2-4 現実時間6
「へーっ。思ったよりも片付いているんだー。」
感心した様子のかなみが、一人暮らしの浩太の家の中をあちこち見回す。
ええ。片づけてくれました。寧子様が。
クロ子の存在が猫アレルギーのかなみに影響が出ないよう、徹底的に除菌・清掃してくれたのは寧子だった。浩太のテキトーな掃除では「甘いっ!」と鼻息も荒く色々手伝ってくれたのだ。そのクロ子は今、一時的に寧子のアパートに引き取ってもらっている。マジで寧子様には感謝の言葉しか思いつかない。
「わあっ! すごいっ! お鍋とか包丁とか調理器具がちゃんと揃ってるーっ!」
キッチンの前に立つかなみが可愛らしい声ではしゃいで見せる。
ええ。揃えてくださいました。寧子様が。
かなみとのデート資金のために日々の出費を抑えたい浩太に対し、寧子が提案してくれたのが自炊による食費の削減であった。寧子はどうせ自分も食べるのだからと、料理道具などもあれこれ用意してくれたのだ。マジ寧子様神。
「もしかして浩太って料理できる人? あたしなんかの手料理よりよっぽど美味しかったりする?」
エプロン姿のかなみが、ちょっと困った顔で上目遣いに訊ねてくる。
いえ。料理を嗜まれるのは主に寧子様です。自分などはとてもとても。
少しづつ寧子に自炊のコツを教わっているところではあるが、まだまだ不器用で寧子に笑われるばかりの日々である。結果として寧子様のお作りになったご飯のご相伴にあずかる身分が今の自分です。
「ねえ浩太ぁ? ピーラーってある? 野菜の皮剥くやつ。」
包丁を手にしたかなみがいったん作業を止め、くるりと振り返ってそう聞いてくる。
ええっ? ピーラーって何ですか? 寧子様なら包丁を器用に当てて皮をむいておられましたが、そういうものではないのですか?
寧子の卓越した技術はほれぼれとするくらいである。寧子曰く「未来でさんざん作ってきたから、身体が自然と覚えているのよ」とのお言葉であった。ちょっとなに言っているのかよく分からないですねぇ。寧子様は割と普段からゆんゆん電波なお方です。
「うわーっ! 懐かしい味だあーっ!」
出来上がった料理を前に、嬉しくなった浩太はついついぱくぱくと箸を進めてしまう。
「えーっ? そぉおーっ? 懐かしいーっ?」
はにかむかなみが嬉しそうな様子でそう返事する。
「ああっ。昔はかなみのお母さんがしょっちゅううちにお惣菜を分けてくれたじゃん! あれ何気にスゲー嬉しくて。あの時の味とおんなじ味がする。
なんかだから、もう一回食べれてスゲー嬉しい!」
「えーっ。そっかー。おかーさんに一生懸命教わってよかったよー。そっかー。浩太は嬉しいかー。なんかあたしも嬉しいかもーっ。」
ちょっとネギが切りきれていなくて連なっていたり、肉じゃがの味付けが濃すぎて喉が乾いたりするのはご愛敬。浩太はそれでも充分に美味しく食べた。
やっぱり好きな女の子が一生懸命作ってくれたものは格別なのである。
寧子様はあまりに浩太の好みを熟知しており、あらゆる料理が浩太にとっておいしすぎるため、かえって恐ろしく感じさせられることも多々あるのだが、かなみの料理にはそれがないのがむしろいい。むしろ安心して食べることが出来る。
お茶碗などの洗い物は全て浩太が引き受けて、時刻は夜も更けるころ。まったりムードの二人の時間の中で、浩太はふと寧子に渡されたプレゼントの事を思い出した。
「あっそうだ!」
「えーなぁにー?」
「いや、友達がさ。彼女が家に来て二人で話す事なくなったらこれで遊んでくれって、プレゼントくれてさ。」
「なになに? プレゼントー?」
「そうそう。なんか時間つぶしにいいらしい。」浩太はそう説明しつつ、可愛らしい包みに入ったそれを目の前に取り出す。
「なにー? ゲームかなんかー? いいよー? 二人でしよー。」かなみも乗り気で覗き込んでくる。
二人して封を開けたその中には……。
コンドームが入っていた。
「………。」ヘンな顔で固まるかなみに、浩太の冷や汗が止まらない。
「いやー、友達がさぁーっ。なんか友達がぁーっ。することなくなったらこれで遊べってぇーっ。でも中身とか全然教えてくれなくてーっ。オレも今初めて知ってびっくりっていうかーっ。いやーっほんと友達がさーっ」
取り繕う言葉も上滑りする中、浩太は心の中で叫びまくった。
寧子っ! てめぇ寧子っ! ちくしょう寧子っ! あのアマあーっ! こんなもの持たせやがってっ! 寧子ぉーっ! ねいこぉーっ!
ただまあそれからすったもんだありつつも、二人はこの日、大人の階段を上った。
「結果として良かったじゃないの。最高のプレゼントだったでしょう?」
翌日、クロ子をケージに入れてやってきた寧子は、そのまま上がり込んではクロ子とじゃれ合いつつも、そんな事を言ってくる。
「いや、まあ、確かにさあーっ……。良かったけどさぁーっ……。いや、もうすこしやりようがさぁーっ。」ゴニョゴニョと文句らしきものを口にする浩太に対し、寧子はジト目である。
「あのねぇ浩太。かなみはもともと性欲の強い女なんだから、あなたさえ勇気を出せばいつでもウェルカムな状況だったのよ? むしろ遅いくらいだったのよ? かなみに飽きられて浮気されないようにするためにも、ここは先手先手で早めの展開を狙っていくしかないの。
そこは諦めて、私の指示に従ってくれると嬉しいわ。」
「へーいっ。」気のない様子で返事をする浩太。どうにも納得がいかないようで、苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。
そんな浩太に対し、寧子は「ゴメンなさい。」と頭を下げてきた。
「ゴメンなさい。浩太。正直ね、私自身、自分が不自然な事をしているという自覚はあるの。
大好きな女の子との事だから、あなたが自分で主導権を握りたいって考えていることはよく分かる。男の子として当然の考えだと思う。
でもね浩太。どうしても分かってほしいの。今かなみは本当に難しい状態で、対する浩太はあまりにも知識不足、経験不足で、このままどう頑張っても長続きしない状況なの。
私がすべてを見通して来て、針の穴を通すような正確性でひとつづつこなしていかないと、このままじゃ一か月も持たずに破局する運命なの。
私としてはなんとしてもそれを回避したいだけなの。決して自分の都合のいいように引っ掻き回しているわけではないの。
どうかだから、今は私に従ってください。
お願いします。」
深々と頭を下げる寧子。
「お、おう。」浩太としてはそう返事をするしか他になかった。
けれども何かがおかしい。
確かにかなみとの幸せいっぱいの恋人生活は毎日がびっくりするほど楽しい。
けれどもその幸せのために、目の前にいる寧子という女の手を借りなければいけない現状はどうにもあからさまに不自然である。
だが他にどうすればいいか分からないのもまた事実である。
浩太はどこか釈然としないものを飲み込むようにして、ただただ寧子に従うよりほかになかった。
けれどもひとたび感じてしまった違和感は、いつまでたっても心の奥底にこびりついて剥がれなかった。




