第1話 死に方
~93歳まで現役の最強弓使いに転生したので、戦国を撃ち抜きます~
四十三歳で過労死した商社マン・三島康介は、戦国時代の美濃国に転生した。
転生先は、自分が歴史書で愛読していた弓の名手・大島雲八の若い頃。
特典は「老いが遅い体」——それだけ。
チートスキルも魔法も無双能力もない。
あるのは前世の知識と、弓道三段の記憶と、地道にやり続ける性格だけだ。
斎藤道三に見出され、弓衆として生きていくうちに、雲八の弓は本物になっていく。
義龍の乱、長良川の戦い、信長への仕官、本能寺の変、関ヶ原——。
時代の荒波に流されながらも、雲八はただ弓を引き続ける。
百歩先の的を、一本の矢で射抜くために。
死ぬ瞬間というのは、案外あっけないものだ。
三島康介が最後に意識したのは、東京メトロ丸ノ内線の車内だった。
朝の通勤ラッシュ。コートの背中を他人の鞄に押しつけられ、右手でつり革を握り、左手でスマートフォンをいじっていた。画面には昨日送った見積書への返信メールが表示されていた。内容を読む気にはなれなかった。三万円の誤差を「精査してほしい」と言ってくるだけの、十行にも満たない文章だ。
胸の奥で、何かが軋んだ。
最初は「また胃か」と思った。四十三歳にもなれば、胃のひとつやふたつ悲鳴を上げる。だが次の瞬間、その感覚は胸を中心に広がり、左腕にまで這い上がってきた。スマートフォンが床に落ちる音を、遠くで聞いた気がした。
(ああ、これは——)
と思った。それだけだった。
三島康介。享年四十三歳。大手商社の調達部門勤務。弓道三段。離婚歴一回、子なし。趣味は弓道と戦国史の読書。特に好きな武将が一人いた。
大島雲八。
岐阜県関市に眠る、戦国時代の弓の名手だ。九十三歳まで現役で弓を引き続けたという、ちょっとどうかしているくらいに規格外の人物で、知名度は低い。関ヶ原の合戦に参加した東軍武将のひとりとして、辛うじて歴史書の端に名を残している程度だ。それでも康介は彼が好きだった。地味で、頑固で、ひたすら弓を引き続けた男。そういう生き方が、なぜか自分に重なる気がしていた。
——死ぬ前に一度でいいから、現代の弓具で引いてみせてやりたかったな。
などと、わりとどうでもいいことを考えながら、康介の意識は暗転した。
*
目を開けたとき、空が広すぎた。
青い。どこまでも青い。雲が遠い。風が冷たい。草の匂いがした。
(……?)
体を起こそうとして、違和感に気づいた。手が小さい。関節が細い。膝を立てると、足が短い。
康介は自分の手のひらをまじまじと眺めた。
(子供の手だ)
周囲を見渡した。草原が広がっていた。遠くに山の稜線が見える。空気が澄んでいる。というより、きれいすぎる。排気ガスの匂いがまったくしない。
脇に何かが置いてあった。竹でできた弓と、数本の矢だった。
(弓……)
康介は弓を手に取った。和弓だ。背丈より長い、二メートル近い竹の弓。粗削りで、現代の弓具と比べれば格段に品質が低い。それでも手になじむ感触があった。弓道三段の体が、自然と正しい持ち方を思い出す。
そして気づいた。記憶が、ある。
三島康介としての四十三年分の記憶がある。だがそれとは別に、もうひとつの記憶が薄く重なっていた。この草原を知っている。この弓の重さを知っている。美濃国、関の郷。大島家の三男坊として、今日も弓の稽古をしていたはずだった——。
(……まずい。本当にまずいことになった)
康介は長い沈黙の後、天を仰いだ。
(俺、大島雲八に転生したんじゃないか)
日本史上、もっとも地味な部類に入る武将のひとりに。
九十三歳まで現役で弓を引いた、あの頑固爺さんの若い頃に。
現在の自分の体の記憶を確かめる。十五歳。大永三年(一五二三年)。美濃国・関の郷、大島家の三男。名は光義。
(十五歳か。七十八年分、生きないといけないのか。……まあ、いい)
腹をくくるのが早いのは、商社マンの習性だった。状況を変えられないなら、状況を利用する。それだけだ。
(どうせなら、やり切ってやろう。この人生)
光義は立ち上がった。弓を握り直す。膝を軽く曲げ、足を肩幅に開く。背筋を伸ばす。四十三年かけて体に叩き込んだ弓道の型が、十五歳の体の中でゆっくりと目を覚ました。
的はなかった。だから遠くの木の幹を目で定め、弓を構えた。静かに息を吸う。引き分けながら、息を止める。ねらいを合わせ——
放った。
矢は、真っすぐに飛んだ。百歩——おおよそ百五十メートル先の木の幹に、矢が深々と刺さった。
(……マジか。チートじゃん)
笑えてきた。転生特典とやらが本当にあるらしい。康介は苦笑しながら、次の矢を番えた。
風が吹いた。草が揺れた。遠くで鳥が鳴いた。
大永三年、美濃国。戦国の幕が、静かに上がった。
(続く)
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