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1  藤 秀人

 日本から空路、陸路で中欧へと入ったのは夏も終わる頃。


 彼が小学校を卒業して約五ヶ月、その間みっちりと英語を叩き込まれ、向かうはヴィルヌーブ学院という、創立者はフランス人だが現在は英国人が理事長を務めるボーディングスクールだ。


 勿論彼だけの単独行ではない。共にいるのは彼に英語を教えた二人の教師のうちの一人である。彼は英国人と日本人の双方から英語を教わって、今回同行しているのは日本人教師で二十代後半の女性である。


秀人しゅうとさん」


 ホテルでルームサービスの朝食をとりながら教師が彼に声をかけた。が、彼は黙々とスクランブルエッグを食べていて、彼女の声が耳に入っていないようだ。


「秀人さん」


 彼女がもう一度、若干強めに声をかけると、彼――秀人は弾かれたように彼女を見た。


「ごめんなさい、あやめ先生」

「これからは秀人さんなんだから早く慣れないと。あと日本語で私を呼ぶときは『お姉さま』」

「そうだね、僕は『ふじ 秀人しゅうと』。藤の家の長男で姉が一人いて、今回は姉と一緒にここに来た。両親は警察庁と法務省に勤めている――だよね」

「そう、とにかくまずは『シュート』と呼ばれたらちゃんと返事してね。さすがにクラスメイトから親のことは聞かれないと思うけれど、一応覚えておいて」


 あやめはそう言うとカフェオレを飲んだ。


「十時に車を手配しているからね」

「まずは理事長に会うんだっけ?」

「ええ。普通ならせいぜい校長どまりだけど、今回色々便宜を図ってくれたのが理事長だから」

「『お姉さま』と個人的な知り合いなんでしょ?」

「英国留学していた時同じカレッジだったのよ」

「随分と若い理事長なんだ」

「少し前までは彼のお父様が務めていたんだけどね。おかげで色々話が早かったわ――さて、ごちそうさまでした。洗面所、先に使わせてもらうね」


 二人はホテル前で迎えの車に乗り込んだ。助手席には既にSPと思しき男性が座っていた。だからなのか二人は黙ったままである。やがて山の中腹にある目的地、ヴィルヌーブ学院の正門前に着いた。夏季休暇中だからなのか、それとも常の事なのか、正門は施錠されておりその脇に守衛所があった。SPが車から降り守衛所で来訪の旨を告げると、やがてゆっくりと正門が開き、再び車中の人となったSPと共に車は敷地内に入った。ゆっくりとではあるが道なりに五分ほど走っただろうか、最も大きな棟の自動ドアの前に男性が一人立っており、彼らが車寄せに入ると近寄ってきた。


「あやめ、久しぶりだな」


 建物側に座っていたあやめが降りるなり、その男性は声をかけてきた。


「こんにちは、マイク。この度はどうもありがとう」


 あやめはマイクと握手をすると、後ろを振り返り秀人に降りるよう促した。


「この子がシュートか。やあ、シュート、よく来たね」


 マイクが微笑みかける。秀人は決して人見知りなわけではなかったが、やはり緊張した面持ちであることは否めない。


「秀人さん」


 あやめが小声で名前を呼んだ――挨拶を促されているのだと気付き、秀人は背筋を伸ばす。


「こんにちは、藤秀人です。よろしくお願いします」

「こちらこそ」


 再びマイクは微笑んだ。そしてあやめに向き直り言った。


「帰りは俺が送るから車には帰ってもらったら?」


 あやめは一瞬目を丸くしてから視線を外し、考える素振りを見せたが、


「ありがとう、じゃあお言葉に甘えさせてもらうね」


と承諾した。


「ではまず理事長室へ案内しよう。そこで院長や寮の監督生に紹介する」


 英国紳士らしくと言おうか、マイクはあやめを促して彼女を先に、続けて秀人と並んで入った。そこからはマイクが先導し、エレベーターの前に着くと再びあやめを先に入らせ、最上階へと昇って行った。扉が開くと、そこにはマイク付きの秘書と思しき男性が立っており、一言挨拶を述べて彼の案内で理事長室へと向かった。今日の予定について話しているのかマイクと秘書が並んで先を歩き、理事長室に着くと秘書が扉を開け、あやめ、マイク、秀人の順に入室すると、中には壮年の女性と、背は高いが顔はあどけない少年の二人がいた。


「彼女が院長のミズ・サラ・ミッチェルだ」


 マイクが壮年の女性を紹介する。彼女はブルネットの髪を緩く一つにまとめ、鮮やかなペールグリーンのスーツを着た眼鏡をかけた女性だった。


「はじめまして。よろしくお願いします」


 秀人は一歩前に進み出て頭を下げた。ミズ・ミッチェルも「こちらこそ」と言って右手を差し出したので、二人は握手をした。


「……で、彼が君が入る男子寮の監督生を務めるルイだ」


 秀人はもう一人の方を見た。


 監督生を務めているくらいだから、おそらくはジュニアの最高学年であろう。背が高く、理事長のマイクとそう変わらないように秀人には見えた。金髪に青い瞳という、日本人が想像するヨーロッパ人そのものの外見。


「こんにちは、シュート。後で校内を案内しよう」


 ルイも右手を差し出してきた。


「よろしくお願いします」


 握手をしながら秀人はルイを見上げる格好になった。少し前まで小学生だった秀人は百五十センチくらいしか身長がない。片やルイの方は、あきらかにあやめより背が高いところを見るに百七十センチ以上はありそうだ。


(いくら年上だといってもやっぱり外国の人は大きいなぁ……)


 ついまじまじと見てしまう。幾分不躾な視線だったにもかかわらず、ルイは優し気な微笑を浮かべながら、秀人に合わせて力を入れすぎないように注意を払いつつ握り返してきた。


「それじゃあ細かい説明はルイから聞いてもらえるかしら?――ルイ、校内と寮内の案内がすんだらまたこちらまで戻って頂戴。今日のところはお二人とも一旦お帰りになるから」


「わかりました、ミズ・ミッチェル――シュート、案内するからついて来て」


 理事長室にあやめを残して、秀人はルイについて廊下に出たのだった。

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