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10.

「リシェーラ、好きです」

 言い訳に聞こえるだろう言葉より純粋な想いをリシェーラへと投げかける。

 これで断られたら今度こそ潔く実家へと帰るつもりだった。


「ディートリッヒ……」

 震える手を伸ばし、けれど真っ直ぐに自分だけを写してくれるそんな想い人にリシェーラは手を伸ばす。気持ちを伝えてくれたディートリッヒのその様子を、言葉を嘘だとは思いたくなかった。



「ありがとう、リシェーラ。絶対に幸せにします」

「その約束は……守ってくれる?」

「もう2度と約束を反故にしないと神に誓います。リシェーラ、君だけを愛しますから、だから俺の隣で笑っていてくれませんか?」

「うん……」


 いつのまにか家主は姿を消していた。

 どちらからともなく抱き合った2人は、目の前の幸せを追うだけで精一杯の彼らはそのことに気づく様子はない。



 それからしばらく経ち、結局なぜあの日やって来なかったのかとリシェーラに問いただされたディートリッヒは迷ったものの、全て彼女に打ち明けることにした。

 それでやはり別れると言われるのではないかとビクビクしていたディートリッヒであったが「噂はともかくとして…………伝達ミスか……」とリシェーラが頭を抱えるだけで済んだ。

 その後、約束の際にはきっちりと時間と場所を決めるようになったのは言わずもがなだろう。


 そんな些細なことがキッカケで、リシェーラとディートリッヒはすれ違ったのだから。




「宰相殿、気を利かせてくれて助かった。これ、お礼にもらってくれ」

 その頃のルミオンはと言えば、仕事に追われる手を一時中断しているハザールにお礼の品を差し出す。

 彼が救いの船を出してくれなければ、ディートリッヒとリシェーラが結ばれるのはもっと先のこと、下手をすればその機会すらなくなっていたかもしれない。


 ハザールは差し出された酒瓶を一瞥すると「それは今度の酒盛りに取っておいて」とルミオンの顔を見上げた。


「そん時はルギウスも呼ぶか」

「そうだね」

 自称リシェーラの父親であるハザールはやっとディートリッヒと結ばれたリシェーラの幸せな顔を想像して、うっすらと涙を浮かべる。

 ずっと忘れるように仕事に打ち込む姿を見るのは辛かったが、娘のように可愛がっていたリシェーラが自分の元を旅立ってしまうことを考えるとそれはそれで寂しくて、涙せずにはいられないのだ。

 だが祝い事の席に涙は要らないと、決してリシェーラの前ではそのようなことはしないとハザールは固く心に誓った。






 だがその1年後、その決心は簡単に崩れることとなる。


「リシェーラ、綺麗になって……」

 ハザールはリシェーラの両親や兄弟と同じだけの涙を流し、ハンカチを2枚ほどびしょ濡れにしてしまう。


「ハザール、泣きすぎですよ」

「リシェーラ、幸せになりなよ」

 用意周到なルギウスに新たなハンカチを差し出され、ハザールは無限にあふれ出す涙を拭き取りながら新たな道へと進み始めるリシェーラに祝福の言葉を送る。


 宰相補佐官の地位を退き、今や城に週に何度か手伝いに来る程度に減ってしまったリシェーラだったが娘のいないハザールにとって娘のように可愛いことには変わりないのだ。


 涙するハザールをルギウスが介抱する隣で、ディートリッヒはルミオンに思い切り背中を叩かれていた。


「良かったな、ディートリッヒ!」

「ありがとう、ございます」

 容赦のない一撃に前へつんのめってしまったディートリッヒだが彼なりの祝福をその身をもって体感した。



「行きましょう、リシェーラ」

「うん」


 あの日守られることのなかった約束の代わりにリシェーラが手に入れたのは生涯の約束。

 だが一方的に幸せにされるというのはリシェーラの性に合わない。


「ディートリッヒ」

「何ですか?」

「幸せになろう」


 生涯を共にするのならそうでなくてはならない。


 その日、多くの城内勤務者は仕事の鬼と呼ばれるリシェーラの美しさと、英雄・ディートリッヒの曇りなき笑顔に目を奪われた。


 ある者はリシェーラとディートリッヒの長年の恋が実ったことに涙をし、そしてある者は心の中にひっそりとあった恋心にふたをして涙を流し、2人を祝福するかのような雲ひとつない空を仰ぎ見るのだった。


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