7:おジィには分からない!
ダンジョン前の露天から少し離れた空き地。林野に囲まれ、少し開けた窪地になっている。近くには川が流れ、更には岩から染み出す湧き水まである好立地。
少し前までメルルゥが野宿していた場所であり、いまはテオと二人で寝泊まりするベースキャンプのような場所となっていた。
「ほい、これ。メルの取り分な!」
「……?」
卵サンドを囓りながら、メルルゥは目の前に置かれた茶封筒に「何これ?」の視線を送る。
「ポーションの売り上げだよ。取り敢えず売り上げから必要経費だけ引かせて貰った、その残りだ」
テオが言うとメルルゥは慌てて卵サンドを飲み込み、茶封筒を突き返す。
「う、受け取れませんよこんなの! だって売ったのテオさんじゃないですか! それに私もうテオさんにポーションの代金貰ってます」
「まぁそう言わずに受け取ってくれよ。そんな大金じゃないし、メルのポーションあっての売り上げなんだからさ」
メルルゥの胸元へ茶封筒を押し返したテオは、一拍を置いて少しだけ真剣な表情を見せる。
「それに、こんなことするのも、これが最後だろうしな」
「えっ……?」
これが最後との言葉に、メルルゥから血の気が引く。
もう、これっきりということなのか? てっきり、まだ続くと思っていた。
もっと新しい味を作って、それを彼が売って……そんな日は、もう終わりなのだろうか?
「あ、あっ……」
そんなの、嫌だ。
それを伝えようと口を開きかけるメルルゥだったが、言葉が出ない。想いが、形になってくれない。
そうする内、テオが先に口を開いた。
「あのさ、メル。良かったら……俺とパーティー組んでくれないか?」
「えっ……?」
「二人でパーティー組んで、売り上げは共有資産ってことにして、そこから給料みたいな形で夫々の財布に入れる。売り上げが安定したなら、その方が良いかなーって思ってるんだ……どうかな?」
僅かな沈黙。それに耐えきれなかったのか、テオが再び話し始める。
「わ、分かってるんだ。この商売はメルが居なきゃ始まらないからさ、無理に俺なんかと組む必要ないって。だから最初だけ、もう少し軌道に乗るまでの足掛け感覚で構わない。だからさ、メルのポーションを売る仕事……俺に、やらせてくれないか」
再び、辺りを沈黙が支配する。
川のせせらぎ、木々のざわめき。風の音さえも止んで、時が止まったかのような瞬間が流れて――。
「はい……分かりました。私、テオさんとパーティーを組みます!」
メルルゥの一言で、時間は元の流れを取り戻す。
「そ、そっか……ありがとう。これからも、よろしくな!」
安堵の表情でテオが腕を差し出す。メルルゥはそれを握り返して――。
「あれ……なんかメル、怒ってる?」
「いいえ、怒ってません。そう見えるだけです」
「それを怒ってるというのでは……」
泣きそうなくらい不安な気持ちにさせられたのだ。少し怒るくらいは許されるだろう。
「何だよ、ったく……ま、いいや。さて、無事にパーティーが結成された所で……」
テオが姿勢を正し、また少し真剣な表情へと戻った。
「早速だが、いくつかの問題が発生している」
「はぁ、問題……ですか」
そうだ、と頷いて、彼は右手と左手に指を一本ずつ立てた。前にも見たヤツだ。
「ざっくり分けて、問題は二つ。まず、ポーションの材料問題だ」
それはメルルゥも薄々感じていた。
彼女の作るポーションは、アルラウネの特殊能力を用いて草木の生命力を抽出する、というもの。結構な速度で量産ができるが、作れば作るだけ材料は減る。
「買い置きだけじゃ全然足りない。何せ在庫が全部捌ける勢いで売れたから、嬉しい悲鳴ってヤツだ」
「そうですね。それにポーションだけじゃなくて各種フレーバー用の材料も心許ない感じです。あ、それと容れ物も……」
競合を避ける為に敢えて僻地ダンジョン前での販売を継続してきたが、材料を買いに町まで戻る手間そのものがデメリットとして大きくなってきた。
「容れ物ってポーションの瓶だよな? それについては俺に考えがある。ちなみに正規の店で瓶を買うと、一本いくらなんだ?」
「ん……10円くらい、ですね」
メルルゥのことだ。コネによる値引きや大量仕入れによるボリュームディスカウントなどは利いていない状態での価格だろう。
「わかった、瓶の手配は任せてくれ。んで、残る問題っていうのが――既得権益だ」
既得権益。つまり既に商売して利益を上げたりしている連中の領分。ポーションの場合なら競合するのは道具屋ギルド関連の店舗となる。
「普通の店売りポーションは、道具屋ギルドを介して流通してる。どこ行ってもポーション価格が一定なのも、ダンジョン前の露天売りポーションが高くなるのも、道具屋ギルドが流通を調整して利益を得てるからだ。メルのポーションはそこへ思い切り食い込んで、いま食い荒らしてる真っ最中ってわけ」
道具屋ギルドの名が出た途端、メルルゥが渋い顔になった。
「ちょっと前に、色々あって問屋に卸せない、とか言ってただろ。ギルドとトラブルでもあったのか?」
「う……揉めたわけでは、ないのですけど……ちょっと、故郷で……はい」
しどろもどろにメルルゥが語った所によれば、彼女が故郷とする村ではポーション作りが盛んであるらしい。
伝統的な製法を守り、決められた手順で作られるポーション。だが彼女の作る「甘くて美味しいポーション」は、それらを完全に無視した革新的な物だった。
「苦いより、美味しい方が良いと思って作ってたら、凄く怒られて……村へ買い取りに来る、ギルドの人にも、同じように……」
メルルゥがスカートをギュッと、手が白くなる程に強く握る。
「なるほど、保守的な考え方の方が強い村だったのか……災難だったな」
伝統や格式を重んじるあまり、新たな価値観に拒否反応を示す。どこの業界にでも見られる現象だ。
メルルゥは変革をもたらす異端児として、排斥されてしまったのだろう。
「おジィたちには分からない……! 絶対、私のポーションの方が……! 効率的だし、間違いなく美味しいのにぃ……!!」
「……」
だがまぁ、彼女も意外と頑固なところがありそうだから……保守派だけの問題じゃないのかもしれない。
「と、ともあれ……現状じゃギルドにとって俺たちは競合相手、つまり敵だ。何らかの妨害が予想されるから、先手を打っておかないと」
商売の規模が問題ではなく「美味しいポーション」という新たな価値観を投げ付けられることが、道具屋ギルドにとって鬱陶しい話だろう。だが、それならそれで妨害策は予測可能だ。
「と、まぁ……いきなり暗い話ばっかになっちまったけど、商売自体は順調なんだ。頑張っていこうぜ、メル!」
「はい、そうですね! これからも、よろしくお願いします!」
笑顔で握手を交わし、立ち上がる二人。
「よぉし、休憩は終わり! 先ずは何から手ぇ付けるか……!」
「忙しくなりそうですね!」
そんなやる気に満ちた声が、木立の中を駆け抜けて行った。




