16:所詮は緑髪の眼鏡タヌキ
辺境ダンジョン小端洞から、今日も元気にポーターたちが駆け出して行く。
「ちょっと待ちなさい!」
だが、それを呼び止める鋭い声――フィオナだ。
「あ? 何だよ、うるせぇな……こっちは急いでんだよ」
面倒くさそうに立ち止まる若いポーター。丸刈り頭と小柄な体格が特徴的な、足の速そうな少年だ。
「そのくらい知ってるわよ、私が依頼を管理してるのだから。それよりアナタ、ハイドレーションの吸い口を噛む癖があるでしょう? 妙に痛んでいるわ」
フィオナの指摘にギクリと身を強張らせる少年。ハイドレーションへ繋がるストロー状の吸い口は硬い素材ではあったが、何度も噛んでいれば次第に劣化する。
「わ、悪いかよ! こっちはなぁ、デコボコ道でもアレ咥えて走ってんだ! 少し噛むくらい仕方ねぇだろ!」
「悪いとは言ってないわ。ホラ、これ」
熱り立つ少年をサラリと受け流し、フィオナが差し出した物。それは半透明で円柱をくりぬいた――例えるならマカロニのような形状と大きさをした道具だった。
「何だよ、これ」
「吸い口のカバーよ。柔らかな樹脂製だから咥える箇所にはめ込んで使いなさい。使い捨てだから、痛んだら新しいのと交換して使うの。スペアも渡しておくわ」
手渡される交換用吸い口を、少年はポカンとした表情で受け取る。
「もし足りなければ遠慮せず言うのよ。改善要求があれば戻った時に聞くわ。急いでるんでしょ? 気をつけて行ってらっしゃい」
「お、おぅ……んじゃ、まぁ……行ってくる」
そうして彼は、どこかバツの悪そうな表情を浮かべたままに背を向け、走って行った。
それを見送って受付に戻ろうとしたフィオナへ、成り行きを見守っていたプレゾが声を掛ける。
「やるじゃないかフィオナ、現場の人員への細やかな対応……見直したぞ。もしや自分でやってみて気付いたのか?」
「ええ、ハイドレーションを背負って走ってみたわ。あれ、結構重たいのね。それに中身が揺れて走り難い。彼が吸い口を噛むのも納得よ。それに少なくなると強く吸わないと出て来ないし……改善の余地ありまくりね」
ほぅ、と内心でプレゾは舌を巻く。
確かにフィオナの言う通りではあるが、彼女が口にした感覚は、そこいらを少し走り回った程度では感じられない物だ。汗だくになりながら荒れ地を走って何度もメルポを吸い上げ、それでようやく分かる実務感覚だった。
「今すぐに改善するのは難しいから、追々になるけれど……その内に相談させて頂戴。ま、私がここに残っていたらの話だけれど」
「む……異動するのか?」
プレゾの問いに、フィオナは少し難しい表情を見せる。
「私の事情は知ってるわね? 私はここへ飛ばされてる身だから、支部設立が認められなければ残る理由がないわ。それに、もし仮に認められたとしても……次は砂漠か、絶海の孤島か。残るのは無理でしょうね」
シニカルな笑みを浮かべ、諦め口調で吐き捨てる。
冒険者ギルドの職員である以上、それらの柵から逃れることは難しい。
「フィオナ、お前の意思はどうなんだ。ここに残りたいと思わないのか?」
「……わ、私は――」
プレゾの問いにフィオナは視線を逸らし、フードコートの方へと向ける。その先にはテオとメルルゥが三色メルポ丼を準備する姿……と、その時。彼女の目が、ある人物を捉えた。
「あ、あれは……」
フードコートの片隅で蒼麟丼を頬張る、痩せて背の高い男性。目は細く、鋭く。ヒョロリと長い手足が、元から高い身長を更に高く見せている。
「どうした、知り合いか?」
「――冒険者ギルドの職員よ。確か、名前は……ヘルヘルト・スリッカー。外務調査室、衛生調査員……バルカスの同僚ね」
バルカスの名が出た途端、プレゾの表情が強張る。あの男の知り合いがギルド支部の設立期日が迫るこのタイミングで何をしに現れたというのか。
蒼麟丼を食べ終えたヘルヘルトはフィオナたちの視線に気付くと、ゆっくりと立ち上がる。
「どうも、こんにちわ。貴女がフィオナ・エル・シルフリードさん……冒険者ギルド連合・東部管轄・第二支部の立ち上げ責任者という認識で間違いございませんか?」
彼は――ヘルヘルトはそう尋ねながら名刺を差し出し、頭を下げる。
「私はヘルヘルト・スリッカー。外務調査室の衛生調査員でして、今回はここ小端洞で行われております、ダンジョン・ステイなる催しの調査に参りました」
物腰こそ低いが、語る言葉はどこか固く事務的で、細い目は油断なく辺りを見回している。
「支部設立の邪魔をしに来た、とは言わないのね」
「あはは……これは手厳しい。そのようなことは、決してございませんよ。私はただ、職務を全うする……それだけですので」
フィオナの口撃にもヘルヘルトは表情を崩すことはなく、あっさりと受け流す。
その泰然とした物腰には、底の知れない不気味さがあった。
「今回の調査は、主に食品衛生に纏わる物となっておりまして。そちらのフードコートについても、責任者はフィオナ嬢ということで?」
