のモノが現れれば、それを察知さっちすることはできる。だが、遠くなれば、それも難しい。

 われごとき強い力の持つものが現れれば、当然、相当遠くであっても把握はあくできる。が、逆に我のごとき力を持つのであれば、周囲の…外界のモノに気取けどられぬよう、力を隠す事もするであろう。

 以前の『箱の中の超越ちょうえつ』の様に、調べてみなければわからない、という事もあろう。

 少なくとも、われは、封印を解かれてから、我と同等の力を持つモノの存在を感じたことはない…

 つまり、われの如き力を持つものは、われだけか、あるいは、我以前にすでに現れていて、今はわれ同様どうように力を抑え、身を隠している、という事になろう。

 われと同じ力を持つものは、居るやもしれぬ。だが、われの後に、現れたモノは居ない…増えていない、という事だ。」

「何か難しいいい!」

 おーちゃん(災厄)は、テーブルの前に座ったまま、両腕を振り回して、文句を言う。

 一方のぶっきー(あるじ)は、腕組みをして考え込んでいた。

 と、携帯端末がアラームを響かせた。

 ぶっきー(あるじ)は、その音で用事を思い出し、椅子から立ち上がる。

「あ!、時間!」

 おーちゃん(災厄)も、壁に掛けてある時計を見上げる。

「ああ!、でもまだ余裕あるじゃん?」

 ぶっきー(あるじ)は苦笑して、おーちゃん《災厄》に言う。

「この前だって、そんな風に言って、ギリギリだったじゃん?」

「そうだっけー?」

 すっとぼける、おーちゃん(災厄)

 ぶっきー(あるじ)は、苦笑しながらおーちゃん(災厄)の背後に周り、両脇に手を突っ込んで持ち上げるように、立ち上がらせる。

「さぁ、急いだ、急いだ!」

「うへーい」

 ぴょんぴょんと跳ねるようにしながら、グレムをリュックのいつもの場所にくくり付けて背負うと、鍵や携帯端末、財布を確認し、モタつくおーちゃん(災厄)の背中を押すようにしながら、部屋から出た。


「そうそう、あのプール、一年中練習できるのはいいんだけど、暖かすぎるんだよねー。お風呂みたいで、ちょっと泳ぐとすぐバテちゃうから……」

「みんなが使うところだから、仕方ないよー」

 おーちゃん(災厄)の、近隣の温水プールでの練習の話を聞きながら、駅の自由通路を通り抜けていく二人。ぶっきー(あるじ)の背負う、いつものリュックの後ろには、グレムが力なくだらんと垂れ下がっている。

 側にはコウガが控え、飛びながら、二人についていく。

 駅の北口は、大きな商店街があるが、歓楽街もあることから、ぶっきー(あるじ)は、一人でここに来る事はあまりない。

 北口には、南口よりも広くて、ゆったりした広場のような歩行者専用ペドデッキがある。その下には、南口の控えめなそれと比べると、かなり大きなバスターミナル、その周囲を囲うように街路樹が植えられている。

 …と、何かに気がついた二人が空を見上げた。

「わあ!」

「うひゃー!!」

 空には、小鳥の群れが雲のように、うねるように、形を変え密度みつどを変えて飛び回っている。

 一匹一匹の小鳥は、それぞれ好き勝手に動いているだけなのに、群れはまるで全体が一つの意思を持っているかのように見える。

 粘菌、あるいはアメーバにも似ている。

「珍しいねー、こんな時間にあんな風にみんなで飛ぶなんて」

 ぶっきー(あるじ)が、ため息まじりで、独りごちるように言う。

「だよねぇ、普通は夕方とか朝だよね。」

 おーちゃん(災厄)は、少し首を傾げる。

「何かあったのかな?」

 その、うねるように北に飛んでいく鳥の群れを見上げていたコウガだったが、ふとグレムの方を見た。

『グレム』

『…王よ。私奴わたくしめには、残念ながら何も…もし、あれが、外界げかいのモノの影響であったとしても、それは現界うつしよ災禍さいかを及ぼす程のものとは…』

 グレムはぶらんと垂れ下がったまま答えた。

 コウガは左手のひらを上に向ける。

「ふむ…気にし過ぎかもしれんが……探求者(ソンデ=モニトリア)

 米粒のように小さな、超多面体ポリトープ…追跡や探査のための探査体ミニヨンを作り出すと、近づき過ぎぬようにしながら、鳥の群れを追わせた。

 一分ほど鳥の群れを見上げていたぶっきー(あるじ)おーちゃん(災厄)だったが、時間が近づいていることを思い出し、歩行者専用ペドデッキを走り抜け、北口の大きな繁華街、北口銀座の方に向かった。

 小走りになってきた二人に、コウガが尋ねる。

「さて、今日は、如何いか所要しょようなのだ?」

 少し息を切らせながら、ぶっきー(あるじ)が答える。

「そういえば、コーちゃんには話してなかった!」

 人混みとは言わないまでも、南口よりははるかに多い人の流れを避けながら、繁華街のさらに奥のほうを指差して続ける。

「今日は、運動公園まで行くんだ。『るーと』が見せたいものがあるって…」

 『るーと』…コウガは思い出す。『るーと』という子は、学校に行った時、ぶっきー(あるじ)と、よく話している子の一人だ。

 オカルトが好きで、それを縮めた『るーと』という渾名あだなになったと記憶している。

 『ぶっきー』…あるじの渾名…あるじ自身が、そう呼んでほしい、と言っている渾名あだなにしても、本が好きだから、という理由でブック(本)+ライク(好き)を縮めて「ぶっきー」だし、おーちゃんは、本名の名字、『小樹奈おきな』を略しただけ。

 コウガも縮めて「コーちゃん」、グレムも「グレちゃん」だ。

 こうした渾名あだなあざなのおかげで、コウガたちは真名しんめいを口にせずに、名乗ることができるのだから、便利でもある。

 現界うつしよの人間の使う、渾名あだなというのは、なんとも面白い。

 そう考えているうちに繁華街を走り抜けたコウガと二人、あとぶら下がっているグレムは、運動公園の前にたどり着いた。

 公園の入口から見える奥の方に、一人の少女が立っている。フード付きのパーカーとジャージ下。これから、公園の中を走り出しそうなで立ちである。

 背丈はぶっきー(あるじ)より少し大きく、おーちゃん(災厄)と同じくらい。ただ、肩幅は幾分いくぶん広く見える。

 身ぎれいかと言われると、身ぎれいだが、同じ年の頃の事比べると、化粧っ気は無い。

 掛けている眼鏡のレンズはさほど厚くないが、リムは少しだけ太い。

 ロングの髪の毛は、辛うじて手入れされているが、『つややか』の下限ギリギリ、といったところか。

 これはぶっきー(あるじ)と同じで、興味の軸が、自分の見栄えには向いていないせいだろう。

 おーちゃん(災厄)の様に、化粧したところで、塩素たっぷりのプールで泳いだり、土埃つちぼこりの多いトラックで走ったりすれば御破算ごはさんになるから意味がない、と、最初っからやる気が無いのとは、ちょっと違うが。 

