3-1 現実時間7
2.27 内容がスゲー気に食わなくなったので別エピソードに差し替え。
3.6 次話とのバランス調整のため終わりの部分をさらに修正。
「それじゃあ浩太。あなたは日曜に水族館に遊びに行くイメージをしてみて?」
浩太は寧子に言われた通り、ぼんやりとかなみとのデートのイメージをしてみる。メッセで誘って、準備して。来週の日曜は午後から軽く雨が降るらしいから、折りたたみの傘などを忘れずに。
二人で手をつなぎながら電車を乗り継いで。
なんとなく楽しそうな気分になってくる。
「待った! あーダメダメ!」寧子が声を上げ、浩太の妄想は無理やり掻き消される。
「ダメだわ、浩太! かなみとイルカショーを見る見ないでなぜか大喧嘩するらしいわ! 水族館は中止よ!」
「えええええっ……。」浩太はがっくり項垂れる。妄想の中では絶対楽しいイベントになっているはずだったのに、寧子の予知では酷い未来が待ち受けているらしい。
「それじゃあ映画にしましょう! 何でもいいから映画を見にいく想像に切り替えて!」
はあ、やれやれ。ため息を飲み込みながら、浩太は映画館デートのイメージを膨らませる。まずはかなみにメッセを送って、
――どんな映画がいい? なにが見たい?
――どうせなら都心まで出てちょっと大きな劇場に行ってみない?
あれこれかなみと相談しながら、ひとつづつ予定を詰めてゆく。そうして少しづつ、日曜までの気分を盛り上げていって。二人の共同作業で素敵なデートを計画して。
うん。なんだか楽しい気分になってきた。
「オッケーよ! 浩太! 思いのほかかなみは喜んでくれて、最後に思わぬサプライズがある未来が見えたわ! 映画館で正解ね!」
浩太はホッと胸をなでおろす。寧子の今回の予知は久々に難航し、これで5回目の予定変更だったのだ。それにしても『思わぬサプライズ』とは何だろう? まあ、寧子に聞いてもどうせ答えてはくれないので、浩太としては当日を楽しみに待つくらいしかないのだが。
「あーでも浩太。一つだけ注意してね。どの映画を見るか相談中、最後かなみは「浩太の好きにして」っていうけど、それは『あたしが見たいと思うものを浩太がちゃんと選んでね』って意味だからね。
間違ってもアクション映画を選ばないように。恋愛ものあたりから妥当なものを選択しなさいね。」
寧子様のありがたいご助言。
「ふえーい。」浩太は適当に返事をする。
まったくもって恐ろしい能力。
寧子は寧子自身の選択によってのみ変化する未来を予知することが出来るが、寧子の選択によって派生するすべての関連イベントを変化させることが出来る。だからこうして浩太に予定変更を促すだけで、二次的に浩太の未来をいくらでもコントロールすることが出来るようになる。
本来浩太はこの能力を恐れねばならないのだろうと、そう思う。けれどもあまりにも当たり前のように寧子の力は行使され、当り前のように浩太がこれを享受する関係が最初から続いているため、怖いとも恐ろしいとも危ないともよくないとも思えない。
ただただその利便さに甘えて、寧子の指示通りに毎週の予定を立てているだけで、かなみとの仲はどんどん進展していく。
人は成功している間はどうしてうまくいっているかを理解できないのだと、浩太は昔、大学教授の叔父さんに教えてもらった事がある。
人の精神は入力情報に対し脳味噌が演算を行い結果を行動に表す。物事がうまくいっている間は現実と心の間の入出力のサイクルが途切れることなくきれいに循環するため、心の中に引っかかりが出来ずに記憶野に情報が溜まりづらいのだそうだ。
これが失敗しだすと現実とのサイクルはうまく回らなくなる分、引っかかった演算がいつまでも脳に残り続け、人の心は失敗を記憶することが出来るようになるらしい。
だから成功している間は不思議とうまくいっている感触ばかりが残り、その理由についてはいつまでたっても理解できないのだ。
まさに今の浩太がそんな状態で、かなみとの恋愛が成功し続けている間、浩太は考えることを放棄してしまい、そこに恐怖も危険も覚えられないのだ。
本来浩太はこれを恐れなければいけないのだろうとは理解している。だが目の前にある大きな成功体験を前に、心はどこまでも流されてしまう。
続けて浩太は、先週一週間の出来事を寧子に報告する。
「言われた通りかなみの部活の件は辞めるように助言しといた。楽しくバスケしたいなら地元のミニバスサークルとかあるみたいって情報紹介したら、割と乗り気な感じだった。なんかスゲー感謝されちゃって恥ずかしかったけど、まあかなみが喜んでくれてたからいい事したかなって気はする。」とかなんとか。まあ一通り色々と。
この報告は1週間前の寧子へのメッセージなのだ。一週間前の寧子は一週間後の浩太の報告を予知して計画を修正、変更してくれる。だからきちんと正確に報告しないと、かなみとの幸せ恋人計画はどんどん崩れていってしまう。とても大切な作業なのだ。
なお更に次の一週間の予定についてはあまり当てにならないらしい。寧子は自分自身の未来を予知しているわけではないので、割とちょっとしたことでブレが発生することが大いらしく、あまり先の未来については聞いたところで次の週には大幅に予定が狂っていることがほとんどなのだそうだ。
だから寧子と浩太は色々検証を重ねた結果、こうして一週間ごとの計画と振り返りをサイクルとするようになっていた。
さて、そんな予知に支えらえた土曜の映画館デートは大成功で、最後のサプライズとはかなみの自宅へのお泊りであった。
