15:黄金の滴と賢者の秤というタイトルに別の意味が出る
「ねえ、ちょっと。聞きたいことがあるのだけれど」
テオが席を外している夕食後のキャンプ地。内職のチャーム作りに励んでいたメルルゥへ、フィオナが声を掛けた。
「何ですか藪から棒に……」
警戒した様子で身を引くメルルゥ。夕食の最中、こっぴどく言い負かされたばかりなのだ。
毎回毎回どうでも良い内容であるし、あまりに頻繁だから省略しているが、彼女たちは相変わらず一日に数回はケンカしている。そして殆ど毎回メルルゥはボロカスに言い負かされて涙目になっていた。
「……まだ虐めるつもりなら、本気で泣きますからね」
「あれは貴女が悪いんでしょう? いつもいつも……って、そんな話じゃないの」
フィオナは面倒くさそうに溜息をつくと、一旦間を置き改めて尋ねる。
「テオは最初から、貴女にもあんな感じなの?」
「……あんな感じ、とは?」
「察しの悪い女ね。ほら、呼び名よ」
そう言われ、メルルゥも思う所あったのか。あぁ、と小さく頷いた。
「いきなりニックネームで呼ばれて驚いた、みたいな話ですか?」
「そう、それよ! 単なる顔見知りレベルの時に、いきなりフィオって……あの人、どういうつもりなの?」
彼女がそれを尋ねたのは、自分の参考にしたいと思ったからだ。
ポーターたちの準備を手伝うことにしたフィオナだったが、彼らと上手く打ち解けられない。だからテオを参考にしようと思ったのだけれど……。
「まぁ……気持ち分かります。私なんか出会って半日も経ってないのに、急にメルですよ。ちょっと距離感バグってますよねぇ」
どうやらメルルゥも、ちょっとおかしいなと感じていたようだ。安易に真似しないで良かった。
ともあれ珍しく意見の合致を得た女性陣。本人が居ないこともあって、程良く話が弾む。
「ニックネームが別に嫌なわけではないのだけれど、もう少し距離の詰め方には気を遣って欲しいわね。何というか……軽いのよ」
「ですねぇ。ナンパでもしに来たみたいなノリが感じられて……最初の頃とか、チャラい感じの人かな? って印象でしたもん」
「あぁ……そうね、そんな感じ。薄っぺらいナンパ男みたいな軽薄さが感じられるわ」
二人の会話は次第に盛り上がりを見せる。
「女子に馴れてない男子が、女子と会話するのに舞い上がって上滑りしてるって感じの薄ら寒さがありますね。テオさん、きっとこれまで仲の良い異性とか……彼女とか居なかったんじゃないですか?」
「ふふっ、付き合うどころか手を繋いだこともない……テオは間違いなく童貞ね!」
「あははっ! テオさん、あの歳で!? あはははっ!!」
楽しげな二人の笑い声が林にこだまする。
「彼女いない歴イコール年齢よ! そうじゃなきゃ、あの馴れ馴れしさは出ないもの! 彼ってば、もう二十代半ばくらいでしょ? なのに、それなのに童貞……あ、哀れ……プふゥーーーッ!!」
「あーはははははっ! じゃ、じゃあテオさん、もうすぐ魔法使えるじゃないですか! 童貞のまま三十歳になると魔法使いになれるって話ですから! あははっ、ど、どんな魔法使うんでしょうね?」
「そりゃ決まってるわ。セルフバーニングよ!」
「「ブフォーーー!!」」
重なる爆笑。
「あーはははははっ! し、下ネタ……アハハハッ! っていうか、その魔法。もうテオさん使ってるじゃないですか! 夜中にコソコソ居なくなって……秘技! セルフバーニング!! あはははっ!」
「そんなポーズで使う魔法なの!? あはっ、あはっ、アハハハ……お腹イタイ……! 使うと賢者になる魔法……ど、童貞賢者テオ……ひっ、いヒッ! わ、笑いすぎて、息が……げほぉ!」
高々と腕を突き上げてセルフバーニングのポーズを決めるメルルゥの隣で、フィオナが苦しげに笑い転げる。
「大丈夫だ、俺に任せろ! せぃッ!!」
「アーハハハハハッ!! り、両手……! 両手挙げて、どうやって……ブフーーッ!! せ、せめて片手は残し……ゲフォっ!」
「フゥ……よし、やったぞ。今日も完売だ……!」
「何が完売!? 売らないで、そんなモノ!! ゲフッ! ゲフォッ! あひっ、ひっ……イヒヒヒ……わ、笑い死ぬ……!」