「ぶっきー!、おーちゃーん!」

 手を降って二人を呼ぶその少女。

 二人は、少女に駆け寄っていく。

「るーとぉ、待ったぁ?」

「待ってないよ!、私もいま来たとこ……あ!、コーちゃんだ!、かわいー!!」

 るーとは、コウガを見て喜ぶ。

「るーと!、るーと!、見せたいものって何?!」

 おーちゃん(災厄)に、そう言われた、るーとは、手を叩いて、公園の奥を指差す。

「そうそう!、アレを見てもらわないと!」

「なになにー?!、何があるの?!」

「何かな?、気になるー!」

 三人は、連れ立って公園の奥に向かった。


 北運動公園の奥、公園の中心近くに近づくと、少しくぼんだ…ときどき、音楽の公演や、集会などに使われる舞台も兼ねた、扇形おうぎがたの広場だ。

 周囲を、椅子代わりに座ることもできる、ゆるく広い階段に囲まれた広場があった。

 三人は、その広い階段のふち、広場の端にたどり着く。

 その広場の…扇で言えば「かなめ」となる場所に、高い棒のようなものが立っている。

 るーとはそれを指差して言う。

「あれあれ!」

 その舞台には不似合ふにあいな、木で作られたらしい、何らかの柱。

 模様なのか、文字なのか。意味ありげなものが彫り込まれているが、黒く焦げたような木肌。その上に、雑に赤く、ペンキのようなものが塗られている。

 その柱のたもとには、何故か、空き缶や鍋…量はさほど多くないものの、どこから持ってきたのか、針金や廃材はいざいまで様々(さまざま)なゴミ…金物が捨ててある。

「うわぁ…なにこれ?」

 おーちゃん(災厄)が、あきれたように言う。

「何だかわからないの、すっごい変でしょ?!、トーテムポールみたいだけど、あんな模様のあるトーテムポールなんて無いし、色も黒と赤だけで、変だし…

 それに、どうしてか分からないけど、ここに金属かなゴミ捨てていっちゃう人がいるの」

 るーとは、金属かなゴミの山を指差す。

「それに、このカンとか鉄の棒とか、いつの間にか消えちゃうんだって…」

「いま、金属って、高く売れるせいじゃないの?」

 おーちゃん(災厄)が、ジト目でいぶかしんで言うと、るーとが両手を越しに当てて、眉根まゆねを寄せる。

「だとは、思うんだけどねぇ。誰がここのゴミ捨ててるのか、いつ拾っていくのか、誰も見たこと無いんだよねえ」

「えー!?、変なのー!!」

 ゴミの話を聞きながら、柱を見ていたぶっきー(あるじ)が、るーとに尋ねる。

「ねえ、るーと、あの柱、誰が立てたの?、この広場の真ん中にあるのも変だし、柱も変だし…?」

 それを聞いたるーとは、興奮して、飛び跳ねながら答える。

「そうなの!、そうなの!、誰が立てたか分からなくて、すっごい不思議で!、オカルトでしょ?!」

 両手を前で組んだ、るーとが「これって、きっと」……と、自分の仮説を言いかけたところで、コウガが鋭く叫んだ。

「上から来るぞ!、気をつけよ!」

 三人は、コウガの声に驚く。

「え?!、なに!?」

 先程の鳥の群れが、一斉にこちらに向かってきたのだ。

 頭上が、うねる鳥の群れで埋まる。羽撃はばたきの音が重なり合い、土砂降りの雨音のように降りそそぐ。

 十秒も頭上で旋回せんかいし続けていただろうか、突然、鳥の群れは、一斉に三人とコウガを狙うように迫ってきた。

「うわ!、わ!」

「っわああああ!!」

 おーちゃん(災厄)と、るーとは、鳥に行く手を阻まれた途端とたん、パーカーのフードを被って、しゃがみ込む。

 ふたりとも、両手でパーカーのフードを引っ張り、顔を隠すように引き下げている。

 ぶっきー(あるじ)だけは、身をすくめたものの、立ち続け、両腕で頭を守りつつ、鳥たちの姿を見る。

 一人なら、一目散に逃げ出していたところだ。が、おーちゃんとるーとが、しゃがみこんでしまって動かない。

 そのままにする訳にも行かず、逃げるに逃げられない。

 そして、コウガは、鳥たちを見据みすえてはいるが、じゅを展開ぜずに動かない…

 鳥の群れは確かに三人を襲うように飛びい、警告するようにき、さえずる。

 まるで、広場と三人の間に立ちふさがるように行き来するだけで、つめくちばしで突いたりするわけではない。

 一方のぶっきー(あるじ)は、何とか逃げようと、しゃがみこんだ二人のパーカーのえりつかんで引っる。

 それでも動こうとしない二人を抱えるようにして立たせると、鳥たちに追い立てられるように広場から離れる。

 と、鳥たちも上空に去った。

「ふぅ…なにあれー?…怖かったぁ…」

 やっと落ち着いたぶっきー(あるじ)は、大きく息を吸って、「ぷぅ」と吐いた安堵あんどの深呼吸をする。

 るーとは、残念そうにため息をついた。

「最近、なんでか、鳥たちがやってきて、あんな風にするのよねぇ…」

 おーちゃん(災厄)は興奮したように言う。

「びっくりしたー、こんなの初めて!」

「巣でもあるのかなぁ?、カラスも巣を作ると、近づいてくる人とかに、あんなふうにするって言うけど」

 ぶっきー(あるじ)の言葉に、おーちゃん(災厄)が疑問を口にした。

「でも、あんなふうにして、沢山いっぺんにやってくるなんて、聞いたこと無いよ?!」

「…だよねぇ」

 るーとも、おーちゃん同様に興奮している。が、理由はおーちゃんとは少し違っていた。

「鳥とかがこんな風にするのも、すっ…ごいオカルトだよね!、こんなの初めて!!」

 コウガを見るぶっきー(あるじ)

『本当なら、教室の中を飛び回り、クラスのみんなの会話に入って、時々、色々な呪を使って、外の世界の色々なものと戦ったりしているコーちゃんのほうが、よっぽどオカルトなんだけどな…

 でもコーちゃんは、周囲にじゅを掛けて、私とおーちゃん以外の人たちに、不思議に思われないようにしている。これも、すごいオカルトだよね…』

 ぶっきー(あるじ)は、そう思った。

 そのコウガといえば、今は鳥の群れを見つめたまま、何も言わない。

 声に出さぬまま、グレムが王に語りかける。

『王よ、私奴わたくしめには、あの鳥たちの群れから、敵意てきい害意がいいは感じられませぬ…しかし、これは尋常じんじょうではありませぬな。』

『うむ…外界げかいのモノの気配けはいも…あまりに薄いが、だが、全く無い訳でもない。何か、に落ちぬな』

『左様にございます…あまりに、綺麗きれいにできすぎていると申しましょうか…

 あやしさがととのぎ、「どうかうたがって下さい、調べて下さい」と言わんばかりにございます。

 何らかのわながあるをうたがって、当然と言えましょう。』

『全くだ…しかし、こうまでされると、無視するわけにも行くまい。』

 コウガは再び探求者(ソンデ=モニトリア)探査体ミニヨンを作り出すと、それを広場の周囲にくように飛ばす。

 ふと、さっきからコウガを見ているぶっきー(あるじ)の視線に気がついた。

「コーちゃん!、行くよ!」

 見ると、るーととおーちゃん(災厄)の二人は、何かを話しながら、すでに公園の入口に向かって歩き始めている。

 コウガは、ぶっきー(あるじ)と共に、急いで二人を追いかけ始めた。

「ねぇ、コーちゃん、さっきのアレ、何だと思う?」

 走りながら問いかけてきたぶっきー(あるじ)に、コウガは少し間をおいてから答える。

「疑わしいが…今の段階では、何も言えぬ…怪しすぎて、逆に不安になるほどだ。見張りを置いてきたゆえ、何か起きるのか、確かめることにしよう。」

「何か起きたら、絶対教えてね!」

 ぶっきー(あるじ)は、コウガの方を見て言う。

 コウガは、態度には見せずに、頭を抱える。

 得体えたいのしれない事に、頭を突っ込んでほしくはないのだが…しかし、ぶっきーは、コウガのあるじ

 主命しゅめいには、したがわざるをない。

 一瞬、間を置いて答えた。

「心得た」

 それからぶっきー(あるじ)たち三人は、近い割に滅多めったに足を運ばない北口の繁華街で、かわいいキャラ、流行のものや、奇妙なアクセサリなどを取り扱うグッズ店、ブランド品もあるブティックなどを見て回り、ちょっと高めのハンバーガーショップで、やはり滅多めったに食べない高めで美味しいハンバーガーを味わいながら、運動公園で見た奇妙なものや、繁華街の店で見た服やアクセサリ、そして、クラスや学校の話題で盛り上がった。


 その日の…夕食の後、コウガは眉根まゆねを寄せ、神妙しんみょう…というよりは、珍妙ちんみょうな顔をして、ぶっきー(あるじ)の机の上に座っていた。

 不満そうにも、困ったようにも見える。

「…ど、どうしたの?、コーちゃん?」

 ぶっきー(あるじ)といに、コウガは頭を抱えつつ答えた。

「…探査体ミニヨンどもが…食われた」

「…え?……ええ?!、なにそれ!?」

 ぶっきー(あるじ)も、信じられないような顔で驚く。

「そ…そんな事ってあるんだ…でも、何に…どうして食べられちゃったの?!」

「鳥だ」

 コウガはかぶりる。

「あの、駅の上や公園で見た、鳥どもだ。

 我が探査体ミニヨンどもは、彼奴きゃつららに米粒こめつぶ砂粒すなつぶたぐいと思われたようだ…

 探査体あれは、消化できるはずもない。いずれ、体内より排出はいしゅつされよう。

 だが、出てくるまで、どれだけの時間が掛かるか、分からぬ」

「は、排出はいしゅつって?」

 コウガは、眉根まゆねを寄せて、考え込んだが、やがて、視線しせんを落とし、あまり大きくない声で答えた。

「…有り体に言えば…ふん…ウ○チと一緒に排泄はいせつされるであろう。」

「うわ!、ばっちいい!!」

 ぶっきー(あるじ)の反応に、何か不満そうな表情を見せたものの、コウガはそのまま続ける。

「我が探査体ミニヨンどもに与えた力では、胃カメラとして鳥どもの健康診断は出来ても、外を見ることは出来できぬ。

 再度、同じ探査体ミニヨンを送っても、同じことになるやもしれぬ…」

「じゃぁ、どうするの?、行ってみる?」

 コウガはぶっきー(あるじ)を見る…好奇心旺盛なのは良いが、だからといって、毎回ぶっきー(あるじ)を危険にさらすことは出来ない。

 自らの力をもってすれば、あらゆる危険からまもりぬく事はできる。コウガはそう確信していた。が、だからといって、油断してよいものではない。

「毎回自ら出向くというのも、忙しすぎる。それに、状況をよく確認せねばなるまい。」

 そう言って、コウガは、小さな指にじゅを込める。

 「探求者(ソンデ=モニトリア)

