風
『無限ホール』から続いています。
序章 風
例えばここで、有り余るほどの札束を差し出されたとしたら、君はどうするだろう。
もし、僕が例に出した札束が、地位や名誉のようなものだったとしても、君はそれを拒む。そしてきっと、こう言うはずだ。そんなものはいらない、と。
何の努力もなしに手に入れられるものは嫌いなのだと彼女は言った。自分の事など顧みず、はっきりそう言えてしまう君を僕は羨ましく思う。君は常に正しい。
その正しさが僕には眩しかった。彼女は一見、何も持っていないかのように見えるけど、そうではない。人間にとって必要なもの―――言葉では言い表すことができない何か―――を持っていた。その点で言えば、僕は何も持っていないに等しい。
こんなことを言うのは不謹慎かもしれない。けれど、僕は言わずにはいられなかった。
今でも脳裏にその一瞬の出来事が焼きついている。君は最後まで君のまま、死んだ。美しく、しかし気丈だった君にその死はとても似合っていた。君がいなくなる前から、君に相応しい最期はこれなのではないかと僕は薄々思っていた。
「こんなところにいたのか。探したぞ」
そう言いながらやってきたのは、ゼロだった。彼の後に続くように、レイチェルも高台へとやって来る。
吹いている風が涼しくて、心地良かった。
「高いところが好きなの?」
彼女はそう尋ねた。
ここは全てを見通すことができる。何のしがらみも、ここにはない。
「うん」
好きだよ、とても。僕はそう心の中で付け加えた。
ここはあの場所に似ている。袋小路に囚われていた僕を救ってくれた彼女がいた場所に。