8:あれれぇ? おかしぃぞぉー?
質の良い調度品で揃えられた室内。高級ではあるが華美でなく、上品で優雅。洗練された上質な空間。
道具屋ギルド連合、東方支部。その支部長室は訪れる者を自然と律する、厳格な雰囲気に満たされていた。
「ああ、こちらでも確認している。例の……味付きポーションの件だな」
低い男の声が室内に響き、重厚な佇まいの椅子がギシリと軋む。ただそれだけで報告に訪れたギルドの下部職員は、更に背筋を伸ばして姿勢を正す。
「い、如何いたしましょう。販売しているのはギルドの認可を持たない野良薬師……取るに足らない小物です。どのようにも出来ますが」
下部職員に問われた道具屋ギルド連合、東方支部長――ゼノス・バリンジャーは、報告書をファイリングしつつ、抑揚のない口調で呟いた。
「取るに足らない小物……か」
「は……?」
下部職員はゼノスの言葉が持つ真意を読み解けず、間の抜けた返事を返す。
「いや、気にするな。お前たちが動く必要はない、既に対策済だ。すぐに……未認可ポーションは、市場から消える」
そして静寂……再び椅子が軋む。
「報告は、それだけか? ならば仕事に戻ってくれ」
「はっ! 承知しました!」
びっ、と音がするほどの勢いで頭を下げた下部職員は、キビキビと回れ右をして支部長室を後にする。
ドアが閉まり、再び静寂を取り戻す室内。
職員の足音が遠離るのを聞きながら、ゼノスはファイリングされた報告書を「対処済」の棚へ戻すと、次の書類へと目を移すのだった。
場所は変わって、いつもの僻地ダンジョン前。そこからほど近いベースキャンプ。
「あ、お帰りなさい。どうでした?」
ポーションに焼き鳥のタレで味付けしていたメルルゥは手を止めて、町から戻ったテオを出迎えた。
「予想通り、どの店も売ってくれねぇな。瓶も、薬草も。精製水の類いも、ほぼ全滅だ」
背負っていた雑嚢を下ろし、長い息を吐いて肩を回す。彼はポーションの原材料を集めに出ていたのだ。
「あちこち回って数日分くらいは何とかなったけど、これからもっと締め付けは厳しくなる……次はないって感じかな。俺たちみたいな新参の端役如きに、ご丁寧な話だぜ」
道具屋ギルドはポーション類の流通を支配している。なら小規模小売りに圧力を掛ける最も簡単な方法は、仕入れ先を封じること。売り物がなければ売れない……当たり前だが、商売人にとって致命的な状況だった。
「そうですか……」
メルルゥがシュンと肩を落とす。だがそれほど落ち込んで見えないのは、この状況をテオが予測していた為だ。
「連中、これで俺たちがポーション作れないって思ってるんだろうな。ククク……だが、しかし!」
悪い笑みを浮かべたテオが雑嚢を開く……と、そこから出て来たのは大量の草! 薬草でも何でもない、その辺に生えている雑草だった。
「いつも通り目一杯まで集めてきたぞ! まさか連中もメルが雑草からポーションを作っているとは思うまい! クハハハっ!!」
「そ、その悪役みたいな笑い方……何とかなりません?」
メルルゥが若干引いている。
彼女のポーションは、アルラウネの能力を用いて植物から生命力を抽出して作られる。なので素材が薬草である必要はなく、植物でさえあれば、雑草だろうが雑木だろうが、最悪毒草であっても(効率は落ちるが)作ることは可能だ。
従来の薬草のみを原材料とする方法に比べ、革新的かつ効率的。更に美味しい。それ故に彼女が故郷を追われる原因ともなった、新世代の製法だった。
「この辺って人の手が入ってないから、草ならまだまだ沢山ある……取り放題だ! 仕入れ先を封鎖してんのに、どうしてアイツらポーション作れるの? あれれぇ? どうして? おかしぃぞぉー? とか言って首を捻るアホゥどもの顔が目に浮かぶぜ! だーははっはっはァ!」
悪っぽい笑い声のバリエーションには事欠かないテオ。しかし――。
「でもテオさん、瓶はどうするんですか? 仕入れ、出来なかったんですよね?」
「ああ、その件か。言っただろ、俺に任せとけって! 二段階で対策を考えてるんだが……取り敢えず第一弾だ。今からちょっと行って仕入れてくるから、お前はポーション作りながら待っててくれ!」
そう言い残すとテオは再び雑嚢を背負い、何処へかと駆けて行った。
「あ……い、行ってらっしゃい」
彼を見送り、メルルゥは手元の雑草へと視線を落とす。
奇妙な胸騒ぎ……最後に見たテオの背中。そこに言い知れぬ不安がこびり付いて離れない。
「テオさん……」
再び視線を向けた先に、もう青年の姿はなかった。