 と、今度は米粒のような超多面体ポリトープではなく、以前にも見た、ちびコウガが現れた。

「あ!、ちびコーちゃん!」

「これなら、隠身セラーレで身を隠し…」

 そこまで言ったコウガは、ぶっきー(あるじ)が、いま作り出したちびコウガを、歓声を上げながら、でたりほおずりしたりして遊ぶことに夢中になっているのに気がついた。

 おーちゃん(災厄)は、特にその傾向が強いが、現界うつしよの少女というものは、こうした『カワイイ』存在に、よほど興味きょうみかれるらしい。

「とにかく、これで広場の様子を監視することにしよう」

 コウガがそう言うと、ちびコウガは、窓に向かう。ぶっきー(あるじ)名残なごりしそうに手を伸ばして、ちびコウガを離した。

 ちびコウガは、夜闇が少しづつ深まりつつある街の空に飛び出すと、隠身セラーレで見えなくなった。

「…変な事にならなきゃ良いんだけどな」

 窓からその姿を見ていたぶっきー(あるじ)は、心配そうに呟いた。


 夜、ぶっきー(あるじ)やグレムとともに、自らも一度眠りについたコウガは、探査体ミニヨンを経由して見ている広場の様子で目を覚ました。

 閉園時間も過ぎ、照明も消えて、真っ暗なはずの広場の底が、懐中電灯や携帯端末のライトと思しき、いくつかの光で、照らされている。

 探査体ミニヨンで暗がりを見ると、数人の人間が、例の柱に集まっている。よく見ると、一人ひとりが缶や鍋などの金属かなゴミを手にして、捨てている…

 並ぶわけでもなく、ぞろぞろと集まっては、柱の根元にそれらを捨て、そして去っていく。

 集まってくる人々の年齢や性別もバラバラで、何か目立った特徴があるわけでもない。

 だが、一つだけ、彼らには、判を押したように、揃っているものがあった。

 パーカーだったり、コートだったりと、決まってはいないし、色も素材もバラバラだが、彼らはみな、ゆったりとした上着を着ており、それには、必ずフードが付いている…

 コウガは眉根を寄せた。

 昼、まるでぶっきー(あるじ)たちを、広場に近づけないように飛び回った鳥の群れには、微かだが外界のモノが用いるじゅの影響を感じた。

 しかし、ここで広場に集まり、金属かなゴミをを捨てて回っている人々には、外界のモノのじゅの影響を感じられない。

 彼らは自発的に、ここに集まって、拾ってきたか、あるいは家にあった金属かなゴミをを捨てているとしか思えないのだ。

 しかし、送った探査体ミニヨンに与えた力では、これ以上詳しいことは、ここからはる事ができない…もう少し近づいて調べるべきか…

 コウガは躊躇ためらった。

 もし、彼らが外界のモノに操られているとすれば、コウガにすら、その気配を感じさせないほど強力な強力な隠身セラーレを展開している。

 つまりコウガを遥かに上回る力の持ち主、という事になる。

 あるいは、彼らのこの行動が、自発的じはつてきに行われている。流行のようなものだ、という可能性もある。何らかのカルト的な行動なのかもしれない。

 いずれにしても、まだ単なる憶測おくそくに過ぎない。

 それに、金属をこの場所に集めているだけならば、少なくとも今の段階で特に人ががいされてはいない。

 あの鳥の群れにしても、悪意てきい害意がいいを感じることは、できなかった。

 急をようする事態ではない。もう少し様子を見るべきだろう。

 コウガは、探査体ミニヨンに広場の監視を任せ、眠りにつこうとした…が、その時、あることに気がついた。

「!?」

 柱の根元に次々と捨てられている金属かなゴミが、増えていない。いや、減っているの。

 金属かなゴミを捨てている者たちは、一人として振り返ろうとせず、そのまま公園の外に出ている。減るはずがない。

 コウガは探査体ミニヨンの目を通し、できる限り詳しく、金属かなゴミの山を見た。

 ……減っている。しかし、上から誰かが取り去っているわけではない。山の内側から、そこに掘られた穴に落ちるかのように、少しづつ減っている。

 何かが起きている。

 今度は広場を囲む森から、鳥の群れのきしるような啼声なきごえが響きはじめた。

 暗い運動公園の広場に、きむしるような鳥の叫びが、重なり合う。

 今、金属かなゴミの山で起きていることを察知さっちし、警告するかの様に。

 そういえば、鳥たちは、昼のように、直接割って入って、人々を止める事はしていない。ただき叫ぶだけだ。

 …今は夜だ。夜目の効かぬ彼らは、飛ぶに飛べないのであろう。

 再び、注意を金属かなゴミの山に戻す。と、ゴミの減少は、止まっていた。

 しばらく、監視を続けていたが、それ以上変化はなく、金属かなゴミを捨てに来ていた人の流れも止まっていた。

 見つかったのだろうか?、隠身セラーレで身を隠しているはずの探査体ミニヨンが。

 コウガは、探査体ミニヨンに監視を続けさせ、意識を自分の体に戻す。

 果たして何が起きているのか、もう少し監視し、考える必要がありそうだ。


 コウガが話し終わると、ぶっきー(あるじ)もグレムも、黙り込んでいた。

私奴わたくしめの思いますところ…」

 グレムが、いつものぶっきー(あるじ)の勉強机の上で口を開く。

「王の、これまで得た情報だけでは、判断できないことが多すぎまする。もう少し監視を続けるべきかと。」

 いつものグレムと違う、慎重な意見。

 鳥の一件から分かっている通り、外界げかいのモノが関わっているのは確かだが、それが現界うつしよの者たちに敵意害意を持っていないのも事実。

 相手すらハッキリしない状況では、グレムも暴れようがないのだ。

「コーちゃん、私…気になる事が一つあるんだ。」

 ぶっきー(あるじ)は心配そうに言う。

「なんだ?」

 両手で椅子の縁をつかみ、足を振って天井を見上げながらぶっきー(あるじ)が言う。

「あのね、コーちゃんの見た、ゴミを集めてくる人たちって、みんなフードの付いたパーカーみたいなの着てたって言ってたでしょ?」

「うむ」

「昨日会った時、るーとも、おーちゃんも、二人ともパーカー着てたから……」

 コウガはハッとした。

 確かにぶっきー(あるじ)の言う通りだ。

 コウガは腕組みをする。

「…この一件、おーちゃん(我が災厄)と、るーとには、伝えないほうが良さそうだ。」

 ぶっきー(あるじ)は、ため息のように同意する。

「うん…そだね。」

「しかし、分からぬ事が多すぎる。」

 かぶりを振ったコウガは、続けて言う。

「なぜ鳥があの様に、集まり、広場に近づけんとし、いたのか?

 なぜ、あの者たちは、パーカーを着て、広場に集まり、金属かなゴミを捨てていくのか?

 それに、どうして金属かなゴミが減っていくのか…?」

 グレムがコウガの方をむく。

「王よ、あの場で何が起きているのか、もう少し詳しく調べるべきでありましょう。」

 ぶっきー(あるじ)も少し気を取り直したように言う。

「私、なんでみんなパーカー着てるのか、調べてみるね?」

 コウガがそれを聞いて少しあわてて止める。

「それはならぬ。」

「えー。私もなんかしたいー」

 頭を抱えるコウガ。

 ワガママに見えるが、ぶっきー(あるじ)は、この一件でなぜか責任を感じ始めているのだ。

 おそらくは、おーちゃん(あの災厄)も、るーとも、フード付きのパーカーを着ていた…つまり、この一件に巻き込まれている可能性がある。

 それが理由だろう。

 しかし、何らかの罠の可能性もある。今は動いてほしくはない…いや、いつもだが。

「相手の正体も、目的もハッキリしない状態では、ぶっきー(あるじ)自らが、動くのは、危険だ。パーカーについては、我が(おもむ)こう。」

「えー…」

 不満が、そのまま口から漏れたような声だが、ぶっきー(あるじ)は、こういう時のコウガの意見に反対することはまず無い。

 それが直感から来るものなのか、生来せいらいの素直さなのか、あるいは経験から得られたものなのかは分からない。

 もし、ぶっきー(あるじ)が、こんな時でも、自分の意見をゴリ押しするような性格だったとしたら、コウガの手間は、それなりに増えたのは間違いない。

 

 それから、数日後。コウガはぶっきー(あるじ)の部屋の真ん中においてある円形テーブルの上に立って、腕組みしていた。

「北口の繁華街だけでなく、南口の衣類店も回ってみた。チェーン店だけでなく、個人商店もだ。パーカーを扱っている店は、だいたいめぐったつもりだが…分かったのが、パーカーの売上は、ここ最近でも大した変化は無かったようだ。

 店としても、積極的に店頭に並べていたのは、北口商店街の一件だけ。店に外界げかいのモノの痕跡こんせいじゅは無かった。

 単純に、北口や運動公園で見かける人々を観察した結果『パーカーが流行はやりはじめている』、と、推測すいそくしての事だ。」

「運動公園の方は、何かあった?」

 コウガは、テーブルの上に立ったままぶっきー(あるじ)の方を見上げて答える。

「いや、探査体ミニヨンる限り、先日説明した状況が、毎日繰り返されているだけだ…

 夜になると、舞台にフード付きの服を着た人間が集まり、金属かなゴミを捨て、何処いずこへか少しづつ飲まれる。金属かなゴミが減り始めると、鳥たちが騒ぎ始める。

 すると、人々が去る。金属かなゴミも減らなくなる。」

「うーん…鳥さんたちが騒ぐのは、金属かなゴミを減らしたくないから、なのかな?」

「分からぬ。捨てられた金属かなゴミが、どこに消えるのかも、気になる

 あの柱の根元、金属かなゴミの山のしたに何があるのか、確かめねばなるまい。」

「それにね、私、すっごい変だなって思うことがあるんだ。」

 ぶっきー(あるじ)が疑問を口にした。

「あの柱が出てきて、もう何週間も経ってるって、るーとが言ってたけど、運動公園の舞台の真ん中に、あんな柱が立ってて、下に金属かなゴミが山になってるのに、役所の人とかが、片付けに来ないって、絶対に変だし。」

