修行 ~剣術編~
「修行って、具体的に何をするんだよ?」
鈴はゼロと模擬試合をしていた。これはいつも通りの光景である。
「そうだな……。とりあえず、お前たちに足りないものを補うことを目標にしている」
剣がぶつかり合う音が響く。
「お前たちにはそれぞれ異なる弱点がある。例えば鈴、お前は―――」
鈴は何度目かの攻撃を繰り出す。だが、ゼロはいとも簡単にそれを避けてしまった。
「力があるし、体力もある。扱いにくいツーハンデッドソードをそこまで使いこなすのは至難の業だっただろうな。だが、技の繰り出し方が荒い。攻撃をする時はもっと慎重に、それでいて素早く剣を振るわなければ駄目なんだ。それを改善しなければ、対等に敵と戦うことはできない」
そして、とゼロはクリスと模擬試合をしている玲を見やった。
「彼女はスピードがある。攻撃を繰り出すタイミングも正確だ」
玲はクリスが剣を振るう後の隙を見極め、的確に攻撃を繰り出して行く。しかし。
「彼女は敵を圧倒するほどの力を持っていない」
クリスは玲の攻撃をデュランダル―――聖剣―――で受け止めた。玲はその衝撃で思わず後退する。
「どちらにしろ身体的な問題だ。小柄なお前が倍ぐらいの長さがある剣をただ振り回すのではなく正しく使うのだとしたら、相当な技術が必要だ。反対に、玲は自分の体格に合った武器を使用しているが、力と体力がない」
ただ戦うだけではなく、相手をきちんと見ている―――。鈴は改めてゼロという人物を凄いと思った。
この人は、一体どのような人生を歩んできたのだろう。彼は、彼だけは、どこか浮世絵離れしているように思えた。
「あいにく、俺には過去の記憶というものがないんだ」
ゼロは鈴の考えていることを見透かしたかのように言った。剣による攻撃はまだ続いている。
「俺がクリスの兄ということも、あいつが教えてくれなければ思い出せなかった」
「僕はまだ、兄さんを許してないけれど」
当時十六歳だったクリスは記憶を失ったゼロを見て言った。
「今の兄さんは、あの時の兄さんではないから」
だから、許してやるよ。
そう言って、クリスはにっと笑った。それは作りものではない、純粋な笑顔だった―――。
「あいつは何も信じようとしない俺を―――自分さえ信じることが出来なかった俺を―――許してくれた。俺はその時、救われた気がしたんだ。……だから、信じてみようと思った」
ずっと傍にいてくれた誰か。足手まといだとずっと思っていた。
迷ってばかりの自分。そんなのは、もう沢山だ。
「俺が変わることで何かが変わるのなら。それはそれで良いなと、思った」
打ち合いが終わった。鈴は対峙するゼロを見た。彼の表情は、どこか清々しいものだった。
「おかげで俺は今、大切なものを守ることができる。お前もいつか、そういうものができるといいな」
そう言ってゼロは笑った。彼の笑顔は、クリスが時折見せる純粋な笑顔とそっくりだった。
「うん」
自分だけじゃない。自分だけが辛い思いをしてきたわけではない。
鈴は、そのことを心に刻んでおこうと思った。
「うん、そうだね」
大切なもの、守りたいもの。鈴はすでにそれを見つけていた。だが、見つけただけではそれらを守ることができないのだ。
―――強くなりたい。
鈴は切実に思った。