過去の国2
「―――あんたはここにいない方が幸せだったのかもしれないな」
「え?」
「何でもない。今のは聞き流してくれ」
すると、レイチェルは軽く笑った。
「何がおかしい」
「やっと普通に話してくれるようになったわね」
「聞く耳を持たないあんたに何を言っても無駄だからな」
あんたと話していて、一つだけ思い出せたことがある。
「ねえ、ゼロ。あなたは、自分がどうしてここにいるかってことを考えたことはある?」
「……いいや。あんたはあるのか?」
「うん。私が今ここにいるのは、一つの運命なんだよ。運命っていうのは予め用意されているもので、私たちはそれに従って生きている」
「運命なんて―――」
「全てが始めから用意されているものなんて、この世には存在しないよ。私が言いたいのは、そういうことじゃない。君も私も含めて、誰かが行動を起こした結果が『運命』なんだよ。予め用意されていたって、一人一人の行動が運命の形を変えていくのよ。例えるなら……そうね、川の流れを思い浮かべてみて。私たちは普通、川の上流から下流にあるゴールに向かって移動しているの。だけど、ゴールにたどり着く速さや経路は皆一人一人違う。つまり、私が言う用意された運命というのは、おおよその『形』のこと。形だけでは、その本質は何も分からないわ。ゴールにたどり着いて初めて『運命』というものは完成されるのよ」
彼女はそう言い、廊下の窓を開け放った。その瞬間、窓の柵に止まっていた白い鳥たちが飛び去った。
視界が白く染まる。その後に残されたのは、澄み渡るような青い空だけだった。
その時、午後二時を知らせる鐘が鳴った。国の中央に位置する高台に建てられた、時計塔の鐘の音だった。
「……そういえば、エドワードのところに行かなくていいのか? 今は武道の時間なんだろう?」
「あ、忘れてた! でも、ゼロが具合悪そうだし……」
「俺のことなら気にするな。ここで時間を潰すこと以上に無駄なことはない。……それに、あんたが行かなければエドワードがへこみそうだ。指導を受けるのが嫌だったとしても、あいつのためだと思って行ってやってくれ」
「別に嫌じゃないけど……。そうね、サボるのは良くないわよね。分かった、行ってくる!」
そしてレイチェルは去り際に振り返り、「そうだ! 今度は、『あんた』じゃなくて名前で呼んでよね」とどうでもいいことを言った。
―――眩しい。俺は光を遮るように、壁際に移動した。光り輝くものや場所は、正直言って苦手だ。
それよりも、暗くひっそりとしていて、そこにいても誰も気づかないようなところの方が、性に合っている気がした。
なぜそう思うのか分からなかった。もしかしたら失ってしまった記憶の中に、それらのものに対して、何か嫌な思い出でもあったのかもしれない。けれど、もうそんなことなどどうでも良くて、ただ彼女が開け放した窓から吹き込んでくる少し暖かくなった風を心地良いと思うことができた。今は、それだけで充分だ。
あなたは誰? どうしてそんなことをするの?
わざわざ悪役になるつもり? あなたがそれをしたところで、世界は何も変わらないよ。