「おお」

 コウガは、自分が、そうした『現界うつしよの常識』というもので、考えられなかったことに、思い至った。

「言われてみれば、そのとおりだ…現界げんかいの、役所や警察と呼ばれる者たちが動かないのも、不思議だ。

 以前あった、探査機の時は、現界ここの警察だけでなく、探査機の秘密をんとする不埒ふらちものどもすら動いたというのに。」

「王よ…」

 グレムが口を開いた。

「やはり、直接あの広場へと向かい、何が起きているのか、正しく見る必要がある、と愚考ぐこういたします。」

「うむ。」

 コウガも同意した。

「この一件、ただの金属かなゴミ集めとは思えぬ。あまりに奇妙だ。

 如何いとなる意図いとがあるのか、何が目的なのか…正しく見極めねば、どうすればよいか、すら分からぬからな…」

 ぶっきー(あるじ)が椅子から立ち上がると、クロゼットに向かう。

「あ」

 思わず『しくじった』という声が出たコウガ。ぶっきー(あるじ)が、先手を打った。

「私も行くから!」

 その言葉に、コウガは、肩を落とし項垂うなだれた。

「まあ…仕方ありませんな。」

 グレムは、そう言った。


 深夜から、そろそろ朝方になろうか、という運動公園。そこに隠身セラーレで身を隠した、三人が立っていた。

 舞台の縁から下を見ると、中央の謎めいた柱、その根本に金属かなゴミの山…ぶっきー(あるじ)の腰から胸の高さ程度はあるだろう。

 そこに次々とフード付きの服、ほとんどがパーカーを着た人々が集まり、缶やスクラップ、捨てるはずの自転車のようなものまで捨てて、振り向きもせずに公園から出ていく。

 その光景には、少なくとも『流行はやり』といった言葉では、片付けられない異様いよう…奇ッきっかいとしか言いようがない。

 るーとの言う「オカルト」というのがもっと相応ふさわしかろう。

 コウガはそう思った。

 ジャージの上下で、グレムを胸に抱いたぶっきー(あるじ)は、声を出さずに、コウガに話しかける。

『コーちゃん、やっぱりこの人達、あやつられてるようにしか見えないよ…』

『うむ…そして、あの金属ゴミの下、探査体ミニヨンからでは分からなかったが、何者かが居る…外界げかいのモノかもしれないが…じゅの気配がない。一体何者だ?』

『それに、王よ』

 ぶっきー(あるじ)の胸に抱かれたままのグレムが言う。

『この周囲、何か奇妙な振動…低い響きに満ちております。おそらく、人の耳にはほぼ聞こえぬ程の、重く低い響きに。』

 コウガは、左手の平を上に向けて、前に出す

探求者(ソンデ=モニトリア)

 豆粒のような、超多面体ポリトープが、いくつも現れ、金属かなゴミの方に向かった。

「今は夜だ。先日のように、鳥どもに、米粒と間違われて食われることもあるまい。今度こそ。」

 と、広場をかこむ林から、突然、鳥たちのきしるような、叫ぶような啼声なきごえが響き渡った。

 鳥たちの鳴き始めれば、あの金属ゴミの減るも止まってしまう!

 コウガは超多面体ちょうためんたい探査体ミニヨンどもをゴミの山に急がせる。

 ゴミの隙間すきまに入り、入り組んだ立体的なゴミの迷路をくぐり抜け、地面に向かって。

 いくつかの探査体ミニヨンが、地面にたどり着き、そのうちの一つが地面に穿うがたれた穴を見つける。

 探査体ミニヨンは、放たれた矢のように、その穴に突入し…

「!」

 コウガは探査体ミニヨンを介して、一瞬だけその姿を視野しやとらえる。何か、れた様な光沢のある、模様が浮かび上がった…

「うお!?」

 探査体ミニヨンとの接触せっしょくたれた。

 穴の奥にあった何かにもだが、コウガは、探査体ミニヨンとの接触せっしょくたれた事が衝撃だった。

 これは…この場所で起きている事態ことは、人の行いでも、人の手に負えるものでもない!

ぶっきー(あるじ)よ、一旦いったん退避たいひだ!」

 コウガはぶっきー(あるじ)の方を振り向くことも出来ずに続ける。

「これは…我の予測より、遥かに大きな…強大な力が働いている!」

 ぶっきー(あるじ)は、その言葉に驚く様子もなかった。が、コウガは有無を言わさず、公園から離れ、グレムを抱いたぶっきー(あるじ)も、共に引き戻される。

 三人の去った運動公園の舞台には、きむしるような、鳥たちの警告の歌だけが、残された。

 

「コーちゃん、どうしてあんなに慌てたの?」

 大慌てで、と言ってよいほどに、急いで部屋に戻ってきた三人。ぶっきー(あるじ)は不満げに、コウガにく。

 コウガは、小さな腕を組んで、テーブルの上に立っている。

「あの広場の柱の一件、あれは、今までと違う次元の力の持ち主が関係している…」

 ぶっきー(あるじ)の方を見て続けた。

「我が探査体ミニヨンは、あの金属かなゴミの山の下に、何らかの穴を見つけた。

 …その穴の中に何者かが、居た。」

 ぶっきー(あるじ)は、椅子の上に座り、足を振っている。

「その、何者かが、すごい力を持ってるの?」

 かぶりを振るコウガ。

「それは分からぬ。だが、あの穴の…閉じたと言うべきか、その瞬間、我と探査体ミニヨンつながりが断たれた…

 もし、ただの穴であれば、その程度で、つながりの失われるわけもない。

 繋がりが絶たれるとなれば…時間や空間といったものの繋がりが全て失われたという事になる。」

 目を丸くして、身を乗り出すぶっきー(あるじ)

「ど、どういう事…?」

 コウガはうつむいた。

「あの『穴』は、他の時間空間…外界げかい門…外界げかい現界うつしよとを繋ぐ穴だ、という事だ。」

「ええ?」

 『ぷぅ』とため息を吐いてから、ぶっきー《あるじ》は続けた。

「でも、シロちゃんとか、グレちゃんが最初戦ってた怪物とか、外界物げかいぶつ?って、今までだって、何匹も出てきたでしょ?、どこかにずっと穴があったんじゃないの?」

「我も、そう思っていた。外界門げかいもんの無ければ、外界物げかいぶつ外界人げかいじんの、現界うつしよに現れるはずもない。

 以前から、街を飛び回っていたのは、我が興味のおもむくままに見聞けんぶんを深める目的もあったが、そのため…外界げかい門を探すためでもあった…しかし、門は存在しなかった…」

「え?、どういう事?」

「我と同等、あるいはそれ以上の力を持つ何者かが、外界げかい門を開き、そこにシロをはじめとした外界物げかいぶつおびせるか、したのであろう。」

 コウガは、自分自身以外に、自ら門を開けられるほどの力を持つ存在…『審美眼』や、おーちゃん(災厄)の箱の中の『超越』を知っていた。

 が、彼らは、コウガ自身が討ってしまったり、現界うつしよまったく興味が無かったりで、今回の一件には関係しているとも思えない。

「…門を開けた人って、時々コーちゃんのまわりの人が言う『狂乱の堕天使』って人?なのかな?」

 うつむいたままのコウガ。

「分からぬ。そうかも知れぬ。

 だが今の問題は、あの門だ。あの門は、如何いかにしても閉じねばならぬ。なんとしても。一刻いっこくも早く。

 放置ほうち看過かんかすれば、現界うつしよの災いのもとになる…

 いや、あの一件こそ、災いの始まりやもれぬのだ。」

「王よ、急がねばならぬ、となれば」

 グレヌの言葉を、コウガはいで言う。

然様さよう。既に、あの広場には我が探査体ミニヨンを置き、監視を続けている。

 穴のあった場所には、現界うつしよ…人の手になるマンホールと呼ばれる穴がある。しかし、その中は、外界げかい門ではなく、普通の雨水溝となっていた…あの門は、現界うつしよ側からは、開くことの出来ぬのであろう。

