最終話:セリオスのお願い
帝位争いの終結は、日本にいるセリオスにも伝えられた。
ヴォルグの印である狼の封蝋がついた手紙を届けたのは、既に面識のあるソーニャだ。
手紙の冒頭には、前皇帝の正妃アンゼリカと第一皇子ヒュブリスの死と、新皇帝ヴォルグの即位が記されている。
暗殺の危機は去ったので、帝国へ戻ってこないかという誘いの手紙だった。
「母上とヒュブリス兄上の、冥福を祈る」
手紙を読んだセリオスは、そう呟くと悲し気に目を伏せた。
乳母に育てられた彼は、実母との思い出がほとんど無い。
けれど、その死を悲しむくらいの情はあった。
「ヴォルグ様は、平民たちの支持が高いセリオス様を財務大臣にと望んでおられます」
「私のような若輩者を財務大臣に?」
ソーニャの言葉に、セリオスはキョトンとして目を丸くする。
セリオスのように帝位継承権を放棄した皇族は、領地を与えられて領主になることが多い。
政治の中枢に置かれることは少なかった。
「はい。セリオス様であれば、汚職を心配せずに済むだろうとのことです」
ソーニャは微笑んで理由を話す。
財務大臣は国の財政を管理する立場にあるが、過去に就任した者の中には国の金に手を付ける者がいた。
ヴォルグは誠実な性格を持つセリオスを推しているらしい。
セリオスの脳裏に、孤児院の子供たちや、街の人々の姿が浮かぶ。
彼は帝位は望まないが、民衆が幸せであることを望む皇子であった。
「承知した。ヴォルグ兄上が私を必要としてくれるのなら、しっかり学んでからその職に就こう」
そう告げるセリオスの瞳に、強い意志が映る。
彼はその後、宗谷学園の大学院まで進学して経済学と法学と政治学を学び、優秀な成績により首席での卒業となった。
「愛歌、私のお願いを聞いてくれるかい?」
「どんなお願い?」
「私と共に帝国へ来てくれないか?」
帰国が近くなった三月。
学生寮の談話室で、セリオスは愛歌に微笑んで言う。
談話室にいる学生たちが一斉にセリオスを見るが、彼は気にしていない。
セリオスと愛歌は親しく、休日には一緒に出かけるし、長期休暇の際にはセリオスが愛歌の実家に泊まったりしている。
学生たちの間では、二人が交際しているのではないかと噂されていた。
「私には君が必要なんだ」
セリオスは愛歌の右手を取るとそっと両手で包み、頬を染めて告げる。
邪魔しちゃいかんとばかりに学生たちは談話室を出るが、当然ながら気になるので廊下からコッソリ聞き耳を立てた。
帝国の王族が、日本の平民を娶るのか?
身近な人物のシンデレラストーリーに、学生たちは興味津々だ。
しかし。
「私の護衛騎士になってくれないか?」
恋愛関係ないセリオスの言葉に、廊下の人々はみんなズッコケる。
一緒に廊下にいた美冬と春樹もズッコケた。
「どうしてここまで一緒にいて、少しもロマンが無いの」
「愛歌がシンデレラになる日は、こないんじゃね?」
美冬はプルプルと拳を震わせて残念がる。
春樹は諦めたように半眼になって呟いた。
「うん、いいよ」
愛歌だけがその言葉を予想していて、一人苦笑しつつ答えるのだった。
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