「いいえ、私じゃないわ。そこの彼女よ……忙しい身だから、なるべく暇な時に声を掛けてあげて」
「えぇ勿論ですとも。お邪魔はいたしませんよ」
口では何とでも言える。
そんなフィオナの鋭い視線を受けながら、ヘルヘルトは一礼を残してテオたちの方へと歩いて行った。
「おい、いいのかフィオナ? 今のヤツはバルカスの仲間なんだろう? 放っておいたら何をするか分かったもんじゃないぞ」
「じゃあどうしろって言うのよ、殺して山にでも埋める? そういうワケにもいかないでしょ……私にだって、分からないわよ……!」
プレゾの問いに苛立ちを隠さずフィオナが返す。
何も出来ない二人が見守る中、ヘルヘルトはテオとフィオナへ名刺を渡し、頭を下げていた。
夕方――フードコートの食事提供が終わりを告げた時間帯。
テオにメルルゥ、フィオナの三人は、ヘルヘルトと共に小端洞第一層のフードコート周辺を歩き回っていた。
「対策は為されてますが元が自然窟なので、ホコリやらの侵入は防ぎきれてませんねぇ。あと虫も……」
言って、ヘルヘルトが手元のチェックリストに何かを書き込む。
「調理に使った排水はどのように処理されてますか?」
「あ、それはここに一旦溜めて、浄化の魔石でキレイにしてから、こっちへ」
「ふむふむ、なるほど。これはクリア、と……」
ヘルヘルトの相手をしているのは主にメルルゥだ。
口の達者なテオが応対すべき、と思うフィオナであったが、フードコートの商業利用に必要な食品関係の資格を持つのがメルルゥであった為、そのようになっていた。
「排気は? どのようにされていますか」
「基本的に火を使ってませんので、排気に関しては何も……」
「そーですか、うぅん……」
またも何やらチェックリストへ書き込みが為される。
それが増える度、フィオナの小さな胸はドクンと脈打ち、嫌な感覚が広がって行く。
「ちょ、ちょっとテオ……アナタ、何とかしなさいよ。やられっぱなしじゃない!」
「何とかって言われても……どうしようもねぇよ、こんなの。調査だって言うんだから、真っ当に受けるしかないだろ? 相手はプロだ、誤魔化すとか逆効果にしかなんねぇし」
フィオナは自らの焦りを誤魔化すようにテオを締め上げてみたが、処置なしといった様子で傍観するのみ。
となれば頼りの綱は美少女天才調薬師でありながら料理も得意な巨乳ハーフ・アルラウネだけなのだが――。
「はいっ! えと、資格証明書ですよね。た、確かこの辺に……あ、あれぇ?」
「いけませんねぇ、資格証明書は良く見える位置に掲示しておいてください」
ダメだ、所詮は緑髪の眼鏡タヌキ。クソの役にも立たないポンコツだ。
「あと少しなのに……!」
フィオナが拳を固め、歯噛みする。
冒険者ギルド支部の設立タイムリミットまで、あと三日。ここを乗り切れば、成功はもう目の前なのに……!
「調理器具を洗浄する精製水は、食品衛生管理の認定を受けていますか?」
「えっ? ぽ、ポーションの衛生管理認定じゃ……ダメ?」
「ダメですね。よく勘違いされる方がいらっしゃるんですよ」
またもチェックリストに何かが書き込まれた。
「何やってんのよ乳メガネ! オッパイに栄養取られ過ぎで頭カラッポなの!? 眼鏡カチ割るわよ!!」
「ひいぃん! だって、だってえぇ……!」
フィオナの怒声にメルルゥが戦慄く。
あんまりなのでテオがフォローに入るが――。
「うるっさいのよ童貞賢者! お楽しみタイムを邪魔されたくなかったらスッ込んでなさい!」
「ういぃぃ……!」
一刀両断、取り付く島もあったものではない。
「あと、こちらのお手拭きもNGです。道具屋ギルドの認定品ではありませんね」
「えぇっ!? で、でも使い捨てだから基準内なら……」
「いけません。コースター等とは異なり、使い捨てでもお手拭きの代替品と見なされますので、その場合は認定品である必要が――」
ヘルヘルトによってザクザクと切り込まれ、為す術もないままにメルルゥが打ちのめされて行く。
傍らで見守っていたプレゾも気が気ではない様子で、声を潜めテオへ尋ねた。
「もしもの話だが、この監査が是とならない場合……ギルド支部の件は、どうなるんだ?」
「影響ない、と言いたい所だけど……十中八九、ケチが付く。設立条件にある独自採算って部分と、商業活動が可能かどうか、って部分で突っついて来ると思う」
「そうか……しかもタイミング的に期限ギリギリで別の方策が立て難い。厄介な話になったな」
腕を組み、むぅと低く唸る男たち。
「こちらの――緑葉丼に使われている葉野菜の食品衛生基準はどうですか?」
「ぽ、ポーション用の材料を流用していて……」
「形式上、医薬品カテゴリとなるポーションと、食品類では別の認定が必要となります。なので全てNGで……となると、こちらも、コレも……」
「あっ、あっ、あぁぁ……!」
そしてヘルヘルトによる監査が終了した頃。
メルルゥはヘロヘロのしおしおとなり、しなびた葉野菜のようにグッタリと力尽きていた。