 人の集まる時間…夜にならねば、あの門は開かぬ。ゆえに、明日の夜は、門のひらくのを、待つ。」

「私、絶対行くからね!」

 ぶっきー(あるじ)は力強く言った。

 しまった!という顔をして、コウガはぶっきー(あるじ)の方を見る。

 やる気満々のぶっきー(あるじ)を見て、心のなかで頭を抱えた。

 先に、釘を刺すべきであったか…

『まぁ…仕方ありませんな…』

 グレムが、声には出さずに、ボソリと言った。


 次の夜。隠身セラーレで身を隠した三人は、再び、広場の縁に立った。

 ただ、今回は、コウガもグレムも最初から契約()体に戻っている。

 コウガはともかく、グレムはこの巨体である。もし、隠身セラーレが掛かっていなかったら、すぐさま誰かに気づかれただろう。

 いつもより時間が早いこともあって、広場には、まだ金属かなゴミを持って人の集まる気配はない。

 真剣な面持ちで、広場を見下ろすコウガ。グレムもぶっきー(あるじ)の脇にひかえる。三人の周囲には張り詰めた空気が流れている。

 広場の周囲の森からは、まだ鳥のなき声は聞こえない。風が森の中を抜け、枝を揺らす音。

 その向こうから聞こえてくるのは、耳を澄まさなければ気がつけないほどの、微かな北口繁華街のざわめき、国道を走る車の音、遥か遠方からの電車の走る音…

 しばらくして、グレムが柱に目を向けた。

 声に出さずに二人に伝える。

『王よ…例の、低い響きの始まったようにございます。』

 コウガはうなずく。

 ぶっきー《あるじ》は、二人を見回してから言う。

『私には、聞こえないなぁ…』

『人の耳には、この音は低すぎるのであろう。』

 周囲に満ちる、微かな重く低い響きと、街の音。

 数分経ったのか、数十分過ぎたのか、その中から、人の足音が聞こえてきた。

『来たようだ……だが、まだだ』

 人々が集まってくる。

 みな、フードの付いた上着を着て、手には金属のゴミを持っている。

 と、集まってきた人々のなかに、見覚えのある顔が見えた。

 るーと、だ。

 コウガはぶっきー(あるじ)の方を見た、るーとに気がついたなら…こんな事に、友達が巻き込まれている、と知ったなら、黙っては居ないはずだ。

 だが、ぶっきー(あるじ)は、柱の方を見て動かない。緊張のためだろうか。

 違和感はあるが、今はあの外界門げかいもんの方が重要だ。

 舞台に積まれた金属かなゴミの山が減る気配はない。

『一気に決める。』

 コウガは、飛ばして置いた探査体ミニヨンに意識を集中する。

 探査体ミニヨンを介して視る。

 金属かなゴミの山の下にあるマンホールには、まだ、変化の兆しはない。

 舞台からは、人の足音と、集まった人々が金属かなゴミを捨てる音、さらには、人には聞こえない、低い響きが聞こえてくる。

 …やがて、マンホールの形に沿って、青白い炎のような光が漏れ始めた。

「!」

 コウガはその瞬間を逃さなかった。

 舞台のへりの階段を蹴って、一気に柱の上まで跳躍ちょうやくし、指先にじゅを込めると、呪文を口にすることもなく振り下ろし、金属かなゴミの穴を垂直すいちょく穿うがつ。

 姿を表したマンホールのふたが、青白い輝きに包まれて消え去り、中の『なにか』が、穴の奥に姿を見せる。

『逃さぬ!』

 指にじゅを込め、穴の奥の『何か』に向かって号とした瞬間、ぶっきー(あるじ)の叫びがコウガの耳を突いた。

「だめえええ!、助けて!?、ダメ!!」

「?!」

 驚いたコウガが振り向くと、ぶっきー(あるじ)は、身をかがめ、しゃがんで頭を両腕で隠している。

 ぶっきー(あるじ)制止さ(止めら)れては、従うしか無い。

「くッ!」

 口から零れそうになった悪態を飲み込み、指に込めたじゅを解く。

 と、柱の周囲に集まった人々も、みな同じ様に身を屈めてしゃがみ、フードを頭にかぶせているのに気がつく。

 ぶっきー(あるじ)に危険があるとも思えぬ…しかし、ぶっきー(あるじ)は、何かにおびえている。

 だが、何故周囲の人々まで同じ姿勢なのだ?

 穴の様子の変化を見たコウガは、その詮索を先送りした。

 開いた穴の周囲が、再び青白く輝き始めている。

 このままでは門が閉じる!、『何か』に逃げられてしまう!

「グレム!」

 コウガが叫ぶ。

「御意ッ!」

 グレムはぶっきー(あるじ)の前に立ち、拳を突き合わせ、守りを固める。

 ぶっきー(あるじ)の守りを、グレムに任せたコウガは、再度穴の方を向くと、指先にじゅを込めて振り下ろした。

 指から溢れた光の帯に、象形文字のような文様が浮かび、帯となって、穴の内側で円環えんかんと化した。

 穴を縁取ふちどる、青白い丸い輪郭りんかくの内側に青緑の輝きが加わる。

 両腕を伸ばし、両手のひらを真下の穴に向ける。

 コウガの両手に巻き付いた青緑の光の帯が、コウガのじゅに込める力を表すかのように、その太さと輝きを増す。

 右の瞳が金色に輝き、両腕が震える。

 額に汗が浮かぶ。

「ぬううううう!」

 両手のひらを外側にして、何かをこじ開けるように、全力でゆっくり開いていくコウガ。

「ぬぁッ!」

 一気に両腕を外に開くコウガ。

 穴の内面ないめんにへばり付いた様な、丸い輪郭りんかくの輝きが、爆発したかのような閃光せんこうはなつ。

 衝撃波が周囲をるがす。

 二度三度と大きく深呼吸を繰り返し、肩で息をしていたコウガは、下にある穴を見た。

 穴の内側は、青緑の光の帯で輝いている。

 それを確認したコウガは、右手を前に出した。

陽光(ルクス=ソリス)招来(=アドベント)

 輝く光の塊、としか表現できないような…光源があらわれる。

 コウガはそれを、広場全体を照らすように浮かべた。

「これでひとまず…」

 と、今度は、森に居た鳥たちが一斉に鳴き始めた。

 鳥たちの様子が、これまでと違う。

 羽撃はばたきの音が、よやみ闇に響く。啼声なきごえが、森の中からではなく、広場の周囲を包むように聞こえてくる。

「次から次に…!」

 鳥たちから微かに感じられていた、外界げかいのモノの気配けはいが、強さを増していく…いや、鳥たちはきながらも次々飛び去っている。

 しかし、外界げかいのモノの気配は、ますます濃くなり…影となり…それが人型となって…

 少年。

 飛んでいる。

 普通の半ズボンに、半袖ワイシャツ、長く伸ばし、派手な色に染めた後ろ髪をたばねた。

 気まぐれに上に下に移動し、加速減速を繰り返しながら、しかし止まること無く広場を何周かした後、その少年は、コウガに向けて飛び込んできた。

 相手が誰であれ、今は手加減している場合ではない。コウガは指にじゅを込め、構える。

「いやああああああ!」

 叫ぶ少年。

 それから身を翻して、両足を揃え、コウガに向けて蹴り込んで…

 いや。

 少年は両足で、柱を蹴った。

 勢いが足りないとでも言うのか、少年は両膝を一端曲げ、一気に伸ばして柱を蹴りつける。

 周囲を包んでいた低い響きがひずむ。

 柱は管楽器が折れた様な、破裂音にも似た音をたて、け折れた。

 同時に、周囲を包んでいた低い響きが消える。

「わああああああ!」

 柱を蹴り折った少年は大声で叫び続け、そのまま跳ね返るように闇夜の中へ飛び去った。

 コウガはため息をつくと、指に込めたじゅを解く。

「グレム!」

 振り向いて、グレムとぶっきー(あるじ)の方を見る。と、グレムがぶっきー(あるじ)を抱いて立っていた。

「グレム?!」

 急ぎ、ぶっきー(あるじ)の元に降りる。

 グレムはぶっきー(あるじ)を抱いたまま、コウガの前でひざまいた。

「あの柱が折られた途端、うずくまっていた姫様が倒れたのでございます。そして、みなも…」

 広場の方をグレムとともに見ると、広場に集まっていた人たちが、うずくまっていた姿勢から、倒れている。

 コウガは、ぶっきー(あるじ)に、右手をかざす…手のひらが、ほんのりと輝く。

 僅かな後、コウガは大きくため息を付いた。

「グレムよ…よくやった。ぶっきー(あるじ)は無事だ。なに一つ傷はない。心も、体も。」

 ひざまずいたまま、さらに巨体をかがませて会釈えしゃくするグレム。

勿体もったいなきお言葉。それに、今回、私奴わたくしめは、姫様の前で立っていただけ。何もしておりませぬ。」

「グレムよ、それが重要なのだ。我のじゅを放つに、背中をあずけられる者のあることは、しんに心強い。

 それだけでも感謝すべきだ」

勿体もったいなき、お言葉…汗顔かんがんいたりにございます。」

 よい、と言ったコウガは、改めて広場を見た。

外界門げかいもんは、閉じることの出来ぬだけでなく、向こう側から入ることも出来ぬよう、凍結とうけつした。

 まずは、ぶっきー(あるじ)を起こし、倒れた人々を介抱するとしよう。

 後は、彼奴きゃつらの正体を突き止め、目的をつまびらかにし、しかるべきむくいを与えるだけだ。」

 グレムは、闇夜を見上げる。

「しかし、王よ、先程の、あの少年は、何者なのでありましょう?

 …鳥たちをあやつっていたのは、あの者だったのは相違そういありますまい。」

 同じ空を見るコウガ。

「何者かは分からぬ…後で、ゆっくり調べれば良い。」

 それから、広場の方を振り返る。

「今は、広場の人々が先だ。」

 コウガは、まずぶっきー(あるじ)を起こす。

 ぶっきー(あるじ)を起こすには、じゅよりも、はるかに効果的で、安全な方法がある…コウガは、少し大きな声で言った。

ぶっきー(あるじ)よ。7時半だ。7時半だぞ。」

 効果は、覿面てきめんだった。

 驚いて跳ね起きるぶっきー(あるじ)