モノマネをやりきって満足げなメルルゥと、息も絶え絶えに悶え苦しむフィオナ。
そして彼女たちから少し離れた木立の陰で、戻るに戻れない童貞賢者がワナワナと屈辱に震える。
「あ、あいつら……! 俺がどんだけ我慢してると……!!」
拳を握り込み、血の涙を流す。
「ったく、あとで覚えてろよ……」
女子二人の会話は未だ盛り上がっており、すぐには帰れそうにない。
仕方なしにテオは、懐に入っていたメルポをドリンク代わりに飲んで暇を潰す。
口の中に爽やかな甘みが広がり、身体が生命力を感じさせる薄緑色の輝きに包まれ……ない。
「……あれ? あー……いや、なるほど」
メルポの空き瓶を懐に戻し、夜空を見上げる。
「もう、そろそろか」
何も知らないまま、二人はもう暫く魔術行使のポージングで盛り上がり続けるのだった。
丁度、その頃――。
冒険者ギルド本部、外務監査室。
受付業務など外部対応窓口は本日の営業を終えて店仕舞いとなっていたが、この部屋にはまだ灯りと共に人の気配が残っていた。
「もうすぐ、期限の三ヶ月だネ……あの小娘の様子はどうなっている?」
バルカスがその肥満体をドッシリと椅子に食い込ませ、報告に訪れた部下へ尋ねた。
「はい、フィオナ・エル・シルフリードですが、現在――」
「鬱陶しい小娘ではあったが、いないと退屈でネ。まだ粘っていると聞いた時は驚いたが、あの小生意気な娘が山中で三ヶ月……荒くれ冒険者に揉まれ、魔物に追われ……どのような姿になっているか楽しみで仕方ない。おいそれと見に行けないのが残念なくらいだよ」
部下の報告に被せるようにしてバルカスは語り、ニヤニヤと笑みを浮かべる。
発言を遮られた部下はタイミングを待つが――。
「何をしている? 早く報告したまえ。時間は有限なのだよ」
「はっ、失礼しました。えー……フィオナ・エル・シルフリードですが、現在――」
「そう言えば先日、こちらに訪れていたと聞いたぞ。どうして顔を出さないのか、挨拶くらいするのが礼儀であろうにネ。全く、ハーフエルフは気難しくて敵わんよ。早々にお引き取り頂いて、エルフ国にはもっと素直で従順な娘を寄越して欲しいものだ……それで、続きは?」
言葉を途中で止めていた部下は、色々なモノをグッと呑込むと、報告書の続きを淡々と読み上げた。
「はぁ? ダンジョン内で飲食? 宿泊? 何と野蛮な、これだから馬鹿どもは……何のためにそのような真似をするのか」
目を覆い、大仰なリアクションで首を振る。その度にすえた油の匂いが広がって額の汗が散り、床や壁に不快な痕跡が残った。
「おそらく支部設立の三条件を満たす為ではないかと推察します」
「あぁ? 条件……? あんなモノ、有って無いが如しの形骸化したルールで、私の捉え方で如何様にも出来る。あの小娘には絶対に達成出来ない内容だというのに……世間知らずもアソコまで行くと哀れでさえあるネ。だが、あ……そうだ」
そこまで言って何か思い付いたのだろうか。バルカスはシルクのハンカチで脂ぎった額を拭うと、人を呼ぶよう部下へ命じる。
「お呼びですか、バルカスさん。珍しいですね、このような時間まで」
しばらくして現れたのは細面に痩身、高身長の、神経質そうな男だった。
「あー……ヘルヘルト・スリッカー君。衛生調査員であるキミに頼みたいことがあってネ。実は――」
話を聞き、ヘルヘルトと呼ばれた男は細い目を更に細めると、薄い唇から蛇のように舌をチロリと覗かせる。
「ほうほう、ダンジョンで飲食店とは……確かに衛生的な不安が感じられる環境。しかも深い山中にありながら魚を提供しているとは……にわかには信じがたい」
驚いているのか、それとも嘲笑っているのか。ヘルヘルトが今にも折れそうな首をクネクネと動かす。
「良いでしょう。些か急ではありますが、その小端洞のダンジョン・ステイとやら……視察に加えましょうか」
その言葉を聞いたバルカスが口角を歪める。それは彼の放つニオイや汗よりも遙かに不快な、悪辣極まる笑みだった。
「頼むよ、ヘルヘルト君。飲食物提供の諸条件を満たせない場合は――」
「ええ、勿論。営業許可を出すことは出来ません。如何なる理由があろうとも、です」




