17
「…と言う事があったんですの!!」
王宮の一角。あからさまな煌びやかさはないものの、置かれている調度品は一目見るだけで高級品であることが窺える。机や椅子は落ち着いた色合いで統一されており所々にアメジストの色合いを使っている、主人の性格を模しているかのような第一王子の執務室。
そこで久方ぶりにクリスはアリスとの逢瀬を楽しんでいた。
やらなければならない事が山積みになっており、いつもの王宮の美しい庭園でなく執務室に身を置いている事だけが不満だった。しかしそれもアリスの元気な様子が見る事が出来ただけで霧散する。
「はぁ…あの時、あの朴念仁(お兄様)が変な言い回しをして!!グレンはもう完全に、フィーネの事を友達だと思ってしまいましたわ!私は、グレンは絶対フィーネの事が好きだと確信しておりますのよ!」
眉根を寄せながら、ぷりぷりとお怒りの愛しの婚約者に、怒ったアリスも可愛いなと思う。
(ラウールは、きっとわざとだね。久々の妹とのお茶会が、グレン達の話題ばかりで面白くなかったのだろうね。まったく、困った義兄上だ。さて、グレンか…)
「うーん、グレンは自己分析が苦手みたいだからね。」
と言った。
グレンは魔術の天才だ。彼に出来ない事は殆どないと言われ
彼が居ないと立ちゆかない研究が山ほどある。
幼い頃からその膨大な力を上手く使うために魔術の知識を得ながら、力の制御に注力しなければならなかったし、政治的に利用しようとする周りの大人に丸め込まれないよう気を張っていたのだろう。
その結果、自分の内面を見つめる機会など殆どなかった。
他人の感情には聡いくせに、自分の感情には疎い…というよりきっと分からないのだ。分からないから、知らないふりをしている。『分からない』と言う事が無かった天才の、欠点だ。アリスを好きだと思っていたその感情と、今のフィーネへ向ける感情の違いが、『分からない』に拍車をかけている。
アリスに向ける視線が、友愛になっている事にもまだ気づいていない。
「アリスの言う通り、グレンはフィーネの事が好きなのではないかと、私も思うよ。だから、友達だと思い込もうとしても、無駄だ。放っておいても大丈夫さ。」
そう言うと、アリスが小首をかしげて何故ですの?と聞いた。
「あ、その仕草すごく可愛い。」
とつい心の声が漏れてしまった。
アリスは顔を真っ赤にして、
「そ!そんなことより!話を続けてくださいませ!」
と言う。そんなアリスの反応も可愛く可愛くて仕方がないが、あまり脱線していると本気で怒りそうなので可愛い可愛いと言っている心の声はしまっておく。
「恋をすると、ふいにどうしようもなく愛おしいと思ってしまうものだろう。そうすれば自ずと自覚するさ。それに、リオがいるからね。あいつは自己分析も他者分析もお手のものだ。そして、グレンの事も大切な友だと思っているからね。きっと自分の気持ちに気づいてもグレンのあの状態を放っておいたりはしない。ただ…」
「ただ、なんですの?」
「いや、何でもないよ。まぁ、あっちは大丈夫さ。今日は久しぶりに会えたのだから逢瀬を楽しもう?アリス。」
そう言うとアリスの頬に手を添え指で撫でた。
ボンッと効果音がつきそうなほど真っ赤になったアリスを見て優しく微笑みながら、
(ただ、その結果二人が本気で喧嘩でもしたら、この国が滅んでしまうかもしれないな)
と考えてしまったあり得そうな未来を脳裏から消し去るように今はただ目の前のアリスを愛でる事に没頭するのだった。
クリスとの逢瀬を楽しんだ後、アリスは考えた。彼らのフラグは立っている。クリスは彼らの事は放っておいても大丈夫だという。けれど、フィーネはどう思っているのだろう?
そして思いついた。
(そうだわ!お泊まり会をしましょう!)
♢♢♢♢♢♢
「ーというわけで、フィーネ、今日は私の部屋で一緒に寝ましょう?」
一緒食事を楽しんでいたアリスがいきなりそう言い出した。
「もちろん!お泊まり会というやつですね!アリス!楽しみです!」
(何が『というわけで』なのか分からないけど…アリスと沢山ガールズトークして、私の知らない推しカプの知らない情報を聞き出すのよ!)