「え!?、うそ!、うっそ!?、大変!!」

 飛び起きたぶっきー(あるじ)は、周囲を見て、もっと驚いた。

「え?、ええっ!?、あれっ?!」

 コウガとグレムは、目を合わせ、ニヤリと笑った。


 広場の皆を起こし、ここに来た事、起きた事の記憶を、ただの夜の散歩に置き換えるじゅほどこし、家路いえじにつかせた後、コウガは穴の方を見た。

 金属きんぞくゴミの山の向こうに、折れた柱の下半分が残っている。

 柱の中は、空洞くうどうだが、複雑に入り組んでいた。

「…この空洞で、音を低く響かせていたのでありましょう…おそらくは、その音が、何らかの合図になっていたものと。」

 グレムは指先でつまんだ、柱の破片を見ながら言う。

 一方のぶっきー(あるじ)は、腕組みをして怒っていた。

「皆もだけど、るーとまで、こんな風に巻き込むなんて、絶対許せない…!」

 倒れた皆を、介抱している時、その中に、るーとの姿を見つけたぶっきー(あるじ)は、抱きしめて、泣き出しそうなくらいだった。

 おーちゃん(あの災厄)も、今日は偶然ここを訪れなかっただけで、ここに金属かなゴミを捨てに来たことがあったのかも知れない。

 そうした思いもあって、ぶっきー(あるじ)の怒りがいや増しているのだろう。

 コウガは、穴の奥の『何か』にじゅはなとうとした瞬間、ぶっきー(あるじ)が叫んで制止さ(止めら)れた事には、触れなかった。

 おそらくはぶっきー(あるじ)自身、覚えていない。

 ならば、今は触れるべきではない。

 ぶっきー(あるじ)と契約を結んだ二人、コウガとグレムとっては、極めて重要な示唆しさ…あるいは危険をはらむ事なのだが。

 コウガは、先程『凍結』した外界門げかいもんの方を見る。

「さて、いよいよ、あの穴の奥の『何か』を引きずり出し、この一件を解決せねばならぬ。」

 ぶっきー(あるじ)が手を叩き、その両手のひらを祈るように胸に置く。

「絶対、許せないんだから」

 眉根を寄せ、穴をにらみつけた。

 あまり怒りという感情を表に出さないぶっきー(あるじ)が、こんなに感情をあらわにするのを見るのは、コウガにも初めてのことだった。

「コーちゃん、穴の奥に何があっても、私、絶対行くからね。」

 コウガはため息を付いた、付いてくるだろう、とは思っていたが、ここまで激昂げきこうされては、冷静な判断も出来なかろう。

 ぶっきー(あるじ)の怒りは充分過ぎるほど分かるが、それでも、やはり少し落ち着いて欲しい。

 …と、何か近づいてくるモノがあることに、気がついた。人ではない…外界のモノのは、気配ですぐ分かった。

 その気配は、舞台へと繋がる大グラウンドからの広い道、そこを右に左にと、ジグザグに移動しながら近づいてくる。

 開園している間であれば、この広い道は大グラウンドの照明に照らされ、明るい。

 だが、閉園している今は、街頭のような小さな照明がぽつりぽつりと狭い範囲を照らしているだけ。

 広場を照らす、コウガの作り出した光球の輝きも、道の奥までは届かず、人の目には闇にしか見えない。

 コウガが、広い道…真っ暗な道に、目を向けている。

 その事に気がついたぶっきー(あるじ)も、同じ様に広い道に目を向ける。

 もちろん、闇を見通し、あらゆる環境に適応できるじゅ適合アダプトが掛かっていない状態では、ぶっきー(あるじ)には、何も見えない。

「コーちゃん…何?」

 何者が近づいてきているのか、コウガには分かっていた。

 害意も敵意もなく、ただ純粋に興味きょうみと好奇心(ゆえ)に、こちらをうかがい、近づいてきている。

 しかし、コウガには、そのモノに問いたださなければならぬ事が、いくつもあった。

 コウガは、一計を案じた。

ぶっきー(あるじ)よ、あそこに隠れているのは…駅や、この広場で人を追い立てていた鳥どもを、あやつっていた者だ。」

「え?!」

 驚いたぶっきー(あるじ)は、すぐさまコウガに言う。

「捕まえて!、コーちゃん!、絶対逃しちゃダメよ!」

「御意」

 指に呪を込めるコウガ。

「拘束(ケル=セレ)」

 指を薙ぐと、指先から、象形文字が浮かび上がったような光の帯が輪になって飛び、闇の中の影を捉える。

「わ!?、うわー!?、うわあああああああああ!?、ッひゃぁ?!、何?!、なに!?!」

 男の子の、絶叫に近い声。興奮した、遊んでいる最中さいちゅうに、急に頭から氷水をぶちけられたような。

 コウガが、伸ばした腕を引き戻すと、茂みの中から、光の帯が巻き付いた少年が引っ張り出されてきた。

「わわわわわわわ!、わわ!、わっわわわわ!」

 騒々しくわめき立てながら、引っ張られてきた少年は、コウガとぶっきー(あるじ)、そしてグレムの前まで引きずられてきた。

「うわー!!!、うわああああ!!!!、うわああああああああああ!」

 少年は、両腕こそ光の帯で縛られて動けないが、首と足とをブンブン振り回す。

 抵抗しているのではなく、興奮で暴れているだけのようだ。

 グレムが眉根を寄せた。

「いささか…こう…騒々(そうぞう)しいですな。」

「落ち着くのを待っていたら、夜が明けてしまうやも知れぬな。」

 コウガがじゅで落ち着かせるか考えていると、ぶっきー(あるじ)が、光の帯で拘束された少年の方に、つかつかと歩いていく。

「あ」

 止めるまもなく、少年の前に立ったぶっきー(あるじ)は、腕組みをして少年を怒鳴どなりつけた。

「なんであんなことしたの!!、大変な事になっちゃったでしょ!?」

 体のどこから出てきたのか、いつものぶっきー(あるじ)からは想像できない大声。

 グレムは驚いて首をすくめ、コウガも一瞬たじろぐ程の、鬼気迫る声だった。

 その、『怒号』で怒鳴りつけられた少年は、驚きのあまり、騒ぐのをピタリとめた。

 腰を地面にストンと落とし、呆然としてぶっきー(あるじ)を見上げる。

「うぇ…あの…ぼく……」

 ぶっきー(あるじ)は、広場の方に腕をふる。

「鳥をあんなにいっぱい、けしかけてきて!、広場に人を集めて!、何するつもりだったの?!」

 その言葉を聞いて、コウガは、ぶっきー(あるじ)が、あの柱を蹴り壊したのは、少年である事を見ていない…記憶が残っていないのに気がついた。

 が、今は、そのままにしておいたほうが良さそうだ、と判断した。

 ぶっきー(あるじ)の怒りの火の粉が、自分の方に飛んでくる様な真似は、しないに限る。

金属かなゴミ集めさせて山積みにして、どこに運んで、何しようとしてたの?!、みんなをあやつって!!、みんなを起こすの、大変だったのよ?!」

「ええ…うぇえ…」

 少年はもう涙目である。

 ぶっきー(あるじ)の怒りも、モノ…少年を落ち着かせる効果も、コウガの予想より、大きすぎる。

 コウガは止めに入った。

 泣かれたとしても、じゅで即座に落ち着かせることはできる、が、あまり気持ちの良いものではない。

ぶっきー(あるじ)よ、怒りはもっともだ、が、まずこの少年が何者か、確かめようではないか。」

 怒りはおさまってはいなかったが、ぶっきー(あるじ)はこのまま怒鳴どなりつけても、進展がないのは分かったようで「ほんとにもー!」とか、口から漏らしながらも、ひとまず、コウガに場所をゆずる。

「さて、お前は何者だ?、名前は?」

 その問に、少年は首をすくめ、口ごもった。

「え…あの…」

「…ふむ、真名しんめい流石さすがに口にできぬか…」

 少年はうなずいた。

 あざな…コウガなら「コーちゃん」、グレムなら「グレちゃん」と言った、普段の呼び名、現界うつしよでの渾名あだなも持たぬところを見ると、この『少年』に見える外界人げかいじんも、コウガ同様、現界うつしよに現れたばかりなのかも知れない。

 コウガは質問を変えた。

「では、何故なにゆえ、鳥どもをあやつって、人々を広場に近づけまいとしていたのだ?」

 口の中でボソボソと答える少年。

「だって、広場に近づいたら、『かいじん』に操られちゃうから……」

「…かいじん?、外界人げかいじんか?」

 少年はかぶりを振る。

外界人げかいじんだけど、外界人げかいじんなくて…かいの化け物だよ!、あいつら、音とか使ったり、頭から電波だして、人とか鳥さんたちとか動かしちゃうんだ!」

「それで、広場に人を近づけぬようにしていた、と?」

「うん…だけど、広場に近づきすぎると、鳥さんたちも操られちゃうから、近寄れなくて…」

「だから、鳥さんたち、すごい声でくだけだったの?」

 ぶっきー(あるじ)の言葉に、少年はものすごい勢いで首を縦に振る。

「そう!、そう!!、いっぱいけば、あの柱の音も聞こえにくくなるから!」

「ふむ…すると、お前が鳥たちをあやつっていた、というわけだな?」

 少年は、今度は首を横にブンブン振る。

「ちがうよ!、あやつってなんかないよ!、お願いして手伝ってもらってたんだ!、それに、ぼくを少しづつ(・・・・)隠してくれてたんだ!」

 なるほど見えてきた、とコウガは思ったが、一方で、少年の喜怒哀楽の忙しさに半分感心し、半分はあきれてもいた。

 感情の起伏が激しいと言うか…とにかく忙しい。頭も縦に横にブンブンと振って、人間なら脳震盪のうしんとうでも起こしかねない勢いだ。

 拘束されている腕はともかく、足も落ち着かない。

 そこで少年は、突然静かにうつむいて、つぶやく。

「それでね、あの、でっかい柱であやつる音をひびかせてた、あれを壊せれば良かったんだけど…夜は真っ暗になっちゃうから、ちゃんと飛べなくて…」

「昼に壊せば良かろうに…人払いなどせずに、とっとと壊せばよかったのだ。」

 少年は、怒り出して反論した。

「だって!、だって!、昼は貝人かいじんは誰もあやつってないから、貝人かいじんの頭の電波が強くて、近寄れなかったんだ!」

「頭の電波って…思念波しねんはみたいなやつ?」

 ぶっきー(あるじ)といに、首をかしげる少年。

「しねんは、は、ぼく、知らない…それでね、おじさんたちがやってきて、広場を明るくしてくれたから、ぼくは、柱を壊せたんだ!。」

 コウガはグレムの方を見た。

「おじさん?」

 少年はコウガの方を見て繰り返す。

「おじさん」

「!」

 納得なっとくがたい発言を聞いたコウガは、丁寧ていねいに訂正する。

「お兄さん、だ」

 怪訝けげんな顔をする少年。

「お兄さん…?」

「お兄さん!、だ!」

 グレムは顔を背けて、目をせていたが、巨体のせいで、笑いをこらえているのがすぐ分かった。肩も震えている。

 コウガの大声で、また泣きそうになった少年に、今度はぶっきー(あるじ)なだめるように聞く。

「それで…かいじん?は、頭の電波と柱で人をあやつって、何をしてたの…?」

 少年は、さっき怒鳴りつけられたことも忘れたのか、身を乗り出し、興奮して答える。

「あいつら!…あいつら!、みんなをあやつって、缶とか針金とか、電線とか、集めてたんだ!。」

「かいじんが?!……でも、どうして?」

 少年はうつむくと、意気消沈し、声も小さく答えた。本当に感情の起伏が激しい。

「…それは…わかんない。」

 コウガは、腕組みをして少年を見下ろす。

「そこまで分かれば、上等だ。後は、我が役目。穴の奥の貝人かいじん、とやらを捕らえ、目的をつまびらかにしてくれん。それを調べた上で、どうするか決めるとしよう。」

「おじさん、どうにかしてくれるの!?」

「…お兄さん、だ!」

 コウガは声を荒げて答える。

 その姿を、ぶっきー(あるじ)が、驚いた顔をして見ていた。

『…コーちゃんて…そういうの気にするんだ…』


 コウガと、ぶっきー(あるじ)、グレム、そして光の帯で拘束されたままの少年は、柱のあった広場の中央、金属かなゴミの山の真ん中、コウガが開けた穴…外界門げかいもんの上に浮いていた。