かなみの両親は夫婦で旅行に出かけていたのだ。かなみは浩太をびっくりさせようとして、その事をわざと黙っていたのだ。
かなみの猫アレルギーと、浩太が自宅でクロ子を飼っている件はすでにお互いの共通理解となっており、男女の楽しい遊びのためには場所選びに苦労しているのが現状だったから、このサプライズは純粋に嬉しかった。
かなみのお母さんは出掛けに「どこの誰と、とは言わないけれど、あんまり羽目を外さないようにね」などとくぎを刺してから出ていったそうだが、すみません、おばさん。思いっきり羽目を外してしまいました。後片付けは明日にしようととりあえず疲れた体をベッドに横たえつつ、今は二人でまったりムードのお時間である。
「浩太ってなんか、すごく大人になっちゃったよね。なんかすごく優しいし、すごく気ぃ使ってくれるし、なんかすごくそばにいるだけでホッとする。
なんかあたし、ずーっと浩太の事下に見てちゃったと思う。でもなんか今の浩太は全然大人で、あたしより全然上って感じがする。
なんか今までゴメンね? あたしなんか、浩太に色々悪い事してたと思う。あたしバカだから、なんかそんな事にも全然気づけなかったと思う。
これからはなるべく気を付けるようにするから、だから浩太、これからもよろしくね?」
それからかなみはぎゅーっと浩太に抱きついてきて、それから顔を真っ赤にさせながら、浩太の耳元で小さく「好き」と呟いた。
かなみは本当にかわいい女の子だと思う。浩太がびっくりするほど可愛い女の子になってしまって、小学生のころからよく知る浩太がドキドキするくらい、初めての顔をいっぱい見せてくれて。
だからこそ浩太の心には罪悪感がある。かなみが好きと言ってくれた大人っぽい浩太というのは、予知の力で予習をさんざん済ませた仮面の浩太なのだから。
「なあ? かなみ。今のオレは本当は大人のふりをしてるだけのニセの浩太だったとしたら、かなみはどうする?」
「えーっ?」かなみはくすくすと笑った。「それって今日見た映画の話?」
「……うん。まあ。」浩太はゴニョゴニョと返事をする。
本日の映画の内容は、自らを偽って格好をつけた主人公の男の子が、一生懸命好きな女の子を口説くラブコメディで、最後の最後でヒロインの女の子が元のネクラな男の子の事が実は大好きだったという分かりやすく盛り上がるお話であった。
浩太は映画の中の物語の話として純粋に内容を楽しんで見たのだが、言われてみればまさに今の自分のことであると、今さらながらに気付かされる。
今の浩太は自分で自分を客観視できていないのだ。だからかなみに指摘されるまでそんな事にも思い至れないのだ。
浩太はぼんやりと、ああ、今のオレは思った以上に重傷なのかもしれないと、そんな事を思ったりもした。
そんな浩太の心情もつゆ知らず、かなみがニコニコ笑いながら耳元で話しかけてくる。
「あたしは、その。どんな浩太でも、好きだよ?」
全く涙が出るほどの素敵な返答。小学生のころからずっと大好きだった初恋の女の子。
そのかなみがこんなふうに自分から好きだなんて言ってくれるなんて、びっくりするくらい幸せな一言。
けれどもだからこそ違和感が拭えない。ずるをして卑怯な方法で望みを叶えて、結果として何かを失うイメージがこびり付いて離れない。
けれども今の浩太にはそれが何であるかまるで想像がつかない。
ただただ漠然とよくない印象だけが頭にこびりつき、その理由がまるで思いつかない。
本来はこのまま幸せの海に溺れて一生をぬるま湯で生きていければ最高なはずなのに、どうしても心がざわざわして気が休まらない。
その週の終わり、寧子との反省会の中で、浩太はこの一週間の出来事について「最後にサプライズがあった」とだけ報告した。「かなみの家にお泊りして、とってもいい事があった。」と伝えたが、その中身については「恥ずかしいので言えない」と伝えた。
これを聞いた一週間前の寧子は嬉々としてこれを一週間前の浩太に報告するだろう。
そしてその結果をもとに一週間の予定を立てる事になるだろう。
だが、実際にどんなやり取りがあって、浩太が何を考えたかまでは寧子には伝わらないだろう。
浩太は1週間前の自分に伝わるといいなと、そう思った。
恐ろしいまでに正確無比な寧子の予知の向こう側で、浩太が一人悩み苦しむ選択を選んだことを。
自らの心の苦しみだけは寧子が予知することが出来ない事を。
これより先、浩太は少しづつ自分に不利な選択を選んで行くようになる。
かなみと少しばかり険悪なムードになっても、寧子への報告は「楽しかった」と伝えれば、一週間前の寧子はこれを基準に計画を立ててくれる。
そうして計画上は薔薇色のデートは大抵ちょっとした悶着があって、浩太とかなみは喧嘩をしたり、気まずい空気が流れたり、行き違いやすれ違いが発生したり。
そんなふうにして、寧子の予知が少しづつ当てにならなくなってゆく。
だが、浩太にとってはどういう訳だかこれがとても楽しかった。
だから浩太は少しづつ嘘の報告を交えてゆくことになる。
それが正しい事だとはとても思えなかったが、不思議と浩太には心地よかった。
寧子の予知は100%当たるのに、これを利用する浩太に二心あるだけで途端に予断を許さないスリリングな未来へと早変わりするのだ。
けれどもこの先自分たちがどうなっていくかは、この時点での浩太にはまるで予測もつかなかった。だって浩太は寧子と違い、本来は予知などとは無縁の人間なのだから。
それが良い事なのか悪い事なのかも分からぬまま、浩太たちの間をいたずらに時は過ぎていった。




