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外の世界  作者:
無限ホール
19/75

無限ホール(ムゲン hole)2


 『お前は一体誰なんだ……?』

 死に際にウィリアムが残した疑問。玲は冷めた目で彼の死体を見ていた。

 私が誰か、だって? つまらない質問をするのね。あなたのこと、結構頭のキレる人だと思っていたのに。心底、残念よ。

 私は私。レイであると同時にリンでもあるの。『玲』っていうのは、博士が勝手につけた名前。

 確かに僕たちは双子だよ。でも、君たちは目に見えるものしか信じていなかったんだ。私が『レイ』で、僕が『リン』だと思い込んでいた。

 だけど本当は違うの(違う)。私(僕)たちが『鈴』なんだ。

 レイは僕の一部であり、リンは私の一部でもある。僕たちは二人で一人なんだ。どちらが欠けても私たちは『鈴』になれないのよ。







                   『スズ』。







 それが僕(私)たち共通の名前―――。









 「彼が悔しいと言うなら私も悔しい」

 いつだって君は私を庇ってくれた。博士の標的だった私を救ってくれたのは君。そのせいで博士の標的になってしまったのも君。私は、君を放っておくことなんてできなかった。

 「彼女の感情が欠落しているというならそれは僕だって同じだ」

 いつだって君は僕を助けてくれた。絶望という底から僕を救ってくれたのは君。そのせいで心を痛めて感情を失ってしまった君。僕は、君を放っておくことなんてできなかった。

 「私は彼のために博士の死体を冒涜し、キリエを殺したのよ」

 「僕は彼女のために博士を殺し、邪魔者ウィリアムたちを殺したんだ」

 「だって、私(僕)たちは二人で一つの存在だから」

 「何だよ、それ。狂っている。それだけで人を殺していいと、本当に思っているのか?!」

 クリスは混乱した。たったそれだけの理由で、沢山の人間を殺すなんて―――。

 「そうね」

 レイは囁くように言う。

 「私たちは狂っているのかもしれない。僕たちは常識を知らない。私(僕)たちは一人の人間ではなく、博士の実験台だった」

 スズは不気味な笑顔を浮かべていた。

 「僕は自分の年齢を知らないと言ったけれど」

 「大体のめやすはついているわ。私たちは多分、17歳くらいよ」

 クリスは驚愕した。どう見ても、10歳辺りにしか見えないのだ。そんな心情を悟ったのか、リンは言う。

 「さっきも言ったじゃないか。僕たちは博士の実験台だったんだよ」

 「ハカセは『ココロ』を研究していた。それと同時に、『成長』についても研究していたみたいなの」

 「僕らは日の当たらないこの家にずっと閉じ込められていた。ヒトには、体内時計と言うものがある。日の光を浴びないと、体内時計は狂ってしまうんだ。僕らは次第に眠ることができなくなった。最低限の栄養補給と睡眠。それらを繰り返しているうちに、僕らの成長は止まった」

 「迷惑な話だわ」

 老いていく博士、そしてキリエ。彼らの外見は日に日に変わっていくというのに、僕(私)たちの外見は変わらない。そのことが何よりも恐ろしかったのだ。だから、

 「殺したのよ。自由になるために」

 レイは視線をリンに移す。

 「ありがとう、リン」

 その瞬間、ズサッと何かが沈む音がした。




 「え……?」





 リンは音のした方に目をやった。腹部にナイフが突き刺さっていた。そこを中心として、赤い何かが広がり始める。リンはがくりと膝をついた。

 「ど、どうして? 姉さん……」

 信じられない、というようにレイを仰ぎ見る。彼は驚きに目を見開いていた。それは、クリスも同じだった。

 「好きだから」

 レイはぽつりと言った。

 「え?」

 「好きだからよ。……自由になったら、あなたはきっと私から離れて行ってしまうわ」

 「そんなわけないじゃないか……」

 リンの呼吸は浅く早くなっていく。

 「人は平気で嘘をつく。私はそれを知っている。あなたのその言葉がどこまで本当なのか、私に知る術はない」

 「ぼくたちは二人で一人なんだろ……? ぼくは、なにがあっても、きみを裏切ったりはしないよ………」

 「私はあなたも殺すつもりよ。それでも私を信じて、逃げないで死んでいくと言うの?」





 ―――そうか、そうだったんだ。





 博士は、僕のことを信じていたんだ。自分の言葉が僕に届くと信じて、逃げなかった……。

 博士は僕たちのことを嫌っていたんじゃない。ただの実験台だと思っていたわけじゃない。どんなに的外れでも、あれが博士の不器用な愛情表現だったんだ―――。

 「……うん。ぼくは、きみがぼくを殺さないって、信じてる……」

 「―――え」

 リンはどさりと倒れた。レイははっとして自分の手を見た。真っ赤に染まっている。これは、リンの―――。

 「り、リンっ」

 レイはリンに駆け寄った。彼が呼吸するたび、ヒュウヒュウと音が鳴る。

 「リンっ!!」

 どうしてこんなことになってしまったんだろう。私が自由を願ったから? 彼を、信じることができなかったから―――?

 「ごめんなさい……」

 涙が頬に伝わる。拭っても拭っても消えてくれない。これが、『ココロ』?

 「これが、私が理解できないと言った『悲しい』という気持ちなの……?」

 喪失、絶望、虚無、愛情。それらが一斉に彼女に襲い掛かってくる。

 「ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 謝っても取り返しがつかないのだ。彼女には謝るということしかできなかった。ただ一つ、彼を助ける術があるとするなら。

 「取り返しのつかないことをして……ごめんなさい。私がしたことは許されない。私がしたことを許さなくていい。だけどリンは違うっ! 彼は悪くない、私がリンに命令したのっ、みんなを殺してって!!」

 「ここまでやっておいて、よくそんなことが言えるね……」

 クリスは額から流れる血を何とか服の袖で拭った。

 「お願い、します……。リンを、助けてください………」

 レイはクリスに懇願した。









 「大切な人たちを失ったのは、僕も同じだ。僕がリンを見殺しにすることはできる」

 「ええ……。そうね」

 レイは絶望的な気持ちになった。クリスは、リンを助けてはくれない―――。

 「だけど。彼を見殺しにしてしまったら、僕は君たちと同じ過ちを犯すことになってしまうんだ。……人を殺すという事がどんなに罪深い行為なのかを、君は理解できたかい?」

 レイは顔を上げた。クリスは困ったように笑っていた。

 「もうすぐメグリヤが救援を連れてここに来る。その時に彼も手当てしてもらえばいい」

 「え? だって、彼女は―――」

 「彼女メグリヤを殺したと思っていたのかい?」

 レイは頷く。

 「残念だったね。彼女は、君たちが犯人だということを見抜いていた。だから君たちが殺しにやって来た時、本当に殺される前に死んだフリをしたのさ」

 「だって、血が」

 「あれは血ノリだよ。僕らはこれでも一国の兵士だからね、そういう時に備えてちゃんと準備しているんだ」

 なんてことだ、とレイは途方に暮れた。殺したはずの彼女は、なんと生きていたのだ。

 「じゃあ、他の人は……」

 クリスは首を横に振る。

 「残念ながら、彼らを助けることはできなかった。真相を知っていた彼女メグリヤが真っ先に標的にされてしまったし、そのことを僕が伝える前にみんな死んでしまったんだからね」

 








 僕がメグリヤの遺体―――だと勘違いしていたんだ―――を運ぼうとした時、生きていた彼女はこう囁いたんだ。

 「犯人は、あの双子よ」


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