 外界門げかいもんは、先程コウガが『凍結』させるのに使ったじゅ、青緑の光の帯で縁取られている。

 光の帯には象形文字のような文様が浮かび、ゆっくりと回転していた。

 その奥は、真っ暗だが、底の方は薄ぼんやりと明るい。

「さて、外界門げかいもんの先に何があるのかは、我にも分からぬ。しかし、この奥に貝人かいじんとやらが、ひそんでいる…」

 ぶっきー(あるじ)の方を向くコウガ。

「このまま門を閉じることもできる…が、金属かなゴミを集めていた理由も、それで何を為そうとしていたのかも、この奥に行き、貝人かいじんを捕らえてみぬことには分からぬ…

 どうする?」

 ぶっきー(あるじ)は、下を向き外界門げかいもんを見つめながら、少し考えていた。

「ねえ、コーちゃん…貝人かいじんって、この門をまた作って、こっちに来ることができると思う?」

 コウガは腕組みをする。

「今の段階では、何も言えぬな。彼奴きゃつらの呪の力のどれほどの強さかは、まだ把握できていない。」

 その答えに、ぶっきー(あるじ)は、上を向いて「ぷぅ」とため息を付いた

貝人かいじんって、音とか頭の電波…思念波みたいなので、人とか動物を操るって言ってたよね。」

 少年が割り込んできた。

「そう!、そう!、あいつら…!」

 グレムが少年の口をふさぐ。グレムの大きな手では、指一本で事が足りた。

「そしたら、あっちにいったら、私も操られちゃうかも…さっきだって、私も、あの音で操られてたかもしれないし…あの子が、柱を壊したって言ってたでしょ?、もし、壊してくれてなかったら…」

 コウガの方を向いて続ける。

「ねえ、コーちゃん、あっちに行っても、私が操られないような魔法…じゅって掛けられる?」

 笑みを浮かべるコウガ。

容易たやすきこと」

 コウガは指にじゅを込める。

抗状態異常(レギスタンティア)

 いだ指先から光の帯が溢れ、それが輪となって、コウガやぶっきー(あるじ)、グレムたちを取り巻く。

「これで良かろう。」

 ぶっきー(あるじ)も、何か安心したように「ぷぅ」とため息を漏らして、微笑ほほえんだ。

「じゃあ!、行こう!、どうしてこんな事したのか、貝人かいじんの人に問い詰めないと!」

 貝人かいじんの人?

 珍妙な言葉だが、コウガは、あらためてぶっきー(あるじ)の生真面目さを垣間見る。

 そして、全員を見渡す。

「おおっと、この先が、如何なる世界なのか、分からぬからな!…適応アダプタ!」

 ぶっきー(あるじ)たちを、さらなる光の帯がつつむ。

「これで……」

 これで良し、と言いかけたコウガは、グレムを見る。

「…少しばかり、あの穴には大きすぎるか」

 グレムは、穴を見て、慌てて答える。

「わ、私奴わたくしめは、ここで門を守りましょう…その、留守番で充分でございます!」

「向こう側が、どんな状況なのか分からぬ。付いてこい。」

 コウガが指をぐと、グレムは見る間に、拘束体…ぬいぐるみのような体になった。

 ぶっきー(あるじ)は、それを見て、早速グレムを胸に抱きかかえる。

「じゃあ、グレちゃんは、私が持っていくね!」

「ひ、姫様?、それは」

 怯えるような声。

 グレムのこんな声を聞くのは、初めてだ。不思議に思った、ぶっきー(あるじ)が聞く。

「?、どうしたの?」

「!、いやその…!、特に…何でもありませぬ!」

 微妙に声が引きつっている。

「大丈夫だね?、それじゃ、行こか!」

 気が付かないフリをしていたのか、本当にわからなかったのか、ぶっきー(あるじ)はコウガに向かって、そう言った。

「うむ!」

 コウガは光の帯で拘束されたままの少年も引き連れ、外界門げかいもんに突入する。

 底の明るく輝く、暗い穴に入った途端、ぶっきー(あるじ)平衡感覚へいこうかんかくが失われるのを感じた。目がぐるぐるする。

 その乗り物酔いのような感覚が過ぎ去ると、今まで、頭を下に穴の中に落ちていたはずが、真横になって居ることに気がついた。

 ぶっきー(あるじ)が思わず振り向くと、通り過ぎた外界門げかいもんの入り口は、入った時と変わらず、青緑の輝く帯が取り巻いている。

 何が起きたのか、分からないうちに、コウガたちは外界門げかいもんを通り抜け、貝人かいじんが逃げていった奥…外界げかいへと飛び出した。

 目の前には、夕方の海辺のような光景が広がっている。

 夕焼け空には雲が点々と浮かぶ。何か、真っ黒いもの塊のようなものが点々と浮かんでいる海。波は穏やかだ。

 水平線近くに、赤く、元気のない太陽が浮かんでいる。

 コウガたちが飛び出してきた穴は海岸に面していた。

 その海岸線はゴツゴツとした岩場。その先は海面にポツポツと岩頭がんとうを見える。

 周辺一帯には奇妙な臭いが漂っているが、ぶっきー(あるじ)の記憶にある、どんな海の匂いにも似ていない。

 見ると、海岸線から、いま出てきた外界門げかいもんまで、岩場がけずられて、少したいらになった道のような部分が続いている。

 その両端りょうはしには、大小様々な岩や石、れきが積み上げられている…そして、波打ち際には…大量の金属かなゴミが積み上げられていた。

 何か、大事な場所に続く道、そんな風に見えなくもない。

「コーちゃん…あれ…」

 ぶっきー(あるじ)の、感嘆のような、ため息のようなつぶやききに、コウガはうなずいて答える。

「…うむ。金属かなゴミは、ここに集められていたようだな…」

 全員に隠身セラーレを施し、金属かなゴミの山に近づく。波打ち際、穏やかな波を浴びながら、金属ゴミは夕暮れのような日差しを浴びている。

 いま来たほうを振り向くと、外界門げかいもんに通じる穴は、大きな岩場の崖のすそ近くにある。

 見れば、その穴の両脇には、立てかけるように例のトーテムポールのような柱が立っている。

 しかし、ここには舞台の周囲で聞こえたような、あの低周波の音は聞こえてはいない。

 穴の周囲、崖のすそからびるように、崩れたかのような…あるいは積み上げたかのような岩が転がり、そこから、両脇をれきや石、岩が積み上げられた土手が海まで続いている。おそらくは、海の中にも続いているのだろう。

 よく見ると、波うち際の向こう側、海の下に、何かがある。

 いや、居る。

「…どうやら、貝人かいじんとやらは、水の中にいるようだな。」

 コウガは、光の帯で拘束されたまま、宙に浮いている少年にたずねる。

「お前は、あの貝人かいじんの事を、何か知っているか?」

 少年は、ぶんぶんと首を振る。相変わらず、動きが激しい。

「知らないよ!わからないよ!!、ぼくは、あいつらが、貝みたいな姿だから、貝人かいじんって呼んでるだけだよ!!

