3 マティス・ガルシアとアルフレッド・ブルース
自動ドアが開いて中に入ると、そこは日本で言えばオートロックのマンションのエントランスのようであった。パスワードを押すと思しきテンキーとスピーカーのついた台がある。ルイが何らかの番号を押すと大人の男性の声が返答した。
「ルイです。新入生を案内したいのですが」
『本人を』
ルイが手招きしたので秀人はその台の前に立った。
「挨拶して」
ルイが小声で言う。
「はじめまして、藤秀人と申します。新学期よりこちらに入寮する予定です」
『よろしい』
返答と同時に自動ドアが開いた。入りながら
「今のは?」
と秀人が聞くと、
「寮の管理人だよ。昼夜交代でここにいる人」
とルイは入ってすぐの扉を指した。
「せっかくだから挨拶しておこうか」
そう言うとルイは扉をノックした。すると少し時間をおいて中から男性が出てきた。
「やあ!」
見たところその人は三十歳くらいで、背の高い筋肉隆々の偉丈夫だったが、脚が悪いのか少し引き摺っていた。
「ブランさんだよ」
「シュートだね、よろしく」
彼が出した右手を握り返しながら秀人も挨拶した。
「藤秀人です。こちらこそよろしくお願いします」
「談話室に行ってもいいですか?」
「ああ、勿論。冷蔵庫の中、適当に飲んでいいぞ」
「ありがとうございます。じゃ行こうか」
そのまま二人は奥へ進んだ。
「ブランさんは元軍人なんだよ。怪我で退役して去年からここの管理人を任されてるんだ」
「どうりで…すごく大きい人だよね」
「あまりお喋りしないタイプだけど親切な人だよ」
階段とエレベーターの並びの前を通った時ルイが言った。
「寮生達の部屋は二階から上で基本的に二人部屋なんだ。一階に談話室と食堂、あと自習室があって、共同発表の準備なんかはそこでやるね」
続いて自習室の前を通った。窓があるので中の様子は窺えるが、休み中は使えないのか施錠されて灯りもついていなかった。
「談話室はここ、奥が食堂だよ」
開け放されたドア、明るい室内と何人かの笑い声がする。
「連れてきたよ」
ルイが声をかけると、
「待ってたよ!ルイ!」
と一人の少年がルイに抱きついてきた。
「こら!マティス!お客さんだよ」
そんなルイのたしなめる声を聞いているのかいないのか、明るい茶色の髪と瞳を持つ少年はルイに抱きついたまま、秀人を見下ろした。
「はじめまして!僕マティスだよ、よろしくね」
そう言ってにっこり笑った顔を、秀人は純粋に(綺麗な子だな)と思った。
「マティス、挨拶はちゃんとしようよ」
再度ルイがたしなめると、マティスと呼ばれた少年はルイから離れて秀人に向き直った。
「改めて、よろしくね。マティス・ガルシアといいます」
やはりというか、マティスもルイと同じくらいの背丈で、秀人は見上げる格好になった。握手をしながら秀人も名乗ろうとした時、
「僕もいるぞ!」
ともう一人少年がやって来た。こちらはルイよりは幾分濃い色合いのブロンドヘアーで、青い瞳をもち、二人より幾分小柄な、でも秀人よりは背が高かった。
「僕はアルフレッドだ。アルフレッド・ブルース」
幾分仁王立ち気味で堂々とした名乗り方だった。きっとクラスでもリーダー格の子なんだろうな、と秀人は思った。
「僕は藤秀人です。よろしくお願いします」
秀人は二人を交互に見て名乗り、アルフレッドと握手をした。
「シュート、まだ時間大丈夫なんだろ?さっきブランさんがお菓子をくれたんだ。一緒に食べよう」
握手をしながらアルフレッドが言うと、
「じゃあ何か飲み物持って来るよ。シュートは何が好き?ジュース?コーラ?」
とマティスは冷蔵庫へ、ルイは黙ってグラス類の入った食器棚へ向かっていた。
「あ、えーと何があるの?」
少しばかりもじもじしながら秀人が問う。
「今あるのはね、オレンジジュース、コーラ、ミネラルウォーターで炭酸のあるヤツとないヤツ、かな。ちょっと時間はかかるけどコーヒーや紅茶もできるよ」
