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41(婚約編) ビアンカ〜side〜

1話ずつ毎日21時頃の更新予定です。

 汗が吹き出す真夏日。武道場の観客席は、日傘や帽子を被る女性でごった返している。ミリィの手を引き、人混みを抜ける。


「こっちこっち。」


「ビアンカ、すごい人ね。こんなにたくさん女性がいて、リアンに気付いてもらえるかな?」


「大丈夫よ。一番前の席だし。日陰のところって伝えたんでしょ?日陰はこの辺りだけだから、分かると思うわ。」

 お兄様に頼んで取ってもらった特等席。ここなら暑さも凌げるし、ミリィでも長時間の剣術大会を最後まで見られるだろう。なにせ凄腕のコール伯爵子息が出場するのは、最後の方だけだろうから。


「リアン達が出てきたみたい!」

 騎士達の入場に合わせて、女性の黄色い悲鳴が武道場に轟く。第一騎士団は黒、第二騎士団は濃緑、第三騎士団は濃茶、近衛騎士団は白の騎士服を着ている。ここに出場できるのは、予選を勝ち残った強者達。


「ミリィ、コール伯爵子息がこっち見てるわよ?」

「どこ…?たくさん人がいて分からないわ。」

 全然違う方向を見ている。ミリィは、勉強のしすぎで目があまり良くない。


「ミリィ、遠眼鏡持ってきたけど使う?」

「赤髪で目立つから、見つけられるはずよ…あ、いたわ!」

 ミリィに見つけてもらえたコール伯爵子息は、ほっとした様子で手を振ってきた。私達の背後で、『きゃあ、リアン様ー!』と歓声が上がる。



 開会式が終わり、第一試合が始まる。剣と剣が激しく交わる高音に、観客が息を呑む。汗が滴る二人の騎士が、一歩も引かない白熱した試合。剣先が頬を掠め、血が出る。


「わぁ…血が出て、痛そうだわ。」


「本当だわ。リアンが流血や怪我があるから、私は見ない方が良いって言ってたの。確かに…痛そうで見てられないわ。」


「もしかしてコール伯爵子息に反対されたの?」


「えぇ、最初は来ては駄目だって言われたけど、最後は折れてくれたわ。」


 前に、一緒にお菓子を作っても、詰所に差し入れに行こうとしないミリィを不思議に思い聞くと、詰所に行くのは禁止になったと話してくれた。コール伯爵子息は、可愛いミリィを騎士団に関わらせたくないのだろう。


 剣が弾け飛び、『わぁー!』と歓声が上がる。勝者が剣を天に掲げ、敗者は悔しそうに項垂れる。両者の礼が終わると、敗者は恋人の待つ観客席の前に駆け寄り、投げ入れられた赤薔薇を嬉しそうに掴み去っていった。




 次々に試合が始まっては終わり、日も高くなってきた。


「ミリィ、これ飲んでみて?暑いし、水分取りながら見ましょう。無理しないでね。」


「私、意外と暑いの大丈夫よ?小さい頃は、外を駆け回って、かなり日焼けしてわ。……ん!美味しい!」


「ルパルト領産林檎の果実水よ!酸味があって、さっぱりするでしょ?」


「本当!夏にぴったりね!」


「実はね……私、お兄様が第二王女様と婚約したから、女官を辞めることになったの。それで…『カフェ・ルパルト』を開店するの!で、この果実水は、そのお店の試作品!!どう?驚いた??」


「え!?…え?」

 ミリィの驚いた顔を見て、大満足な私。


「ふふん!さすがに義理の姉の女官を続けていては駄目って、急に決まったのよ。仕事を失って苛々したから、『お兄様のせいだわ!』って暴れたの!そしたらお兄様が何でもするって。王都の一等地に『カフェ・ルパルト』を建てて貰ったわ。私が、オーナーよ!」


「えーっ!?」

 ミリィと手を取り合う。


「すごいでしょ?」


「ビアンカ、すごいわ!」


「今まで、ミリィと考えてきたレシピを使うわ。ルパルト領産の食材を活かして、お店の目玉にするの。」


「それって、最高よ!」

 私の大好きなミリィの瞳が輝いてる。ずっと私のやりたい事って何だろうって考えてきた。学園でミリィと一緒に調理部を立ち上げたことが、人生で初めて自分で率先してやったことだった。…天職かもしれない。


「ミリィも暇なときは、手伝ってね。そして、レシピを増やさないと!」


「えぇえぇ、もちろんよ!」

 取り合った手をぶんぶん振って、私達は喜びを噛み締め合った。


「あっ、大変!次、彼の出番みたいだわ。ミリィ、私じゃなく前を見て。」

 コール伯爵子息は、不安そうにこちらを見ている。ミリィが、横に座る私からコール伯爵子息に目線を移すと、彼は安心したように剣を構えた。


 コール伯爵家は総括の騎士団長を輩出する家門で、伯爵は騎士団長を務め上げ、領地に隠居したが、同時に息子のリアンが入団した。彼は、剣は勿論のこと、弓や柔術も秀でていて、戦闘能力が非常に高いと有名だ。さらに、コール伯爵家は隠密や戦略も得意とする。何故、お兄様が彼を敵に回そうと思ったのか、今だに理解できない。


 コール伯爵子息は、瞬殺で試合に勝利し、またこちらを見てくる。対戦相手が、可哀想なくらい短い試合だった。


「ミリィ、彼が勝ったみたいよ。」

「そうなの?速くて、全然分からなかったわ。」

 ミリィが拍手すると、彼は嬉しそうに退場していった。分かりやすい人ね。




 だんだん上級者同士の試合になり、緊張感が増す。汗と血が騎士服に飛び散り、騎士達がいつも危険と隣り合わせで生きていることを実感する。歓声も次第に大きくなり、いよいよ決勝戦になった。


「ミリィ、大丈夫?顔が真っ白よ?」


「えぇ、大丈夫。リアンが心配で。怪我したらどうしよう。」


「彼はまだ無傷だから、勝っても負けても、このまま無事に終わると良いわね。」


「そうなの。怪我さえしないでくれれば、なんでもいいわ。」

 ミリィが震えながら赤薔薇を握りしめている。


 コール伯爵子息が構える。対戦相手は、近衛騎士団長のサントモルド侯爵子息だ。若くして近衛騎士団長に抜擢された実力者だ。


 二人の剣捌きが速くて見えない。双方が深く踏み込む。キィン、金属の硬い高音が響く。剣が太陽の光を反射しながら、青空に舞い上がる。『わぁー!』という歓声と共に、サントモルド伯爵子息が崩れる。


「ミリィ、彼が勝ったみたいよ。」

「えぇ、そうみたい…。」

 放心状態のミリィが、こちらに走ってくるコール伯爵子息を見て、観客席の手摺から身を乗り出す。


「ミリィ、落ちると危ないわ。」

 私はミリィのワンピースの布を強く掴む。


 彼は走る足を速めて、観客席の壁を強く蹴り上げ、飛び跳ねた。手摺に手を掛け、よじ登ると、いつの間にか、ミリィの頬にキスをして、萎れた赤薔薇を奪って行ってしまった。


 観客席から『きゃあーー!!』という歓声と『いゃあーー!!』という悲鳴が轟く。


 へたへたと座り込むミリィを見て、とんでもない人に彼女は愛されてしまったと感じる。もう一度、観客席から壁を見下ろす…額から汗が落ちて、消えて行った。


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