 一回だけ、あの穴から這い出てきた時に見たんだ!」

「ふむ」

 改めて、海の方を振り向いたコウガは、目をらす。

「直接聞いたほうが良さそうだな…意味のある答えがられるかは、分からぬが」

 ぶっきー(あるじ)が驚いて聞く。

「直接聞くって……どうするの?!」

 海面近くにまで降りたコウガは、まだ高いところに浮かんだままのぶっきー(あるじ)を見上げて言う。

ぶっきー(あるじ)よ、貝人かいじんは、思念波しねんはの如きもので人をあやつっていた。

 つまり、我が、人の心に働きかけるじゅも、通用する可能性が高い、という事だ。」

 コウガは海に手を向けると、そのまま、何かをつかむように引き上げる。

 と、水面が盛り上がり、人ほどの大きさの、巻き貝のような何かが姿を表した。

 でろっとした中身は、水から突然引きずり出された事に驚き、殻口からぐちにデロっとした体を引き込み、蓋を出して身を隠す。

「さ…サザエに似てる?こんな大きくないし、ゴツゴツしてないけど…」

 ぶっきー(あるじ)は、上から遠巻とおまきにながめていたが、少しづつ高度こうどを落として近づいていく。

 よく見れば、貝殻かいがらには、何か幾何学きかがく的な、意味ありげな模様が付いている。

 かなり複雑で、描いたものではない。貝殻かいがらに直接刻まれたものだ。

 と、背後に転がっていた柱がビリビリと震えはじめた。

「なるほど、そういう事か。」

 柱を見て呟いたコウガは、貝が閉じた蓋を、握った拳の下でドスンと叩いた。

 と、柱の振動が止まる。

「え?、どういう事?」

 コウガはぶっきー(あるじ)の方を、振り返って答える。

「この貝の蓋が振動し、音を出していた。あの柱は、この音に共鳴していたわけだ。

 あの広場で多くの人のあやつられたのも、そのせいだろう…そこの子供の柱を倒す判断は、全く正しかったという事だ」

「そうだよ!!ぼくが……!もが…」

 少年は、また延々と喋り続けそうだったので、コウガは先手を打ってじゅを使い、口を閉じさせた。

 しばらくは静かにしてもらおう。

「…え、じゃあ、さっきコーちゃんに、じゅを掛けてもらってなかったら…」

 ぶっきー(あるじ)は、不安げな表情を浮かべる。

然様さよう。この貝にあやつられていただろう。」

 コウガは、先程、ぶっきー(あるじ)が、貝人かいじんに操られていた事には触れなかった。

 何も言わず、押しだまって、グレムを強く抱きしめる。

「さぁ、いよいよ最大の謎を解き明かさねばな。」

 コウガは、引き上げて、宙に浮かべたままの貝…貝人かいじんの殻をガンガンと叩いた。

 それから左手のひらを貝人かいじんに向け、目を閉じる。

 コウガの左手と、貝人かいじんからが薄明るく輝く。

「…ふむ……意思コミュニ疎通ケイティオ


「結局、外界門げかいもんって、貝人かいじんが作ったっわけじゃなかったんでしょ?」

 おーちゃん(災厄)が不満そうに言う。

 ぶっきー(あるじ)の部屋の、いつもの丸テーブルの前で、いつもの座布団の上に座っている。

 フード付きのパーカーは、運動公園に、るーとたち三人で、広場を見た時と同じものだ。

「その通り。あれは何者かが、貝人かいじんの世界から、現界うつしよに向けて開いたものだ…

 が、残念ながら、貝人かいじんは、あの門の開閉扱う事は出来たが、どうしてそうなのか、を、理解できている者は居なかった。

 彼らの世界での、奇跡なもの、と考えられていたようだ。」

「ふーん?…でさ、何でその貝人かいじん?、って、缶とか電線とか集めさせてたの?」

「んー。貝人かいじんの人たちにとっては、金属って、ものすごい価値のあるもので、それで、こっちの世界に、それがいっぱいあったから、みんなを操って集めさせたみたい。」

「変なのー。貝人かいじんだって、こっちの世界に来たなら、自分で集めりゃよかったじゃん?」

 ぶっきー(あるじ)の答えに、おーちゃん(災厄)は、両手のひらでテーブルをパンパンと叩いて、抗議するように言う。

 丸テーブルの上にある、唐揚げ串のパックがパタパタと揺れる。

 コウガは、いつもどおり、丸テーブルの上に浮いている。が、今日はおーちゃん(災厄)の、北口繁華街のお土産、カレー味の唐揚げ串を食べながらだ。

 ちょっと行儀が悪い。

 グレムからも少々、王としての振る舞いを…と、お願いが出たくらいだ。

おーちゃん(わが災厄)よ、彼奴きゃつらは、水の中に生きる者たちだ。ああして、海より上がるのは、おーちゃん(災厄)が、息を止めて、海の中にもぐり、捜し物をするに等しい。

 その中で、金属を集めるのを少しでも楽にするために、人々をあやつったのだ…現界うつしよの人々が、機械をあやつるるように。」

 おーちゃん(災厄)は、もう一度テーブルをバンバン叩いた。

「るーともそれで操られてたんでしょ!?、もー、私がそこに居たら、貝人かいじんとかぱたいてやったのに!」

 コウガもぶっきー(あるじ)も、おーちゃん自身が操られていた可能性については、口にしなかった。

「んもー、そんな事したら、怪我しちゃうよ!、貝人かいじんの人たちには、硬い殻があるんだから。」

「だったら蹴るもん!、」

 ぶっきー(あるじ)の言葉に、座ったまま、足を蹴り出すように伸ばすおーちゃん(災厄)

 その、無理な姿勢から出された、腰の入らない足を引きずるようなキックを見て、コロコロと笑ったぶっきー(あるじ)だったが、「ぷぅ」とため息を付いてコウガを見た。

「…ねぇ、コーちゃん、結局、貝人かいじんの人の世界と繋がる門を開いたのは、誰だったの?」

 コウガはテーブルの上に降りると、食べ終わった唐揚げ串の串をパックに戻し、残った一本に手を伸ばそうとする。

 が、ぶっきー(あるじ)がまだ手を付けていないことに気が付き、途中で手を止める。

「うむ。あの門は、貝人かいじんの手になるものではない…あの門を開いたのは、貝人かいじんとは別の外界の存在モノの仕業…」

「やっぱり、いつも話に出てくる『狂乱の堕天使』、なのかな?」

 コウガは腕組みしてうつむく。

「分からぬ…話には良く出てくる…だが『狂乱の堕天使』が如何いかなる存在モノか、我は知らぬ…少なくとも、あの外界門げかいもんは、われか、われ以上の力の持ち主の作りしものである事は間違いない。」

 ぶっきー(あるじ)の方を見て続ける。

「それが、外界から門を開き、あのシロや、グレムの戦ったような外界獣げかいじゅうを、現界うつしよに送り続けてきているとなれば…見つけ出し、調伏ちょうぶくせねばならぬだろう。」

 コウガの答えをじっと聞いていたぶっきー(あるじ)だったが、聞き終わると椅子を回しコウガの方に向き直った。

「ねえ、コーちゃん、グレちゃんも聞いて?」

 いつもと違うトーンの低い…真剣な声。

「私、あの夜、広場に行った時、多分だけど、最初、貝人かいじんの人に、あやつられてたんじゃないかな…?」

 コウガも、グレムも、ぶっきー(あるじ)の問に答えあぐねた…どう答えるべきか…。

 コウガが答えようと口を開きかけた時、先にぶっきー(あるじ)が話し始める。

「もし、これから、私が誰かに操られちゃった時…それで、コーちゃんやグレちゃんに、悪いこと…みんなを傷つけてしまう事とか言った時…その時は、私の言うこと、絶対に聞いちゃダメだよ?」

 どう応えれば良いのか、コウガが言葉に迷う。ぶっきー(あるじ)は続ける。

「私が、誰かにあやつられて、他のみんなを傷つけるような命令を出したら、それは絶対に聞いちゃダメ。

 …これは、私の、コーちゃんと、グレちゃんのあるじとしての…命令。」

 おーちゃん(災厄)の方を見る。

「おーちゃんも、それでいいよね?」

 ぶっきー(あるじ)の真剣な顔と対照的な笑顔で答える。

「もっちろん!」

 それを聞いた、コウガとグレムは、真剣に、しかし微笑みながら、ゆっくりと頷いた。

 それから、おーちゃん(災厄)は、パンと手を叩く。

「暗い話おしまい!」

 話しているぶっきー(あるじ)をよそに、勝手に話を仕切しきるのはどうか、と思いつつ、コウガはおーちゃん(災厄)に少しだけ感謝する。

「ところで、おーちゃん(わが災厄)よ」

「ん?、なになに?」

「その、パーカーと呼ぶのか?頭巾ずきん付きの、だぼだぼの服、すっかり気に入ったようだな?」

 それを聞いたおーちゃん(災厄)は、またしても丸テーブルをバンバン叩いた。

「ねえねえ、ちょっと聞いてよ!、このパーカー!、みんな着てるの見て、流行ってるー!って買ったのに、みんな着るのやめちゃって、なんかもう私だけー!!」

 ぶっきー(あるじ)が、椅子に座ったまま身を乗り出してたずねる。

「るーとは?、一緒に着てたじゃん?」

「るーとも、もう着てないのー!、それで、今日北口の方の、これ扱ってたお店で、色違い買おうとしたら、もう売ってないのー!、信じらんない!!、最近、流行りゅうこうが速すぎるーって思わない?!」

 コウガは腕組みをし、安堵あんどと呆れが入り混じった、ため息をつく。

『…要するに、おーちゃん(我が災厄)の、フードをかぶったり、しゃがみこんだりの奇行は、あれはあやつられていたから、ではなく…単に流行はやりに乗っかっていただけ、と…』

左様さようにございますな…』

 グレムも同じ様な声で同意する。

 と、窓から、例の少年が飛び込んできた。

 おーちゃん(災厄)を見るなり、叫ぶ様に言う。

「ただいまー…?!、誰!?、姫様の部屋にいるのだれ?!、だれ?!、あ!、おーちゃん!?」

 おーちゃん(災厄)も少年を見るなり、指差して叫ぶ。

「あー!、やかましいの!」

 少年は、すかさず反論した。

「おーちゃんの方がうるさい!」

「ほらすぐ言い返すー!、ぶっきーさぁ、なんでこんな子連れてきたの?!」

 ぶっきー(あるじ)は苦笑した。

「だって、トゥレちゃん、絶対仲間になるって…」

「そうだよ!、ぼくは、お姉ちゃんと、けいやくしたんだ!、それで悪いやつをやっつけるんだ!、ぼくもすごいんだぞ!」

「スゴくない!、違う!、すごいうるさい!」

「うるさくないやい!」

 ぶっきー(あるじ)が二人を止めに入る。

「もー、二人ともめてよー!」

「だって、おーちゃんが!」

「この子、やかましー!」


 にぎやかというには、少しばかり度が過ぎる中、グレムは、今度こそ心底(あき)れたようにつぶやく。

『何と申しましょうか…あの二人が揃うと、部屋の中が、声で埋まってしまいそうですな…』

『まったくだ…』

 コウガは、大きなため息を、付いた。


(続)

 前回辺りからその兆候があったのですが、今回は、キャラが暴れっぱなしでした。

 勝手に動いてしまって、こっちの想定した流れにならない!、そのため、話の流れも、当初想定したものと大きく変わってしまい、 るーとの出番も減ってしまったし、後半、割食って、会話劇みたいになってしまったりでちょっと反省。


 当初は、貝人かいじんに操られた人々と、コウガの戦いみたいなのを想定してたんですが、貝人は、当初の装丁より、守りに徹底して引っ込み思案で、即逃げ出すし、トゥレは、もう全然落ち着かないし……

 話をまとめるのが本当に大変でした。(ある程度したら書き直すかもです)


 さて、いよいよ、『狂乱の堕天使』の影響が少しづつ明らかになってきてますが、次回は多分出てきません。


 その代わり、ぶっきーとおーちゃんが大暴れ……の予定です。

 どうぞお楽しみに。

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