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【第2章完結】1円ポーションから始める弱者救済マーケティング ―黄金の滴と賢者の秤―  作者: かっぷ
第一章:メルルゥ・アンブローシア

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14:お願い、この通りよ

 ダンジョン・ステイを開始して、第一層に宿泊施設まで構えたテオたちであったが、夜は基本的に元々使っていたキャンプ地で野営をしている。

 戦士ギルドの強面が第一層の夜間警備をしてくれるので、彼らの手を煩わせない為だ。

「ふあぁ……ムニャぁ……私、先にお休みしますねぇ……」

「おやすみ、メル。寝冷えしないように気をつけろよ」

 食事の後片付けを終えたメルルゥが、欠伸と共に寝床へ潜り込む。そして数分も経たない内に、スカスカと寝息を立て始めた。

 元から早寝早起きな彼女ではあったが、ここ最近は特にその傾向が強い。

 単純な話、疲れているのだ。

「……少し、問題ね」

 白湯をチビリと口にしてフィオナが言うと、テオも静かに頷いた。

「現状は、何もかもメルルゥに頼り切りだからな……負担が大きすぎるんだ」

 ずっと続けているメルポやチャームの製造販売に加え、メルポ・ロングエステ、メルポ・ハイドレーションの準備や管理。更にダンジョン・ステイで用いる料理の下拵えや、新商品の開発。そして恒常的な接客まで……八面六臂、大車輪の活躍ぶりだ。

 勿論、テオやフィオナも頑張っているし、少しでも負担を軽く出来るよう知恵も絞っている。

 例えば三色丼が全て丼物であるのは、メルルゥ以外でも調理を可能とした為であり、色に例えられるのはオーダー等のオペレーションを簡略化する為。価格を500円としたのも計算を簡単にする為で、フードコート形式を採用したのも同様の理由から。

 しかし、それでもメルルゥの負担は大きい。

 本人は苦にしていないようだが、合間に飲むメルポの量が増えていることからもそれは明らかだ。

 そしてメルポは、精神的な疲労までは回復してくれない。

「ギルド支部設立達成まで走りきった後なら、人を雇うなり何なり出来るけど……あと二週間、何とか踏ん張るしかねぇな」

 新たな人員を雇えば教育が必要となり、その間の効率は下がる。増員は余裕のある時でなければ行えないのだ。

「さて、じゃあ俺も早めに寝て体力を温存しておくか……」

 焚き火を掻き混ぜて薪を足し、テオも寝床へ潜り込む。メルルゥ程ではないにせよ、彼とて疲労の極致。飲むメルポの量もかなりの物になっている。

 そんなテオに、フィオナが声を掛けた。

「ねぇ……」

 どうして二人とも、そんなに良くしてくれるの?

 お金儲けだけならメルポのライセンスで十分に稼いでいる筈。こんな辺境で気難しい女の相手をせずとも悠々自適に暮らせる筈だ。

 テオもメルルゥも、冒険者ギルドに恨みがあるわけでなし、フィオナに恩があるわけでもないだろう。

 なのに、何故?

「……ううん、何でもないわ。おやすみなさい」

「フィオも早めに寝とけよ……おやすみ」

 言葉を呑込んだフィオナを不思議そうに見ていたテオだったが、睡魔が勝ったらしく、すぐに目を閉じた。

 どうして自分を助けてくれるのか。

 それを知って、どうするというのだろう。

 彼らが胸に秘めたものが崇高な志であったとして。或いは下卑た野心であったとして。

 袂を分かち、独りになれるのか?

 苦しい夜を、辛い昼間を、孤独の中で耐え抜けるのか?

「一度、贅沢を覚えてしまうと……ダメね」

 温かく賑やかなこの場所に、少しでも長く居たい。

 その為に自分は何をすべきなのか? 自分に何が出来るのか?

 思索に耽るフィオナの夜は、ゆっくり深まって行った。


 翌日――。

 今日も朝からダンジョン・ステイは大賑わいだ。

 朝食を求める冒険者たちがカウンターに列を為し、テオとメルルゥはその対応で手一杯。声を掛ける隙もない。

「参ったな、千客万来だ」

 少し離れた位置からそれを眺め、プレゾたちポーターが途方に暮れる。

 運搬依頼品の確認をしたい彼らなのだが、この状況ではどうしようもない。

 時間は惜しいが、客が捌けるまでしばらく待つか……と考えた時だった。

「ねえ、ちょっと。私が対応してあげても良いのよ」

 そのような台詞と共に、上から見下ろすように声を掛けてきたのは、他でもないフィオナだ。

「朝の内はクエスト報告もなくて暇なの。だから私にやらせなさい」

 彼女は踏ん反り返らんばかりに胸を張り、プレゾたちの前に立つ。

 その威丈高な物言いに、若いポーターは少しムッとした表情を見せたが、それに気付いているのか、いないのか。彼女は全く気にした様子もない。

「荷物の確認なのでしょう? ほら、コレよ。配送伝票はこれ、割り印はもう押してあるわ。届け先は――」

 テキパキと処理を進めるフィオナ。しかしプレゾにしてみれば、いきなり自分にやらせろと言われても困ってしまう。いくらテオとフィオナが親しい間柄だとしても、信用を蔑ろには出来ない。

