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2-3 現実時間5

「えー唐突ですが、今日は浩太の人生を左右する、たいへん重要なイベントがあります。」


うわっ! 出たっ!


浩太の額をヘンな汗がダラダラと溢れ出てくる。


寧子の100%予知は毎回とてつもない精度で当たる。どういう訳だかだいたい寧子の言ったとおりになる。


だったら何でも予め先に説明してくれよと最近の浩太は思うのだが、どういう訳だか直前までもったいぶったり、あるいは中身についてはきちんと説明してくれなかったりする。


「どんなイベントだよ?」イライラする気持ちを抑えながら、どうにか浩太は聞き返す。

「それは説明できません。」しれっとした顔でにべもない返事の寧子。


これだよ! そんなに大事な話なら、なんでちゃんと説明しないんだよ!


「あのねぇ浩太。」寧子は浩太の心の声を読んだのか、聞いてもいないのにペラペラ喋り出す。

「私が事情を説明しないのにはちゃんとした訳があるのよ? それはね? 浩太。あなたの自主性に任せたいという私ながらの老婆心なの。

私は浩太には自分で決断できるカッコイイ男になってほしいと考えているの。私に依存せずに一人で立てる男になってほしいと思っているのよ。


だから浩太? 私はあなたが自分で決めた事ならば、むしろ喜んであなたの選択を支持するわ。


私は予知能力がある分、どうしても一般人より優位な立場にならざるを得ないことは承知しているけれど、けれども努力によって浩太との関係をイーブンなものにすることはできると考えているの。


だから私はあなたにすべては話さないようにしているの。

分かった?」


いや分かんねーよ! 初めから終わりまで、なに言ってんだかさっぱり分かんねーよ!


むすっとなる浩太に対して、「はあやれやれ」と残念そうな顔になる寧子。いや待て寧子! 残念なのはどっちかっつーとお前の方だろうがよ!


「っていうかお前、アレだろ? 先に予知して結果が分かってんだろ?」


だが寧子は困ったふうな顔になり首を横に振った。


「それが、結果については私も分からないの。もちろん、一番最初の時点では予知したから、最初の結果は知っているわよ? けれどもこうして今私が浩太に話をしてしまった時点で、未来の計算は狂ってしまったの。どう転ぶか分からなくなってしまったの。


そこから先の新しい未来については、私は一切予知していないわ。だから私の忠言を耳にした浩太がどういった選択をするのか、むしろ私の方が分からずにドキドキしているわ。」


「……なんだよ、それ。」


浩太としては、なんだか口の回る寧子にいいように言いくるめられている気もしないでもなかったが、自らの胸元を両手で押さえる寧子の何やら嬉しそうな様子に毒気を抜かれ、腹を立てる気力も霧散してしまった。


「ともかく浩太はいつも通りの事をなさい。今日の浩太は銀行と市役所に用事があるのではなかったかしら? あまりダラダラしていると午後から雨が降るから大変よ。」

そんなふうに諭される寧子に背中を押され、釈然としないまま自宅を出る浩太。


っていうか浩太の予定はどういう訳だか全て寧子に把握され、仕切られている。今の浩太の彼女はかなみなのだが、対する寧子は長年連れ添った嫁みたいな立ち位置である。解せぬ。



2時間後、パラパラと小雨の振り始める中、用事を終えて帰ってきた浩太の手元には、「みゃーみゃー」と可愛らしい声でなく生後数週間と思しき黒い子猫がいた。


「きゃーっ! 浩太なら必ず連れ帰ってきてくれると思ったのよーっ!」目をハートにして子猫を迎え入れる寧子。

まるで最初からこうなることを分かっていたみたいだ。


「ちょっと待て! お前の言ってた重要なイベントって子猫のことか!」

「あらそうよ? 気付かなかったの? どう見ても人生を左右する重要イベントだったでしょう?」浩太から子猫を受け取った寧子は嬉しそうに抱きかかえながら、しれっとそう返事をする。

それから足元に置かれたボストンバッグのチャックを空けると、いそいそと中から小型のカーゴだのタオルだの哺乳瓶だのミルクだのを取り出して準備を始める。


浩太は色々突っ込みたくて仕方がなかったが、どこ吹く風の寧子がせっせと子猫の世話を始めるものだから、浩太としてはその様子をただただ見守るしか他になかった。


「クロ子ちゃーん。お腹空いてまちゅよねー? すぐにミルクの準備してあげまちゅよーっ。」

「……クロ子って名前なんだ。」白目気味の浩太がそう呟くと、世話をしつつの寧子が

「そうよー? あなたが未来にそう名付けるのよー? だから先に私がクロ子って呼んでも一緒のことでしょー?」などと返してくる。


あなたが今勝手に名付けましたよね?


そう思えて仕方がない浩太だったが、まあ別にいいかと思い直す。

まだ浩太の両親が生きていたころ、家族で犬を飼っていた。

犬の名前はシロ太。白いオス犬だったからという安直な名前だったが、浩太にとっては大切な家族の一員だった。

けれども両親が不慮の事故で亡くなって、浩太が叔父さんに引き取られることになったとき、生き物が苦手な叔父さんに飼い続けることはできないと言われ、浩太はシロ太を泣く泣く里親に出したのだ。


あの日からずっと、いつかもう一度ペットを飼いたいとずーっと考えていた。だから一人暮らしの部屋探しの際にも、少々割高であることは承知の上で、わざわざペット可の部屋を探したのだ。


それが駅前までの通り道で捨て猫を目にした瞬間、引き取る以外に考えが思いつかなかった。


そんな目の前の猫は黒いメス猫だ。だったら浩太がこの子をクロ子と名付ける未来は自然であるように思えた。


「まあいいか。」浩太は、寧子の手の中で懸命に哺乳瓶の先に吸い付こうとする子猫に向き直る。

「よろしくな、クロ子。これからお前は我が家の家族だ。」


それから寧子と二人並んで、可愛い子猫の世話などをした。



「ところで寧子。今朝お前、人生を左右する重大なイベントとか言ってなかったか? 確かに猫のことはびっくりイベントだったけど、これって人生を左右するほどの重要な事か?」

ふと気になった浩太が疑問を口にする。


「あら? 浩太。かなみは猫アレルギーなのよ? 浩太が猫を飼いだしたら、かなみとのお付き合いが大変になるでしょう?


だからかなみを取るか子猫を取るかの二択だったのよ? 

けれども浩太ならきっとクロ子を取ってくれると信じていたわ!

さすがは動物好きの浩太ね! あなたは未来も今も変わっていないわ。」


……は?


「いやいやいやいや! ちょっと待て寧子っ! かなみが猫アレルギーっ!? 聞いてないぞそれ! どういうことだよ!」

浩太の慌てように、寧子の顔がきょとんとなった。

「あら? 話してなかったかしら? 割と未来では既知の事実だったので今の浩太はすでに知っているものかと……。」


「いやいや聞いてないって! 聞いてたらマジで考えたって! マジでか!? マジか! うわっ! うわーっ!」

頭を抱えて喚き出す浩太。


「あらら? もしかして私やっちゃったかしら? てへぺろ。」

なんかわざとらしく可愛い顔になってペロッと舌を出す寧子。


そんな二人の真ん中で、子猫がみゃーみゃーといつまでも鳴いていた。



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