過去の国3
私はレイチェル・デスペラード。国王デスぺラードの娘だ。自分で言うのもなんだけど、実を言うと私は養子で、結構……いやかなり、お父様に愛されていると思う。そのおかげで―――そのせいだと言うべき? ――― 一ヶ月前から、私に守り役が就くことになった。
「何度言ったら分かるんだ? 勝手に城外に出るなとあれほど言ったのに……」
もういい加減、顔を見なくても分かる。この声の主はデスペラード王国の中佐、ゼロだ。彼は私の守り役でもある。
お父様が何を判断基準にしたのかは分からないけど、とにかく彼は口数が少ない。何を考えているのか分からないことがしょっちゅうだ。
でも、別に嫌いなわけじゃない。私がここに来る前に好きだった子に、彼は少し似ている。もしかしたら私は、ゼロに彼の姿を重ねているのかもしれない。……ちょっとだけ自己嫌悪。街にいた頃のことは思い出さないようにしようって決めていたのに。
「城の外に出ることの何がいけないと言うの?」
「駄目だとは言っていない」
「じゃあ、どうして止めるのよ」
「ちゃんと外出届を出してからにしろと言っているんだ。勝手に城の外に出られたら、守りようがない」
ゼロは不機嫌そうというより、呆れている口調で言った。ちなみに、この一ヶ月で私が無断で外出しようとした回数は両手の指の数では足りなくて、足の指を合わせると余ってしまうくらいだ。
「いてっ」
物思いに耽っていたその時、乾いた音が城門前で鳴り渡った。音がした方に振り返ると、剣術の先生でもあるマルス大佐がゼロの傍にいるのが見えた。
マルス大佐はとても厳しい人だから、少し苦手だ。
「いきなり後ろから殴るなんて、頭がおかしいんじゃないのか?」
ゼロは眉を顰めてマルスに抗議した。
マルスは冷たく言い放つ。
「気配を察しろ。お前はそれでも兵士か?」
「あんたがそんなせこい真似をするとは思えなかった」
「人を見かけで判断するなと言ったはずだ。戦場ではその甘さが命取りになるぞ」
「それくらい分かっている」
「―――あのようにいい加減な奴が守り役だなんて、あなたも可哀相なお人だ」
「『いい加減』とは聞き捨てならないな。俺はちゃんと仕事をしているぞ」
マルスはゼロを無視し、話を続ける。
「あの愚弟が、あなたに迷惑をかけていないか心配だ」
え? 『弟』?
「知らなかったのか? 私はてっきり、知っているものだと思っていたがな」
マルスは二十センチほど私より背が高い。簡単に言ってしまえば、思いきり見下ろされている構図になる。太陽を背に向けているせいか、マルスの青い瞳は更に深みを増していた。長い銀髪が太陽光をはね返している。まるで、神様みたいに。
彼よりやや身長が低いゼロは、少し見上げて兄を睨んだ。
「そんなことを伝える必要がどこにあるんだ。仕事に支障をきたさなければ、教える必要など無い」
「フン。まるで人形のような物言いだな」
「お褒めに預かり光栄だね」
ゼロはさらっとマルスの言葉―――ほぼ嫌味だよね―――を受け流す。
「―――って、ゼロ! それ、褒められてないし!」
物知りなくせに、意外と間が抜けてる。いや、もしかしたら常識を知らないのかも……。
すると彼は、きょとんとして目を瞬いていた。
「なぜ、そこまでして外に出たがる?」
マルスが去った後、私は振り返り、そう尋ねたゼロを見た。彼は、理解できない、といった表情をしていた。ただ純粋に疑問に思っただけのようだ。彼に何の意図もないことを確認し、私は答えた。
「私は自由になりたいのよ」
外の世界。もう二度と行くことができない場所。私の故郷。
「この城で生きていくことは簡単よ。物資に何不自由することなく、のうのうと過ごせるのだから当たり前よね。だけどその代わりに、私はここを出ることができない。自由に外を駆け巡ることもできない。分かりきったことだけど、一人でいる時間を与えてくれない、ここはそういう場所」
『姫』なんて、『国王』の飾りでしかない。飾りがあれば、お父様は国の中で輝ける。彼の体裁を保つためだけに私はここに存在する。役に立つから愛されている、ただそれだけ。
「私は、ここを出たい」
「あんたは自分の言っていることの重大さを理解できているのか? 外は、あんたが思っているより厳しいんだぞ」
「昔は外で暮らしていたんだもの、それくらい分かっている。ただここで堕落していくよりは、外の厳しさを身に沁みて味わった方がよっぽどマシよ」
もうすぐ戦争が始まる。お父様は世界を支配しようとしている。私が求めているものは、そんなものじゃない。
戦争は何も生み出さない。ただ、あらゆるものを失うだけだ。
ここにいる理由がない。私は一度だって、お父様に助けられたと思ったことはなかった。夢を壊されたと思った。
いつかここを抜け出してやる。そう心に誓っていた。それまでは、過去のことを思いださないようにしようと。計画がバレては元も子もないからだ。
そう言って、彼女はテラスから飛び降りた。
「さようなら」
視界から消え去る直前に、彼女が微笑んでいるのが見えた。哀しげな笑顔だった。
「レイチェルっ」
俺は駆け寄り、柵を乗り越えるようにして下を見た。けれど、彼女はどこにもいなかった―――。
少し前に書いていたものを入れたので、ずいぶん読みづらいと思います……。一日でどんだけ投稿するんだ! って感じですよね(-_-;)