「あー……フィオナさん、悪いんだが……」

「フィオナで構わないわ。その代わり、私もプレゾと呼ばせて頂戴……構わないかしら?」

 唐突な呼び捨てに少し面食らうプレゾだったが、どうということもない。

 彼は佇まいを正すと、改めてフィオナに伝える。

「では、フィオナ。俺たちの雇い主は、あくまでテオだ。アンタのヤル気は買うし、バカにしているつもりもないが……」

「信頼に値しない、というのかしら? そうでしょうね、当然だわ」

 彼女はそう言うと準備した荷物に手を置き、改めてプレゾたちの方へと向き直る。

「だから少しずつ、アナタたちの信頼を勝ち取りたいの。その機会をこれから……貰えないかしら」

「むぅ……」

 プレゾが短く呻く。

 フィオナの評判を知っている者からすれば「アナタの意見など聞いてない。いいから行きなさい!」とでも言いそうなものに思えた。なのにまさか真正面から、正攻法で来るとは。

「自分の評判くらい知ってるわ。これまでのことを考えたら、今更信頼だなんて都合の良い話であることも承知の上よ。だからアナタたちに嫌だと言われたら、どうしようもないのだけど」

 口調は相変わらず威丈高に感じられる。だが――。

「でも、それでも貴方たちに頼むしかないの。いまだけで良いから協力して欲しい――お願い、この通りよ」

 言って、フィオナが頭を下げる。それは、この場の誰もが見たことのない姿だった。

「ふ、ふざけんじゃねぇよ! アンタ自分が今までどんな態度でいたかホントに分かってんのか!?」

 しかしそれでも、若いポーターの憤りを払拭するにはいたらない。おそらくはフィオナの態度で何かしらの迷惑を被った経験があるのだろう。

「協力してくれって言えるのは、これまで誰かに協力してきたヤツだけだ! 誰が身勝手なテメェになんて協力するか! 口先だけ反省したフリして……そんなことで他人を動かせると思うなよ!」

「……っ!」

 お前に何が分かる。反省せずとも金を出せば動くのか? 違うと言うなら満足する条件を言ってみろ――。

 一瞬、フィオナの目に攻撃的な色が浮かぶ。

 だがそれは瞬き程に僅かで、微かな色にしかならない。

「……それもそうね。それじゃあ悪いのだけど、彼らの手が空くまで待っていて頂戴。声は掛けておくわ」

 少し肩を落とし、あっさりと引き下がる。

 何とも肩透かし……以前の彼女では到底考えられない、しおらしい態度だった。

「何だアイツ、急にしゃしゃり出て来やがって」

「馬鹿じゃねぇの? ありゃテオと、メルルゥちゃんのお陰だろ……思い上がりも甚だしいぜ」

「最近調子良いみたいだから、できる気にでもなったんじゃねぇの?」

 コソコソと言葉を交わすポーターたち。

 できる気になったのではない。できなければいけないと気付き、彼女なりに頑張っている……だがフィオナの態度から、それを読み取れる者は多くない。

 そう――多くはないが、ゼロではない。

「ちょっと待て、フィオナ」

 プレゾが彼女を呼び止めた。

「――前借りだ」

「……?」

「俺たちの信用を、前借りさせてやる。だから、やって見せるんだ……お前が俺たちの信用に足る人間であると、これからの働きで証明して見せろ」

「……!」

 フィオナの目が驚きに見開かれ――それは他のポーターたちも同じだった。

「ちょっ、プレゾさん!? 知ってるでしょ、コイツのこと! 嫌ですよ、こんなヤツから仕事受けるなんて!」

「失敗でもした日には、どれだけ嫌味を言われるか……成功してもボロクソ貶されるのが目に見えてます」

 異を唱える若手のポーターたち。その声はフィオナにも届いていたが、彼女は何を言い返すでもなく、唇を引き結んで真っ直ぐに前を向いている。

「そうか、そうだな……お前らの言い分は尤もだ。俺もフィオナとは距離を置いていた者だ……その気持ちは分かる」

 そんな若手たちの意見を聞いたプレゾは小さく頷いて彼らを見渡し、落ち着きのある低い声で、こう言った。

「だから俺が彼女の至らない部分を担保しよう。足りない信用は、俺を信じてくれ。足りない経験も、俺がフォローする……これならどうだ?」

「いや……それなら、まぁ」

「プレゾさんがそこまで言うなら、俺は別に……」

 まとめ役であるプレゾに言われ、落ち着きを取り戻す若手ポーターたち。

 そんな彼らに「そうか、すまんな」と声を掛けた彼は、ゆっくりとフィオナへ向き直った。

「しばらくは俺が責任を持つ。だからフィオナ、その間にお前は経験と信用を積み上げろ。今までのマイナスを帳消しにして、お前になら任せられると無条件に思える……そんな人間になれ」

「……ええ、勿論そのつもりよ」

 事も無げに返すフィオナだったが、その唇は僅かに震え、瞳も潤んでいた。

「それじゃ、こっちよ。さっきも言ったけれど荷物はこれで、届け先は――、割り印は――」

 フィオナは作業手順を示したメモを見ながら順に確認作業を進める。自分に出来ることは何かと考え、練習したに違いない。

 逆境の中で足掻く若者には機会が与えられるべきだ。

 かつて腕を失い、絶望の淵に立たされた経験のあるプレゾは、そう考える。

「ハイドレーションにメルポを補充するわ、伝票を持って並んで頂戴! えっと、遠隔地へ行く際のメルポ配合比率は……」

「さっさとしろよ、日が暮れちまう。早飯早糞も芸の内だぜ」

「うるさいわね、間違ったらどうするの! 真水で走らせるわよ!」

 場末のポーターとして一生を終えると思っていた自分にも、まだやれることがあるらしい。

 喧々囂々ぶつかり合う若者を眺め、プレゾはそう思うのだ。

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