「僕コーラ!」
即答したのはアルフレッドだった。
「まったく君は――アルフレッドは自分で取りに来い」
呆れたように言いながらルイはグラスを、マティスは二リットル入のペットボトルに入ったコーラを出した。
「僕はオレンジジュースにしようかな」
マティスがそう言ったので『じゃあ僕も』と秀人は言った。アルフレッドが自分のコーラのボトルとグラスを、マティスがジュースのたっぷり入ったピッチャーを、ルイがトレイにグラスを三つと缶入りのクッキーを載せて持ってきた。
「はい、どうぞ」
マティスがルイの置いたグラスにジュースを注いだ。
「ありがとう」
お礼を言って秀人はジュースを飲んだ。思いのほかのどが渇いていたようで、一口飲むとそのまま一息に飲み干してしまい、自分でもびっくりした。
「きっと緊張していたんだね~」
マティスがお替りを注いで、
「クッキーも食べてね。ブランさんからの差し入れだよ」
と缶を開けて勧めてくれた。
「シュートは今日から入寮かい?」
と聞いてきたのはアルフレッドだ。
「ううん、今日は一旦ホテルに戻るんだ。多分来週かな」
「えーそうなのか。一人だと退屈だから早く来て欲しいな」
「ああ、アルフレッドとシュートは同室だから」
そう言ったのはルイだった。続けてマティスが、
「ちなみに僕はルイと同じ部屋」
と言った。それからどれくらい話していたのか、三人とも秀人と同じ学年なこと、ただし同年齢なのはマティス一人で、ルイは一つ、アルフレッドは二つ年下でスキップしていること、寮の監督生は各学年ごとに一人ずついること、ルイは馬術部でマティスとアルフレッドがサッカー部に所属していること、ただマティスは絵を描くことも好きなので美術部も兼部していること、などを秀人は聞いた。そしてルイとアルフレッドの二人はかなり熱心に部活の勧誘をしてきて、その様をマティスはニコニコして眺めていたら、誰かの携帯電話の着信音が鳴った。
「あ、僕だ」
アルフレッドがジーンズの後ろポケットからスマホを取り出し、画面を見て嫌そうな顔をした。
「マイクだよ……」
そう言いながらスピーカーをオンにして皆の前に置いた。
マイク?聞き覚えのある名前だな・・・と秀人が思っていたら、聞こえてきたのは先程会った理事長の声だった。
『アルフレッド、シュートは一緒か?』
「うん、談話室で皆でお菓子食べてるとこ」
アルフレッドの返答に続いてルイも口をはさんだ。
「すみません、もしかしてもう戻らなければならない頃合いでしたか?」
『いや、入れ違いになったらまずいと思ってブランに連絡を入れたら、談話室に行ったと聞いたのでな。って、スピーカーオンにしてるのか、全くアルフレッドは……じゃあルイ、シュートを連れてグラウンドまで来てくれるか?車で向かうから門のところで落ち合おう。シュート、お姉さんも連れて行くからな』
「お姉さん?」
アルフレッドが口をはさんだ。
「うん、今日は姉と一緒なんだ」
と秀人がアルフレッドに耳打ちすると、
「マイク、ルイじゃなくて僕がシュートを連れて行くよ!」
と、ルイが返事をする前にアルフレッドが大声を出した。
『は?お前、何を言ってるんだ?』
「マイク、シュートとお姉さんを送って行くんだろ?僕も一緒に行くよ」
秀人は勿論のこと、ルイもマティスも驚いて、アルフレッドとスマホを交互に眺めている。そんなことはお構いなしにアルフレッドは続けた。
「僕はシュートと同室なんだから早く仲良くなりたいんだよ!だからシュートを連れて行くから僕も車に乗せてよ、お願い!」
『えぇ……』
「お願い!マイク!」
かすかに洩れる声を聴く限り、マイクはそばにいる誰かと相談しているようだった。アルフレッド達にはわからないことだが、おそらくあやめの声だろうと秀人は思った。ややあって、
『わかった、今日のところはアルフレッドに頼もう。ルイ、今日はご苦労だったな』
とマイクは了承の返事をしたのだった。