「グレン、リオ、お兄様、ぜっっったいに!私達の会話ん盗み聞きなんてしたらダメですわよ!やったら絶交ですわ。お兄様には口を聞いてあげません。」
アリスが皆を見回しながらそう宣言した。
皆苦笑しながら了承する。
「アリスに口を聞いてもらえなかったら、食事が喉を通らなくなって餓死してしまう…むしろアリス不足で餓死だ。」
いつも通りシスコン発言をかますラウール様。
(うーん、アリスがクリス殿下に嫁いで行ったらこの人本当に餓死するんじゃないの?)
「流石に、令嬢の寝室を除くような下品な真似はしないよ。」
そう笑いながら言ったグレンに、リオが
「おや。フィーネがこの屋敷に来た初日の夜に、『下品な真似』をしてませんでしたっけ?」
そうにっこり笑いながら言った。グレンがサッと青ざめながら、ガタッと席を立った。
「リオ!お前も同じだろう!?」
「私は影なので。」
「は?影なら許されるのかい?」
「監視件護衛の任務ですし?殿下からの命令で、仕方なく?」
「その言い分は狡いだろう!」
そう言い争っている彼らを尻目に、『アレ』を見られていたのかと私は行儀悪くテーブルに突っ伏した。
(うぅ…あの醜態見られてたの!?ってか気付かなかった私馬鹿?そりゃそうだよ。あの時は私、要監視対象じゃん!?なぜ部屋に入って安心した?馬鹿だわ!あぁー!監視のため仕方ないとはいえ無理!無理ぃーーー!)
頭を抱えてしまった私の耳に、アリスの冷ややかな声が聞こえてきた。
「お二人共。最低ですわね。あの日私は言いましたわ。フィーネは悪い子ではないから、一人でゆっくりさせてあげてほしいと。許し難い所業ですわ。殿下にもあとでキツく言わなくては。」
驚いて顔を上げると、キッと睨むアリスの前で、リオとグレンが叱られた大型犬のように肩を落としていた。
「殿下にもとばっちりだな。」
そう言うラウールを目で黙らせたアリスは、
「フィーネに、何か言わなければならないのでははなくて?」
そう言い、絶対零度の眼差しで二人を見る。二人は席を離れ私の前に来て跪き頭を下げた。
「ずっと謝ろうと思っていたんです。勝手に貴女が隠していたものを暴いてしまい、申し訳ありません。」
「僕も。勝手に覗いてごめんね。もう、しないよ。」
「えっと、私が油断してたのが悪いし、二人は仕事として当たり前の事をしてたわけだから…うん、あの、でももうしないでくれると嬉しいな。」
「もちろん(です)。」
そう言う二人の頭上に折れた犬耳の幻覚が見えるものだから、つい下げられている二人の頭を撫でてしまった。
リオの鳶色の髪はふわふわとしていて、ポメラニアンみたい。グレンはサラサラでヨークシャーテリアだ。
あまりにも可愛い犬種が頭に浮かび、くすくすと笑い声が漏れる。
「えっと、フィー?」
「フィーネ様?」
戸惑う二人に、ハッとして手を離した。
顔を上げた二人は、私を見てニヤリとし、立ち上がって私の頭を撫でる。
「顔、真っ赤だねぇ。」
「熟れたりんごみたいで可愛いですよ、フィーネ様。」
「ひぃっ!ご、ご馳走様でした!アリス、私先に戻ってお泊まり会の準備するね!」
私は恥ずかしさで居た堪れなくなり、そう言って部屋を出たのだった。
♢♢♢♢♢♢♢♢
「お前達は…、反省のカケラも見えんな。」
そう半眼で言うラウールに苦笑しながら席に戻る。
(お泊まり会とやらが始まる前に、食べ損ねているデザート類を持っていってあげようかな。)
そう思っていると、リオが
「では私はフィーネ様の所へ戻りますね。」
そう言い姿を消す。
そういえば。リオはいつからかフィーの事を名前で呼び始めた。そしてフィーへ向ける視線や態度に甘さが滲んでいて、それを隠そうとはしていない。
モヤ…と重いものが心の中に沈んでいる。
この感情に覚えがあった。アリスとクリスが婚約したと聞いた時感じた寂しさに似ている。
ーーけれど今胸の中に錘のように沈んでいるのは、それよりももっとドロドロして重いモノだ。
(これは、何だ?)
分からない感情に辟易し、溜息をつくと
目の前の甘そうなアップルタルトを口に放り込むのだった。




